2-61、花と散る
ざわざわざわざわ ワアアアアアアーッ がやがやがやがやがや
「ここじゃ遠くてダメだ! 菜美。アタシ、Aコートの上のほうまで行ってくる!」
「え? まって真波! だってあそこ、大阪陣営だよ? 割り込んでくの? 待ってよー」
川田は、栃木陣営から猛ダッシュで移動。
男子メンバーが試合をしているAコートからすぐ上の、大阪陣営のところまで走っていった。
慌ててその後ろから、森畑が追っていった。阿部は呆気に取られ、ぽかんとしている。
「え? 川田先輩? あー、行っちゃった! ・・・・・・わたしらは、どーしよう?」
「くすっ。活発だなぁッ、川田センパイ。くすくす。いーんじゃない? ワタシらはここからでもぉ? 声も、届かないわけじゃないもん。ここと、向こうで、挟むように応援しよーよ、阿部チャン。・・・・・・でしょ? 日新学院の主将サンっ?」
「むぅ。・・・・・・柏沼のピンチは・・・・・・相手が相手だから仕方ないが・・・・・・応援をすることは・・・・・・いいことだからな。・・・・・・しかし、瀬田谷学堂・・・・・・強さが増している・・・・・・」
「二斗君が言ったように、瀬田谷学堂の強さは異常だよ。いや、異常じゃないにせよ、どれほどの稽古積んだらあんなレベルになるんだって話だ。うちの鶉山があのレベルに至るまでは、どうやればいいんだってくらいに。でも、柏沼は、諦めちゃだめだ。まだいける!」
「あははっ! そーだねぇッ。諦めちゃだめだよね! いいこと言うじゃんッ、堀庭クン」
「だから、末永小笹・・・・・・。俺はお前より、年上だかんな?」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「(また同じように上段回し蹴りを組み込まれたら、見えないかもしれない。そうしたら、終わっちゃう! どうする。僕は、結局、何もできないまま終わっちゃうのか・・・・・・)」
「続けて、始め!」
「ッシャアアアアーーーッ!」
キュンッッ! シュラアアァッッッ!
「(き、来た! ・・・・・・でも・・・・・・完封負けだけは、してたまるかーっ!)」
「とあああああああーーーいっ!」
グッ・・・・・・ シュンッ ダシュンッ バババババァッ!
瞬間移動のような速さで踏み込んで来る相手に、前原は真っ正面からぶつかるように全力で踏み込んだ。
パパパパァン! パパパパァン!
前原の連突きは、相手のメンホーや肩口を掠めてポイントには至らず。
しかし、いつものように突き技のみで終わりにせず、やぶれかぶれで前原は中段前蹴りをその中に絡めた。
シュバアッ・・・・・・ サッ
「(前蹴りを織り交ぜて絡めてきたか。・・・・・・よくあるパターンだぜ)」
「(こ、これも防がれちゃうのか? ・・・・・・くそーっ!)」
相手は、前原が膝を抱え上げた瞬間に、そこから放つ前蹴りを読んでいた。
せめて一撃でも何かの技が決まれば、試合の流れも変わるか。そう思った前原だが、瀬田谷学堂の対応力はやはり日本一。そう簡単には技を決めさせてくれない。
「前原ーーーーーっ! 捻れ! まっすぐ行くな! 捻れーっ!」
突如、前原の斜め真上から川田が叫んだ。突然割り込んできた栃木の女子に、大阪陣営がざわついている。
「(え? 川田さん!? 捻れ、とは・・・・・・。どういうこと?)」
前原は、川田のアドバイスを聞いたものの、やや困惑気味。
「な、なんやねんお前! 柏沼高校やと? なんで栃木のやつがここにおるんや!!」
「うっさいな! いま、前原がピンチなんだ。どこでもいーじゃん、応援くらいさぁ!」
「瀬田谷学堂とやっとるんやろ!? 無理や。今年の瀬田谷はハンパなく強いで。ウチのなにわ樫原が当たったとて、どこまで太刀打ちできるかわからへんレベルやで? 無理っちゅーもんや!!」
「柏沼をナメないでよ、猪渕! いーから、アタシの応援の邪魔しないで。いけぇ前原!」
「なんやねん。柏沼高校にも、こんなサバサバした女がおるんかいな。愛栄の藤崎と相性がよさそうやなー」
川田が割り込んだのは、大阪陣営のなにわ樫原高校の席だった。昨日、前原が団体戦で戦った猪渕を押しのけ、川田は大阪陣営から前原へ声援を送っていた。
「(な、何が何だかわかんないけど・・・・・・。そうか! 捻れって、そういうこと!)」
「とっあああああああーーーっ!」
グリュウッ・・・・・・ ドッスウウウウッッ!
「(なに!)」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「止め! 青、中段蹴り、技有り!」
「「「「「 前原せんぱーーーいっ! ナイス中段でーーーーーすっ! 」」」」」
「(や、やった! これはさすがに瀬田谷学堂でも、読めなかったろうね!)」
「(・・・・・・ちっ。こんな技をこいつ、持ってたのか。・・・・・・それならば)」
前原の、起死回生の三日月蹴りが炸裂。
中段前蹴りから変化させ、相手のみぞおちから脇腹にかけて、えぐり取るように上足底で蹴り抜いた。これで点差は5対2。勝負はまだまだ、わからない。
「悠樹のやつ、三日月蹴りをここでやりやがった! いいぞいいぞ!」
「しかし、なんで川田は大阪陣営のことに割り込んでるんだ? 猪渕が押しのけられてるぞ。だが、さっきの川田の声で、前原は咄嗟に技を切り替えたに違いない。いい攻撃だ!」
「前ちゃんの三日月蹴りは、さすがにあの相手も読めなかったってワケか。前ちゃん、時間がない! ここから流れを一気に持って行こう!」
「ちょうど、三十秒か。・・・・・・間に合うか、前原? 頑張ってくれよぉ! 試合はまだまだ、わからないからねぇー」
「続けて、始め! ・・・・・・あとしばらく!」
キュンッッ! ドシュンッ!
両者が開始線から一気に踏み込み、高速の突き技が交錯する。
ポイントをリードしていながらも、相手は攻撃の手を緩めない。冷静なままペースを乱さない瀬田谷学堂。
彼らの帯には、銀色の刺繍で「平常心是道也」と裏面に施されている。きっと、柏沼高校空手道部員の黒帯の裏面に「日々精進」と施してあるように、それが部の信条なのだろう。
キュンッ! ズバシイィッ! バシュンッ! ビシイッ!
激しい攻防が続く。しかし、前原の攻撃は、あの三日月蹴り以降はなかなか当たらない。
相手の攻撃は休むことなく容赦なく降り注ぐ。
前原としては何とか、ここからは1ポイントももらわずに手堅く点差を詰めて追いつきたいところだ。
「(くっそぉ、当たらない! 時間がなくなっていく。取らなきゃ! 勝たなきゃ!)」
ドシュンッ! バババババァッ! ズババババンッ!
「(三日月蹴りなんて、もう喰らわないぜ。このまま、タイムアウトだ!)」
「がんばってよ前原! 焦るな! 必ず行けるからさ! ファイトーーっ!」
「柏沼の川田とか言ったか、お前? あの瀬田谷学堂の桑浦に、あと十秒ほどで3ポイントも返せるわけないやろ! 残念やけど、諦めて、個人戦に集中した方がええんちゃうか?」
「だから、うっさいなぁ! アタシが、仲間が必死で戦ってるのをさ、諦めろって言うの? だいたい猪渕さぁ、あんたもなにわ樫原の主将なんでしょう! もし、他校からそんなこと言われたら、どー思うのよ!」
「うぐ! そ、それは・・・・・・」
「アタシ、柏沼高校のメンバーにはね、家族以上の絆みたいなものを感じてるんだ! 猪渕なんかとは、チームへの気持ちが違うんだよ! だから、邪魔すんなっての!」
「な、何やねん! ・・・・・・きっつい女やなぁ! ・・・・・・好きにせぇや。もう、言わんて! ・・・・・・悪かったわ。せやな、仲間の試合やもんな・・・・・・」
川田にきつく責め立てられ、猪渕はしゅんとしてしまった。
「(試合時間・・・・・・あと、どれくらいなんだ? もう、やぶれかぶれだーーーっ!)」
「とあああああああーーーっ!」
「(あぁ!? なんだ、こいつは!)」
ヒュルンッ ブオオオオオッ!
「(背刀打ち!? ふざけた技ばかりやりやがるぜぇぇ!)」
サッ
前原ががむしゃらに繰り出した背刀打ちは、相手が首を下げて躱し、空振りに。
シュパカァァァンッ!
「(な、何だっ!)」
ウゥワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「止め! 青、上段打ち、有効!」
「(やった! ・・・・・・作戦成功! ど、どうだぁっ!)」
「あははっ! やったねぇッ前原センパァイ! 今のは、意外すぎる技だったネ!」
「な、何したの先輩、いま。末永ちゃんは、見えたんでしょ?」
「ブラインド技だよ。でも、蹴りじゃない。前原センパイは、背刀を思いっきり振って、相手が躱したあとに、それを目隠しにして、斜め下から裏拳打ちを振るったのよねぇーッ! なかなか見ないタイプの、面白い連携技だよ! あははっ!」
5対3。これで前原は、逆転の射程圏内を取り戻したのだ。
真っ正面からいかず、変化技を仕掛けた前原。どうやら相手は先読みや洞察力に優れているのが仇となり、その変化技にやられたようだ。
あと五秒しかないが、最後の変化技に賭けるしかない前原は、さらに集中力を高めた。
「はははっ。面白い組手をやるじゃないか柏沼高校。・・・・・・桑浦! 油断するなよ? 恩田と同じ轍を踏みやがったら・・・・・・貴様、瀬田谷学堂の看板に泥を塗ることになるぞ!」
大将の水城は、これでもなお笑顔で飄々としているが、相手の桑浦に応援ではない言葉を飛ばした。
それに反応した桑浦は一瞬で表情が青ざめ、前原にきつい目を向け直した。
「(ゾクッ。・・・・・・龍馬君を、怒らせるのはやばい。こいつはもう、仕留めなくては!)」
「(やるしかない! 最後に、一か八かの、大賭けだ!)」
「続けて、始め!」
「とぉあああああああーーーっ!」
四・・・・・・三・・・・・・。
開始線から一気にダッシュした前原。それに反応した相手は、目の前からいなくなった。
くるっと一瞬で横に変化して、正面からの打ち合いを避けたのだ。
「(いないーっ! よ、横か!)」
「(逆転されちゃ、困るんだよ! だが、後退もできねぇ時間なんでな!)」
「(僕は・・・・・・諦めないぞぉーーーっ!)」
クルッ シャッ・・・・・・ シュバアッ!
二・・・・・・。
前原の斜め左後ろに転位した相手は、突っ込もうと姿勢を前掲させかけたところだった。
しかし前原は、振り向いている時間はないと思い、左足を軸にして、くるっとそのまま下から打ち上げるように右足を上げ、相手の死角から顎先めがけて「撥ね蹴り」の軌道を取っていた。
「「 やれぇ前原! そのまま蹴り上げろーーーっ! 」」
一・・・・・・。
~~~ ピー ピピーッ ~~~ パアッカァァンッ!
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
田村と川田の声が同時に響き渡った。前原の放った蹴りはそのまま相手の顎を跳ね上げていた。
副審は、青旗が二本、天を突くように挙げている。
「や、やった! やりやがった悠樹! 撥ね蹴りなんて思いもしなかったぜ」
「前ちゃん、やった! とんでもない逆転技だ! やったぜぇっ!」
ガッツポーズの井上と神長。栃木陣営でも後輩達が大喜び。
日新学院のメンバーや、堀庭、そして保護者応援団もみな大騒ぎ。だがそれとは裏腹に、松島、福田、小笹、二斗は、神妙な面持ちだ。
大阪陣営の所にいる川田と森畑、そして、前原の後ろにいる田村と中村が、微妙な表情で審判を見つめていた。
「菜美、今の前原の蹴り、入ってはいたけど・・・・・・。アタシの見た感じだとさ・・・・・・」
「どっちだろう。・・・・・・ほぼ同時だから、何とも言えない。副審は旗を挙げてるけどさ」
「前原センパイ・・・・・・。蹴り、入ってましたよぉ! 入ってたんだけどさぁー・・・・・・」
「畝松。・・・・・・・・・・・・ブザーと、蹴りと・・・・・・どっちが早かった?」
「わかんねっすね・・・・・・。俺は、蹴りのが一瞬早かったようにも見えましたけど」
「松島先輩、どう見ます? 今のラストの蹴りは。僕は、際どいタイミングかと・・・・・・」
「福田君の見たとおり、俺も、もしかしたらもしかするかも、って思ってるんだが・・・・・・」
がやがやがや・・・・・・ がやがやがや・・・・・・
ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「田村・・・・・・。祈るしか、ないのか? おれは、蹴りが入ったと信じてるんだが」
「副審は二人しか挙げてないねぇー。主審を見ろ、中村。これ、まずいかも・・・・・・」
ババッ ババッ サササッ
「一本」を示す副審二人。「とりません」を示す副審一人。そして、その様子を窺い、最後に判断を下そうと腕を今にも動かしそうな主審。
両チームに、緊張が走る。
「(て、手応えはあった! ど、どうだ? どうか・・・・・・)」
「止め! ・・・・・・とりませんっ!」
「「「「「 ううぅわあああぁぁーーっ・・・・・・ あああぁーーっ・・・・・・ 」」」」」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
どよどよどよどよどよどよ どよどよどよどよどよどよ
「(うそ・・・・・・。だ、だめだった・・・・・・のか・・・・・・)」
主審は、腰の高さに両腕を交差して数回開き、無情にも「とりません」の判定。
試合終了のブザーの方が、ほんのわずかだが早いと判断したようだ。その宣告がされると、栃木陣営からはものすごいトーンの下がる声が聞こえた。
そして前原は、その判定の声に、頭が真っ白になっていた。
「5対3。赤の、勝ち!」
「そんなぁぁぁぁーーーっ! そんなぁ! ・・・・・・男子、負けたの・・・・・・?」
「真波・・・・・・。私も悔しいけど、仕方ないよ・・・・・・。でも、ほんっとに悔しいな」
「ええぇぇー・・・・・・菜美ぃー」
「真波ぃー・・・・・・」
川田と森畑が、涙を流して崩れた。
前原はメンホーをはずし、上を向いたまま主審の宣告を聞いていた。
前原の目には天井のライトが映り込む。それは、眩しいはずなのに、薄暗く歪んでいた。
「・・・・・・最後の蹴りは、やられたぜ、正直なとこな。・・・・・・強かったぜ!」
がしっ
そう言って、相手の桑浦は前原に両手で握手し、チームの元へ戻っていった。
東京陣営は大きく湧いている。瀬田谷学堂メンバーも、どこか安心した表情だ。「ただ一人」を除いて。
「ま、前原先輩が負けた・・・・・・。男子団体・・・・・・負けちゃった・・・・・・」
「きょうこ・・・・・・相手がつえーんだ、仕方ない。でも、ここまであの強いやつらに競ってただけでも、先輩らすげぇんだよ!」
「敬太。自分たち、すげぇ先輩らと一緒にいたんだなぁ。・・・・・・なんか、悔しいなぁ」
「うわあーん! せんぱいたち、負けちゃった・・・・・・。わーんわーん」
「うちやま、泣くな・・・・・・。泣くなって言うけどさ、わたしも・・・・・・悲しいーっ」
うなだれる後輩たち。小笹も、阿部や他のメンバーを宥めつつ、悔しそうな表情になっている。
「・・・・・・最後に、まだ、田村センパイがいるよぉッ! ほら、みんな、まだ試合は終わってないんだよッ! 柏沼高校メンバーが最後まで顔を上げてなくて、どーすんのさぁッ!!」
窓から見える会場の庭園では、ハイビスカスの赤や黄色が、波に巻かれるように激しく揺れていた。
外は猛烈な大嵐だが、花は散ることなく、暴雨風にさらされても変わらず咲いている。
横殴りの大雨は、ますます激しくなっていた。