2-64、等星女子高、散る
「ほら、田村! もっとこっちまで来なってば! ほら、ここ座って!」
「いてて。おい、なんだよぉ川田! そんな引っ張んなって。森畑、なんとかしてくれないかねぇー」
「真波も私も、さっきの試合、田村に何が起きたかが何となくわかってるの。・・・・・・ねぇ、腰かどっか、傷めてるでしょ?」
「なんだよぉ、そのことかよ。だから、だいじだって。まぁ、心配してくれてありがとねぇー。ま、だいじだから。個人戦も何も影響なんかねーからさぁー」
「だからぁ、そう言ってあんた、だいじじゃないんでしょ? アタシはね、試合終盤に、田村の動きが急に変わったからおかしいと思ったのよ。・・・・・・腰? 肩? 背中?」
「まったく、私ら、田村と同期なんだよ? 隠したって、だめだかんね?」
「わりぃ。・・・・・・なんか、水城の蹴りを無理矢理に避けたらさ、腰と足首に変な負荷をかけちまったみたいでねぇー。でも、インターハイ予選の時よりは、だいぶ痛くねーからさ」
「ほれ見ろ! 傷めてるんじゃんか! まったく、あんたはねぇ、そーやって身内に隠して無理するんだから。どーするのよ。個人戦もあるんだよ?」
「そんなぁ、耳元で怒鳴るなよー。鼓膜がどーにかなっちまいしょうだねぇー」
「アタシはね、主将として頑張る田村のことは、同級生だけど本当にすごいと思ってるよ。でも、主将だからって無理はしないでよ。・・・・・・最後の年だからさ、無理したいって気持ちはアタシもわかるから・・・・・・」
「・・・・・・はぁ。・・・・・・そーだねぇ。わりぃ。心配かけて」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
~~~ ただ今より! 団体組手準決勝戦を行います! 各コート、選手、整列ッ! ~~~
♪ ダッダーン ♪ ダダダダダン ジャジャーン ジャンジャン ダーン ♪
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「準決勝、始まったね! 真波。堀内先輩呼んでくるから、待ってて。田村、そこのソファシートに転がってなよ。コールドスプレーも持ってくるからさ!」
「わかった。菜美もこのあと、個人形あるから、時間になったら行ってだいじだからね」
「うん。わかった! じゃ、待ってて」
森畑は、堀内を呼びに栃木陣営へ戻った。
堀内には笑顔で冷静に事情を話していた森畑だが、前原は森畑の表情や仕草で、田村の状態はちょっとまずいことなのだろうと察した。
「・・・・・・わかったわ。いま、下にいるのね? 森畑さん、行こう」
「はい。お願いします。あ・・・・・・前原も、タオルと飲み物持ってきてくれない?」
「うん。わかった! みんな、ちょっと準決勝見てて。田村君とこ行ってくるから」
「だいじなんか、尚久は? 水城との試合、激しかったもんなぁ!」
「私が話したときは、なんか、腰が痛い感じなんだけど、堀内先輩にまず診てもらうよ」
「そうかぁ。尚ちゃん、互角に見えたけど、だいぶ無理してたのかな。水城龍馬だもんな」
「さっきの試合、水城は終わったあとも余裕な感じだったが、田村はこの状態。水城龍馬はまだ全力を出していなかったと言うことか・・・・・・。なんてやつだ・・・・・・」
「前原先輩、わたしが行きましょうか?」
「たぶんだいじだよ。ありがとう。阿部さんは、準決勝を見て、たくさんみんなと学んでね」
「3対2。青の、勝ち!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ウオオオオオオオオオオオオオオオ
「9対0。赤の、勝ち!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
田村と川田は、廊下の奥にあるロビーで、ソファシートに腰掛けていた。
「・・・・・・すげぇ歓声だな。準決勝かぁ。俺たち、食い込めなかったんだなぁ」
「しゃーないって。あのレベルのチームに、この短期間で鍛えて勝負できたのですら、すごいことなんだからさ。アタシも個人戦、ドキドキでもあるし、楽しみでもあるんだ!」
「女子も女子で、個人戦は強敵揃いだしなぁ。すげぇよなぁ、インターハイってさ」
「そうねぇー。これ優勝すれば、年末の全日本選手権大会にも高体連代表で出られるし、ナショナルチーム選考対象とかにもなるんだもん。全国からみんな、そこを目指して集まってるんだよね。その頂点に、朝香朋子や諸岡里央がいたんだもんなぁ」
「同級生がそのレベルだから、女子は引っ張られて底上げになってんだねぇー、きっと」
「そうかな? 実感ないなぁ、アタシ。ちゃんと戦えるかなぁ・・・・・・」
「個人戦、いつも通りの気持ちでやってみ? 変にインターハイだって意識せずに、普通にやったほうが、稽古してきた実力出せると思うねぇ?」
「そっか。ありがとね、田村! ・・・・・・ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
「なんだぁ? 急に、どした?」
「田村はさ、この先の進路って、どーするの? 私文だから、地元の宇河宮大学みたいな国公立は行けないでしょ? もう八月だし。どーしてるんかなぁ、って」
「進路ねぇ・・・・・・。どーしようかねぇ。正直、まだわかんねーなぁ。秋にある推薦入試とかで、サクッと決めて、あとはゆっくりしたいかなぁ。経済とか経営学でもやって、銀行員にでもなろーかねぇ?」
「なにそれぇ? 適当ーっ。ま、年内に内定取れたら、楽だよね! ・・・・・・学連でも空手、続けていくの?」
「学連かぁ。どーかなぁ。やればやるし、やらなければやらないし、ってとこかねぇー。川田は、やんのか?」
「アタシもね、迷ってるんだ・・・・・・。空手は続ける気だけど、大学の部活に入ってまで、学連でガッツリやるかどうかは、未定かな・・・・・・」
「そうかぁー」
「この柏沼高校空手道部ともさ・・・・・・卒業したら、みんなバラバラに散っちゃうんだろうし。はあーっ・・・・・・寂しいな。なんか、複雑で悩むなぁー」
「俺もどーしようかねぇ、ってとこだなー。まぁ、まずはこの大会をしっかり戦い抜いてこそ、次のビジョンに目を向けられるんだけどねぇ。・・・・・・受験に、進路に、めんどくせーなぁ、まったくー」
「めんどくせぇ、って・・・・・・なによぉ、まったくー」
「だって、めんどくせーんだもん。・・・・・・ま、なるようになるからだいじだー」
「ねぇ田村。もしみんなが年内に進路決まるようだったら、年末に東京の武道館まで行こうよ! 全日本選手権、見に行かない? ねぇ、行こうよ! きっと、気分転換になるよ」
「おー、いいね! 受験の気晴らしにもなるしな! いいアイディアだねぇ、川田!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ウオオオオオオオオオオオオオオオ
ウウウワアアアアァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!
「ん? なんだか、すげぇ歓声だな! なんだぁ? どーなってんだ、準決勝は?」
「そういや、そうだね」
タタタタタタタタタッ タタタタタタタタッ
ダダダダダッ ダダダダダッ
和む会話を続ける田村と川田のもとへ、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「あ! やーっと来た! 菜美、前原! 堀内先輩ーっ!」
「ずいぶんかかったなぁ。どーしたんだ? なんかあったんかぁ?」
森畑は息を切らせ、真顔で川田の目を見つめた。
「真波も田村もっ・・・・・・驚かないでね。・・・・・・等星女子は・・・・・・負けたんだよ!」
「「 は? は、はああぁっ!? えええぇ! 」」
森畑のその言葉に、田村も川田も目を丸くして驚いた。予想だにしない大番狂わせが起きたのだ。
「と、とんでもないことになったよ田村君。朝香さん以外、みんな敗れて・・・・・・」
「・・・・・・ど、どういうことだよ! 前原、森畑! どこに負けたんだ、等星は?」
「前原! たしか、等星が当たった準決勝の学校って・・・・・・」
「うん。・・・・・・北海道代表、学校法人ラベンダー園。・・・・・・そこが、等星以上だった!」
「なんということだ! いったい、何が起きたんだろう。・・・・・・で、スコアは?」
「先鋒の朝香さんは勝ったけど、それでも8対2で完勝じゃなかった。次鋒の大澤さんが7対1で敗退。中堅の矢萩さんは、9対0で完膚なきまでにやられてた。信じられないよ!」
「はあぁ!? 朝香が完封できなかったっての!? それに、大澤や矢萩が完敗って・・・・・・」
「そして、副将の川島さんも8対3で負けちゃって・・・・・・。いま、大将の崎岡さんが戦ってるけど・・・・・・」
「なんだそりゃ! 学法ラベンダー園なんて、去年までは聞いたこともねー学校だ!」
「まさか、ラベンダー園って! 菜美! あの、どぎつい北海道代表のいるとこか! あの、ハデハデで香水臭いやつの・・・・・・」
「うん・・・・・・。昨日、帰りがけに絡んだ、ミランダ野沢シーナのいる学校だよ。いま、大将戦で崎岡有華とミランダが戦ってるけど、完全に崎岡を上回ってた。・・・・・・あれは、やばいよ。並の高校生レベルじゃない! 個人戦、朝香もあれにはもしかすると、やばいかも」
「まさか・・・・・・そんな。・・・・・・等星が、負けたなんて・・・・・・」
川田は、等星女子高がチームとして敗れたという思わぬ事態に動揺している。田村もこれには驚きを隠せない様子。
そんな中、堀内は笑顔で田村にマッサージを施し始めた。
「さ、田村くん。そこに横になって。腰と足首だっけ? ちょっと触るからね。痛いとこや、どんな感じか、教えてね。私がマッサージしたら、ドクターにも診てもらおう!」
「ほ、堀内先輩・・・・・・」
「いろいろ気になること多いんだろうけど、まずは、自分をケアしなきゃね!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ウオオオオオオオオオオオオオオオ ワアアアアアアアアアアアアアアア
「・・・・・・止め! 赤、上段蹴り、一本!」
「「「「「 崎岡先輩ーーーーーーーっ! ファイトーーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 取り返しましょう! 崎岡先輩ーーーーーーーっ! 」」」」」
「(な、なんだこいつは! 強いっ! しかし、私は等星の名にかけて、負けられない!)」
「(ウフフフゥ! アハハッ! 等星の主将なんてぇ、ぜーんぜん大したことないわぁん)」
「いいぃぃやああああぁぁーーっ!」
シュバッ ドババババッバババババッババッババババッバババッバババ!
シュルウン シュラアン ヒュンヒュンヒュンヒュン パカァァンッ!
「(な・・・・・・っ! なんだ・・・・・・とっ。ばかなっ・・・・・・)」
「止め! 赤、上段蹴り、一本! 赤の、勝ち!」
等星女子、なんと準決勝で敗退。朝香や崎岡を擁するチームも、今年は三位止まりとなった。
新鋭の学法ラベンダー園が決勝へと勝ち進むという予期せぬ展開に、館内の誰もが驚いていた。
他のコートは、番狂わせもないままに、だいたい予想したところが順当に勝ち進む。
男子団体組手の瀬田谷学堂と御殿城西は、瀬田谷学堂が4対1で決勝へ。山梨航空学舎と福岡天満学園は、5対0で福岡天満学園が決勝へ。
女子団体組手の花蝶薫風女子と西大阪愛栄は、3対2で花蝶薫風女子が決勝へ。そして、学法ラベンダー園が等星女子を下した。
「朋子・・・・・・。みんな。すまない。こんなはずでは・・・・・・。く・・・・・・うっ!」
「崎岡主将、涙を拭いて下さい。主将は責任を負うことではないです。相手が強かった、それだけですから・・・・・・。私も、一年の矢萩も川島も、主将の全てを尊敬しています」
二年の大澤は、涙する崎岡に深く頭を下げ、同じように涙を流した。
「崎岡先輩。あの、ミランダ野沢シーナとは何者なのでしょうか? あの学校、新鋭なのに、とんでもない強さでした。言いにくいですが、我々より、戦力が上のチームでした・・・・・・」
「主将。私も川島と同意見です。あの学校は、決勝で花蝶薫風をも食うかもしれません!」
一年の矢萩は、同期の川島とともに、「信じられない」という表情で崎岡に問いかける。
「わからん。わからないけど・・・・・・。等星は、ラベンダー園に敗れた。事実はそれだけだッ!」
「・・・・・・有華」
「朋子、監督も審判席で見ていたと思うが、これが今日の私たちの結果だ。不甲斐ない試合をして、ごめん!」
「別に・・・・・・。不甲斐なくないよ。・・・・・・あの相手・・・・・・完全に、ヨーロッパのスタイルだったね・・・・・・。個人戦でもしあれが勝ち上がってくれば、有華の仇は、私が討つ!」
「・・・・・・変わったね、朋子。ごめん、その役目、頼んだよ!」
準決勝戦が終わり、団体戦の決勝は明日の最終日へ。
各コートは、個人形競技の準備となり、その間、柏沼メンバーたちは公式練習場に入っていた。
外は未だに、変わらぬ天候。大嵐はいつになったら抜けるのか。