2-75、甘えんじゃないッ!
「くそったらぁっ! おらあああぁぁっ!」
ドバシャアアァッッ!
大混戦模様の個人組手だが、Bコートでも、なにわ樫原の猪渕などが大暴れしていた。
そして、Cコートにも、何やらものすごい連打を放つ選手が。
「はああぁいいいいいやああああああああっ!」
ドッガガガガガガガガガガガガガガがガガガガッ!
「「「「「 (や、やっぱりあいつら、強えーっ!) 」」」」」
「あれ? なんか、あのCコートの選手・・・・・・。あの連突きのフォーム、見覚えが」
「前ちゃん! 大会パンフレット見たら、この名前!」
「え! 名字・・・・・・崎岡? 静岡で?」
前原と神長はCコートで暴れているその選手の名前を確認し、くるっと振り向いて視線を等星メンバーの方へ向けた。
「はぁ・・・・・・。あんだけの攻撃力がありながら・・・・・・。あーぁ、やられたよ。なんであいつ、肝心なところで勝てないんだろうなぁ。甘いんだな!」
「ね、ねぇ、崎岡さん? いま負けちゃったけど、Cコートの御殿城西の選手って・・・・・・」
「そう。私の弟だよ。崎岡清刀。キヨトっていうんだけど、刀にはほど遠いな。いつも詰めが甘くて、負けるんだ。朋子の弟が羨ましいよ私は」
何と、朝香だけでなく、崎岡の弟もこのインターハイに静岡代表で出ていたようだ。たったいま、負けてしまったが。
そんな会話をしているうちに、Dコートではあの朝香の弟が登場。
ワアアアアアアアアアアアアアアア
「「「「「 光太郎ーーっ! しばいたれやぁ! 行かんかいーっ! 」」」」」
キィンッ・・・・・・ スパァン! ドガアッ! バッチインッ!
「・・・・・・赤の、勝ち!」
本当に一年生なのだろうか。朝香の弟である光太郎は姉によく似た組手と試合運びで、二回戦を四十秒ほどで8対0の圧勝。
猪渕が言っていたように、なにわ樫原の秘密兵器というのが頷ける。
その後Dコートは、おかやま白陽の岬も登場。独特なあの動きで、相手を寄せ付けることなく8対0の完勝。
「うぅるるおおおぉあっしゃぁーーーーいっ!」
ドッガァン! ドォンッ! ドドォンッ! ズッドォンッ!
「「「「「 二斗先輩、ナイス一本だぁ! ナイス一本だぁ! ナーイス一本だぁ! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアア
~~~ ピー ピピーッ ~~~
Dコート最終試合は二斗が岩手県代表 北三陸学園の天内選手と対戦。
相手のスピードにやや翻弄されていたが、落ち着いて重爆撃のような攻撃を重ね、最後はパワーで押し倒したところへ一本技を決めるなどして、二斗も7対4で勝利した。
ワアアアアアアアアアアアアアアア オオオオオオオオオオオオッ
「(呑まれた相手に、うちは本気出す必要なんかないわぁー)」
キィンッ・・・ パパパパパパパパパパァンッ!
「止め! 青、上段突き、技有り! 青の、勝ち!」
舞子も姉に勝るとも劣らないスピードを持ち、あっという間の展開で試合を三十秒足らずで終わらせた。
各コート、ものすごいレベルの混戦模様だが、これで二回戦の全試合が終了。下馬評通りの実力者が勝ち上がってきている。
「いやぁーっ、見てて勉強になるねぇ、うちやまっ! ・・・・・・って、あれっ?」
「どうしたの紗代?」
「阿部先輩、うちやまがいつの間にかいないんです。どこいったんだろう・・・・・・」
「応援で緊張しすぎて、トイレにでも行ったんじゃないの? まぁ、戻ってくるでしょ」
ひた ひた ひた ひた ひた・・・・・・
ぱたた ぱたた ぱたたたたたっ・・・・・・
「・・・・・・なんだ? 先輩の応援しないでいいのか? 私に、何か用かい?」
「ま・・・・・・まってください。・・・・・・はぁ、はぁ」
「なんだい? 三回戦始まるまでにトイレ済ませたいんだけど。用件があるなら早く話してちょうだい。どうしたんだい?」
熱戦が展開されるメインアリーナの裏で、等星の崎岡を追いかけてつかまえていたのは、なんと内山だった。
「さ、崎岡さん・・・・・・。えっと・・・・・・」
「どうした? 何なんだい? 森畑や男子勢の先輩ではなく、なぜ私をつかまえた?」
「わ、わたし! 強くなりたいんです! うまくなりたいんです! どうすれば、等星女子高みたいに、凜として強くなれるんですか! おしえてください!」
「・・・・・・いったい、どういうつもり? ・・・・・・柏沼高校の内山と言ったか。相談する先輩を間違えてはいないかい? 等星の強さを、真似したいのか?」
「そうです!」
「なんでだ? 私らと同等にハイレベルな先輩が、そっちにもいるだろう? 川田や森畑など」
「わたしは・・・・・・わたしは・・・・・・先輩のお荷物になりたくないんです。このインターハイも、予選で、わたしが団体負けたから、だめだったんです。だから、先輩方に迷惑をかけずに、わたしは裏で努力を積んで、強くなりたいんです! みんなの、役に立ちたいんです!」
「ふぅん・・・・・・。それで、先輩には相談せず、私ら等星に強さを求めたってわけかい?」
「・・・・・・はい。・・・・・・インターハイの試合を見てて、思ったんです。どの人も強い。でも、わたしとさよは同期ですけど、正直、武道経験のあるさよに、置いていかれているんです。だから・・・・・・」
「だから?」
「だから、何としてでも、強くなりたくて・・・・・・。でも、うまくならなくて。どうしたらいいんでしょうか? わたしは、運動経験ないから、弱いんです。文化部だったから・・・・・・」
くるっ ひた ひた ひた
「おい・・・・・・」
「え? ・・・・・・は、はいっ?」
崎岡は、内山の前に立ち、すっと見下ろしてゆっくりと口を開いた。
「強くなりたいなら、甘えんじゃないーッ!」
「ひんっ・・・・・・! す、すみません!」
「いいかい? 強さって言うのは、自分自身の心を乗り越えた者に身につくものだ。きつい稽古、きつい経験、逃げ出したくなるような辛さ。それらを克服し、歯を食いしばってでも乗り越えてこそなんだ。そこから目をそらした者には、強さの高みは目指せないよッ!」
雷が落ちたかのような声で、崎岡は内山に厳しい言葉を浴びせる。
「近道はない。いま、お前が自分の弱さに甘えて、近道で強さを求めているが、近道なんかないんだよ! 自分が弱くて辛いなら、他人の何倍も稽古しな! 運動経験がないとか、文化部だったなんてのは甘えだ。それを捨てな!」
頭を抱えて縮こまる内山に、さらに崎岡は言葉を放つ。
「今は弱くても、食らいつくんだよッ! 仲間に迷惑? 白帯の一年が、言うことじゃないよ! やることやってから、それでもだめなら、悩みな! 無心になれ。稽古はきつい。当たり前だ。まずはそれに勝ちな!」
「は・・・・・・はいっ! わたしは・・・・・・まずは自分に・・・・・・」
すっ・・・・・・ そっ・・・・・・
すると崎岡は、すっと腰を下ろし、内山に目の高さを合わせてゆっくりとした口調に変え、話す。
「そうだ。お前の気持ち、わからなくないよ。自分がチームの足をひっぱてるんじゃないかって思うときは、誰にも少なからずある時期がある。気持ちの問題だ」
「・・・・・・き、きもちの?」
「ああ。もちろん、経験値でどうしても埋められない壁はあるがな。・・・・・・こうして、一人で何とかして強くなりたいという気持ちがあれば、内山、お前は大丈夫。強くなるよ!」
涙目でウルウルした内山の肩をポンと叩き、崎岡は最後にふっと笑みを浮かべた。
「す、すみません・・・・・・崎岡さん・・・・・・」
「さ、もう戻りな。試合を見るのも大切な稽古だよ。先輩もきっと、いきなりお前がいなくなったら心配する。わかったら、行きな!」
「あ、はい! すみませんでした、引き留めちゃって・・・・・・。ありがとうございました!」
くるっ ぱたたたたたたたたたっ・・・・・・
涙を拭って、笑顔を取り戻した内山は、廊下や階段を駆けてゆく。何かすっきりしたような明るい表情で、柏沼メンバーの所へ戻っていった。
その駆け戻ってゆく内山の背中を、崎岡はただ黙って笑顔で見つめていた。
「・・・・・・懐かしい姿だね。・・・・・・弱かった頃の私によく似てるよ、まったく」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアア
強豪ひしめき合う個人組手のトーナメントは、三回戦となっていた。
インターハイ二日目の競技日程は、これが最後となる。明日に繋ぐためにも、負けは許されないサドンデスゲームなのだ。