2-7、雲の上の人たち
「はーい、おりるよおりるよー。みんな荷物わすれないでねー」
新井はみんなへ降りるよう促すと、駐車場にバスを停めなおした。
柏沼メンバーと小笹たちは大荷物を持って空港のロビーへ向かう。搭乗手続きを早川先生と新井が行い、八時五十五分発の便で沖縄まで向かう。
「飛行機かぁ。楽しみだねぇー。・・・・・・あれ? 中村? どした?」
「・・・・・・む、武者震いって、やつだ・・・・・・。なぁに、飛行機なんて、きちんとした物理法則に基づいて空中を飛ぶんだ・・・・・・なんてことはない・・・・・・」
中村が、震えている。それはまるで、大会の時の内山のようだ。
「なぁにぃ、中村センパァイ!? もしかして、飛行機こわいのぉ? あははっ! 意外ーッ」
「だいじだよ中村君。そんな、怖がらなくても。きっと、快適な空の旅だよ!」
「アタシは雲の上を飛んだり、窓から日本の国土を眺めたいな! 中村! 窓から景色でも見りゃ大丈夫だって!」
「ばっ・・・・・・馬鹿言うな川田! 外を見ろなんて、地表まで何メートルだと思ってんだ。大丈夫。落ち着け、おれ。地面から、あの重さのものが飛び立つには・・・・・・加速度と離陸角度の関係が・・・・・・」
中村はなんと高所恐怖症で、飛行機嫌いだった。何かよくわからない計算をしているが、その膝と手先はぶるぶる震えている。
「あ、そろそろ中に行けるよってさ。案内が出たよー。ほら、中村君っ! 行くよ!」
「ははっ! 覚悟を決めやがれ陽二! とても、二斗に勝った男とは思えねー姿だな!!」
「や、やめろっ。まだおれは、心の準備というものがだな・・・・・・」
前原と井上で中村を引きずり、金属探知ゲートへ。
これはほぼみんな難なくスルーできたが、何度やっても長谷川君だけブザーが鳴って引っかかる。どうやら、ポケットにいろいろと細かい金属質の物が入っていたらしい。あまりにもたくさん引っかかるので、ベルトを外してズボンまで脱ごうとしたところを、阿部と小笹が慌てて制止させた。
長谷川もなんとか探知機ゲートもクリアし、これでみな搭乗できる。
「飛行機に乗り込むまでのこの独特な雰囲気、なんか楽しいね。いよいよ沖縄かぁー」
「そうだねぇー。滅多に乗らないもんなぁ。いい思い出にもなるねぇー」
「悠樹も尚久も、沖縄を目いっぱい楽しもうぜ! いやっほぅ!」
「井上君は、元気だねー。僕たち、試合をしに行くんだけどなぁ」
「なーに、だいじだ前原。井上のやつ、たぶん会場入りすれば、テンション切り替えざるを得なくなるだろうしねぇー」
「ま、それもそうだね田村君」
空港内にアナウンスが入ると、早川先生と新井が先導し、全員は沖縄行きの便へ乗り込んだ。
機内では客室乗務員から緊急時の対応等の説明があり、それを聞いた中村は青ざめてますます震えていた。川田と森畑は、笑顔でるんるんしながら窓の外を眺めている。
ジェットエンジンが点火する音がし、機内に再びアナウンスが入る。
機体はゆっくりと滑走路へ移動し、一気に加速。遊園地の絶叫マシンのような、イスに身体が一気に締め付けられるかのような感覚を、みな楽しんでいた。中村だけは、神長と田村の間で死んだように固まっていたが。
「いよいよだ! 関東地方、しばらくばいばーい! アタシらは沖縄行ってくるよぉぉー!!」
「飛んでるねーっ! 真波ーっ! 私たち、飛んでるよー! すごーい!! やっほー!」
「わぁぁー。すごぉい! 飛行機初めてぇ! これは、すごいなぁ! 本当に飛んでる!!」
「でしょぉ阿部チャン! ワタシ、この感覚大好きなんだ! るん! 沖縄まで、三時間かかんないよ。あーっと言う間!」
「そうなんだ!? 末永ちゃんの故郷かぁ。わたしも楽しみだなぁー」
女子はみんな元気ではしゃいでいる。男子はカラオケ疲れか、はたまた眠いのか、だいぶ静かだ。
いよいよ本土を飛び立ち、三時間弱で沖縄県へと降り立つ。
窓の外には、霧のようにぶわりと雲がかかり、数分で期待は雲の上へと飛んだ。
太陽がまぶしく、それはまさに天界の様相。柏沼メンバーは早めの現地入りのためか、他の学校の姿はない。
「(小笹のおばあちゃんが営む民宿、そして、沖縄空手の道場。どんな感じなんかなー)」
川田は窓の外を眺めながら、その瞳をきらきらと輝かせている。
飛行機は、東京上空から一気に南西へと向かう。川田と森畑が座っている席は、ちょうど飛行機の翼が窓から見え、まさに今、「飛行機に乗っています」という景色が広がっている。
「すっごぉぉい! ねぇねぇ、菜美! 雲の海が広がってるよ! きれいだねぇーっ!」
「わーっ! ほんとだねっ! 真波、撮ろう撮ろう! 音出さないように気をつけて!」
反対側では、一面に広がる海を黒川と長谷川、そして一年生の内山と大南が見つめている。
「うちやま! 海がスゴイよ! 漁船かな? 白くてちっちゃい船がいーっぱいいるね!」
「なんか、シロアリみたい・・・・・・。クジラとかいないのかなぁ? さよ、写真撮ろう!」
「おーい、敬太! 水平線がすげぇぞ! なんか、感動するなぁぁ!」
「おい見ろよ、みつる! でっかいタンカーみたいのも海上に見えるぞ! すごいなぁ」
機内は、これから戦いに赴く拳士たちの集団がいるとは思えないほどの雰囲気。
中村はもう、真っ白に燃え尽きたかのようにうなだれて、気配がないほどに静かで固まっている。
「前原センパイッ! ・・・・・・あの雲海の一部、スゴイですねぇっ!」
前原の後部座席にいる小笹が、ぴょこんと頭を出し、窓の外を指差した。
「・・・・・・ほんとだ! あれ、富士山だぁ! 雲の海に浮かぶ島のようだねっ!」
「なに? どらっ、俺にも見してくれよぉ。おぉ! ほんとだ! すごいねぇー!!!」
田村も、小笹が指差す方を見て、感嘆の声をあげた。
雲海から突き出た富士山にみんな感動する中、井上は優雅に前原の隣で機内サービスの紅茶をすすりながら「うーん、ビュゥティホー」とひとり呟いている。
そして、一気に太平洋上空を飛んでゆく。沖縄本島に向け、まっすぐと、機体は紺色の海上を飛んでゆく。
「おい、陽ちゃん? だーいじだからよ、もう顔上げていいぞぉ?」
「中村! この雰囲気、この賑わいも、俺らのインターハイなんだ。ほら、そんな飛行機にびびんなよぉって! 三人で写真でも撮ろうかねぇー!」
「う、うむ・・・・・・。悪ぃなぁ神長も田村も。・・・・・・何か、気圧のせいか耳が変で頭が痛くて。まぁ、問題はないからだいじだ。・・・・・・よし、確かに、せっかくの機会だ。撮るか!」
神長と田村の声かけによって、中村がなんとか復活。まだ顔が引きつってはいるものの、三人で窓の外の景色が入るようなアングルで写真を撮っていた。
「前原先輩、井上先輩! わたしらも撮りましょうよ!」
「ワタシも入る! ねぇ、撮ろうーっ?」
「え。ああ、いいね! じゃあ、僕はどうすればいいかな?」
「前原センパイは、ワタシと井上センパイの間でいーですよぉ」
「わたしは末永ちゃんと、ダブルピース!」
「おいおい悠樹ぃ! こーりゃ、いい旅になりそうだぜ! グレートだ!!」
「ちょっと、井上君!」
阿部と小笹が、後ろの座席から前原と井上へ声をかけてきた。
井上はなぜかさらに英国貴族のような雰囲気を醸し、一緒に写真撮影。阿部、小笹、前原、貴族風井上の並びで新井が撮ってくれた。そんな感じになってわいわいがやがやと楽しんでいるうちに、機内アナウンスが入った。
~~~間もなく当機は、沖縄本島上空に入ります。長旅お疲れ様でした~~~
窓の外には眼下に広がる雲と海、そして、沖縄の地が見える。
さっきまでのわいわいムードから一転。高校拳士たちは、いよいよ降り立つインターハイの開催地を前に、瞳がきゅうっと引き締まり、気持ちが一気に切り替わったのだった。