2-86、柏沼高校空手道部の執念
「うるるおぉあっしゃぁぁいっ!」
ドパアンッ! バババアンッ!
「止め! 青、上段突き、有効! 青の、勝ち!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「「「「「 二斗先輩ナイスファイトです! にっしぃぃーん! ファイ! ファイ! 」」」」」
Dコートでは、倒してからの突きや中段回し蹴りなどをテンポ良く決めた二斗が快勝。
9対1で勝利し、準々決勝へとコマを進めた。
「田村と川田は・・・・・・さすがに苦戦しているか・・・・・・。むぅ・・・・・・」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「続けて、始め!」
ズズズ・・・・・・ ズズズ・・・・・・ ・・・ズズズ・・・・・・
「(ちっくしょうめ! ・・・・・・圧力が相変わらず、すげぇなぁ・・・・・・。もう、ポイントは離されちゃまずいし、どう仕掛ける? ・・・・・・なにか、索は・・・・・・)」
「(来い! どうしたと、田村尚久? さぁ、来い! 来ないなら、俺から行くばい!)」
ズズズ・・・・・・ ズズズ・・・・・・
・・・・・・ボヒュウッ! ドオォンッッ!
「(ぐ・・・・・・っ!)」
須藤の圧力に押されている田村。
大きな足底で蹴り込む強烈な須藤の前蹴りが、田村へと襲いかかった。何とかブロックはしたものの、その威力と衝撃は背中まで突き抜ける。
「(な、何だかわかんねーけど、せっかくケアしてた腰がまた痛むほどの衝撃・・・・・・。こりゃ、まずいねぇ。・・・・・・何とかなんねーのか、こいつ!)」
「うっりゃああああ! うりゃああああ!」
ビュンバババババババッ! ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!
背刀打ち、裏拳打ち、振り打ちをムチのように振り回して牽制する須藤。
横からの技に意識が移った田村の真っ正面から、今度はものすごい威力の上段刻み突きが四連発。弧を描く技と直線技とを組み合わせることで、打たれる側は視覚的にもスピード感や間合いのズレを起こしやすい。
「(ま、まずいっ! ・・・・・・真っ直ぐを受ければ横。横のを受ければ真っ直ぐが来る!)」
「た、田村君が防戦一方なんて。サウスポー作戦は、もう使わないのかな?」
「須藤もバカじゃない。同じ作戦はもう見切っているようだ。しかし、このまま受けてたら、時間がもう終わってしまうぞ。・・・・・・どうするんだ、田村!」
「尚久ーっ、がんばってくれよぉーっ! 起死回生の、何かをーっ!」
「尚ちゃんなら、いつもピンチを切り抜けての逆転がある! きっと、何かやるよ!」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
ビュンバババババババッ! ドォン! ドドォン! ドンッ! ドドドン!
「(くそっ・・・・・・横しか、ねぇ!)」
須藤の前拳を嫌がった田村はたまらず横にステップして、場外を免れようと避ける。
「(そっち行くのは、読み通りたい! お前の動きは、わかっちょるばい!)」
・・・・・・ズズズ・・・・・・ ドガアァンッ! ・・・・・・ぐらあっ
「(ぐ! いっ・・・・・・てぇ! しまった、足払いでバランスが!)」
横に跳んだ田村を狙っていたかのように、須藤は力強く横薙ぎに足を払った。
田村はバランスを大きく崩し、横向きに回されるような体勢になった。
~~~三十秒前です!~~~
「あとしばらく!」
残り少ない時間を告げる主審の声。その声と同時に、体勢を崩した田村へ向かって踏み込む須藤。
「うっりゃああああ!」
・・・・・・ズズズ・・・・・・ ドギュンッ! シュバアッ!
チャンスを逃さず、須藤の刻み突きが田村の上段へ飛ぶ。
「(う、後ろ蹴りも使えねぇっ! ・・・・・・くっそぉ、やぶれかぶれだぁ!)」
「・・・・・・ぉああああぁーーいっ!」
・・・・・・シュンッ! ダシュッ! シュバアッ!
崩れた姿勢から、田村は一か八か思い切り突っ込み、同じく上段刻み突きで突っ込んだ。
「うっりゃああああっ!」
「ああああぁーーいっ!」
ギュンッ! ビュババババッ! ・・・・・・ベキイーッ! (ぱきゃあっ!)
がくりっ・・・・・・ ・・・・・・どどぉん・・・・・・
まるで、ガラス細工が砕けたかのような、高く乾いた音。
その音がするやいなや、須藤は大きく残心を取り、田村から離れていた。
その一方で、メンホーの半分を紅く染めた田村はふらついて、膝から床に崩れ落ちた。
「な、なんか今、田村君の方から、変な音しなかった?」
「まさか田村、やっちまったのか? 強い打撃がカウンターで入ってしまったが・・・・・・」
「な、なんか、聞き覚えのある音だったなぁ、おい! 尚久、だいじかぁーーっ?」
「な、尚ちゃんのメンホー、真っ赤だぞ! あれは、本当に、やっちまったのか!」
前原たちが田村を心配している後ろで、保護者応援団や早川先生も心配そうにしていた。変に高く乾いた音は、観客席へも響いていた。だから尚更、みな心配しているのだろう。
・・・・・・よろっ・・・・・・ ふらふらふら・・・・・・
すぐに起き上がった田村だが、メンホー越しに口元を気にしている。
「止め! 青、忠告! 当てないように!」
「(い・・・・・・いってぇぇぇぇ! ・・・・・・くっそぉ、須藤っ・・・・・・。や、やりやがったな!)」
田村の様子を見た主審がすぐに、試合を止めた。
監査審や覆審に合図し、手を挙げてドクターをすぐに呼ぶ。
「ドクターッ! ・・・・・・君、メンホーを外しなさい。大丈夫かね?」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ がやがやがやがやがやがやがやがや
「・・・・・・いてぇけど、だいじっす。・・・・・・昔一度、やってるんで・・・・・・」
「・・・・・・お待たせしました。診せて下さい。・・・・・・あぁー、だいぶズタズタですね・・・・・・」
「・・・・・・まじっすか。すげぇ、痛ぇっす・・・・・・」
「前歯、折れてるね。でも、差し歯だったか既に。しかし、その折れた差し歯で、上唇の口内があちこち切れてしまっている。そのための出血だろう。鼻腔内からも出血がみられるが、これは、ちょっと続けさせるのは危険かな・・・・・・」
須藤との相打ちにより、田村は負傷。その衝撃力が凄まじかったのか、田村の前歯は折れ、口内や鼻からの鮮血でメンホーが真っ赤に染まっていた。
田村は中学時代に一度前歯を折ったことがあったが、今回折れたのは差し歯の方。しかし、ドクターからは、続行は危険との判断が下された。
「待って下さい、ドクター。俺・・・・・・だいじっす! 慣れてますんで、頼むから、棄権にだけはされたくないんで・・・・・・。残り時間、やらせてください・・・・・・」
「しかし、この鮮血を見たまえ。私も立場上、良いとは言い難いのだ。気持ちはわかるが」
田村は必死にドクターに訴えている。須藤は開始線で後ろ向きに正座し、静かに待機している。
「・・・・・・頼んますよぉ、ドクター・・・・・・。俺、だいじっすから・・・・・・」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「とああああぁーーいっ! たあああぁーーっ!」
シュバババババアッ! パパパパァン! ズババババババーーーーァッ!
「(なめんじゃねぇずら! こんの、やせっぽムスメ! うおっほぉ! おらあ!)」
・・・・・・ガチイッ! グンッ ギュンーッ!
「(す、すっごいパワーっ! ・・・・・・う、うあぁーーーっ・・・・・・。あんたこそね、アタシをなめんじゃないわよぉーっ! このぉーーっ、お太りムスメが!)」
ガシッ! グイイイッ・・・・・・ ドタンバタン グイイッ!
田村の試合は中断しているが、Eコートでは川田が必死に食らいついているところだった。
点差は3対3にまで追いついていたが、残り時間が十五秒のところで、連突きで仕掛けた川田をがっしりと相手は掴み、崩そうと振り回す。
川田も投げられまいと必死にしがみつき、まるで柔道の試合でもあるかのように、両者は取っ組み合っていた。
「(うおっほ! ・・・・・・しつけぇずら、やせっぽムスメ! おらぁぁっ!)」
「(だからぁ、あんた空手の試合で柔道やんなっての! 主審も早く『やめ』をかけてよっ!)」
「(こんのぉ! しつこしぎずら! うおっほ!!)」
「(え? ちょ、ちょっと! うわ! うわわーっ・・・・・・)」
グイイイッ・・・・・・ どたんどたん どたどたどた ばったぁぁんっ! (ピキッ)
「(・・・・・・! ・・・・・・つっ!)」
「か、川田先輩ーーーーっ! だいじですかぁーーっ?」
「ま、真波! だいじ? 真波ーっ!」
相手選手は強引な力業で川田を振り回し、主審が止めようとしていた矢先、二人はもつれ合いになりながら取っ組み合って倒れてしまった。
「(い、いちちっ・・・・・・。このやせっぽムスメ、根性だきゃ、いいやつずら!)」
相手はすっと立ち上がって開始線へ戻る。しかし、川田はその場からなかなか立てない。
・・・・・・(ビキイイィッ!)・・・・・・
「(うあ・・・・・・っ! い、痛っ! いま倒れたときに足へ乗られちゃったのか!?)」
なんと、自分の倍はあろうかという相手の全体重が、倒れ込んだ際に川田の右足のヒザ一点にのし掛かった。
川田は、右足を押さえながら、何とかよろよろと力なく立ち上がる。
「(ふぉぉっ! なんて幸運! やせっぽムスメ、足を傷めたずら! ふほほほっ!)」
「(く・・・・・・っ! 痛っ!)」
ふらつく川田の様子を、観客席では阿部が身を乗り出して心配している。
「か、川田先輩、右足押さえてる・・・・・・。森畑先輩、まずいです! 川田先輩の右足って確か!」
「真波! いまのでまた右足やっちゃったの!? ・・・・・・絶対無理しちゃだめだ! 真波ーっ!」
(ピキイッ!) (ビリリッ!) (ズキイッ!)
ひょこ ひょこ ひょこ
「(痛っ・・・・・・。まずいな、これ・・・・・・。よりによって、何でなのよ! 何で今なのよ!)」
右足に走る激痛。それを隠すかのように、何とか開始線まで戻った川田だが、誰が見ても足を負傷したのは明らかだった。主審も、怪訝そうな表情で川田を見つめ、続行可能か様子を窺っている。
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「森畑さん! 川田さんもピンチなの? こっちも、田村君が前歯をやってるし・・・・・・」
「前原。真波、もつれ合って右足やったかもしんないんだ! あの相撲取りみたいな相手に、倒れた時に乗られたの!」
「恭ちゃん、こっちは残り十秒くらいだが、そっちは!」
「こっちも十秒で止まってます! ・・・・・・神長先輩っ。川田先輩が、痛そうな表情でとても見ていられません! わたし、あんな痛々しい先輩見るの、春季大会以来です・・・・・・」
「こっちも、尚ちゃんが新井先輩と必死に続行を訴えているが、どうなるものか・・・・・・。これはどっちも、非常にピンチだ! 頼む! 尚ちゃん、続行して、勝ってくれ!」
前歯を折った田村。右足を傷めた川田。試合終了間近にして、二人ともあまりにも大きなダメージを負ってしまった。
「・・・・・・選手、元の位置・・・・・・」
田村はメンホーを拭いて鮮血の処置を終え、数分間、熱く訴え続けた。
主審は須藤も立たせ、両者を開始線につかせた。ドクターも、苦渋の判断で、残り十秒間の続行を認めたようだ。一方、川田の方も両者開始線にやっと並び立ち、最後の十秒間が始まろうとしていた。
両コートで同時に、主審が再開の姿勢に入る。
「「 続けて、始め! 」」
ワアアアアアアアアアアアアーッ! ワアアアアアアアアアアアアーッ!
「(ズキイッ!)・・・・・・とぉあああああぁぁーーーーっ!」
「(ピリィッ!)・・・・・・おああああああああぁーーいっ!」
両コート、主審の声と同時に川田と田村が気合いを発した。相手も一気に仕掛けてくる。
須藤はムチのような刻み突きを振るい、川田の相手は猛突進して右の上段逆突きを放つ。
「(このやろぉ! ・・・・・・アタシの右足は・・・・・・まだ、死んでないんだよぉーっ!)」
・・・・・・(ズキインッ)・・・・・・ シュバシャアッ!
「(須藤ーっ! 俺の・・・・・・柏沼高校の根性を、くらえーーっ!)」
クルンッ・・・・・・ ギュバアアッ!
川田も田村も、目の前で真っ向からかかってくる相手に、最後の一撃に賭けた技をカウンターで放った。
・・・・・・パッカァァンッ・・・・・・
・・・・・・ズシャアアアァァーーッ・・・・・・
~~~ ピー ピピーッ ~~~
「・・・・・・た、田村君ーっ!」
「「「 川田先輩ーーーーーっ! 」」」
一瞬、時が止まったかのような感覚が前原たちを包んだ。
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「・・・・・・青、上段蹴り、一本! 6対3、青の、勝ち!」
「抜けています。とりませんっ! 止め! 2対1、青の、勝ち!」
「「「「「 あああぁぁーーーーっ・・・・・・ 」」」」」
ほぼ同時に、AコートもEコートも試合終了。
川田は、相手が猛突進して逆突きを放ってきたところを、傷めた右足をそのまま浮かせて、上体を仰け反らせるかのようにしながら、やぶれかぶれの右上段回し蹴りを放った。それがカウンターとなり、試合を決める最後の決定打となった。
一方の田村は、須藤の刻み突きに対して身体を回転させて避け、中段後ろ回し蹴りで返していったが、蹴りは脇腹へ決まらずに奥へ抜けてしまった。ポイントを逆転するに至らず、無情にも、惜敗となってしまった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。痛ぅっ! ・・・・・・な、なんとか勝てた! どうだぁっ・・・・・・」
「ふぅー・・・・・・っ。まじか。・・・・・・だめだったか。終わっちまったねぇー」
川田は痛みを堪え、気迫を解かない眼のまま。一方の田村はふっと息を吐き、抱えたメンホーを静かに見つめて、張り巡らせていた気力を一気に抜いた目となっていた。
「か、川田さんは辛うじて勝てたけど・・・・・・田村君、負けちゃった」
「ま、真波も尚久も、ズタボロじゃんかよぉ。・・・・・・うぅ、マジかよぉ」
準々決勝へと進む川田と、ここでインターハイが終わってしまった田村。勝者と敗者を真っ二つに切り分ける、白星と黒星。前原たちは改めて、大舞台での試合に白黒がつくことの大きな意味合いを知った。漫画のような奇跡はそう何度も起こらない、と。
「な、尚ちゃんが・・・・・・負けちゃったのかぁ・・・・・・」
「あの須藤光則、ものすごい強敵だった。それと2対1の大接戦だったんだ。実力的には田村はやはり、おれたちのナンバーワンだ! だろ、井上?」
「ま、まぁな。悔しいけどよ。・・・・・・それでも尚久は、勝たなきゃどーにもなんないねぇ、とか言いそうだけどな・・・・・・」
「田村君の前歯、だいじかな? 口内も切ってるだろうし、鼻血も苦しいだろうから、きっと新井先輩とドクターの所へまた行くだろうね」
ちょっとふらつきながら、田村は新井とドクターの所へ直行。川田も松島に支えられながら、ドクターの所へ直行し、応急処置を施す。
こんな状態の川田が次の試合で当たるのは、あの朝香朋子。どう考えても、この負傷のまま戦うのは無理がある。
満身創痍の様相でコートから一旦離れていく二人の背中を、二斗と朝香がそれぞれ別コートから何も言わずに見つめていた。ただ静かに、二つの背中を二人の目が、追っていた。