2-80、みんなで、しみじみと・・・・・・
ざしゃしゃーーーっ・・・・・・ かぽおんっ ざざざざざぁーーーーーーー
「「「「「 うおぉーっ! あー、さっぱりしたぁーーーーっ! 」」」」」
宿に着くとすぐ、みなシャワーで汗を流した。
すぐにご飯になるというので、ゆっくりと大きな湯船には浸からずに、みんな次々とすっきりして広間に集まってゆく。
「うわぁ! 今夜も美味しそうだなぁー・・・・・・って、先生も先輩も、もう始まってるんですか? 僕らがシャワーしている間に、どんだけ飲んでんですか・・・・・・」
「まーまー、明日、個人戦でみんなが勝てるよう、沖縄の神様に御神酒をね! はっははは!」
「だいじょぶだいじょぶー。まだ、泡盛ロック三杯目だから、そんな飲んでないよー」
「あははははは。そーよぉ、前原くん、気にしないでー? 私らは、だいじょぶだからー」
「堀内先輩が一番真っ赤になってべろべろじゃないですか! あー、もう、僕は心配です。いま、みんな来ますから、一旦お酒は置いといてくださいよぉー」
「大人は呑気なものだなぁ」と前原は思った。きっと大人たちには、このインターハイが半分は旅行感覚なのかもしれない。この沖縄での賑わいもあと数日しかないのかと思うと、前原はちょっと切なく、寂しく感じていた。
「うむっ。やはり、汗を洗い流すと言うことは、いいものだ。身も心もさっぱりした!」
「ほんとっすね中村先輩! あとは、おいしいメシと、休息ですね」
「おれは食事後、一休みしたらゆっくり寝たい。あちこち筋肉痛もあるんでな。瀬田谷学堂との試合は、身体に負荷がすごかったようだ。既に、今、ねむい」
「そうっすね。先輩たちの試合、ほんと、すごかったしなぁ・・・・・・」
スポーツタオルでごしごし頭を拭きながら、中村と長谷川が広間に戻ってきた。
長谷川はタンクトップ姿で、だいぶラフな感じだ。
じゅわわわぁぁーーーー ざくざくざく とんとんとんとんとん
台所では、キヨと末永、そして阿部と黒川が調理中。
なんと黒川は自ら志願して、沖縄のお魚をいくつか預かりキヨに習って料理している。これにはみな意外だった。
「恭子、なんか手伝おっか?」
「あ、だいじです森畑先輩。試合やってきてお疲れでしょうから、座って待ってて下さい。もう少しでできますから!」
「そう。ごめんねー。あーいいにおい! 楽しみね! そういえば、真波どこにいるか知らない? シャワーはもう終えてるはずなんだけど・・・・・・」
「あ。川田さんならば、小笹と一緒にいるはずよ。この奥の突き当たりに階段があるから、そこの上に行ってみるといいわよ。たぶん、二人でいるはずだから」
「そうですか、ありがとうございます末永先生」
すたすた すたすた すたすた
民宿の廊下を奥まで進む森畑。外は嵐のために雨戸が閉まっていて暗いが、オレンジ色をした電球の明かりが何とも言えぬレトロさを醸し出している。
「あ、この上か。・・・・・・おーい、真波ーっ。小笹ーっ。いるのー?」
「はぁいー。・・・・・・あ、森畑センパイ! もう、ご飯?」
「いや、まだご飯じゃないけど。・・・・・・そこに真波いる?」
「はいよー。ごめん菜美、アタシもいるよここに!」
「シャワーの後、どこ行っちゃったのかと思ったよ。なに? そこ、小笹の部屋なの?」
「くすっ。そうですよぉーっ。もともと、ワタシがいた部屋でーす! 見ますー?」
小笹に誘われて、森畑は二階へと上がる。
「うわぁー・・・・・・。へぇーっ。小笹の部屋かぁ! これが・・・・・・」
「そ。ワタシが沖縄にいた頃のまま、おばあちゃんが残しておいてくれてるみたい」
そこは小さな六畳間。押入があり、本棚が一つに、学習机が一つ。壁にはハイビスカスの造花と、キラキラしたクリスタルのような飾りが掛けられている。
本棚の上には貝殻の置物。天井からは、何かよくわからない綺麗な飾り物がぶらさがっていた。
「でもね菜美。面白いのはさぁ、さすが小笹と言ったところが、本棚の雑誌や漫画が、ぜーんぶ空手関係なんだよー。アタシも似たようなもんだけど、女っぽさのない本棚だね」
「本当だ! 少女漫画とか、恋愛漫画とか、ファッション雑誌が皆無だ! なんだこれ!」
「あんまり見ないでくださいよぉーッ。あははっ。栃木の家には、ちゃんとありますよー」
「宇河宮にいたときの私服、オシャレで可愛い感じだったよね。いつから興味持ったの?」
「んー。ファッションはぁ、フランスで少しだけ覚えたかなぁ。ここにいた時は、ほとんど気にしませんでしたし。ジャージかTシャツか道着でしたねぇー。ここの空手雑誌は、最新号までおばあちゃんが読んでるんだと思いますケドねー」
「そーかぁ。・・・・・・それで、真波は小笹とここで、何か?」
「うん。いやぁ、ちょっと今日の試合の振り返りをね。小笹の部屋に、いろんな空手のデータや情報誌があるって聞いてさ。藤崎さつきとか岡島玲菜とかの情報ないかなー、って」
「ああ。これね。去年のインターハイや全国選抜なんかも載ってるね」
「でさ、別の記事で、とんでもないもん見ちゃったのよねぇー・・・・・・。これ、見てよぉ」
川田が森畑に渡したのは、空手雑誌と格闘技雑誌。開いて渡されたその両誌のページには、驚きの人物が。
「こ、これは! ・・・・・・ミランダ野沢シーナぁ!?」
――― フランス伝統武術サバットのジュニアチャンピオン、ヨーロッパ空手も制す! ―――
ミランダ・ノザワ・シーナ! 日本へ凱旋! 高体連空手に参入か!?
「ヨーロッパを制したので、日本の大会も頂点に立ちたい。まずはインターハイを!」
ミランダ野沢シーナさん。スペイン系フランス人の父と、日本人の母のハーフ。
将来は日本で、ラベンダーの香りを活かしたフランスパンの店を出すことが夢。
父の影響でサバットを幼少期から学び、同時に、和合流空手も学ぶ。
サバットの他、フェンシングも得意であり、数多くの大会で優勝!
まさに、才色兼備のフランス伝統武術を身につけた、若きホープ!
――― フランスプロ格闘技協会が、ミランダ野沢シーナにオファーか? ―――
サバットと伝統派空手の二大大会を制した女王の動向に注目だ!
「あのミランダ野沢シーナ、小笹をヨーロッパで倒しただけはあるのね。明日、朝香と当たるけど、朝香が負けるとは思えない。・・・・・・でも、何が起きるかわからないね」
「うーん。そぉねぇッ・・・・・・。まぁ、順当に行けば、ミランダじゃ朝香朋子に勝てないだろうけどね」
川田も小笹も、真剣な表情。ミランダは空手の世界だけでなく、フランスのプロ格闘技界までもが注目している選手らしい。
「そうか! インターハイ制覇となれば、ミランダ野沢シーナの日本での実績は、さらにインパクトがあるものに! あの人にとっては、インターハイは自分のステータスの通過点にしか過ぎないのね! でも、そんな甘くないはずだけどな、インターハイはさ・・・・・・」
「そうね、菜美の言うおりだ。まぁ朝香がダメだったら、アタシが勝ち上がって蹴散らしてやるけどさっ! でも・・・・・・朝香はもし負けたら・・・・・・」
「ん? どしたの、真波?」
「・・・・・・あ、いや、何でもないよ! 朝香はもし負けたら、泣くほど悔しいだろーなぁって」
「くすっ。ミランダ野沢シーナじゃなく、誰に負けてもみんな悔しいですよぉーっ?」
「ふぅん。まぁ、真波の言うとおり、あれに負けたら泣くほど悔しいわね」
「で、でしょ! あははは!」
「しかし、ミランダ野沢シーナって、サバットにフェンシングにいろいろやってんのねぇ。小笹も、サバットってやつ、むこうでやってたんでしょ?」
「まぁ、うん。・・・・・・えーとね、ワタシにサバットの基本を教えてくれてたのが・・・・・・じつは、ミランダ野沢シーナなんですよぉ」
「「 え! そうなの! 初耳! 」」
「和合流の道場で知り合ってー、そこで、空手の役にも立つからって。ワタシその頃、強くなるんならなんでもいいやって取り入れてたしなーっ。サバット、面白かったですよぉー」
「へぇー! ねぇ、サバットって、どんな感じなの? アタシにもできる?」
「蹴りのある、靴を履いたボクシングみたいな競技ですねー。まぁ、川田センパイなら、何でも合うんじゃないかなーッ?」
女子拳士三人で、あれこれと話は尽きない。しばらくして、キヨが下から声をかけた。
「おーい、おるかねぇ? ご飯できたさぁー。降りてきなぁー」
「あ! おばーちゃんが呼んでる! 行こっ、センパイ!」
女子三人が揃い、みんなでわいわいと美味しい夕食タイムとなった。
今日の料理は、黒川が作った「タマンのマース煮」「ミーバイの刺身」と、キヨと末永が作った「ヒラヤーチー」、そして阿部が作ったという「フーチャンプルー」がメインだった。どれも、プロの店並にものすごく美味しい料理だ。
「黒川・・・・・・。タマン? ミーバイ? ・・・・・・なんだこの魚は?」
「中村先輩、ぜひ召し上がれ! タマンはハマフエフキって魚で、ミーバイはハタという魚の種類ですね。うまいですよ!」
「恭子が作ったやつ、おいしい! なにこれ、お麩? すっごいうまくて、アタシ、元気になるよーっ! ほんと、おいしい!」
「よかったぁ! 習ってみて初めて作りました! わぁ、嬉しいです! やった!」
「しかし、今日はほんとに大激戦だったなぁ。僕も疲れたけど、個人戦に出たみんなも、相当な強敵揃いだったよねー。あと、昼休みの東恩納さんの演武、すごかったぁ!」
「あ! 早川先生! 私のお刺身勝手に食べないでよーっ! もぉーっ!」
わいわいわいわい がやがやがやがや わいわいわいわい がやがやがやがや
大会の記憶が色濃く、その話題で盛り上がった夕食の時間。
美味しい料理に楽しい雰囲気は、明日への活力になる。明日でインターハイは終了。明後日には、栃木県へ戻ることになるのだ。
この島の白い砂浜、緑の山や森、そしてフクギ並木。そして一面に広がる碧い海と赤いハイビスカス。それらの風景は決して、この先いつまでも柏沼メンバーの記憶から消えることはないだろう。
お腹いっぱい食べ、みんな、それぞれの夜を過ごす。吹き荒れる風の音は、いつの間にか止んでいた。
だいたいのメンバーが、昼間の疲れからか部屋で早目に寝てしまったようだが。
かっこぉぉん・・・・・・っ ぱしゃあぁ ちゃぽぉぉぉん・・・・・・っ
「あー、いてぇーっ・・・・・・。やっぱ、ひねっちまったかなぁー・・・・・・。いててて!」
前原たちが寝静まった後、田村はずっとお風呂で足や腰のケアをしていた。
やはり、団体戦での無理がたたったのだろう。表情を歪め、かなり痛みがありそうだ。
「明日は福岡天満学園の須藤が相手だし・・・・・・あー・・・・・・楽に行かないねぇー」
からり からりからから からり
かぽぉん・・・・・・ かこぉん・・・・・・ しゃー ざざざざざーーーーーーーっ
「(ん? まだ起きてたやつ、いたかなぁ?)」
この民宿の浴場は山形の蟹鶴温泉同様、天井部分が吹き抜けになっており、高い壁で仕切られているだけ。日付が変わりそうなこの時間帯に、女湯側へ誰かが入ってきた。
「あー・・・・・・。いったぁ! ・・・・・・やっぱり、アザになってるー・・・・・・」
しゃー しゃあああーーーーーーー
「・・・・・・川田かぁ? こんな時間に?」
「え? 田村ー? なに、あんたもこんな夜中にお風呂?」
かぽおんっ ちゃぷん かこぉぉん・・・・・・っ
壁を隔てて田村と川田は背中合わせのようになり、天井を見上げながら湯船に浸かっている。
「いや、やっぱさぁ、いてぇんだよ・・・・・・腰と足がさぁ」
「アタシもさぁ、あの大阪女にやられたよぉ・・・・・・。あちこち、アザだらけだー・・・・・・」
ちゃぷううぅぅん・・・・・・ ちゃぽちゃぽ・・・・・・
「川田ぁ・・・・・・。俺たちさ、あんだけ猛稽古したのに、全国は・・・・・・広いねぇー」
「なぁによ、しみじみと? ・・・・・・そうだね。広いね・・・・・・。強いのいっぱいいるねー、インターハイって・・・・・・」
ちゃぽ・・・・・・ ぴちょぉぉんっ・・・・・・ かぽぉんっ・・・・・・
「明日で終わりかぁ、インターハイ・・・・・・。そして、部活の空手もだねぇー・・・・・・」
「なんか、実感湧かないなぁ。・・・・・・試合はいずれにしろ、部活終わりってのが、さぁ」
「なぁ・・・・・・」
「・・・・・・ん?」
「次の主将さぁ・・・・・・どーすんべ? 二年も三人しかいないしねぇー」
「あー、そぉかぁーっ・・・・・・。主将と副将引き継ぎねー・・・・・・。あんたと前原で、そういう話してないの?」
「いやー・・・・・・それどころじゃなかったからさー・・・・・・」
ちゃぷんっ ちゃぷちゃぷちゃぷ ちゃっぽぉーーんっ・・・・・・
「そぉねぇー。アタシはさぁ、主将とかの役って、意外とそれに就いてからその人が伸びる場合もあると思うよ? でも、うちの部、ここ四年ちょっとはずっと男子が主将で受け継いでるしなぁー」
「男子ねぇー。・・・・・・二人しかいねーんだよねぇー」
「黒川と長谷川だよねー。・・・・・・長谷川のがしっかりしてるかな? あー、でも、わかんないなー。黒川も意外な時にしっかりしてるしー・・・・・・」
お湯に浸かりながら、次世代の話をする田村と川田。
川田は両手で湯を掬い、それをまたぱしゃりと零して戻す。田村は顔に湯をかけ、ごしごしとこすっている。
「ねぇねぇ・・・・・・。アタシらが入部したときの主将、怖くなかったー?」
「あー、あの人ね。麦倉主将。・・・・・・俺は、その次の上野先輩も、おっかなかったなぁ」
「あはは。あの頃から田村、稽古嫌いで、よく怒られてたじゃん!」
ちゃっぽぉーーんっ・・・・・・ ちゃぷちゃぷちゃぷ ちゃぷんっ
「川田だってさぁ、当初、超強いあの女子の先輩・・・・・・なんだっけぇ? あ、鷲頭先輩だ! あの人に、すっげぇしごかれてたよなぁ! ・・・・・・懐かしいなー」
「鷲頭先輩には、当時のアタシじゃ敵わなかったなー。唯一の三年生で経験者の女子先輩だったし」
「その下の世代が、女子は飯島先輩と永井先輩だったねぇー。・・・・・・楽しく大学生やってんだろうなぁ」
「何だかんだでさ・・・・・・アタシらも、三年生だよ・・・・・・。アタシね、一年生の時、菜美と一緒に団体組手を先輩らと組んだじゃん? あの時のインターハイ予選は、忘れられなかったなぁー・・・・・・」
「えーと・・・・・・なんだっけ? なんかよくわかんねーけど、確か、先鋒が川田で、次鋒が永井先輩、中堅が鷲頭先輩で、副将が森畑、大将が飯島先輩だったっけねぇー」
「そうそう! あの時、初戦がいきなり等星でさー。・・・・・・当時の等星も、強かったもんなぁー。それで初戦敗退。鷲頭先輩、トイレの個室で大泣きでさ、アタシらも、もらい泣きした覚えがあるよ・・・・・・」
ちゃっぽぉーーんっ・・・・・・
ちゃぽちゃぽぉぉぉ・・・・・・んっ ちゃぷ ちゃぷ
「川田はけっこう、先輩らに見込まれてたよねぇー。俺ら男子の先輩も、日新や明日市に勝てなかったりしてなー。当時のインターハイ予選、まーず日新には歯が立たない感じだったしなぁー」
「でも・・・・・・アタシたちの代になって、ここまで来られたなんてね。ふふっ・・・・・・」
「そうだねぇー。先輩らにも、この沖縄インターハイ、見せてあげたかったな!」
「『日々精進』の部旗が、インターハイの会場に掲げられているのを見たら、たぶん、先輩たちも感無量だったろうねー」
「そう考えっと・・・・・・俺たち、やるだけのことは、やったんかねぇー? 柏沼高校空手道部としてさ?」
「そうだよ! あとは、明日、全力で悔いなく出し切るだけっ! ・・・・・・さ、アタシもう出ようかな? 田村、ゆっくり癒やしなよ。・・・・・・先、出るね。・・・・・・おやすみ!」
「おう、おやすみぃ。川田も、よーく休めよなぁ? 明日、頑張ろうぜ!」
「うん、ありがと・・・・・・。じゃぁねーっ! ごゆっくりーっ!」
ざざぁー からり からりからから からり ととんっ
いつの間にか大嵐が抜け、外は風が凪いでいた。
雲間からは星明かりが見え、温かく吹き抜ける風は、夜中の草木をさわさわと揺らし、葉がいくつもの音を重ねている。お風呂から出た川田も田村も、夢の中へと入っていった。
真夜中に、黒川が夢を見ながら拳を振るい、横の長谷川の頭を思いっきり叩いたらしいが。
寝ていても時は止まることはない。全員が目覚めると、ついに、インターハイ最終日に突入したのだ。