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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第4章 大嵐の大激闘! 拳士の闘志に限界なし!
66/106

2-66、東恩納キヨ、語る

   ワアアアアアアアアアアアアアアア  ワアアアアアアアアアアアアアアア


「セイエンチィーーンッ!」


   シュババッ  シュババッ  パパァン


「セーーーパァーーーイッ!」


   ダァン ダダァン  クルン ババッ  ヒュバアッ


   ~~~ ピー ピッ! ・・・・・・ピッ! 赤の、勝ち! ~~~


「「「「「 きまったぁーーーーーっ! パチパチパチパチ! 」」」」」

「「「「「 ・・・・・・センパイ、ファイトでーすっ! 」」」」」


   パチパチパチパチ!  パチパチパチパチ!


「アアアァーーーーイッ!」


   ダダァンッ!  シュバッ  パパァンッ!


 各コートで、嵐を吹き飛ばすような裂帛の気合いとともに選手それぞれが形を演武し、熱戦が繰り広げられている。

 前原たちは栃木陣営のところから形競技を観戦中。

 AからHまでの八面ともに、白いマットの上で選手たちが様々な形を演武している。

 二回戦までは全空連第一指定形。三回戦、四回戦は第二指定形。そこからは自由形での勝負だ。


「やっぱり、県予選とはレベルが違うんだね。どこのコートを見ても、みんなレベルが半端じゃないよ。稽古量が物語った形を、みんなやってる!」

「くっそぉ、俺も、あと一歩であそこに立てたのかよーっ! あー、ほんと、予選三位でインターハイ逃すってのは、悔しすぎだぜ! ま、それは悠樹の個人組手も一緒か・・・・・・」

「里央・・・・・・。どう見る? 私や朋子は、正直なところ、里央が出ていれば連覇すると信じてたけど。どうだ?」

「有華、私に今更そんなことを言うな。でも、私個人としては、森畑や末永小笹は、この中でも上位ランクにいくレベルだと思う。現に末永小笹は、この私を踏み越えて、あの場にいるんだ。あいつはそう簡単に、落ちるような形ではないだろうな」

「等星女子が分析してくれるのは頼もしいねぇー。そういや崎岡は、形はどうなんだ?」


 田村は飄々とした顔でコートを見つめたまま、崎岡に問いかけた。


「私は、そこまで得意なわけではないが、中学時代は形も組手も静岡でトップだったぞ」

「全中に形も出てたよね。アタシ知ってるよ。朝香朋子と崎岡有華は、中学の頃から有名だったもん。でも、今は、形は出ないよね?」

「等星は、里央や朋子がいるからな。私の形なんて、足下にも及ばないさ。今は審査会でやるくらいなもんだ。そういや、田村や二斗は、どうなんだ?」

「む・・・・・・。・・・・・・オレは・・・・・・形は、いい・・・・・・。・・・・・・ころんじゃう」

「俺は、試合は出るけど、うまくねぇよー。井上が俺らん中じゃ一番うまいぞ」

「等星には及びもしねーけどな、俺じゃ。てか、諸岡里央や朝香朋子がいるのに俺に振るなよ尚久!」


   ひた   ひた   ひた   ひた


「ん?」

「ほっほっほぉ。ここにおったんかねぇ、柏沼高校のみんなはぁ。小笹は、もうコートに入ってるんかねぇ?」

「「「「「 ひ、東恩納さんっ? なぜここに! 」」」」」

「こんな嵐の日に、家にいても暇なんさぁ。元気のいい子ども達の試合でも、と思ってな。ほっほほほ。沖縄の席はのぅ、騒ぎになるから、こっちへ来たんさぁ」


 なんと、栃木県勢の後ろに現れたのは、キヨだった。まさに、神出鬼没。これは柏沼メンバーもみな予想もしないことだった。

 なぜかキヨは道着姿だ。民宿での割烹着ではない。何故だろうか。


「お、おい、川田。こちらの方は? 我々は初めてお目にかかるが?」

「なに!? 崎岡たちは知らないの? ・・・・・・この方は、小笹のおばあちゃんだよ」

「末永小笹の祖母!? なんだ! なら、私が知るわけないじゃないか!!」

「川田。お前なぁ、私たちをからかうのもいいかげんに・・・・・・」

「あ・・・・・・。有華! 里央! ・・・・・・私、この方、知ってる・・・・・・」

「なに? 朋子は知ってるの?」

「末永のばーちゃんだ。でもなぁ、ただのばーちゃんじゃないんだねぇ。沖縄剛道流の正統な継承をしている女流師範の、東恩納キヨさんだぞぉ」

「「「「「 え! 」」」」」

「「「「「 なにっ! 」」」」」


 田村がさらっと言うと、等星女子や日新学院のメンバー全員驚愕。朝香は、直接会ったことはないが、京都の実家はもともと剛道流らしく、雑誌やビデオでキヨについては知っていたらしい。


「ほほっほぉ。そんな大それたもんじゃないさぁ。長く健康のためにやっとるだけさぁ」

「し、失礼をいたしました! 私、等星女子高校空手道部主将の、崎岡と申します。こちらは、うちのメンバーです」


 等星女子メンバーは、キヨに揃って一礼。柏沼メンバーの保護者応援団も「この人がそうか」と言った感じで、みな一礼。続いて、二斗が日新学院メンバーを揃えて挨拶した。


   ワアアアアアアアアアアアアアアア  ワアアアアアアアアアアアアアアア


「・・・・・・しょ、っと。ここでしばらく、腰掛けさせてもらうよぉ。ほっほっほ。高校生の試合会場は初めて来たが、賑やかだねぇ。お祭りみたいさぁ」


 キヨは、前原たちの一段上の所へ腰掛け、等星の崎岡や諸岡の隣でニコニコしながら観戦している。


   ~~~ ピー ピッ! ピッ! 青の、勝ち! ~~~


「(おい。田村! 田村! なんでお前たち柏沼が、こんな大先生と和やかに・・・・・・)」

「あー、だって俺たち、東恩納さんの民宿を拠点にしてるんだよ。道場付きで、すげぇいいところだぞぉ? 等星は、リゾートホテルだよな? そっちもいいけど、こっちもいいぞ」

「そ、そうか。末永小笹と一緒だから、そこを・・・・・・。沖縄剛道流の道場、か・・・・・・」


 崎岡は、朝香や諸岡と顔を見合わせ、腕組みして何か考え込んでしまった。


「(失敗した。監督が絶対だから指定の宿になったが、道場付きの宿とは、羨ましい!)」


 森畑や小笹の試合は、まだしばらく先だ。

 試合を観戦しながら、キヨは栃木陣営にいる全員に向かって、柔らかく優しい口調で話し始めた。


「形も、組手も、こんなに盛大な競技になったんねぇー・・・・・・。空手が競う、とはねぇ」


 その言葉を聞いて、崎岡や諸岡が不思議そうに返す。


「え? 空手って、相手と勝負するためのものですよね?」

「失礼ですが、先生が若い頃は、競技じゃなかったんですか?」


 ふっと笑みを浮かべて目を瞑り、キヨは等星メンバーにゆっくりと話す。それを、日新学院のメンバーたちも隣で真剣に聞いていた。


「いまの若い人たちには信じられんかもしれんがなぁ、空手は大昔にはな、競技という概念すらなかった。いまは普通に行う基本稽古も、なかったんさぁ」

「(な・・・・・・なんだと!)」


 二斗は目をくわっと開き、黙って話を聞き続ける


「組手も、大昔は『変手へんて』と言ったが、それを競い合うなんてことはもってのほかだったんさぁ。空手の技は、師から直接手ほどきを受け、一つの形を何年も何年も反復して練り上げ、そこから身につけるもの。護身のための武術、身を守るための手段。それが、空手だったんさぁ・・・・・・」

「でも、今は、オリンピック競技までも目指すスポーツになってますよね? いったい、いまの先生の話から、今に至るまでに、どんなことが・・・・・・」


 崎岡は、ますます不思議そうな表情でキヨに問いかけた。


「ふむ・・・・・・。空手が沖縄から本土に入っていったのは、大正時代のころかねぇ。それまでは、沖縄武士の小さな伝統文化の一つだった。それが、大正十一年頃、本土で体育展覧会が開かれて、沖縄の先人がそこで初めて空手の技を広く見せることになったそうさぁ。松楓館流の祖と言われる者だけどなぁ。そこで、柔道の創始者が一早く目をつけ、最初は柔道の一部門として扱われていたとも聞いておる」

「じゅ、柔道の一部門・・・・・・って!? ええ!?」


 大澤や矢萩は、驚いた顔でキヨの話を聞いている。


「その頃はな、空手の師範が持つ称号位も、柔道家が出すという、不可思議なこともあったそうさぁ」

「柔道の、一部門? 柔道に空手全体が組み込まれそうだったってことですか?」

「そうじゃのう。そこで空手側は、『それはいくらなんでも』と断ったそうだ。その後、沖縄から次々と本土へ渡った先人たちが、大学などで空手の指導を始めた。昭和の頃には本土で空手を研究し、広めていったんさぁ。その先に、今のわしらや、みんながおる・・・・・・」


   ワアアアアアアアアアアアアアアア  ワアアアアアアアアアアアアアアア

   パチパチパチパチパチパチパチパチ!


「ただ、その頃は稽古と言えば鍛錬と形のみ。それに我慢できなくなったのが、若い大学空手部の学生たちだったらしい。どうしても、相手と技を試し合いたい、とな。だが、空手の技は、鍛錬を積まずに精神も未熟なままぶつけ合えば、骨を砕き、相手を殺傷しかねない危険なもの」

「・・・・・・だから、『寸止め』が生まれた・・・・・・のですね・・・・・・」


 朝香は、ゆっくりと一人で頷き、キヨの話を聞いている。


「そういうことになるんさぁー。先人たちは、特に組手の試合なんてものはもってのほか、と叫んでいたそうさぁ。もちろん、形も同じ。深い意味や鍛錬も知らずに、素速くて見栄えの良い動きばかりに注目し、琉球王朝時代から脈々と受け継がれてきた形が、消えていくのを先人は危惧した。表裏一体、諸刃の剣なんさぁ空手の競技化は。世界に広く知れ渡った反面、本来の部分が失われてしまった・・・・・・。ただ、それは、時代の流れとして、やむを得なかったんかねぇ」

「「「「「 ・・・・・・。 」」」」」


 みな、試合を見つめるキヨの話に聞き入っていた。ただ静かに、頷きながら、聞き入っていた。


「セェーパァァーイッ!」


   スウ   シュパァ  ガッ  ダァン  バッ  パァァン・・・・・・


「ほれ。あの選手のセーパイを見てごらん?」


 みな、キヨがゆっくりと指差す先に、視線を集めた。


「競技では、ああいう素速く動く形がどうしても見栄え良く映るんじゃろうが、本来、形はそういうもんではないんさぁ」

「(そういうものではない・・・・・・って、どういうことだろう)」

「(・・・・・・む、難しいなぁ)」


 諸岡と川島は、腕組みをして黙り込んでしまった。


「力むことなく、無駄な力を使わずに技を粘っこくして『ムチミ』を使い、呼吸法をきちんと意識して、その呼吸の力を腰に溜めて据え置くことで『ガマク』を入れ、関節と筋肉をコントロールして伸屈力と衝撃力を生み出す『チンクチ』をかけるのが、沖縄空手の基本」

「(ムチミ? チンクチ? わ、わかんないよぉ・・・・・・)」


 大澤も、キヨの説明を聞き、頭を抱えて固まってしまった。


「競技では、見た目は同じようでも、沖縄空手の形とは別物になってると思っていいさぁ」

「ムチミにガマク。そして、チンクチ。初めて聞く難しい言葉ですが、勉強になります」

「・・・・・・恥ずかしい話ですが、私たちのやっている空手は、何なんでしょう?」


 崎岡や朝香も、深く考え込んでしまった。その横で、諸岡も同じ顔で固まっている。


「ほっほほぉ。そんな悩まんでもいいさぁ。みんながやってるのも、空手だよぉ。とても、わしらにはみんなのような組手や形はできん。わしらの空手は、ただ、身を守るための動きだからねぇ。自信を持って、続けるといいさぁ。いつか、沖縄の空手も学んでくれればそれでいーさぁ」


 キヨはニコニコと笑って、神妙な面持ちの等星女子や日新学院のメンバーを励ました。

 そうこうしているうちに、Hコートでは、ついに小笹が出陣。相手は和歌山県の選手だ。


「小笹だ! 頑張れーっ、小笹! アタシらがついてるよーっ!」

「(・・・・・・にこっ)」


 青側に立ち、呼び出しを待つ小笹。

 川田の声に気づき、観客席の方へ目を向けると、何かに反応したのか一瞬目を大きく開け、笑って軽くこちらへ手を振り、反対側へ立つ相手と目を合わせると、静かに集中力を高めていた。

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