2-60、前原、最強の一角と戦う
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「「「「「 (瀬田谷学堂に勝ったぞあの中堅! なんてやつだ!) 」」」」」
「「「「「 (瀬田谷の恩田が負けた! 無名の高校がひとつ白星を返したぞ!) 」」」」」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ガヤガヤガヤガヤガヤガヤ
中村が白星をもぎ取り、ざわつく館内。
その中で、副将戦を待つ前原を遠くのHコートから見つめる人たちがいた。
「朋子。柏沼高校の中村が、瀬田谷の恩田を下したよ。あいつら、やるじゃないか!」
「瀬田谷学堂に食らいつくなんて・・・・・・。やるね、柏沼・・・・・・。すごいね」
「崎岡主将。朝香先輩。柏沼のことより、今、矢萩がピンチです! ・・・・・・ファイト矢萩ーっ!」
「そうか。私たちも、男子に負けてられんな。・・・・・・矢萩! 自分のペースだ!」
目線を自分のチームに戻し、後輩の矢萩へ声援を送る崎岡。
「(柏沼高校、か・・・・・・。男子も女子も、不思議な魅力がある人たちね、本当に・・・・・・)」
朝香は矢萩の試合を見つつも、まだ、意識は柏沼メンバーの方へと向けていた。
「「「「「 等星ーーーーっ! 必勝ーーーーーっ! 常勝ーーーーーーーっ! 」」」」」
等星女子は現在、沖縄県の県立糸洲安城高校と対戦中。
先鋒の朝香と次鋒の崎岡は無失点で完勝したが、一年の矢萩はいま、中堅戦を7対5でリードされていた。
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「おい、尚久。むこうじゃ等星が、けっこうやられてんぞ!」
「だねぇー。一年の矢萩が中堅なんだねぇー。まぁー、インターハイだかんねぇ。等星といえども、そう簡単にはいかないってことかねぇー」
「尚ちゃん。これから前ちゃんが戦う相手、どういうタイプなんだろうか?」
「桑浦かぁ? あいつ、とにかくまぁ、やりにくいスタイルなんだよねぇー」
「やりにくい? 田村がそう言うなんて、珍しいな。いったい、どういう・・・・・・」
「中村ならむしろ、おいしいタイプかもなぁー。とにかく、攻め型ではあるんだけどねぇ」
「攻め型、か。ならば前原は、迎え撃てばいいだけではないのか?」
「瀬田谷学堂の副将だしねぇ。恐らくは、簡単に迎え撃たせてくんないんだよねぇ」
瀬田谷学堂は副将に桑浦。そして大将には主将の水城龍馬が控える。
ここまでの総得点差では、大差で瀬田谷学堂がリード。前原はたとえ引き分けでもチーム全体の勝ちには繋がらない。前原が副将戦を白星で飾る以外には、柏沼高校が準決勝戦へ進める道はないのだ。
両拳をぎゅっと強く握り、きりっとした目つきで前原と目を合わせている桑浦。
前原もただ静かに、心臓の鼓動を感じながら、主審の合図を待っていた。
「勝負、始め!」
「とあああああああーーーっ」
「ッシャアアアアーーーッ!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「がんばれ前原! アタシもみんなも祈ってるよーっ!」
「前原ファイトーっ! いっけぇぇぇ! 柏沼高校の強さ、見せてやれーっ!」
「前原先輩、頑張って! 四回戦を勝てば、準決勝ですよ! がんばれーっ!」
川田、森畑、阿部が栃木陣営で祈っている。前原へ一斉に声援が飛んでゆく。
「(さぁ、僕も中村君に続こう。白星をあげられるように頑張るぞ!)」
タッ・・・・・・ シュバババッ! シュバババッ! シュバババッ!
「(え! は、速いっ! 一瞬で・・・・・・)」
バババババババチュンッ! ズダダダダダッ!
反動もなく、自然な踏み込みで相手は一瞬で間合いを詰めてきた。
前拳と前拳が重なり合うような距離から、左右の突きが連射砲のように飛んでくる。
「止め! 赤、上段突き、有効!」
「(く、くそっ! 相手はいきなりトップギアか?)」
反応が遅れた前原は、一気にその連打に飲み込まれ、顎先へ突きをもらってしまった。
「(ならば、僕だって、一気に全開だ!)」
「続けて、始め!」
「とあああああああーーーっ!」
グッ・・・・・・ シュンッ ダシュンッ バババババァッ!
膝の力を抜き、前原は一気に滑り出すように腰から前へ進む。
砂浜で覚えた運足で一気にトップスピードに乗り、相手へ一直線に向かってゆく。
「(いけぇーっ!)」
ドシュンッ! ドシュンッ!
上段刻み突きと、中段逆突きの上下ワンツー。
ほぼ同時に放った突きは、相手の顎先とみぞおちへ向けて放たれた。
くるぅんっ・・・・・・
「(え? なにっ!)」
しかし相手は、前原の突っ込みに対してコンパスで円を描くかのようにくるりと躱した。
前原は自分の技の勢いで、躱されたまま前方に姿勢を崩してしまった。
「シャラアアァーッ!」
ヒュルンッ ドパァァンッッ!
「止め! 赤、上段打ち、有効!」
「「「「「 あああぁぁーーーーっ・・・・・・ 」」」」」
「(くっ・・・・・・。み、見切られている?)」
前原の右の頬には、相手が放った技の衝撃が残っている。
身体を転回しての、見事な裏拳打ち。一直線に突っ込んだ前原を見切って、相手は余裕の表情でカウンターの裏拳打ちをを放ったのだった。
「(ま、まだだ! 始まったばかりだ! 相手のスピードと本気の僕は、ほぼ差はない!)」
「(くくっ)」
開始線で唇を噛む前原と対照的に、相手は目を閉じて不敵な笑みを見せる。果たして、その意味とは。
「続けて、始め!」
ワアアアアアアアアアアアアーッ!
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「とあああああああーーーっ」
シュンッ タタッタタァン!!
ズババババァッ! バシュンッ! ドドドンッ!
踏み込んでからジグザグステップを使い、斜め前から上段への連突き、中段回し蹴り、中段逆突きのコンビネーションで相手へ攻め込む前原。
パパァン バチンッ パァンッ
「(え! あ、当たらないっ・・・・・・)」
しかし、何も当たらない。惜しい距離にまでは届くが、あっさりと見切られ、城門のような相手の両腕や両掌で前原の技は軽く防がれてしまう。
「(くくっ。・・・・・・最初のオレの速度がトップギアとか、思ってないだろうなぁ?)」
「(はっ!)」
攻防の中、メンホー越しに目が合い、前原は何か戦慄を感じた。
ギアを入れ替え、前原は一気に相手と同じトップスピードに乗せたはずなのだが、相手の不敵な笑みは消えていなかった。
トトトォン タァーンッ・・・・・・ タタァン・・・・・・
何か危うさを感じ、前原は相手から一気に間合いを切って離れた。
相手は、軽くステップを踏んで構え、かっと目を開いて口元に笑みを浮かべる。
「(遅ぇ、遅ぇ、遅ぇっ! 瀬田谷学堂の稽古で培った、この速さ。とくと思い知れぇ!)」
キュンッッ! シュラアアァッッッ!
前原は突きも蹴りも届かない距離にまで離れたはずだが、相手はさらにスピードを上げ、あっという間に射程距離にまで踏み込んでいた。
前原は、気づいたときには相手の拳が出されかけているところで、慌ててさらにバックステップで間合いを仕切り直す。
「(な・・・・・・なんて速さだ! そんな馬鹿な!)」
「(くくくっ。・・・・・・遅ぇ、遅ぇ、遅ぇんだよぉぉ!)」
トトトォン タタッタタァン
「ダメだ前原! そいつ相手にまっすぐ下がったら、ダメだ! やられちまうぞぉーっ!?」
「前原ーっ! ダメだよ、その相手にまっすぐ下がるのは! 相手のが速いよ!」
「前原センパーイッ! それはダメだってぇッ! まっすぐ下がったら、追われるだけーッ」
田村が大声で後ろから声を飛ばす。それと同時に、川田や小笹の声も同時に前原へ飛んでゆく。
三人が言っていることは、ほぼ同じだった。
「シャアアアアアアアーーッ!」
シュバババッ シュバババッ シュバババッ シュバババッ!
バシュンッ! ズババババンッ! シュバババッ! ズバババババババッ!
「(う、うわあーっ! ・・・・・・し、しかたないっ!)」
トォン・・・・・・
「止め! 青、場外、忠告!」
「「「「「 あああぁぁーーーーっ・・・・・・ 前原せんぱーーーいっ! 」」」」」
さらにギアを上げ、速度を増した相手の高速連撃。
中村ほど受け技が巧いわけではない前原には、とても受けきれない手数と速さ。
苦肉の策で、やむを得ず場外へ一気に前原は飛び退いたのだった。
「(はぁ、はぁ、はぁ。・・・・・・は、速いし、強い! どうすればいいんだ・・・・・・)」
前原は開始線に戻り、どうにか逆転するための打開策を考えていた。
この2対0をどうにかひっくり返さないことには、先へは進めない。
「(この速さについてこれないんじゃ、オレ達に勝とうなんざ無理な話さ。・・・・・・龍馬君は、もっと速いんだぜぇぇ!?)」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「うーん。まずいねまずいねー。瀬田谷学堂、速すぎだよー。これは、困った。どーしようかなぁ。前原君、迷っちゃってるねー」
「新井先輩・・・・・・。前原にできることは何でしょうか? おれも今、分析をしているんですが、あの相手、ここまで速いとは思いませんでした」
「うーん、そうだねそうだねー。前原君の打開策は、なかなか難しいねー」
「あのスピードに加え、相手のコンビネーションや猛攻はものすごいですよ。おれなら返す自信は多少ありますが、前原がここからカウンターを狙う作戦ってのは危険すぎます。いったい、打開策をどう見出せば・・・・・・」
「そうだねそうだねー。むしろ、中村君がこの相手とだったら相性は良かったねー。でも、戦ってる前原君はいま、ちょーっと直線的だねー。攻めも、守りも、ねー」
「悠樹! まっすぐ過ぎんぞ! どうにかして、相手に的を絞らせんな! がんばれ!」
井上の声援は、果たして前原の耳に届いただろうか。
「続けて、始め!」
「(恩田は油断しすぎで情け無ぇ結果になったがよ、この瀬田谷学堂から星一つ取ったのは誉めてやるよ柏沼高校。だがな、その白星は、オレや龍馬君をさらにマジにさせるだけの起爆剤ってことに、気づくといいぜぇ!)」
「シャアアアアアアアーーッ!」
シュバババッ ズバババッ シュバババッ シュバババッ!
バシュンッ! ドバンッ! シュバズバババッ!
シュバババッ シュバババッ シュバババッ シュバババッ!
バシュンッ! ドパパパァァンッッ! ズバババババババッ!
「(わああ! は、速すぎる! こんな速度の連撃、う、受けたことない・・・・・・)」
豪雨のように襲いかかる高速の猛連撃。ここに来るまでにいろんな相手と当たった柏沼高校メンバーだが、それらの誰よりも、この連撃は速い。単発だったら、あの学生世界王者である矢木のがもちろん速いのだが。
目で追い、考えて反応していたらとても間に合わない速度。しかし前原は、それでも何とか、これまでの稽古と経験値を活かし、相手の攻撃を凌いでいた。
「前原せんぱーーーいっ! わたしとさよも応援してます! 頑張って下さいーっ!」
「頑張れ、前原せんぱーいっ! 頑張って! 頑張ってーーーっ!」
内山と大南の声が前原へ響いてきた。後輩達もみな、一緒に戦っている。前原は「ここで諦めるわけにはいかない」と思った。
勝負の世界は、たとえ相手が確実に自分より強くても、最後まで勝負を諦めずやらねばならない。それが、相手への礼儀でもあるのだ。
「あぁー、やっぱり強いですね、瀬田谷学堂・・・・・・。チャンピオンチームに、うちの子らよくここまで戦えますよ。もう、ドキドキしすぎてしまいます。あれは、相手が強い・・・・・・」
「まだまだわかりませんよ、前原さん。勝負は、最後まで、わからないものなんです」
「前原さん。川田さんの仰るとおり。未来はわかりませんが、しかし、諦めたらそこで終わってしまいます。でも、諦めずに食らいつくことで、なにか流れが変わるかもしれない。その経験からまた、成長してレベルが上がることもありますからね、何事も」
保護者応援団も心配そうに見つめる前原の試合。
早川先生も、保護者応援団と一緒に、試合を最後まで諦めずに応援してくれているようだ。
シュラッ・・・・・・ パッカァァンッ!
「「「「「 あああぁぁーーーーっ! うわあぁぁーっ・・・・・・ 」」」」」
「止め! 赤、上段蹴り、一本!」
高速の猛連撃に混ぜ込まれた上段回し蹴りが、前原の顎先を打ち抜いていった。
連突きを防いでいるだけで精一杯だった前原の余裕の無さまで、相手はよく観察していた。
高速の連突きがブラインドのようになったところを、見事に蹴られてしまった前原。
これで一気に5対0。点差はさらに拡がり、絶体絶命。
「おい前原! まだだいじだ! 諦めんな! 蹴られたなら、すぐに取りかえしちまえー」
「前原・・・・・・。がんばってよ。ねぇ! 自分らしい組手で、もう、ぶつかれーっ」
田村と川田が、同時に前原の背中へ声の塊をぶつけた。
心が折れかけている前原を、二人の声、そして、みんなの応援が後押しした。
「(み、みんな応援してくれてる! まだだ! まだ、僕は、諦めない! 諦めないぞ!)」
「(なんだぁ、その目。あぁ、鬱陶しいぜぇ。遅ぇ、遅ぇ。オレの速度にゃ、追いつけねぇよぉ)」
絶体絶命の状況に追い込まれたが、諦めない前原。
それに対して、余裕綽々の相手。
副将戦、前原はこの先、どう戦うのだろうか。