2-63、瀬田谷学堂 vs 柏沼高校 決着!
・・・・・・ひた ひた ひた ひた
「ほっほほぉ。こんな会場なんかい。賑やかでいいさぁ。子ども達の熱気が、わしにも伝わってくるよぉ。しかし、すごい嵐だねぇ。係の人も、こりゃ大変さぁ」
「さ、先生。こちらへどうぞ。お支度の部屋と、観覧席は、設けてありますので・・・・・・」
「孫が二人、出てるんさぁ。ほほっ。内緒にしとったけどねぇ、わしが今日、こうしてこの会場に来るのはねぇ。個人戦は、終わっちゃったんかねぇ?」
「左様でしたか。まだですよ個人戦は。今は団体組手の四回戦ですね。ささっ、昼休みのアトラクションまでは、まだ時間がありますので、それまでは楽にしていて下さい」
「わかった。ありがとぉなぁ。・・・・・・さて、と」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアア
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「「「「「 田村先輩ーーーーーーーっ! 田村先輩ーーーーーーーっ! 」」」」」
「田村ーっ! アタシの声、聞こえるぅ? 水城相手に、間合いを使って勝負できないよ! ここは、別な作戦しかない! 突っ込んでも届かないんだよぉ、その技術相手には!」
「(な、何だ!? でも確かに、川田が言うように、水城には出ても退いても間合いを何らかの技術で消されてるみたいだなぁ。・・・・・・でも、どーする。どう切り崩す・・・・・・)」
トトトォン・・・・・・ トトトォン・・・・・・
水城の出方を窺うように、左右に軽くステップを踏んでいる田村。
対する水城は相変わらずの構えで、逆に田村の様子を窺っている感じだ。
「(俺を相手に、間合いじゃ勝負にならんことがわかったか? さぁ、どうする田村?)」
「(試して・・・・・・みるか・・・・・・)」
・・・・・・ススススススススッ
サササササササッ
ステップから摺り足気味に切り替えた田村。それでも、詰めれば水城は引き波のように退く。
「(やっぱりだ。・・・・・・この距離感を、水城は崩さねぇってわけかねぇー。逆に、この間合いを崩されるのがこいつはいやなのか? よし、それなら・・・・・・)」
スススーッ トッ・・・・・・
再び、数歩分の間合いを詰め、田村はあるところで足を止めた。
「(よし! ・・・・・・試すか)」
トトトォン・・・・・・
間合いを詰め、今度はまた数歩バックステップで下がる。
それを水城は、距離感を保つように再び前に出て詰めようとする。
ササッ・・・・・・
「(やっぱりだ! ・・・・・・かかりやがったなぁ!)」
「あああぁぁーーーいっ!」
グンッ ダシュンッ! シュバババッ! ババババババババッ!
ザザッ ザザザザザッ ヒュンヒュンヒュンヒュンッ
「(ほうっ! 考えたな。間合いの駆け引きを俺とやるなんてな!)」
「(まだまだいくぜ! 水城龍馬、そっちの得意な間合いだけで試合運びをさせてたまっかよ! こっちも、考えながら戦ってんだぜーっ?)」
先程までの間合いが半歩分詰まったところで仕掛けた田村の猛攻。
しかし、水城はそれでも冷静な表情を崩さずに、むしろ楽しんでいるかのような表情で攻撃を躱し、ひとつひとつを防いでいる。
「アアアァァーーーーイッ!」
「ああああぁぁーーーいっ!」
シュバシイイィィッ! シュバババババッ! バシュウウゥゥッ!
両者の上段逆突きが一発、また一発、さらに一発と同時に交差する。
直撃はせずとも、道着の袖と袖とが高速で擦れ合い、乾いた摩擦音が響き合った。
「すごい、田村! 今の攻防は、水城の空間把握能力を完全に見破った駆け引きだよ。ほんと、私たちの主将は、こういうときは頭良いんだから・・・・・・」
「ふふっ。自慢の主将じゃない。アタシ、田村のこういうとこは好きよ。試合が毎回面白くて、熱くなるんだもん! いけぇーーーっ田村! そこだぁーっ! いけぇ!」
「あのな、どーでもいいんやけどお前ら、いつまでここにおんねや! 栃木陣営に帰れや!!」
「いーじゃないの。いちいちうるっさいよ、猪渕! なにわ樫原って、そんな了見の狭い学校なの? この試合で、アタシらの男子は終わりなのよ? あと一分ほど、いいでしょ!」
「ほんま、誰かこいつら何とかしてーや? かなわんわ・・・・・・」
田村は、前原たちメンバー四人の声援と、川田たちの声援を受け、さらに動きのギアを上げた。
「(面白いな、田村尚久。こういう仕掛け方をしてきたやつは、初めてだ!)」
「(くっそぉ。間合いの謎は見破ったが、総合的な能力が桁違いだ。攻撃力も、防御力も、精神力も、とんでもねぇレベルだねぇー。さすが、全国一だ。そうこなくっちゃな!)」
シュパァン! パパパパァン! ドパァンッ! ズガガッ!
両者再び、お互いに譲らない攻防戦を繰り広げる。
田村は水城に対してなるべく間合いを詰め、音速のような中間距離からの連突きが使えないように踏み込んでゆく。
水城はそれを引き離そうと、カウンターの突きや蹴り技を用いて距離を戻そうとする。
間合いを保とうとする者と、間合いを崩そうとする者。水と油のような両者の戦いは、とうに残り時間一分を切っていた。
ワアアアアアアアアアアアアーッ! ワアアアアアアアアアアアアアーッ!
「「「「「 水城主将ぉーーーーーっ! ファイトーーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 田村先輩ーーーーーーーっ! 頑張れぇーーーーーーっ! 」」」」」
両陣営の声援もさらに熱を増す。
「あの柏沼高校の田村ってやつ、驚いたな。龍馬君と真っ向から戦ってるぜ・・・・・・」
「恩田、こういうこともあるんだ。俺たちは、もっと学ぶべきかもしれない。無名だの名門だのは関係ないってことだ。中学の時、田村なんてやつ、俺は知らなかった」
「桑浦。恩田。俺も栃木の全中予選はかつて出たけど、その頃、柏沼高校にいるやつらなんか、やっぱ知らなかったぜ? 女子の川田真波や森畑菜美は、知ってたけどよ?」
「簡単なことだろ。俺は東京だから栃木の事情は知らねぇけどよ、要は、中学の時無名だったやつらだが、高体連で揉まれて強くなっただけだろ。俺や敬士郎が戦った先鋒や次鋒も、大したことはなかったけど、おかやま白陽やなにわ樫原とは戦えてた。試合中にレベルが上がるやつも中にはいるんかもしんねーな」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ! オオオオオオオオオオオオーッ
「あああぁぁーーーいっ! あああぁいっ!」
シュンッ・・・・・・ シュバババッ! ババババババババッ! ズドンッ!
「アアアァァーーーーイッ! ゥオアアアァーイッ!」
キィンッ! キキィンッッ! シュゥバアアアァァアッッ!
ババァンッ! パパパパァン! バチバチインッ!
「(俺についてくるなんて、楽しいぜ。誉めてやるよ、田村尚久!)」
「(こりゃ、全国一つえぇってのは納得だねぇー。パワーに偏らず、技に偏らず、すべてのバランスが整ってやがる! 大技を振り回してこないのも、また、なかなかじゃんかよぉー!)」
スタミナ度外視な感じで水城を追いかける田村。個人戦のことは、これっぽっちも頭にないようだ。今はもう、この勝負をひたすら楽しんでいるようにしか見えない。
「す、すごいな田村は。どうなっているんだ? おれが戦ったあの恩田よりも、前原が戦った桑浦よりも、水城龍馬は数段上のレベルだ。どの動きを見ても。それと互角なんて!」
「中村君。きっと、田村君の潜在能力がものすごかったんだよ! 僕も、ここまでの組手を田村君ができるなんて、正直、思ってなかった! すごいよ! 地力がものすごい!」
「水城龍馬もバケモンだが、まさか、尚久もそのバケモン級と張り合えるなんて!」
「す、すごいぜ尚ちゃん! いけいけ! いけぇー!」
「田村君ファイトォーッ!」
「「「「「 柏沼高校ファイトォーッ! 」」」」」
前原たちがめいっぱい声を張り上げて応援する中で、栃木陣営も大いに湧く。
その中で、小笹が阿部にぽつりと呟いた。
「上には上がある、っていうけどぉ・・・・・・。田村センパイの場合、どこまであるんだろう」
「え? なに? どしたの、末永ちゃん?」
「くすっ。田村センパイはさぁ、どーやら、相手が強ければ強いほど実力や潜在能力が引き出されるみたいだよぉ? だったら、もっともっと強い人らのところに入ったら、どーなっちゃうのかなぁ? ってね!」
「そ、それもそうだね。・・・・・・わたし、このインターハイに来るまで、田村先輩ってあそこまで強いと思ってなかった。ほら、部活とか日常だとさ、わかんないじゃん?」
「まっ、たしかにそーねぇッ」
「でも、この田村先輩はほんとにびっくり! がんばれーっ、先輩ーっ!」
~~~三十秒前です!~~~
「あとしばらく!」
試合序盤から凄まじい攻防が続いているが、ポイントは2対0のまま。
なんだかんだで、王者である水城を相手に田村は引けを取らずに戦っている。一本技でも決まれば、大逆転なのだが。
「ぉぉぉああああああぁーーーいっ!」
シュバシッ! バチイイイッ! ガシッ グウゥイッ・・・・・・
田村が放った渾身の中段蹴りも水城が余裕で防ぐ。そして、その足を挟んで引っ張り田村は思いっきり崩されて水城の真横へ動かされた。
シュルンッ・・・・・・
「(あ・・・・・・。あ、足だとーっ!)」
姿勢を崩された田村の目の前には、水城が既に回し蹴りを放っていた。
田村がはっと気づいたときには、メンホーの前には足の甲が迫る。
「(ぅぅぅううぉぉおおおおっ!)」
ギュルンッ・・・・・・ (ミキッ!) ギュンッ! (ピリッ!) ザザザザザッ
無理な姿勢で、田村は思いっきり腰と足首を捻り、その勢いで回し蹴りを紙一重で躱す。
そして、回転して背中向きになったところで、大声の気合い一閃。
「ぁぁぁぁああああああぁぁーーーいっ!」
「(何!)」
ヒュンッ ドゴオオォォォッッ!
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「止め! 青、中段蹴り、技有り!」
「「「「「 いぃやったぁぁぁぁーーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 田村先輩ーーーーーーーっ! ナーイス中段でーーーーーすっ! 」」」」」
ウワアアアアアアアアアアアアアアーーーッ
一瞬の出来事だった。
蹴りを躱し、後ろ向きになった田村は、そのまま斜め下から水城の脇腹を後ろ蹴りで思いっきり蹴り上げた。
水城は空振った足の死角から蹴り込まれ、予想もしてなかったという表情で、ふっと笑みを浮かべて脇腹へ手を当てた。
「(起死回生の一発か。やるな。まさか、あの流れから、あの姿勢から後ろ蹴りなんてな)」
「(どうだ・・・・・・。ふぅ・・・・・・やってやったぜ!)」
これで2対2の同点。田村の後ろ蹴りは、試合の流れを変える起死回生の一発になったのだろうか。
「続けて、始め!」
「(・・・・・・くっ)」
主審の合図に合わせて構える田村だが、なにか、様子がおかしい。
背筋が伸びずに、やや、丸まったような猫背で構えている。
ガタタッ
「どうしたの、真波?」
「田村の構えが変だ! ・・・・・・背中が伸びないみたい。さっきの蹴りの際、どこか変に捻ってしまったのかも!」
「ほんとだ。変だね! 真波、堀内先輩の所へ戻ろう! きっとあれ、さっき蹴りを躱すときに捻った姿勢で、どこか傷めたのかも!」
川田と森畑は、慌てて大阪陣営から栃木陣営の所へ戻ってゆく。
「(くそぉ、ここにきて、腰が痛ぇ! なんだ? 変に、やっちまったのか!)」
「(田村尚久か。お前も俺も、主将としてチームを背負っているんだものな。無様な試合はできないよな。しかし、俺にここまで食らいつくとは、いい根性と実力じゃないか!)」
「アアアァァーーーーイッ!」
キィンッ! シュバアッ ドガアアアーッ
「(ぐ・・・・・・っ)」
ロケットのような速度で床を蹴り、水城は中段逆突きを田村に放った。
何とかそれを肘で防いだ田村だが、先程のようにバックステップなどは使っていない。
「(個人戦、果たして動けるのか田村? ふっ。楽しみにしているぞ、そっちも)」
すっ・・・・・・
突然構えを解き、ふっと力を抜いた水城。
~~~ ピー ピピーッ ~~~
「(お、終わっちまったか・・・・・・)」
「・・・・・・引き分けっ!」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「「「「「 (あいつすげぇ! あの水城龍馬と引き分けたぞ!) 」」」」」
「「「「「 (水城が本気でやってないんじゃない? でも、あの田村って選手もなかなかのレベルだよ!) 」」」」」
「「「「「 (何だかんだで、瀬田谷学堂か。でも、柏沼高校もよくやったよな!) 」」」」」
ガヤガヤガヤガヤガヤ ガヤガヤガヤガヤガヤ ザワザワザワザワ
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。くっそぉ、勝てなかったかぁぁ・・・・・・」
「なかなかやるな。正直、驚いたぞ田村尚久。今後、覚えておくことにするよ」
白熱した大将戦は、引き分けで終わった。
お互いにメンホーをはずし、一礼。
汗だくで呼吸も荒くなった田村だが、何と、水城はほとんど汗もかかずに息も乱していない余裕の表情だった。
「3対1、1分け。赤、瀬田谷学堂高校の、勝ち!」
「「「「「 ありがとうございましたぁぁーーーーーーーっ! 」」」」」
全国一のチームを相手に、柏沼メンバーの団体戦は、四回戦で終わった。
ベスト8入賞だが、ここまで戦ってきた五人は今、この結果にものすごい悔しさが沸き上がっていた。
試合を終えた田村は、腰に手を当てて、ずっと身体を伸ばさずにいる。本人は「だいじだ」しか言わないが、前原たちにはわかっていた。田村はさっきの試合で、背中か脚を傷めたのかもしれないことを。
「ふぅー・・・・・・しかし、やっぱ瀬田谷学堂は強いねぇー。水城龍馬、あいつの技術や能力は、俺はもう、当たりたくないねぇー」
「それよりも、本当にだいじなの田村君? 一度、ドクターに診て見らったほうが・・・・・・」
「だいじだって。ねぇ、新井先輩? 俺、個人戦も控えてるからさぁ、このあとはちょっと休んでおきたいなぁ。みんな、本当にお疲れ! いやー、全国ベスト8まで入れただけでも、すごいよねぇ!」
「まぁ、おれたちには素晴らしい記録と記憶ができた。ここで終わってしまうのは正直悔しいが、一回戦からこの四回戦まで、本当にとんでもない連中ばかりだった。おれたちはこれで終わりだが、田村は個人戦があるんだ。頑張れよ!」
「おぅよ。まかしとけいっ! ・・・・・・あー、疲れた。イチゴみるくオーレ飲みてぇなー」
「インターハイ、ベスト8かぁ。俺、大学入試の部活履歴欄に、これ書こう! 道太郎も書くべ?」
「うん、そうだな。部活動の実績としては、なかなか目を引くかもしれんな! 俺も、この大会のことは、ずっと忘れずにいよう!」
田村はこのあと、個人形競技のあとに行われる個人組手にも出場する。前原たち四人は、ここでこの大会は終了。ここからは、個人戦出場メンバーへの応援に回る。
「あ、みんな! Hコートで、等星も終わったみたいだよ。地元沖縄に、勝ったみたいだ!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「4対1。青、等星女子高校の、勝ち!」
「「「「「 ありがとうございましたぁぁーーーーーーーーーーーーーっ! 」」」」」
前原は、試合を終えたHコートの等星メンバーにそっと手を振った。
朝香と崎岡が気づき、前原の方向へぐっと拳を突き出すのが見えた。
四回戦がどのコートも終わり、準決勝戦の準備に入っている。このあとは、AからDまでの四つのコートで行われ、残りの空きコートは個人形競技の準備となる。
Aコート、瀬田谷学堂 対 御殿城西。
Bコート、山梨航空学舎 対 福岡天満学園。
Cコート、花蝶薫風女子 対 西大阪愛栄。
Dコート、学法ラベンダー園 対 等星女子。
これが今年の全国四強。このベスト4には残ることができなかった柏沼高校だが、ここにあと一歩まで近づけたということを、五人は今後の大きな糧にすることだろう。
田村を筆頭に、柏沼メンバーはきりっと顔を上げてコートを去った。
敗者はメインアリーナから去り、勝者はスポットライトの当たるコートに残るのが、勝負の世界の明暗を分けていて対照的だった。
栃木陣営に戻る途中、廊下では川田と森畑が涙を浮かべて待っていた。
男子メンバーの大健闘を讃えてくれた二人は、田村の両肩を抱えて、そのままどこかいってしまった。
外は、雨も風もさらに強さが増すばかり。天候が回復する兆しがなかなか見えない。まだまだ大荒れの様相だ。