2-71、おらのお弁当、どーすんのさ
~~~これより、昼食休憩に入ります。午後の競技は、一時三十分より・・・・・・~~~
わいわいわいわい わいわいわいわい がやがやがやがや
「みつる。お弁当とお茶、取りに行こうぜ? 日新や等星の人らも、どうすか?」
「・・・・・・そうか。・・・・・・一年! 食事の準備だ! 柏沼の黒川君と行ってこい!」
「「「「「「 わかりました二斗先輩! 行ってきます! 」」」」」」
「川島。矢萩。他の一年も連れて、弁当もらってきてくれ。落とさないように気をつけてな」
「了解です、崎岡先輩。行こう川島。他のみんなも手伝って!」
激闘の合間に入る、楽しみなお弁当タイムがやってきた。
はしゃぐ井上に対して川田が「小学生の遠足じゃあるまいし」と思って呆れているが、今大会のお弁当はものすごく美味しいから誰もが楽しみにしているようだ。
中村曰く「弁当がうまいと本当に午後への活力になる」とのこと。
タタタタタタタタッ スタスタスタスタ
大会本部へ人数分のお弁当を受け取りに向かった黒川と長谷川に、大南と内山も付いていった。そして、日新学院や等星女子の一年生たちも後に続いていく。
「みつるー。なんだか、日新や等星の一年生を従えているなんて、俺たち、主将にでもなったような変な感じしない?」
「別にしないよ。だって、別の学校じゃん。てか、自分らより強いと思うし・・・・・・」
「それは・・・・・・言うなよ。でも、チームって、いいもんだなー」
ドンッ ・・・・・・べしゃ
「あああーーーっ・・・・・・。お、おらのおべんとーが!」
「あっ! す、すいませんっ! ああっ、なんてこった! よくよくだぁ・・・・・・」
よそ見をしながら話していた黒川が、嬉しそうにお弁当を持って歩いていた女子選手にぶつかってしまい、相手はお弁当を落としてしまった。
「わぁー! 何だよーっ! おだづなよ、おめぇ! おらのおべんとーがぁ、もぉーっ・・・・・・」
「おいぃ、敬太! なぁにしてんだよぉ! どうすんだ、やべぇよ! この人の弁当が!」
「・・・・・・どうしてくれんだべか!? うち、これで腹減って午後の試合やれなかったら、はぁ、どすんだ? ん? ん? ・・・・・・栃木? おめ、栃木の選手なんかこのぉ!」
「ほんとすいません! あ、でも、俺、選手じゃないんです。補欠、っすね・・・・・・」
「んなこたどーでもいいんだ、ほでなす! あーぁ、ごしぇっぱらやけんなぁーっ!」
「ちょっと、どうするんですか黒川せんぱい。相手、すごく怒ってますよ・・・・・・」
「うちやま。わたし、この人の話、うまく聞き取れないんだけど・・・・・・。怒ってるのはわかるんだけどさ」
内山と大南は、慌てふためく黒川の後ろで、目をぱちくりとさせている。
「すいません。あのー・・・・・・俺の弁当で弁償しますんで、届けますよ。あのー、えーと、そのー、学校とお名前、聞いてもいいっすかね?」
「ほんだってや? はぁ、そんならはぁ、よがっぺ。なら、ちゃっぢゃと持ってきてけろ! おらは、宮城県の東北商大高校、岡島玲菜だっちゃ! おめ、柏沼高校か! 等星と一緒にいるなんて、はぁ、おらに喧嘩売ってんじゃあんめな? んなら、ぶぐらすど!」
「いやほんと、悪気ないんすよ! えーと、あのー、えーと・・・・・・持っていきますから」
「まったぐ。やんなっちまぁ! ぐずらもずらしてんじゃねぇべ、はぁ。もうーっ! ほんと、やんなっちまぁべや!!」
岡島玲菜というその選手はふくれっ面になり、そのまま宮城陣営まで戻ることになった。
やらかしてしまった黒川は、ものすごくその場で落ち込んでいた。内山と大南、そして、等星の一年生数人に慰められている。日新の一年生は先に全員分のお弁当を持って、栃木陣営へ戻っていた。
黒川たちがそんなことになっているとは、柏沼メンバーの誰もつゆ知らず。
だが、黒川が慰められている間に、観客席では別なことが起きていた。
ぺち ぺち ぺち ぺち ぺちっ
「おい! 栃木の、柏沼高校! おいったら、おいーっ! おらの声さ反応してけろ!!」
その声に驚いて、一番に川田が振り返った。
「え? 誰よ? 宮城陣営はもうちょっと向こうだけど・・・・・・アタシらに何か用?」
「おめの後輩に、おらの弁当、だめにされちったっちゃ! おら、ごしぇっぱらやけてんさ!」
「なにー? どーしたのさぁッ?」
「どしたの真波? なんかあったの?」
三回戦を終えて戻ってきた小笹や森畑も、何がどうなっているかわからない状況に、ただきょとんとしている。
「どういうことだ? 何が何だかわかんねーけど、黒川らが何かして、あんたとトラブったんかねぇー?」
「んだ! おめ、主将の田村尚久だな! それがわかってんなら、おらのこの苛立ちわがっぺや! はぁ、おだづなって感じだぁ!」
「(もぐもぐ、ごくん)お前、東北商大の女子主将、岡島か? 弁当がどうしたって?」
崎岡は、朝香や諸岡とお弁当を食べながら、話に入ってきた。
今日のお弁当は、ラフティーとにんじんシリシリ、そしてイーブーの唐揚げ。イーブーとは、関東で言うハゼ類の総称らしい。
ラフティーがお気に入りらしい崎岡は、数回まばたきをして、川田と岡島を見つめている。
「等星の崎岡! なして、おめら、おらの前でうまげに弁当食ってんだ、はぁ!」
「しょうがないだろ。昼休みなんだから。別に、当てつけじゃないからな? うまいぞ、この豚肉のやつは」
「ごしぇぱらやけっぺや! おらの前で、はぁ、うまげに食うなこの!!」
「だって、うまいんだから仕方ないだろ?(もぐもぐ)」
「おらのおべんとーは、無ぐなっちまったんだぞや!」
「知らないよ。それも運命じゃないか」
「崎岡! このほでなす! おらはー・・・・・・。わぁーん、もーっ!!」
ラフティーを頬張る崎岡に対し、岡島は地団太を踏んでふくれっ面になった。
「あははははっ! 弁当なんてぇ、一回食べなくても、へーきだってぇ! 東北商大って学校は、ずいぶんお弁当にこだわるのねぇーッ! 食いしん坊? くすくす。あはははっ!」
小笹は、崎岡と岡島のやりとりを見て笑い転げている。
「・・・・・・はぁーっ! おめ、笑いすぎだっちゃ! おらのチームを、腹っぺらしと馬鹿にしたべ今? えらいごしぇっぱらやけたぞ、はぁ! おら、がすまげじゃねえっちゃ!」
「あははっ! ねーぇ? お弁当にそんなにこだわるのは、なんでぇ? ワタシ、決して馬鹿にしたわけじゃないからねぇーッ? お弁当が、大好きなのねぇーッ? あはははっ!」
「はぁ、あだりめだんべ、この! おべんとーのお米や野菜は、農家の人が必死こいて、はぁ、汗水垂らして作ってんだべや! うちだって、はぁ、でっけぇ農家なんだぞや! 宮城の岡島って言や、有名な農家だぞや!」
「くすっ。ワタシそんなの知らないもーん。ほんっと、お弁当大好きなんだねーッ! あはははっ!」
「やかまし! おめ、どこの学校だ? ん? くらげじょがくいん? 聞いたことさねぇべや!」
「なんでそう読むのよぉッ! くらげじゃない! 海月女学院だってのッ!!」
さっきから、黒川にダメにされたお弁当の怒りが静まらない東北商大高校の女子主将、岡島。
見た目は歌番組に出てきそうなアイドル並の容姿。頭にはさくらんぼのリボンもつけている。ものすごく東北訛りが強い独特な言葉遣いで、不思議なキャラクターだ。
中村が言うことには「怒ってるけど、どこか可愛らしい雰囲気だな」とのこと。
「おい、黒川。お前、この人の弁当、何かだめにしちまったのか?」
「すいません中村先輩。あのー、そのー、さっき、ぶつかっちゃって・・・・・・」
「故意じゃなく過失か。うーむ、それなら、どうしようもないか。・・・・・・岡島さんとか言ったな? おれはもう試合がない。腹もあまり減ってないんだ。まぁ、その、なんだ。これで詫びになるんなら、黒川を許してやってくれ。後輩の責任は、先輩が取るのが筋だ」
中村は、未開封のお弁当を岡島にすっと差し出した。
「え? は? くれんのけ、これ?」
「ちょ、ちょっと!? いいの、中村? アタシがあげたっていいんだよ?」
「その、なんだ。まぁ、いいんだ川田。お前は午後、試合だろ? エネルギーやミネラル分が必要だ。そもそも、昼食の役割と言うのはな・・・・・・」
「・・・・・・おめ、いいんけ? 話長そうだけど、はぁ、くれんなら貰うっちゃ。・・・・・・なんか、おめ、いいやつだな? おい! さっきの、おめ! いい先輩に感謝しろっちゃ!」
岡島は一転して笑顔になり、黒川へびしっと指を突き出した。
「は、はい! すいません中村先輩。あの、俺の弁当、食べて下さい!」
「いいんだ。後輩のお前たちは、午後も応援があるだろう。応援もアレはアレで、エネルギー使うからな。気にしないでくれ。さ、みんな気にしないで、食事にしてくれ!」
「なんだぁ黒川。だめじゃないか、すぐに先生に言いに来なきゃ。大変なことだったらどうするんだ。気をつけるんだぞ、今度は?」
「すみません早川先生。あー、やっちまったぁ。やらかしちゃったなぁー・・・・・・」
中村は、本当にお弁当を岡島に渡してしまった。そのやりとりを見てた小笹や等星のメンバーは、中村をなにか特別な眼差しで見ていた。
「ん? なんだ?」
「べつにーっ。くすっ。やることが違うねぇッ、中村センパイ! 男だねぇーッ」
「そんなんじゃない。おれは別に、腹減ってないからな。まぁ、その、何というか・・・・・・か、かわいそうじゃないか! トラブルで食事ができないなんて、な」
「陽ちゃん、やるーっ! かっけぇぞぉ。男としてのMVPだな!」
「・・・・・・。・・・・・・ふぅん。・・・・・・たしかにMVPかも」
神長の言葉に、朝香もお弁当を食べながら少し反応した。
「・・・・・・メガネの人、んじゃ、遠慮なく貰うど? ありがと。・・・・・・ほんで、はぁ、くらげ! おめ、おらのこと笑いすぎだべ! 個人組手、出んのけ?」
「だぁからぁーッ、くらげじゃない! かいげつ女学院だっての! くすっ。個人組手ぇ? 出るよぉーっ! そのためには、おいしーいお弁当食べなきゃねぇッ! あははははっ!」
「めんこぐねぇ、めちゃこいびでっごのくせして! おめは、等星よりも、先にぶったたかなきゃ気がすまねっちゃ! おら、笑われんのが、いぢばん嫌なんだ!」
「・・・・・・ワタシ、方言よくわかんないけどぉ、フィーリングでわかったぞ! ・・・・・・いま、ワタシのこと、可愛くないチビって言ったな? このぉ! あんただって小さいクセに!!」
「んだどや!? やんのけ、この、くらげ!」
「やってやろーじゃんかッ! この、お弁当ムスメ!」
小笹と岡島は、おでこがひっつきそうになる近さで、火花を散らしている。
それを見ている中村と長谷川は「なんかいいな」となぜか笑っている。
「やーめーな、小笹! 失礼でしょ! ねぇ、岡島さんだっけ? この子まだお子様だから、あんまり怒らないでやって。ほら、名門 東北商大の主将さんなんだし、穏便にさ?」
小笹と岡島の小競り合いを森畑が大人の対応で止めたが、まだ二人の火花は散っている。
まるで、お散歩中の子犬が喧嘩しているのを飼い主が止めているような光景だ。
「おらは最初、等星にはまげねっちゃと思ってたけんど、はぁ、今から標的変えっからな! 海月女学院の末永小笹! おめ、勝ぢ上がって来ぉ、ぜったい! おらが全力で、おめをぶっくらしてやっぺ! おめには、まげねっちゃ!」
「くすっ。あははははっ! 楽しみだねぇッ! ワタシも、いーぃ相手が見つかったなぁ! 東北商大の岡島玲菜。覚えたよぉッ! お弁当大好きな岡島玲菜ッ! あんたも、コロっと負けたら、もっと笑うからね! あははっ!」
二人とも、手にはお弁当とお茶を持ちながら、まだ火花を散らせている。森畑は溜め息をついて川田に「ほっとこうか」と苦笑い。
しばらくして岡島は、再びふくれっ面になって宮城陣営に戻っていった。
「もぉーっ! なんで小笹はあーやって挑発するのよーっ! こっちに過失があったことなのに、むくれて行っちゃったじゃん! アタシ、申し訳ない気持ちだよー」
小笹はまだ、そーゆーとこがお子様だよ。だめだわ。もっと、女性として大人にならなきゃ!」
「なんでよぉーッ! だって、ワタシだってさぁ!」
「「 だってもへちまもないでしょ! 」」
「・・・・・・むー!」
川田と森畑に説教されている小笹は、むっとしてふくれている。まるで、聞き分けのない妹を姉二人が叱っているようだ。
「・・・・・・ふふっ、大変そうね、川田さんも森畑さんも。・・・・・・ねぇ、有華?」
「まったくだな。・・・・・・おい、末永小笹。お前さっき、あの岡島とずいぶんなことになってたがな、あいつは、ああ見えて、ものすごい組手やるぞ?」
「え? そーなのッ?」
「ああ。去年のインターハイ、団体組手は準決勝で東北商大と当たったが、あの岡島は朋子を相手に途中までリードしたくらいだからな? 逆転するのも手こずった。なぁ、朋子?」
「・・・・・・そうね。・・・・・・そう言えばそうだったね」
「関係ないもん! ワタシは、ワタシの組手を思いっきりぶつけるだけッ! くすっ。強い人なら、尚更いいよぉ! 面白いねぇーッ!」
あの絶対女王の朝香が手こずるほどの相手だという岡島玲菜とは、いったい、どれほどの強さなのだろうか。
そうこうしているうちに、美味しいお弁当タイムが終わってそれぞれが食休みをしていると、会場内にアナウンスが入った。
これから何かが始まるのだろうか。