2-87、再戦! 朝香朋子vs川田真波!
「・・・・・・あぁ、いたた・・・・・・。差し歯だから良かったけど、口ん中、すげーしみて痛いんすよねぇー。すいません新井先輩・・・・・・」
「いいよいいよー。もう一度よく、ドクターによく診てもらわなきゃ。それにしても、強い人ばかりだったねー。・・・・・・頑張ったよ田村君は。おつかれおつかれー」
「あー、でも、なんか、終わっちまうと悔しいっすね・・・・・・。これで、高体連の試合、もう無いんだなぁ。いい試合したとしても、勝たなきゃどーにもなんないねぇー・・・・・・」
「この八月で、三年生は部活引退。しかたないよー。みんな通る道だよ。それまでに、後輩達にどれだけいい背中を見せて、次の世代に引き継げるかも大事なことだしねー」
「そうっすね・・・・・・。あー、須藤、強かったなー・・・・・・。ちっくしょうー。あと1ポイントで追いつけたけど・・・・・・届かなかったなぁ・・・・・・」
しんみりと試合を振り返る田村。新井は何も言わずに、背中を叩いて励ましている。
ひょこ・・・・・・ ひょこ・・・・・・ ひょこ・・・・・・
「・・・・・・たーむらっ!」
「ん? ・・・・・・川田! どした! まさか、右足を・・・・・・」
「えへ・・・・・・。乗られちゃって、アタシ、やっちゃったみたい・・・・・・。試合は勝ったよっ!」
「勝ったって、お前・・・・・・。次の相手に、その状態で・・・・・・」
川田は田村のすぐ後ろから、松島の肩を借りてドクター席に向かう途中だった。
現在、各コートの進行状況は四回戦が終わったところもあればまだ試合中の所もある。次はコートが減らされ、AからDまでの四面になるため、コート組み替え作業も含めた休憩時間が設けられる。
「ほら、川田。無理して笑わなくていいから。しかし、あのタイミングで偶然にも右足に乗られてしまうとは、不運だったなぁ。何とかこの時間で少しでもケアしないと、次の試合は出られないからなぁ・・・・・・」
「あー、もう。ほんとあの相手、腹立つなぁ! アタシの右足に、あんなお太りが乗ったら、ぜえったいこうなるのわかってんじゃん! ・・・・・・痛あっ! 松島先輩、アタシ絶対に棄権なんかしませんからね!? 次の相手は朝香朋子なんですから! アタシは、やるっ!」
「わかったわかった。でも、少しでも危険と思ったら、すぐに試合止めて棄権するからね? 選手生命を守るのも、監督役の重要な仕事なんだ。わかったね?」
「むー・・・・・・。アタシは嫌ですけど、仕方ないですよね。やるだけ、やってきます!」
川田は頬を膨らましながらも、元気に拳を上へと突き出した。
「しかし、勝ったはいいけど、川田もボロボロじゃんか。藤崎さつきには脇腹をやられ、さっきの肉魔人みたいなやつには右足を壊され、そして次は朝香朋子・・・・・・。お前、経験値としてはものすごいけど、いつも肝心なところで、やべぇよなぁ・・・・・・。俺もだけどねぇー」
「てへっ・・・・・・。しゃーないのよ、アタシもそれは自分で思ってる。まったくねー」
田村と川田は、応急手当も含めたケアを手厚くしてもらった。その間に、各コートの組み替えが終わり、いよいよ試合は準々決勝のベスト8戦へ。川田も満身創痍ながら、初出場で全国の八強に食い込めたのはかなりの実績だろう。
ケアを終えた川田もコートに戻り、四面それぞれで準々決勝戦を戦う選手の準備が整った。
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
Aコート第一試合は、前年度王者 瀬田谷学堂 水城龍馬 対 福岡県 福岡天満学園 須藤光則の対決。第二試合は千葉県 拓洋大青陵 青柳徳馬 対 大阪府 なにわ樫原 猪渕悟が激突。
Bコート第一試合は北海道 クラーク記念道東 北里ベンジャミン 対 東京都 瀬田谷学堂 恩田昂士。第二試合は大阪府 なにわ樫原 朝香光太郎 対 栃木県 日新学院 二斗龍矢が激突。
Cコートは、第一試合で前年度女王 等星女子 朝香朋子 対 栃木県 県立柏沼 川田真波が大激突。そして第二試合は静岡県 御殿城西 小倉美和 対 三重県 松坂第四 吉岡理沙の対戦だ。
Dコート第一試合は、埼玉県 花咲東栄 染原真澄 対 沖縄県 首里琉球学院 金城陽が激突。そして第二試合は栃木県 海月女学院 末永小笹 対 京都府 花蝶薫風女子 朝香舞子が大激突。
「うむっ。さすがインターハイの準々決勝だな。すごい対戦カードじゃないか」
「陽ちゃん。俺は、こんなレベルの中で戦ってたのかと思うと、改めて心拍数が上がっちまうわー」
「すごいよね。僕たち、本当に全国の強豪校と肩を並べて戦ってたんだね」
前原たち柏沼メンバーがコートを眺めていると、口元をタオルで押さえながら、栃木陣営に田村がゆっくり歩きながら戻ってきた。
「た、田村君! だいじだった!? うあー、差し歯、いってるね・・・・・・」
「あのでけぇ体格から出されるパワーだ。正面衝突は、こーなっちゃうよねぇー・・・・・・」
いつもの田村節は変わらないが、片眉を曲げた田村はどこか悔しそうだ。歯の欠けた田村を見て、黒川と長谷川はぶるぶると震えている。
沖縄の強い陽射しは、もうすぐ真南に上がろうとしている。
会場の外からは、岩場で打ち砕かれた碧い波が真っ白い飛沫となって風に乗り、潮風となって流れ込んでくる。
潮の香りと、南国の色を運ぶ風。
柏沼高校空手道部の部旗は、その風に煽られ、大きくふわりふわりと揺らいでいる。
~~~ ただ今より個人組手準々決勝戦を行います! 各コート、選手、整列! ~~~
♪ ダダッダン ♪ ダダッダン ♪ シャンシャンシャンシャン バーンッ ♪
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
いよいよインターハイのベスト8選手が激突する。レベルがより一層引き上げられたメンバーが集うゾーンだ。
川田は右足へなるべく加重せず、左足でうまくバランスを取りながら立っていた。足は痛そうだが、その目には爛々と炎が灯り、視線は朝香へ一直線に向けられている。
「・・・・・・さぁ、アタシもここまで来たよ! 朝香! 遠慮無しに全力勝負だよ!」
「・・・・・・。川田さん・・・・・・。右足、痛いのね・・・・・・。・・・・・・でも、これは真剣勝負だからね・・・・・・」
そしてもう一人、コート中央を挟んで相手へ鋭い視線を送る人物が。
「くすっ。さーぁ、朝香妹! ワタシと勝負だねーッ! どんな組手やるのかなー? ワタシは、姉妹喧嘩につき合ってる暇はないんだからね。あはははっ! 叩き伏せてやるよぉッ!」
「品のない小娘やわぁ。そんな睨まんといてぇ? まぁ、その気で刃向かうなら、朝香家の恐ろしさ、ウチが身をもってわからせてやりますわぁ!」
拳士の火花が大きく爆ぜる準々決勝。その第一試合が、いま、始まろうとしていた。
「赤、推薦! 等星女子高校、朝香選手!」
「はいぃぃっ!」
「青、栃木県! 県立柏沼高校、川田選手!」
「はぁいっ!」
~~~選手!~~~
「「「「「 朝香センパーイ! 常勝ーっ! 必勝ーっ! ファイトォ! 」」」」」
「「「「「 川田せんぱぁぁぁぁぃ! ファイトでぇぇぇぇぇす! 」」」」」
まるで、インターハイ予選のシーンをリピートしたかのような雰囲気。
柏沼メンバーのすぐ真後ろから、等星メンバーが同じ向きに声を飛ばしていること以外は、予選大会の時とまさに同じ雰囲気だ。
凄まじい闘気を発しながら、開始線まで進んだ朝香。川田もまったく怯むことなく闘気を解放して、足をやや引きずりながら、開始線で真っ正面から向かい合う。
「(朝香朋子・・・・・・。文句なしに恐ろしく強い、現日本女子空手界でもトップレベルの選手。でも、アタシは、選手としての朝香朋子じゃなく、空手仲間としての朝香朋子と戦う! さぁ、もっと本気で、インターハイのこの場で、思いっきりやろうよ!)」
「(春季大会から・・・・・・数ヶ月か。・・・・・・ここまでの伸び代を持ってたなんて・・・・・・)」
栃木陣営内でも、応援の火花が早くも散っていた。阿部と等星の大澤は同じ二年生同士のためか、同じ席の列に座って横同士で視線をバチバチ。
「大澤さん。うちの川田先輩は、たとえ足が痛くても朝香さんに食らいついて勝つ勢いだからね! いくら等星でも、前年度女王でも、川田先輩はそれよりすごいんだから!」
「なにそれ!? 朝香先輩が負けるわけ無い。っていうか、足が痛いのを言い訳に逃げ道作るようなこと言わないでよ。手負いの者に、この等星の看板背負った朝香先輩が万が一にも負けることはあり得ないよ。空手は、痛かろうが辛かろうが、諦めたら終わりだからね!?」
「なんだとーっ! 言ったわね・・・・・・? じゃ、もし、朝香さんが負けたら、どうする?」
「そんなことはないと言っただろ! いいよ? だったら私、そんなことが起きたら、宇河宮のオオイヌ通りを、素っ裸で逆立ちしてラッパ吹きながら歩いてあげるわよ?」
「あっはははっ! 知らないぞ? わたし聞いたからね! よぉし、川田先輩ファイト!」
「朝香先輩ーーーーっ! 等星、必勝ーーーーっ! ファイトですーーーっ!」
阿部と大澤のやりとりを、その後ろで崎岡と諸岡が呆れ顔で見ていた。しかし、それほどまでに等星が自信があるのもわかる。あのミランダを途中から瞬殺した朝香の強さは神がかっている。足を傷めた川田は、それとどう戦うつもりなのだろうか。
「川田ファイトォォォォッ! 足の痛みは気にするなぁ! お前ならいける。大丈夫だっ! おれは、お前の強さを信じてるぞ! 勝ってくれぇーーーっ! ファイトォォーーっ!」
「川田先輩ファイトです! 絶対に勝ってくださぁぁぁぁぁいっ! 必勝ーっ!」
なぜか中村と長谷川が今までに無いくらいの声量で川田を応援し始めた。
前原は思った。「二人とも川田さんに是非ともメダルを取って欲しい気持ちでいっぱいなんだなぁ」と。
その二人のあまりに必死な姿を、田村は呆れ顔で見ている。「どーしようもないねぇー」と。
「勝負、始め!」
ワアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアーッ
「たああああああぁぁーっ!」
シャシャァッ バッ シュパァ ダアンッ・・・・・・
川田は目を見開いた。そして前後に大きく足を開き、腰を落としてどっしりと構える。
これまで朝香を相手にする際には、細かくスピードを活かしたステップを踏んで様々な角度から攻めていたが、今回はまったく違う立ち上がりだ。
・・・・・・(ズキンッ)・・・・・・(ズッキインッ!)・・・・・・
「(痛っ・・・・・・。これじゃとてもステップなんか踏めない。ま、いいか! ・・・・・・さぁ朝香、来いっ! アタシがあんたの迅さ、迎え撃ってやる!)」
脂汗をたらりと垂らす川田。明らかにその表情は、激しい痛みを堪えているのを誰が見てもわかるほどだ。
「(・・・・・・。)」
フワアアァァァァァ・・・・・・ ガシッ ダァンッ!
「(え! いきなり・・・・・・正攻法で、構えた!)」
朝香は川田に向かって両腕を優雅に動かし、同じように腰を落として構えた。眼からも拳からも、いつでも急所を打ち抜くぞという殺気が伝わってくる。
ズオオオオオオォォ ビリビリビリリリリ・・・・・・ グオオオオォォォ
川田がよく知る、本気の朝香の闘気と殺気。今回、朝香は初めから完全に全力で向かってくるのが川田にはわかっていた。いつ来るのか。いつ動くのか。見ている方も、緊張感で胃が飛び出そうなくらいだ。
「(面白い! そうこなくっちゃ、アタシの待ってた朝香戦じゃないね。この緊張感、たまんないや!)」
・・・・・・キイイイイイィィィィーーーーーンッ! シュバッシャァァァァァァッ!
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「(う・・・・・・っく! 上段突きか! ま、前より迅いなぁっ! 避けられなかった!)」
「止め! 赤、上段突き、有効!」
「「「「「 朝香先輩ナイス上段でーーーーーすっ! ファイトですーーーっ! 」」」」」
「「「「「 川田先輩ファイト! ファイトーーーーーっ! 」」」」」
川田は、朝香の光速のような上段突きに反応はしていた。極限まで研ぎ澄ませた集中力で、朝香の出鼻も察知し、首を捻って躱そうとしたものの、避けきれるスピードではなかった。
「続けて、始め!」
「(やるね、朝・・・・・・)」
キュウンッ! キイイイィィィィーーンッ! バッシイイイッ! だだあぁんっ!
・・・・・・キュウンッ! チュドォーンッ! チュバアアァンッ! チュドドォンッ!
「(うああああぁーっ・・・・・・。こ、この猛攻っ・・・・・・)」
「止め! 赤、中段突き、一本!」
朝香の速攻は、上段刻み突きからそのまま強烈な足払いへ移行。力の入らない川田の足を刈り払い、一気に身体ごと浮かせて床に叩きつけた。その倒れた川田の背面に、防御する隙も与えず空爆のような連突きを四発叩き込んだ。まさに、情け容赦無しの、鬼神のごとき攻撃。
「「「「「 あああああぁぁーーーーっ・・・・・・ か、川田先輩ーーーーーっ! 」」」」」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ がやがやがやがやがやがやがやがや
「「「「「 (同じ栃木同士でも、まったく容赦せんね、朝香朋子! 鬼のようやわ) 」」」」」
「「「「「 (世界の女王にこのままなれるんちゃう? 高校生じゃ勝つの無理や!) 」」」」」
「「「「「 (もう、あの子棄権した方がええじゃろ。勝ち目はなかとじゃ!) 」」」」」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「続けて、始め!」
「(わかってるねーっ、朝香・・・・・・。アタシは、足を傷めてるからって情けをかけられたり、手を抜かれたりするのなんか絶対嫌なんだ! ありがたいよ。でも、このままあっけなくアタシが終わると思ったら大間違いだ! アタシは、あんたに勝ってやる・・・・・・)」
・・・・・・キイイイィィィィーーンッ! シュゥパパァァァァンッ! バアァンッ!
キュウンッ! キイイィィーーンッ ドバシャアアァッッ!
「(タイミングは・・・・・・バッチリ! 防げる! これなら何とか・・・・・・)」
まさに、譬えようのない光速の重爆撃。
朝香の猛攻を、川田はうまく掌と肘でブロックしたり受け流したりして防ぐ。そして、何と信じられないことに、痛いはずの右足に力を溜めて思い切り飛び込んだ。
「たあああああぁぁーっ! たあああああああーいっ!」
グギュウッ・・・・・・ (ピキッ) ダシュンッ! (ズキンッ) ダダアァッ!
シュバババババアッ! シュンッ・・・・・・ (ブチッ) ズババババババッ!
「(・・・・・・。ふぅん、踏み込む力が、あったのね! 川田さん、あなた、面白いよ!)」
キイイイィィィィーーンッ キュンッ! シュババババババババババババババ!
バァン ダァン ババァン パァン パパパパァン!
川田の高速連突きを、それを上回る速さの連突きで朝香は全て打ち落とした。
ここまでほぼ体力消耗もダメージもない朝香と、強敵との連戦で満身創痍の川田。技量は近いものがあったとしても、スタミナ差は火を見るより明らかだった。
「(はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。くそぉ、アタシのスピードが、落ちてる。・・・・・・痛っ・・・・・・)」
苦痛の表情を浮かべる川田。無理がたたったのか、右足はプルプルと痙攣してきている。
「あああ、川田せんぱい・・・・・・。何でそこまでして戦うんですかぁーーーっ!?」
「川田先輩ー・・・・・・もういいですよぉ! わたしもうちやまも、見てられないですー」
内山と大南は目を覆うようにして、試合から目を背けた。
ぺしんっ! ぺしいんっ!
「「 いたっ! 」」
「一年生、なんで真波から目をそらすの!! 真波はね、あんたらのために、痛かろうが何だろうが、逃げずにやってるんだよ? 後輩に、少しでもいいものを見せて、教えるために、無理してでも戦ってるの! それをあんたらが逃げてどうするの! 見なさい、最後まで!」
森畑が一年生の頭を平手でぺしっと叩き、珍しく強い口調で叱った。
一年生二人は、森畑の言葉にはっとしたのか、観客席の最前列に行って真剣に試合を見つめ直していた。その姿を見て、森畑はふっと笑みを浮かべている。
限界が近い川田に容赦なく襲いかかる朝香。この試合、川田はどうやって残り時間を戦うのだろうか。
中村と長谷川は、已然として異様なほど気合いの入った声援を川田に向けて飛ばしている。