2-67、個人形競技、はじまる!
ワアアアアアアアアアアアアアーッ! ワアアアアアアアアアアアアアーッ!
「赤、和歌山県! 西宮和歌学園高校、松川選手!」
「はいっ!」
「青、栃木県! 海月女学院高校、末永選手!」
「はぁーいっ!」
「「「「「 愛佳、ファイトーッ! 決めろーっ! 」」」」」
小笹が一度コートから下がり、相手が入場すると、和歌山陣営から大きな声援が飛んできた。
「(くすっ。ワタシの一回戦、どーんな相手なんだか、見せてもらうよぉッ!)」
「カンクウダーーーーイッ!」
相手は、松楓館流の第一指定形、カンクウ大を選択。
前原の真横で、川田と中村が真剣に腕組みをしながら見つめている。松楓館流を学んできた二人だからこそだろうか。
スウッ サアァ フワァァンッ サァッ タンッ!
ズバッズバッ! スウゥ サッ バッ パァン! バッ パァン・・・・・・
「中村、あの和歌山の子の観空大はなかなかだ! 下半身の安定感と腰のキレ、突きの迫力もすごい。おそらく、春季大会の時のアタシじゃ多分勝てない!」
「超名門でもなく、あまり聞いたことない学校だが、このレベルがザラにいるということか!」
「諸岡! あんた、やっぱりすごかったんだね! インターハイや国体の頂点に君臨できたなんてね!」
「やっぱり、とは何だ! 私はね、また返り咲いてやるから!」
・・・・・・ダシュッ! ズダァ! しゃあーいっ!
スウッ タッ フウゥゥ・・・・・・
同じ松楓館流の中村や川田も真剣に見つめるレベルの形を演武した、和歌山の選手。
ただ、小笹はまったく意に介さず、きょろきょろとあちこちのコートを眺めていた。
「(森畑センパイは、次か・・・・・・。じゃ、ワタシがお先にネ!)」
その後すぐ、堂々と小笹はコートに歩み入り、一礼。
そして、すうっと一呼吸し、目を見開いた。
「チントオオオォォォーーーーッ!」
スウウゥ ヒュバッ パッ ババッ ズバァッ! クルゥン ダッ シュババアッ
ヒュウゥ グッ バババッ ダァン! クルッ ダァン! シュアッ シュバッ
フワアアアアッ スウッ スアアアアーッ・・・・・・
「「「「「 (栃木の海月女学院? あの子だ、諸岡里央を予選で下したのは!) 」」」」」
「「「「「 (和合流の指定形! へぇ、チントウなんて珍しいやないか!) 」」」」」
「「「「「 (監督は白帯たい! 空手できる先生おらんのか?) 」」」」」
「「「「「 (どんなもんなんだべ? 早く自由形まで見せてけろ!) 」」」」」
インターハイ予選で小笹が諸岡を下したこと、それが影響しての今回。
諸岡が出場辞退にまでなっていることが、もう、全国の各校へ知れ渡っていたようだ。
シュパン! シュパン! クルリ シュパァン! ギュン ダダッ バッ ババッ
スパァッ! ググゥ パパァン! ズバァン ああああーーいっ! ググゥーーッ
パンパァン シュバ パンパァン シュバ! サッ パァァン ギュウウウ クルッ
パパパァン ダダァン! つええあーいっ! スウウッ サァッ ・・・・・・スウッ
「(こ、これが、諸岡里央を倒した選手なんや! キ、キレがすごいわぁ!)」
赤側で待つ相手も、表情が引きつり、冷や汗を垂らしている。さぁ、判定はどうなる。
「判定っ!」
ピィーーッ! ピッ!
ババッ! ババッ! ババッ! ババッ! ババッ!
「青、5! 青の、勝ち!」
ワアアアアアアアア! ワアアアアアアアアアアアッ! オオオオオオーッ!
まったく問題なく、小笹は一回戦を突破。
インターハイ予選よりも安定感の増した鎮東の演武だった。監督席にいる母の手を握って、小笹は思いっきりはしゃいでいる。
「やったよお母さん。まず一勝ーッ! 次の二回戦は、うるま中央の糸城サンだ!」
「すごいわねぇ、小笹。お母さん、間近で見てたけど、すごくなったねーっ」
余裕で初戦突破し喜んでいる小笹。その奥のEコートでは、森畑の試合が間もなく始まりそうだった。
視点変わって、Eコート。森畑が、呼び出しを待つ。
「小笹、余裕ねぇー。さぁて、次は私だ! みんな、応援頼むね!」
相手は新潟県の選手。森畑曰く、糸恩流の全国大会で何度も当たったことがある人らしい。
「赤、栃木県! 県立柏沼高校、森畑選手!」
「はいっ!」
「青、新潟県! 県立越後実業高校、小田選手!」
「おすっ!」
「「「「「 森畑ファイトーーーーーっ! 」」」」」
軽く一礼し、ゆっくりと胸を張って森畑が入場。コートに入り、貫禄ある一礼。
「・・・・・・バッサイダァァァァイッ!」
コートの空気が爆ぜるかのような発声。その一瞬で、Eコートは森畑が支配する空間に切り替わった。
スッ ズタァン! シャッ ババッ! シャッ ババッ! フワァァァ
シャッ ズバッ! ススゥ バシィ パァン! バシィ パァン! バシィ!
ザシュ ザシュ ザシュ フワッ クルッ ババッ ダダァン!
ああああぁぁぁーーいぃっ!
シュッ シュッ ザァッ タン タタァン ババッ フワァッ ダァン!
一気に突風が吹き抜けるかのような勢いとキレで、形の技を繰り出してゆく森畑。
青側で待っている相手は、眉間にしわを寄せている。同じ糸恩流だからこそ、その形の凄みがよりわかるのだろう。
バシ パチィン パァン! バッ バッ バッ スゥゥ タァン タァン タァン
シュババッ シュババッ スッ フワァァ タッ フワァァ・・・・・・ッ
力強い手刀受け。相手が吹き飛びそうな双手突き。確実に相手は振り回されて崩されるであろう、振り捨て。そして、左右に無駄のない動きの掛け手受け。どれも、完璧な表現力だ。
「(な、なんだ! 森畑菜美! こ、ここまでのレベルになっているなんて・・・・・・)」
驚いた表情で冷や汗を垂らしている相手は、続いて青側から同じように入り、一礼。そして、すっと息を吸って発声。
「バッサイダイーッ!」
スッ ズタッ! シャッ ババッ! シャッ ババッ! フワンッ
シャッ ズバッ! スゥ バッ パァン! バッ パァン! バシィ・・・・・・
「同じ形だから、森畑との差がよくわかるねぇ。でも、レベルがみんな高いわ!」
田村が余裕の表情でEコートを見つめる。小笹も、Hコートから振り返って見つめる。
「ふーん。・・・・・・ま、こりゃ見るまでもないかもねッ! あははっ!」
相手の演武が終わり、判定に。両者がコートに並び立つ。
「判定っ!」
ピィーーッ! ピッ!
バッ! バッ! バッ! バッ! バッ!
「赤、5! 赤の、勝ち!」
「「「「「 やったぁーーっ! 森畑先輩ーーーーっ! 」」」」」
貫禄の完勝。進化した森畑も、余裕で一回戦突破。まだまだ勝負は、ここからが本番だ。
「判定っ!」
ピィーーッ! ピッ!
ババッ! ババッ! バッ! バッ! ババッ!
「赤、2! 青、3! 青の、勝ち!」
「「「「「 あああぁぁーーーーっ・・・・・・惜しいーっ! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
その頃、同時にBコートでは鶉山高校の堀庭が福岡天満学園の選手と対戦していた。
松楓館流のジオン対決は、惜しくも僅差で敗れ、堀庭はあっけなく初戦敗退となってしまった。
「判定っ!」
ピィーーッ! ピッ!
バッ! バッ! ババッ! バッ! バッ!
「赤、4! 青、1! 赤の、勝ち!」
程なくして、Cコートでは日新学院の畝松が鹿児島承西の選手と対戦。
キレのいい観空大をぶつけたが、スピードと力強さに勝る相手のセーパイの前に撃沈。
堀庭と同じく、なんと畝松までもが初戦敗退となってしまった。これが、インターハイの恐さだ。
「ああっ! えええっ? 堀庭君も、畝松君も・・・・・・素晴らしい形だったのに・・・・・・」
「俺も、畝松に関しては、相手よりも良かったと思ったんだが。泰ちゃんが見て、さっきのはどう思った?」
「微妙だなー。道太郎が、畝松のカンクウ大と相手のセーパイのどこを見比べたかにもよるけど。俺、勝敗は3対2の僅差で、どちらに転んでもおかしくないとは見たけどなぁー」
予想通りになったり、予想に反する結果になったり。特にこのインターハイには、まさに魔物が潜んでいるかのように、次々と予想外のことが起きる。これが、全国大会特有の空気なのだろう。
「中村せんぱい。流派ごとに指定形ありますけど、自分の流派以外の形を演武してもいいんですか?」
内山が、競技を見ながら中村へ問いかけた。
「ん? それは別に問題ない。指定形は、きちんと制定されたとおりにやらなきゃだめだけどな。例えば、第一指定形には糸恩流のバッサイ大や松楓館流のジオンなどがあるだろ?」
「はい」
「これは、たとえ同じ名前の形でも、制定外はだめなんだ。例えば、松楓館流のバッサイ大や、糸恩流や和合流のジオンをやってしまうと、失格になる。それが指定形だ。自由形は、松楓館流の選手が剛道流のスーパーリンペイをやろうが問題ない。そこらへんをよく、この大会で学んでみるといい」
「なるほど。へぇ。やっぱり、形の試合は、覚えるの大変だけど面白いなあー」
「なに? うちやまは、形競技に興味出てきたの?」
「だって、さよみたく、剣道やってきたとかじゃないもん。正直、組手で戦うのが怖くて。でも、形だったら、しっかり自分が練習すれば、きちんと試合できるんだもん」
「ふーん。わたしも形は好きだけど、組手のがいいな。うちやまは、形がいいのねー?」
大南と内山も形競技を見て、たくさん学んでいる。一年生もこれからがいろいろと楽しみなのだろう。
「男子、撃沈かぁーっ。ほんっとわかんないね、こういう勝負は・・・・・・。田村、アタシ、ちょっと飲み物買ってくるね。一緒に行く?」
「あー、俺はいいや。腰とか足、いてぇしなぁ。だいじだから、行ってきていいよ。試合、よくあちこち見とくから」
「あ、川田さん。僕も行くよ。ちょっと待って」
「む・・・・・・。川田、待て・・・・・・。オレも行こう・・・・・・」
「わかった、じゃ、ロビーの奥に自販機コーナーあったよね? 行こうか!」
前原と川田と二斗は小銭を持って、ちょっと一息入れに自販機コーナーへ向かった。
「あれ? 里央、朋子どこ行った?」
「あ、本当だ。さっきまでそこにいたんだけどな。トイレじゃないか?」
小笹と森畑の二人に、栃木県勢の個人形の行方は託された。
堀庭も畝松も呆気なく試合が終わってしまい、コートを去る時はものすごく悔しそうな顔をしていた。
特に畝松は、隣のコートで審判をしている日新学院の畝松監督とちらっと目を合わせた。
監督が無言で頷くと、畝松は目頭を押さえて静かに頷き返していた。