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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第4章 大嵐の大激闘! 拳士の闘志に限界なし!
61/106

2-61、花と散る

   ざわざわざわざわ  ワアアアアアアーッ  がやがやがやがやがや


「ここじゃ遠くてダメだ! 菜美。アタシ、Aコートの上のほうまで行ってくる!」

「え? まって真波! だってあそこ、大阪陣営だよ? 割り込んでくの? 待ってよー」


 川田は、栃木陣営から猛ダッシュで移動。

 男子メンバーが試合をしているAコートからすぐ上の、大阪陣営のところまで走っていった。

 慌ててその後ろから、森畑が追っていった。阿部は呆気に取られ、ぽかんとしている。


「え? 川田先輩? あー、行っちゃった! ・・・・・・わたしらは、どーしよう?」

「くすっ。活発だなぁッ、川田センパイ。くすくす。いーんじゃない? ワタシらはここからでもぉ? 声も、届かないわけじゃないもん。ここと、向こうで、挟むように応援しよーよ、阿部チャン。・・・・・・でしょ? 日新学院の主将サンっ?」

「むぅ。・・・・・・柏沼のピンチは・・・・・・相手が相手だから仕方ないが・・・・・・応援をすることは・・・・・・いいことだからな。・・・・・・しかし、瀬田谷学堂・・・・・・強さが増している・・・・・・」

「二斗君が言ったように、瀬田谷学堂の強さは異常だよ。いや、異常じゃないにせよ、どれほどの稽古積んだらあんなレベルになるんだって話だ。うちの鶉山があのレベルに至るまでは、どうやればいいんだってくらいに。でも、柏沼は、諦めちゃだめだ。まだいける!」

「あははっ! そーだねぇッ。諦めちゃだめだよね! いいこと言うじゃんッ、堀庭クン」

「だから、末永小笹・・・・・・。俺はお前より、年上だかんな?」


   ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!


「(また同じように上段回し蹴りを組み込まれたら、見えないかもしれない。そうしたら、終わっちゃう! どうする。僕は、結局、何もできないまま終わっちゃうのか・・・・・・)」

「続けて、始め!」

「ッシャアアアアーーーッ!」


   キュンッッ!  シュラアアァッッッ!


「(き、来た! ・・・・・・でも・・・・・・完封負けだけは、してたまるかーっ!)」

「とあああああああーーーいっ!」


   グッ・・・・・・  シュンッ  ダシュンッ  バババババァッ!


 瞬間移動のような速さで踏み込んで来る相手に、前原は真っ正面からぶつかるように全力で踏み込んだ。


   パパパパァン!  パパパパァン!


 前原の連突きは、相手のメンホーや肩口を掠めてポイントには至らず。

 しかし、いつものように突き技のみで終わりにせず、やぶれかぶれで前原は中段前蹴りをその中に絡めた。


   シュバアッ・・・・・・   サッ


「(前蹴りを織り交ぜて絡めてきたか。・・・・・・よくあるパターンだぜ)」

「(こ、これも防がれちゃうのか? ・・・・・・くそーっ!)」


 相手は、前原が膝を抱え上げた瞬間に、そこから放つ前蹴りを読んでいた。

 せめて一撃でも何かの技が決まれば、試合の流れも変わるか。そう思った前原だが、瀬田谷学堂の対応力はやはり日本一。そう簡単には技を決めさせてくれない。


「前原ーーーーーっ! 捻れ! まっすぐ行くな! 捻れーっ!」


 突如、前原の斜め真上から川田が叫んだ。突然割り込んできた栃木の女子に、大阪陣営がざわついている。


「(え? 川田さん!? 捻れ、とは・・・・・・。どういうこと?)」


 前原は、川田のアドバイスを聞いたものの、やや困惑気味。


「な、なんやねんお前! 柏沼高校やと? なんで栃木のやつがここにおるんや!!」

「うっさいな! いま、前原がピンチなんだ。どこでもいーじゃん、応援くらいさぁ!」

「瀬田谷学堂とやっとるんやろ!? 無理や。今年の瀬田谷はハンパなく強いで。ウチのなにわ樫原が当たったとて、どこまで太刀打ちできるかわからへんレベルやで? 無理っちゅーもんや!!」

「柏沼をナメないでよ、猪渕! いーから、アタシの応援の邪魔しないで。いけぇ前原!」

「なんやねん。柏沼高校にも、こんなサバサバした女がおるんかいな。愛栄の藤崎と相性がよさそうやなー」


 川田が割り込んだのは、大阪陣営のなにわ樫原高校の席だった。昨日、前原が団体戦で戦った猪渕を押しのけ、川田は大阪陣営から前原へ声援を送っていた。


「(な、何が何だかわかんないけど・・・・・・。そうか! 捻れって、そういうこと!)」

「とっあああああああーーーっ!」


   グリュウッ・・・・・・  ドッスウウウウッッ!


「(なに!)」


   ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー


「止め! 青、中段蹴り、技有り!」

「「「「「 前原せんぱーーーいっ! ナイス中段でーーーーーすっ! 」」」」」

「(や、やった! これはさすがに瀬田谷学堂でも、読めなかったろうね!)」

「(・・・・・・ちっ。こんな技をこいつ、持ってたのか。・・・・・・それならば)」


 前原の、起死回生の三日月蹴りが炸裂。

 中段前蹴りから変化させ、相手のみぞおちから脇腹にかけて、えぐり取るように上足底で蹴り抜いた。これで点差は5対2。勝負はまだまだ、わからない。


「悠樹のやつ、三日月蹴りをここでやりやがった! いいぞいいぞ!」

「しかし、なんで川田は大阪陣営のことに割り込んでるんだ? 猪渕が押しのけられてるぞ。だが、さっきの川田の声で、前原は咄嗟に技を切り替えたに違いない。いい攻撃だ!」

「前ちゃんの三日月蹴りは、さすがにあの相手も読めなかったってワケか。前ちゃん、時間がない! ここから流れを一気に持って行こう!」

「ちょうど、三十秒か。・・・・・・間に合うか、前原? 頑張ってくれよぉ! 試合はまだまだ、わからないからねぇー」

「続けて、始め! ・・・・・・あとしばらく!」


   キュンッッ!   ドシュンッ!


 両者が開始線から一気に踏み込み、高速の突き技が交錯する。

 ポイントをリードしていながらも、相手は攻撃の手を緩めない。冷静なままペースを乱さない瀬田谷学堂。

 彼らの帯には、銀色の刺繍で「平常心是道也」と裏面に施されている。きっと、柏沼高校空手道部員の黒帯の裏面に「日々精進」と施してあるように、それが部の信条なのだろう。


   キュンッ! ズバシイィッ!  バシュンッ!  ビシイッ!


 激しい攻防が続く。しかし、前原の攻撃は、あの三日月蹴り以降はなかなか当たらない。

 相手の攻撃は休むことなく容赦なく降り注ぐ。

 前原としては何とか、ここからは1ポイントももらわずに手堅く点差を詰めて追いつきたいところだ。


「(くっそぉ、当たらない! 時間がなくなっていく。取らなきゃ! 勝たなきゃ!)」


   ドシュンッ!  バババババァッ!  ズババババンッ!


「(三日月蹴りなんて、もう喰らわないぜ。このまま、タイムアウトだ!)」

「がんばってよ前原! 焦るな! 必ず行けるからさ! ファイトーーっ!」

「柏沼の川田とか言ったか、お前? あの瀬田谷学堂の桑浦に、あと十秒ほどで3ポイントも返せるわけないやろ! 残念やけど、諦めて、個人戦に集中した方がええんちゃうか?」

「だから、うっさいなぁ! アタシが、仲間が必死で戦ってるのをさ、諦めろって言うの? だいたい猪渕さぁ、あんたもなにわ樫原の主将なんでしょう! もし、他校からそんなこと言われたら、どー思うのよ!」

「うぐ! そ、それは・・・・・・」

「アタシ、柏沼高校のメンバーにはね、家族以上の絆みたいなものを感じてるんだ! 猪渕なんかとは、チームへの気持ちが違うんだよ! だから、邪魔すんなっての!」

「な、何やねん! ・・・・・・きっつい女やなぁ! ・・・・・・好きにせぇや。もう、言わんて! ・・・・・・悪かったわ。せやな、仲間の試合やもんな・・・・・・」


 川田にきつく責め立てられ、猪渕はしゅんとしてしまった。


「(試合時間・・・・・・あと、どれくらいなんだ? もう、やぶれかぶれだーーーっ!)」

「とあああああああーーーっ!」

「(あぁ!? なんだ、こいつは!)」


   ヒュルンッ  ブオオオオオッ! 


「(背刀打ち!? ふざけた技ばかりやりやがるぜぇぇ!)」


   サッ


 前原ががむしゃらに繰り出した背刀打ちは、相手が首を下げて躱し、空振りに。

 

   シュパカァァァンッ!


「(な、何だっ!)」


   ウゥワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!


「止め! 青、上段打ち、有効!」

「(やった! ・・・・・・作戦成功! ど、どうだぁっ!)」

「あははっ! やったねぇッ前原センパァイ! 今のは、意外すぎる技だったネ!」

「な、何したの先輩、いま。末永ちゃんは、見えたんでしょ?」

「ブラインド技だよ。でも、蹴りじゃない。前原センパイは、背刀を思いっきり振って、相手が躱したあとに、それを目隠しにして、斜め下から裏拳打ちを振るったのよねぇーッ! なかなか見ないタイプの、面白い連携技だよ! あははっ!」


 5対3。これで前原は、逆転の射程圏内を取り戻したのだ。

 真っ正面からいかず、変化技を仕掛けた前原。どうやら相手は先読みや洞察力に優れているのが仇となり、その変化技にやられたようだ。

 あと五秒しかないが、最後の変化技に賭けるしかない前原は、さらに集中力を高めた。


「はははっ。面白い組手をやるじゃないか柏沼高校。・・・・・・桑浦! 油断するなよ? 恩田と同じ轍を踏みやがったら・・・・・・貴様、瀬田谷学堂の看板に泥を塗ることになるぞ!」


 大将の水城は、これでもなお笑顔で飄々としているが、相手の桑浦に応援ではない言葉を飛ばした。

 それに反応した桑浦は一瞬で表情が青ざめ、前原にきつい目を向け直した。


「(ゾクッ。・・・・・・龍馬君を、怒らせるのはやばい。こいつはもう、仕留めなくては!)」

「(やるしかない! 最後に、一か八かの、大賭けだ!)」

「続けて、始め!」

「とぉあああああああーーーっ!」


 四・・・・・・三・・・・・・。

 開始線から一気にダッシュした前原。それに反応した相手は、目の前からいなくなった。

 くるっと一瞬で横に変化して、正面からの打ち合いを避けたのだ。


「(いないーっ! よ、横か!)」

「(逆転されちゃ、困るんだよ! だが、後退もできねぇ時間なんでな!)」

「(僕は・・・・・・諦めないぞぉーーーっ!)」


   クルッ   シャッ・・・・・・  シュバアッ!


 二・・・・・・。

 前原の斜め左後ろに転位した相手は、突っ込もうと姿勢を前掲させかけたところだった。

 しかし前原は、振り向いている時間はないと思い、左足を軸にして、くるっとそのまま下から打ち上げるように右足を上げ、相手の死角から顎先めがけて「撥ね蹴り」の軌道を取っていた。


「「 やれぇ前原! そのまま蹴り上げろーーーっ! 」」


 一・・・・・・。


   ~~~ ピー ピピーッ ~~~   パアッカァァンッ!

   ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ  ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ


 田村と川田の声が同時に響き渡った。前原の放った蹴りはそのまま相手の顎を跳ね上げていた。

 副審は、青旗が二本、天を突くように挙げている。


「や、やった! やりやがった悠樹! 撥ね蹴りなんて思いもしなかったぜ」

「前ちゃん、やった! とんでもない逆転技だ! やったぜぇっ!」


 ガッツポーズの井上と神長。栃木陣営でも後輩達が大喜び。

 日新学院のメンバーや、堀庭、そして保護者応援団もみな大騒ぎ。だがそれとは裏腹に、松島、福田、小笹、二斗は、神妙な面持ちだ。

 大阪陣営の所にいる川田と森畑、そして、前原の後ろにいる田村と中村が、微妙な表情で審判を見つめていた。


「菜美、今の前原の蹴り、入ってはいたけど・・・・・・。アタシの見た感じだとさ・・・・・・」

「どっちだろう。・・・・・・ほぼ同時だから、何とも言えない。副審は旗を挙げてるけどさ」

「前原センパイ・・・・・・。蹴り、入ってましたよぉ! 入ってたんだけどさぁー・・・・・・」

「畝松。・・・・・・・・・・・・ブザーと、蹴りと・・・・・・どっちが早かった?」

「わかんねっすね・・・・・・。俺は、蹴りのが一瞬早かったようにも見えましたけど」

「松島先輩、どう見ます? 今のラストの蹴りは。僕は、際どいタイミングかと・・・・・・」

「福田君の見たとおり、俺も、もしかしたらもしかするかも、って思ってるんだが・・・・・・」


   がやがやがや・・・・・・  がやがやがや・・・・・・

   ザワザワザワザワザワザワザワザワ


「田村・・・・・・。祈るしか、ないのか? おれは、蹴りが入ったと信じてるんだが」

「副審は二人しか挙げてないねぇー。主審を見ろ、中村。これ、まずいかも・・・・・・」


   ババッ  ババッ  サササッ  


 「一本」を示す副審二人。「とりません」を示す副審一人。そして、その様子を窺い、最後に判断を下そうと腕を今にも動かしそうな主審。

 両チームに、緊張が走る。


「(て、手応えはあった! ど、どうだ? どうか・・・・・・)」

「止め! ・・・・・・とりませんっ!」

「「「「「 ううぅわあああぁぁーーっ・・・・・・ あああぁーーっ・・・・・・ 」」」」」


   ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ

   どよどよどよどよどよどよ  どよどよどよどよどよどよ


「(うそ・・・・・・。だ、だめだった・・・・・・のか・・・・・・)」


 主審は、腰の高さに両腕を交差して数回開き、無情にも「とりません」の判定。

 試合終了のブザーの方が、ほんのわずかだが早いと判断したようだ。その宣告がされると、栃木陣営からはものすごいトーンの下がる声が聞こえた。

 そして前原は、その判定の声に、頭が真っ白になっていた。


「5対3。赤の、勝ち!」

「そんなぁぁぁぁーーーっ! そんなぁ! ・・・・・・男子、負けたの・・・・・・?」

「真波・・・・・・。私も悔しいけど、仕方ないよ・・・・・・。でも、ほんっとに悔しいな」

「ええぇぇー・・・・・・菜美ぃー」

「真波ぃー・・・・・・」


 川田と森畑が、涙を流して崩れた。

 前原はメンホーをはずし、上を向いたまま主審の宣告を聞いていた。

 前原の目には天井のライトが映り込む。それは、眩しいはずなのに、薄暗く歪んでいた。


「・・・・・・最後の蹴りは、やられたぜ、正直なとこな。・・・・・・強かったぜ!」


   がしっ


 そう言って、相手の桑浦は前原に両手で握手し、チームの元へ戻っていった。

 東京陣営は大きく湧いている。瀬田谷学堂メンバーも、どこか安心した表情だ。「ただ一人」を除いて。


「ま、前原先輩が負けた・・・・・・。男子団体・・・・・・負けちゃった・・・・・・」

「きょうこ・・・・・・相手がつえーんだ、仕方ない。でも、ここまであの強いやつらに競ってただけでも、先輩らすげぇんだよ!」

「敬太。自分たち、すげぇ先輩らと一緒にいたんだなぁ。・・・・・・なんか、悔しいなぁ」

「うわあーん! せんぱいたち、負けちゃった・・・・・・。わーんわーん」

「うちやま、泣くな・・・・・・。泣くなって言うけどさ、わたしも・・・・・・悲しいーっ」


 うなだれる後輩たち。小笹も、阿部や他のメンバーを宥めつつ、悔しそうな表情になっている。


「・・・・・・最後に、まだ、田村センパイがいるよぉッ! ほら、みんな、まだ試合は終わってないんだよッ! 柏沼高校メンバーが最後まで顔を上げてなくて、どーすんのさぁッ!!」


 窓から見える会場の庭園では、ハイビスカスの赤や黄色が、波に巻かれるように激しく揺れていた。

 外は猛烈な大嵐だが、花は散ることなく、暴雨風にさらされても変わらず咲いている。

 横殴りの大雨は、ますます激しくなっていた。


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