2-8、沖縄上陸めんそーれ!
・・・・・・ゴゥンゴゥン グオオォォン・・・・・・
「ついに立つね・・・・・・沖縄だ。アタシはいい戦いをする! そして、全国制覇を目指すよ!」
「どんな相手が待ち受けてるんだろうね。ドキドキするし、ワクワクもするね真波!」
「帰ってきたよ、おばあちゃん! ・・・・・・楽しみだなぁ。ワタシの故郷、沖縄・・・・・・ただいま!」
「さぁ、ついに来たねぇ! 俺たちの決戦の舞台だぁ。気合い入れていかないとねぇ!」
栃木県からやってきた高校拳士、十三名。それぞれの想いを抱き、沖縄県へ間もなく降り立つ。
着陸の準備で機体が旋回をし始めた。
・・・・・・ゴオォォゥン キィィン
グオオォン ゴウウゥン
そして、ついに沖縄本島へ着陸。この時の揺れで、中村はまた魂の抜けたような状態に逆戻り。
「ほら! 中村、着いたよぉ! もうだいじだから、行くぞ。おーい。だいじかねぇー?」
「はっ・・・・・・す、すまん田村。どうも飛行機は、だめだ。おれは苦手だ・・・・・・」
続々とみんな降りていき、空港一階にある到着ロビーの手荷物受取所で各自荷物を受け取る。
「へえー! アタシ、ほんとに今、沖縄の地を踏んでるんだぁ! 出発した東京の空港よりはさすがに小さいみたいだけど、きれいな空港だぁ! すごぉい!!」
「真波。なんか、やっぱり少し気候も違うよね! なんというか、空気が違うというか陽射しが違うというか、どう言ったらいいかわかんないんだけど、関東とは全然違う!」
「川田先輩、森畑先輩! あれ見て下さい。めんそーれって書いてある! 沖縄ですねぇ」
「恭子、あれをバックにまた撮ろうよ! ねぇ、みんな。撮ろう撮ろう!」
「おいおい真波ぃ。お前が一番、なんつーかノリノリでハイテンションだべよー」
「いーじゃないの井上! あんただって機内で優雅にしてたくせにー。アタシはね、沖縄が初めてだから、もうワクワクが止まらないの!」
「まぁ、そりゃーみんなそーだろうけどよー。見ろよ、一年生の二人を。お前より先輩っぽい感じで落ち着いてんだろぉ?」
「真衣と紗代は、緊張してるのよ。ねー、二人ともそうでしょ? アタシはもう、そんな緊張してる暇はないのっ」
「「 す、すごいですねー・・・・・・ 」」
「さぁ、みんな。撮ろう撮ろう! 沖縄だよ!! おーきーなーわっ!」
どうやらメンバーの中で川田が一番はしゃいでいるようだ。やれやれといった表情の井上に、内山と大南もその隣で苦笑い。
空港のロビー内にある「めんそーれ」の看板を背景に入れ、早川先生や新井も入り、全員でパシャリと記念撮影。写真に写るのが苦手という末永が撮ってくれた。小笹は「お母さんも入ればいいのに」と言っていたが。
「うーん、いいねいいねー。沖縄だねー。これだよこれだよー。いいよいいよー」
「新井さん、今朝は空港までの運転お疲れ様でした。夜、やりませんか? くいっと、ね!」
「いいですねー。オッケーオッケー。のみましょう早川先生ー」
早川先生と新井は、なにやらもう、夜に飲む話をしているようだ。
そんな中でひとり、みんなで写真を撮った後の小笹は瞳が宝石のように輝き、誰よりも先に空港の外へ目を向けていた。
「・・・・・・なま・・・・・・けーゃびたぁん。うちなーにぃ」
「え? なになに? 末永ちゃん、なんて言ったの今?」
「くすっ。・・・・・・今、帰ってきました。沖縄に。・・・・・・ってね。なんかねぇ、勝手に、さっきから涙が出るのぉ。阿部チャン、ティッシュなぁい?」
「なになになに? ちょっと末永ちゃぁん・・・・・・。はい、これ。拭いて拭いて」
「ありがとネ。くすっ。ぐすん・・・・・・ふえぇ・・・・・・懐かしい空気なのぉ・・・・・・」
小笹は久々に踏む故郷の地に、感極まってしまったようだ。その両目からは、ぽろぽろ涙が溢れている。阿部は、そんな小笹の頭をなでながら、微笑んでいる。
「早川先生。そろそろ迎えのバスが来るはずなんですが、まだ来てませんね? 民宿の隣に住む方が送迎してくれるらしいんですが。空港の外の乗降場にでも出てみましょうか?」
「そうですね末永先生。その方、どんな方かわかります?」
「あ、顔はわかります。大丈夫です
「では、すみませんがよろしくお願いします。じゃ、みんな、外に行くよー?」
空港の外は、一面に広がる青い空。そして沸き立つ白い雲。
空には数機、ここを目指して降りてくる便も見える。沖縄の陽射しは関東地方よりも、さすがに強い。いや、もしかすると変わらないのかもしれないが、明らかに陽射しの色合いは南国の感じである。
吹き抜ける風も、どこか薫りの違う風。空港の眼前に広がる碧い海は、栃木から来た者にとっては心を奪われてしまうかのような美しさ。
ぱひっ ぱひぱひぱひ!
どこか気の抜けたクラクションが鳴った。
音のする方を見ると、小太りでよく日に焼けたおじいさんが「めんそーれ」とペイントされたマイクロバスから笑顔で手を振っている。
「あっ。早川先生、あの方です。送迎して下さる島袋さん。呼んでるみたいなので、行きましょうか」
「あぁ! しまぶくろぬたんめーだ! ひっさしぶりぃーっ! わぁぁ! 懐かしいッ!」
今回、末永親子の知り合いであるこのおじいさんが、民宿やインターハイ会場への送迎を請け負ってくれる。とても恰幅の良い方で、小笹は昔から知っているらしく、愛着を持って「島袋の翁」と呼んでいるようだ。
この島袋も、代々沖縄空手をやっている士族の家系らしい。にこやかで癒やされるその笑顔とは裏腹に、顔の幅と変わらない首の太さや肩周りの筋肉が隆起しており、ゴツゴツと岩のようなタコも拳や指のあちこちに見られる。きっと、長年すごい稽古を地道に積んでいるのだろう。
「栃木県からまいりました、柏沼高等学校空手道部です。このたびは、長い期間ご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞ、よろしくお願いいたします」
「「「「「 よろしくお願いしまぁーっすっ! 」」」」」
早川先生が手土産を島袋に渡し、丁寧に挨拶。そしてみんなで揃って「よろしくお願いします」と元気に挨拶。豪快な笑い方で、島袋はにこやかに受け入れてくれた。
「ゆたさるぐとぅ。|ちゃぁ遠こっちさぁ来たぁさ《よく遠くまで来てくれたね》。高校生の全国大会となぁ? ちばりぃよ」
「しまぶくろぬたんめー、にふぇぇでーびる。けーゃびたぁん。このインターハイ、ちばるかんよぉ! 応援しよーよぉ! 必ずいい試合するさぁ! ワタシ、ちゅーぅくなったさぁ」
島袋の歓迎らしき言葉で、一気にものすごく元気になった小笹。
どうやら、この地の方言があれこれ入り交じって話をしているらしいが、他のメンバーには外国の言葉のように感じていた。
「(お、おい尚久。何つってんだ、ありゃ!? 俺にはさっぱりだ)」
「(俺もさっぱりわからないねぇ。千葉がどうとか言ってるから、千葉の空港から来たのかと質問してるのだろうかねぇー?)」
「(う、うむむ。まずいぞこれは。おれ、沖縄の人と話せないような気がしてきた)」
「(中村君でも無理じゃ、僕も無理だよぉ)」
「(こーりゃ、参ったなぁ。だはは。栃木弁とはまったく違う方言だな)」
小笹と島袋の会話を聞き取れず、戸惑うメンバーたち。
「ね、ねぇ? 小笹とあの島袋さん、なんつってんのよ? 菜美、訳してよ・・・・・・」
「わ、わっかるわけないでしょ! 私は栃木、茨城、福島の方言くらいしかわかんないわよ」
すると、長谷川が急に島袋へ歩み寄ったかと思うと、軽く会釈し、にこっと話しかけた。
「はいたい(こんにちは)。自分、柏沼高校二年の長谷川充やいびぃん。民宿が、楽しみやぃびぃんさぁ」
「はぁぁ? な、なんで充、こっちの言葉で話してんだ! す、すげぇ!」
「なぜだ長谷川、いつの間に? おれたちでさえ、沖縄の方言はよくわからんというのに」
「長谷川やるねぇ。つかみはオッケーってやつだ。すごいねぇ。俺も主将だし、話せるようにしといた方がいいかねぇ、沖縄の方言」
なぜか沖縄の方言っぽい感じで話す長谷川に、一同びっくり。
早川先生が、「いつ覚えたんだ長谷川は」と何度も驚いて呟く。小笹もこれには驚いて、長谷川のほうをずっと見ている。
「あははっ。長谷川くーん、やるねぇッ? 微妙だけど、勉強したんだね? くすくすっ」
笑顔の歓迎と沖縄方言の洗礼を受けた後は、島袋のバスに乗って三十分ほど海沿いを走って民宿へ向かう。島袋曰く、さっきの挨拶はわざと方言を強くして小笹と話していたとのこと。
「はっはっは! 普段はもっと普通に話すから、そんなに緊張しないで良いさぁー」
「え! そ、そうなんですか!? アタシ、てっきりこのままだったらどーしよーって思っちゃいましたよ!」
「なぁーに。こっちの方言『ウチナーグチ』にも、みなさんならきっと慣れるさぁー」
島袋は豪快に笑いながら、ハンドルを握ってバスを走らせる。
民宿まで走るバスに、海から跳ね返る煌びやかな日の光が当たっている。この海沿いがまた、全員の心を見事に癒やしてくれた。早起きの疲れも昨日までの稽古の疲れも、一気に吹き飛ぶ爽快感。写真やビデオも良いけど、やはり記憶にしっかりと焼き付けて永久保存したい光景だ。
小笹はなぜか、島袋のバスでは酔わないらしい。
「「「「「 うっわぁぁーーっ! 綺麗なブルーの海だぁぁぁっ! 泳ぎたぁい! 」」」」」
女子全員、バスの窓から見える沖縄の海に大感激。もう、どう見ても雰囲気は沖縄旅行に来ている感じだ。インターハイという大会はどこへやら。本来の目的を忘れていないだろうか、と心配になるくらいにはしゃいでいるのだ。男子も全員がその海と空の美しさに心吸い込まれる感じで、バスに揺られながら民宿へと向かっていた。
中村と神長は女子に「ぜひ海では泳ぎたいね」と、なぜかやたらと海水浴を推していた。
ぶろろろろろぉぉーー・・・・・・
「そういえば、しまぶくろぬたんめー。まだ、サンゴの雑貨って作ってるのぉッ?」
小笹は、島袋へ唐突に質問をした。それに対して島袋は、にっこり笑って応える。
「あー。最近は昔ほどは作ってないんさぁ。でも、作ってくれと頼まれれば、作るさぁー」
「え? なになに小笹? 島袋さんって、雑貨職人なの? アタシ、雑貨好きだよー」
「職人ってワケじゃないですけどぉ、昔から、星の砂や白サンゴ、あとは紅サンゴを使っていろんなもの作って売ってたんですよぉ」
「へー! すごぉい! 島袋さん。どんなものを作ってたんですかー?」
川田は、島袋が沖縄のサンゴを使って作る雑貨品に興味津々のようだ。
「んー。例えば、白サンゴの箸置きとか、ネックレスとか。紅サンゴなら、ブレスレッドや髪留め、あとはかんざしなんかをずっと作ってたさぁ」
「ステキ! そんな雑貨品あったらアタシ、すぐ買います!」
「白サンゴや紅サンゴの品は、昔、ヤマトの本土へ出荷もしてたことあったさぁ」
「そーなんですか! アタシ、沖縄のサンゴでできた品があったら、買っちゃいます。うちのほうでは、なかなか売ってないんですよねー」
「紅サンゴの髪留めやかんざしは、おたくらの関東地方へもよく卸しにいったものさぁ。昔の話だけどね」
「えー。川田先輩。紅サンゴの髪留めなんて、すっごく良さそうですよね! わたし、欲しいなぁ」
「だめだよ恭子は。それ見つけたら、アタシがまず買うんだからね」
「はっははは! ケンカしないでおくれー。欲しかったら、そのうち、作って送ってあげるさぁ」
「「 本当に!? やったぁ! 」」
「ただ、紅サンゴはいま、まーず手に入らなくてね。そこまで期待はしないでほしいさぁ」
「えー。残念。アタシ、すっごく気になったのになぁ」
ぶろろろろろぉー・・・・・・
「あ! 見てみて、さよー。あの花、なんだろうね?」
「見たことなーい。うちやま、しらべるんだ! きみならできる」
見たこともない花が揺れている。
見たこともない木々が茂っている。
絵に描いたような青と碧。ふわりと薫る南の潮風。
どこを見ても、栃木県にはないものばかり。陽射しも、雲も、そしてこの地に漂う空気も。ぜんぶひっくるめて、沖縄の全部がいま、柏沼メンバーを迎えているのだ。
内山と黒川は暑さに少しだけやられているようだが、みんな基本的に元気。インターハイ当日までは、まだあと六日ある。それまでに、ここの風土にしっかり慣れ、大会へ臨みたいところだ。
ぶろろろろろぉー・・・・・・
「田村君。こんなに素晴らしいところで僕たちは、高校最後の大舞台に挑めるんだね!」
「そういうことだねぇー。こりゃぁ、心の底から燃えてくるってもんだねぇー」
「空手発祥の地、だもんね。頑張って、良い結果を出せるといいね!」
「なーに、気負わずともだいじだ前原! きっと、沖縄のいい空気が俺たちを強くしてくれると思うよぉー」
・・・・・・ぶろろろろろろぉぉー・・・・・・
バスが走っていたあとには、畦道に赤いハイビスカスが一輪、ゆらりゆらりと揺れていた。