2-69、変幻自在の末永小笹!
「ちょっと、川田先輩ーっ、どこまで飲み物買いに行ってたんですかぁ・・・・・・って、等星の朝香さんと一緒だったんですか!?」
「まぁね。いろいろあんのよ、三年生になるとさぁ。・・・・・・で、試合は?」
「もう二回戦始まってますよ! あ、末永ちゃんがスタンバイしてます! 森畑先輩もたぶん、末永ちゃんの試合後すぐに始まりそうですよ!」
「え! もうそこまで進んでんの? だーいぶ話し込んじゃったなぁ朝香と」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「朋子・・・・・・。川田真波とどこまで行ってたんだ?」
「いや、ジュース飲んで、話してただけ・・・・・・」
「里央が、だいぶ長いトイレで、朋子は苦戦してるんじゃないかって言ってたぞ?」
「そんなわけないでしょ! ・・・・・・里央、適当なこと言わないでよ・・・・・・」
「そう言ったのは有華だよ! 私じゃない! 有華ぁ、主将権限はそこまでないからね?」
何やら、等星女子の三年生が賑やかに騒いでいる。これまでの等星女子の雰囲気とは、何かが違っていた。
「ほっほっほぉ。さぁ、お嬢さんたち、わしの孫の出番さぁ。二回戦は、なにをやるのかねぇ? 相手は地元沖縄の子ゆえ、わしは公正な目で見るよぉ」
「小笹か! 二回戦は、糸城さんとの対戦。伝説の世界チャンピオン、嘉手本佐久雄先生の直弟子だもんね。ちょっと侮れない相手だね!」
「末永ちゃん、頑張れ! たのむーっ、がんばれっ!」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「赤、沖縄県! 県立うるま中央高校、糸城選手!」
「はいいぃっ!」
「青、栃木県! 海月女学院高校、末永選手!」
「はぁーいっ!」
小笹は、糸城との試合を目前にして、ぺろりと舌舐めずりをして瞳を輝かせた。
「「「「「 光羽ぁーーーーっ! ちばりよぉーーーっ! ファイトーーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 うるま中央ファイトーーーーーっ! 糸城ぉーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 うちなーんちゅぬ空手を見せるさぁーーっ! ちばりよぉーーーっ! 」」」」」
さすが地元沖縄の選手といったところか。糸城に向けられた沖縄陣営からの声援がものすごい。
糸城も小笹も、同じ高校二年生同士。次世代に繋がる対戦で、これは目が離せない対戦カードとなった。
そんな沖縄陣営の中に、道着姿だが明らかに高校生ではない人が三人。一人は矢木、そしてなんと、二人目はあの嘉手本。さらに三人目は・・・・・・。
「た、田村君。あれ見て。沖縄陣営に、嘉手本さんと矢木さんが道着姿でいるよ!」
「ほ、ほんとだ。なんでだぁ? あと、その隣は・・・・・・。井上、あれ、誰だか見えるかねぇ?」
「は!? あれはー・・・・・・島袋さん? 島袋さんじゃん! さっきまで審判服だったのに、何だぁ?」
なぜ矢木や嘉手本、そして島袋さんまでもが道着姿なのだろう。
そういえば、栃木陣営のところにいたキヨも道着姿だ。
前原は思った。「沖縄ってもしかして、道着がジャージみたいな扱いなのかな」と。さすがにそれは、中村と神長が「違うと思う」と即効のツッコミを入れたが。
「(負けられない!)」
「(くすっ! あははっ! さぁ、見せてみなよこのワタシにね!)」
ゆっくりとコートに入り、一礼する糸城。その雰囲気は、並の高校二年生レベルではない。
明らかに熟練者の凜とした空気を身につけ、自信に溢れている強者のオーラだ。
「(さぁ、何をぶつけてくるの糸城サンっ? ワタシの形と、真っ向勝負だねーッ!)」
すうっ・・・・・・
「セエエェェパァーーーーイッ!」
サッ・・・・・・ コオオォォ ハァァァァーッ・・・・・・
糸城は、元々は沖縄劉景流。しかし、指定形に劉景流の形はないので、一番馴染みやすい剛道流の形を選んでいるようだ。
スウウーッ
拳を両体側に開き、呼吸法を用いてゆっくりと形の初動に入った糸城。
シュパアアッ ズアッ シュバァン ズバァッ パアァァンッ!
スッ ザシュッ! シュバッ ズダァァン! あああいっ! シュババッ!
スッ ザシュッ! シュバッ ズダァァン! あああいっ! シュババッ!
ズアッ ヒュゥン シュバッ バシュッ スウウ バシュウッ タァン!
「やるね、あの子! 身体の使い方が、ものすごい。柔らかいんだけど、瞬間的に威力が出てる! 緩やかに見えるけど、技ぞれぞれが、一瞬で引き締まってるよ!」
「川田! しかも、気迫もすごいぞ! まるで、組手をやっているようにおれには見える!」
「春季大会の時に見た、朝香のセーパイと同等だ。レベルは、かなり高いねぇー! こりゃー、ハイレベルだねぇー!」
「糸城さんって、こんな形やるんだ。地稽古の組手も強かったけど、それがそのまま形に活きてる感じだね! まさに、実戦想定の形だ!」
スウウゥ・・・・・・ッ シュババッ! パアァァンッ! スウウッ
鮮やかな蹴り、優雅な掛け受け、粘りのある動きの裏拳打ち。そして最後に、相手を捻り投げる動作までも、しっかりと見る者に伝わってくる技の精密さ。
「(美鈴は・・・・・・Fコートでやってるのか! あ、勝ったねぇッ! やったじゃん!)」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「「「「「 東恩納、きまったーーーっ! いい形だったよぉーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 美鈴ーーーーっ! ナイスファイトーーーーっ! 」」」」」
小笹はなんと、目の前で素晴らしい演武を終えた糸城の形を見ていない。
Fコートでいま行われている試合は、美鈴と滋賀県の琵琶水上高校の選手。重厚で力強いセーパイで、美鈴は難なく5対0で二回戦を突破していた。
「(さて。それじゃぁ、ワタシも負けないようにしなきゃねぇッ! 糸城サンのセーパイに同じのもなぁっ。ちょっと、試してみようかなー、みんな驚く意外なのをッ!)」
糸城がコートから出て、交替して小笹が一礼して入場。
二回戦の指定形、小笹は果たして何を演武するのだろうか。
ひた ひた ひた ひた ぺこり
「小笹、何やるんだろう? セーパイぶつけるのかな?」
「一回戦は和合流のチントウだったもんね。剛道流の形をあえてぶつけるんじゃないかな?」
「・・・・・・小笹ちゃん、がんばれ! 勝ってくれ。頑張れ!」
「みつるー、何をそんなに祈ってんだよ? きょうこも、祈ってるし、じゃ、俺も祈ろう」
小笹は落ち着いた目でゆっくりと一礼し、やや間を開けてから一気に息を吸い込んで、爆発させるように発声した。
「セエェイエンチィィィーーーーンッ!」
「「「「「 ええええっ! セイエンチンっ? 」」」」」
「「「「「 なんだとぉっ! 」」」」」
「「「「「 セイエンチンだって! 」」」」」
がやがやがやがや がやがやがやがや がやがやがやがや
どよどよどよどよどよどよ どよどよどよどよどよどよ
またもや意外なことに、小笹が選んだのは、和合流でも剛道流でもない、糸恩流のセイエンチンだったのだ。これには前原たち柏沼メンバーも、等星も日新も、一同騒然。小笹に注目していた他県の陣営からも、どよめきが起きていた。
「小笹、いま、何て言った? セイエンチン!? ・・・・・・いつの間に覚えたのよ!」
Eコートからは、そこで待機している森畑もHコートへ振り向き、目を丸くしている。
赤側で待つ糸城も、これには驚きを隠せないようだ。
「(セ、セイエンチン? 沖縄剛道流の末永さんが、糸恩流の形をやるっていうの?)」
小笹は、糸恩流のセイエンチンを、どこまで演武できるのだろうか。
スウッ・・・・・・ コオオォォ ハァァァァーッ・・・・・・
スラアァッ ヒュウゥゥ フアアアァァ・・・・・・ッ シャッ! シュパァン!
スウウウウゥゥゥーーーッ・・・・・・
スラアァッ ヒュウゥゥ フアアアァァ・・・・・・ッ シャッ! シュパァン!
スウウウウゥゥゥーーーッ・・・・・・
スラアァッ ヒュウゥゥ フアアアァァ・・・・・・ッ シャッ! シュパァン!
スウウウウゥゥゥーーーッ・・・・・・
鷹が翼を広げ、優雅に舞うような動作から、一気に獲物を掴んで引き込むような技を三回。
糸恩流を学んできた前原も田村も井上も、その完成度にぽかんとするばかりだ。
「(す、末永さん! いつこんなセイエンチンを! 糸恩流そのものだ・・・・・・)」
「(ほーっ! やるねぇー、末永! ほんっと、器用なやつなんだねぇー!)」
「(はーっ・・・・・・。ほんっと、こりゃ、やべぇ! 空手の申し子だぜ、マジで!)」
グウウッ ズドオンッ! ヒュバアッ シュパアアンッ!
グッ コオオォォハァァァァーッ・・・ ズダアンッ! ズバアンッ!
グッ コオオォォハァァァァーッ・・・ ズダアンッ! ズバアンッ!
三戦立ちでぐっと相手を巻き込むように、中段受けを支えながら行い、四股立ちで踏み込んで下段拳鎚打ちと下がっての下段払いを左右に。重心移動が難しい場面だ。
フワアッ コオォォハァァーッ・・・ フワアッ コオォォハァァァァーッ・・・・・・
ダンッ! バシイィッ! ババッ! ああああぁーーいっ!
サアッ ググウウッ クルン ダンッ! ヒュバヒュバッ! ババンッ!
シャッ! シュバッ! サアッ ググウウッ クルン ダンッ! ヒュバ
ヒュバッ! ババンッ! シャッ! シャッ・・・・・・
スウウゥフワアァーーーーーッ・・・・・・ バシュンッ! ああああぁーーいっ!
サアッ・・・・・・ スウウゥゥーーッ サッ ぺこり
優雅で力強く、呼吸法と調和した完璧な演武。小笹の底は、本当に計り知れない。
「どこで覚えたんだ、本当に? おれたちのとこに出稽古へ来た時に、見て覚えたのか!」
「剛道流に和合流に、劉景流と糸恩流まで。小笹、あんたはどこまでアタシらを驚かすんだ!?」
あまりにも意外だった小笹のセイエンチン。この隠し球が、判定ではどうなるのか。
「(ふーっ。初めてやってみたけど、ワタシとしてはイマイチだなぁ。剛道流や劉景流の要素と糸恩流の要素は似てるけど・・・・・・。難しかったなぁッ・・・・・・)」
「(完璧なセイエンチン。本当に沖縄剛道流なの? 糸恩流の本流と言われてもおかしくない形だった!)」
コートに並び立つ小笹と糸城の両者。視線でお互い意識し、審判の判定を待つ。
「判定っ!」
ピィーーッ! ピッ!
ババッ! ババッ! バッ! バッ! ババッ!
「赤、2! 青、3! 青の、勝ち!」
「「「「「 あああぁぁーーーーっ・・・・・・。光羽ーーーっ・・・・・・ 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
勝負は僅差で小笹の勝利。その瞬間、糸城は一瞬だけ悔しそうな顔をして天井を見上げたが、さっと向き直し、小笹と一礼してがっしりと握手をした。
「やられた! まさか、セイエンチンなんて! このあとも、頑張ってよねっ!」
「僅差だった。糸城サンのセーパイも、すごかったよぉッ! くすっ。勝てて良かった!」
小笹にとってこの結果はあまり納得のいく出来ではなかったらしく、僅差の判定にも表情を歪めていた。
「とんでもないやつだな、末永小笹は! いったい、いくつの流派を使いこなすんだ?」
「里央、おまえ、他流派の形をあそこまで使い分けられるか?」
「無理だよ! だいたい、他流派の形をやろうっていう概念が私にはないよ!」
等星の崎岡や諸岡も驚きを隠せない様子だった。そこへ、優しい笑い声が届く。
「ほっほほぉ。小笹はのぉ、基礎は沖縄剛道流で磨いたさぁ。でもな、省林流や劉景流など、他の先生にも面倒見てもらったおかげかねぇ。ずいぶんと『空手の基本』が身についたんさねぇ」
「空手の基本、ですか?」
諸岡が、かすかに首を傾けてキヨに問う。
「ほっほほぉ。もともと空手は『流派なし』が基本。流派は、良い面もあれば、その流派のみに視野を狭めてしまう恐れもあるからのう。みんなも、基礎がしっかり身についたら、いろんな流派に目を向けるといいさぁ。他から学ぶものは、たーくさんあるからねぇ?」
キヨは、諸岡へ優しく諭しかけた。
諸岡は一瞬固まったが、なるほどと言った感じで妙に納得していた。その横では崎岡も同じ表情。
それを、横で朝香が妙にすっきりした表情で笑って見ていた。
「やったよぉーッ! さぁ、森畑センパイッ。ワタシに続いてちょーだいねぇッ! くすっ」
「(ほんと器用ね、小笹は! さ、私も二回戦、頑張って突破しなきゃねっ!)」
はしゃぐ小笹を、森畑はふっと息を吐いて笑いながら見つめる。
そうこうしているうちに、森畑の試合の番が回ってきた。
「赤、石川県! 加賀梅花女子高校、黒田選手!」
「はいいいーっ!」
「青、栃木県! 県立柏沼高校、森畑選手!」
「はいーっ!」
帯を叩くように締め直し、森畑は気合い一閃。石川県の選手に、二回戦をどう挑むのか。