2-59、中村陽二の本職
「続けて、始め!」
「(・・・・・・危なかった。今の蹴りをもらっていたら絶望的だったが・・・・・・。わかったことが一つだけあるぜ! ・・・・・・もう、これに賭けるしかないな!)」
「お! 気づいたぞ前原。中村のやつ、打開策となるところが完全に気づいたみたいだねぇー!」
「田村君。これは、瀬田谷学堂を相手には危険すぎる賭けだけど・・・・・・。相手の動きを捉える眼のいい中村君なら、成功すると思うよ!」
「陽二ーっ! 集中ーっ! 集中だぜーーーっ!」
「陽ちゃん! 思い切っていけぇぇーっ!」
中村の背中へと飛んでゆく声援。それは、コートにいる男子メンバーだけでなく、観客席にいる川田たちのものも合わさっていた。
「中村ぁーーーっ! アタシもみんなも、あんたの度胸に賭けたよぉーっ!」
「(聞こえているさ。・・・・・・さぁて、ピリピリしやがる。・・・・・・来やがれっ!)」
すうっ・・・・・・
じり・・・・・・ じり・・・・・・ すすっ・・・・・・
「か、川田先輩! 森畑先輩! 中村先輩が、構えを下げましたけど・・・・・・あれ、危険極まりないじゃないですか!?」
「そうっすよ! あれ、少しずつ相手に詰めてますけど、あんなに上段ガラ空きじゃ・・・・・・」
「恭子も黒川も、まぁ見ててみな。これは、中村がいま全神経を研ぎ澄ませて、相手へ静かな駆け引きを仕掛けてるんだよ」
「非常に、危険な賭けではあるけどね。これはもう、中村陽二という選手だからこそ、こうするしかないのよ」
「き、危険な賭け! じゃあ、構えを下げたあれって、中村先輩だからこその作戦なんですか!?」
「恭子。アタシが思うに、中村は相手に突きを出させない気だね。構えは下がり気味だけど、拳先は相手へ向けてるでしょ? 相手は中村のカウンターを少しでも警戒するなら、わかりやすく突きは出さないと思う・・・・・・」
「そ、そうか。でも川田先輩、相手は中村先輩の作戦、気付いたりしてませんか?」
「そこが問題だね。気付かれてたら、もう、そん時はそん時だよ」
「そんなぁー・・・・・・。中村先輩、ファイトーっ!」
ワアアアアアアアアアアアアーッ!
相手は、目の前で構えを下げて誘いをかける中村の目を見て、にやりと笑った。
「(上等だ! 負けてるやつにしちゃ、いい度胸だなぁっ!)」
シュンッ・・・ ズアアッ!
「(動いた! どっちだ! 突きか? 蹴りか?)」
一気に相手の上体が動き、攻撃を仕掛けてきた。構えたその手は、動いていない。
相手は後ろの足を大きく抱え込んで、まるで上から叩き落とすかのように、右上段回し蹴りを中村の首元めがけて蹴ってきたのだ。
ヒュバアアアァァァァーーーッ
「(カッ!)」
シャシャアッ! ズシャアアアアアーーーッ
その蹴りを察知し、中村は一気に目を見開いた。
そして、腕で回し蹴りを受け止めながら、なんと相手へ向かって一気に横向きで踏み込んだ。
スライドするように蹴りを受けた中村の腕が、摩擦で紅く擦れている。
「(なに! 踏み込んで来やがった!)」
「(悪いな! 本職は待ち拳なんでなッ!)」
スパッ パシイイィィッッ! ギュンッ
「(な・・・・・・なんだとぉ、この野郎!)」
ダダダァァァァァ・・・・・・ンッ
「そおおぉぉぉあああああーーーーいぃっ!」
シュバッ バシイイィィンッ!
ワアアアアアアアアアアアアアーッ!
ワアアアアアアアアアアアアアーッ!
中村は後退せずに、上段蹴りをブロックしたまま踏み込んだが、腕には相手の足が乗ったままだ。
その状態で密着し、まるで柔道の小内刈りのように踵を使って相手の軸足側を刈り払い、片手で相手の手首を引っかけて真下に引き倒した。
相手の巨体は、巴をかくようにぐるりと床に転がった。
すぐさま相手は下から蹴りで反撃をしようとしてきたが、それよりも速く、中村の突きが相手の脇腹へ決まっていた。
これが、みんな気づいていた「打開策」だったのだ。
「止め! 青、中段突き、一本!」
「「「「「 いやったあぁぁぁぁっ! 中村先輩ナイス一本でーーーーーすっ! 」」」」」
「・・・・・・っしゃああああーっ!」
ワアアアアアアアアアアアアアーッ!
ワアアアアアアアアアアアアアーッ!
「ほぅ。やるじゃないか柏沼の中堅。あの恩田を転がして一本技なんて。いい度胸だ」
「龍馬君、恩田は相手を舐めすぎだな。もう残り時間がないのに、ヘマしやがって」
「まぁ、そう言うな桑浦。勝負ってのは、最後まで何があるかわからんものだよ。ふふっ」
中村に一本を取られたことで、相手は表情が完全に逆上した感じになっていた。
「続けて、始め!」
「ヒャアアァァァーイショオーッ!」
シュンッ・・・・・・
中村の虚を突き、相手は速攻で仕掛けた。一瞬で、開始線から中村の目の前へ踏み込む。
「「「「「 いけぇ、今だぁ! 一番のチャンスだぁーーーーーっ! 」」」」」
栃木陣営からも、コート内からも、柏沼メンバーの三年生男女は同時に声を張り上げた。
「そおおぉぉぉあああああーーーーっ」
ズッバァァァァンッ!
「止め! 青、中段突き、有効!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
お手本のような、先の先。
床に着くほどに膝と腰を落として潜り込んだ、中村の右中段逆突きカウンターが炸裂。
「(なんだと! そ、速攻に反応しやがったぁ!)」
「(瀬田谷学堂。恐ろしい強さだ本当に! だが忘れるな。柏沼高校の中村陽二は、待ち拳専門の組手ってことをな!)」
虚をついた相手の攻撃にも、きっちりとカウンターを返した中村。
歪む表情の相手に対し、残心を取りながらクールな笑みを静かに見せていた。
「やったぁぁぁぁぁ! カッコイイ中村センパイーッ! さっすが、待ち拳のスペシャリストよねぇッ! 華麗だなぁーッ! ワタシ、惚れちゃうぞーセンパイーッ! くすくすっ」
小笹は観客席で飛び跳ねながら、中村の姿を見て頬を赤らめている。
「す、すっごぉい! 中村先輩、相変わらず、オイシイなぁ! ナイス中段でぇす!」
「阿部せんぱい、すごかったですね! 今の中村先輩の中段カウンター、きれいな突きでしたーっ」
「だね! いやぁ、本当にすごかったぁ!」
「お、おい、大変だ! 紗代! 恭子! 真衣が魂抜けて倒れてるぞー! 敬太、どうしよう!」
「え! やべぇ、どーしよー! きょうこ、みつるー、どうしよー!?」
「おぉーい、うちやまーっ! 戻ってこーい。ハンニャラホンニャラフンニャラ・・・・・・」
大南は、ひっくり返っている内山へ、謎の呪文をかけて呼び戻そうとしている。
その様子を見ていた阿部と小笹は大爆笑。黒川と長谷川は、わたわたとしている。
~~~ ピー ピピーッ ~~~
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「止め! 4対3で、青の、勝ち!」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ。・・・・・・おおぉぉっしゃあーっ!」
メンホーをはずし、呼吸も荒いままに天を仰いで雄叫びをあげた中村。
なんと、瀬田谷学堂相手に、白星をひとつ取り返したのだった。
ぱあぁんっ!
メンホーを左脇に抱えて、熱気を帯びたまま戻ってきた中村。
副将戦の準備を整えて待っていた前原に思いっきり掌でタッチし、肩をぐっと掴んでから中村と前原は入れ替わった。
「やあったなぁ陽二! さすがだぜ! あの返し技の一連の流れ、お前しかできねーよ!!」
「陽ちゃんのカウンターは、瀬田谷学堂相手にも通じる技だったんだな! 全国一のチーム相手にも何ら遜色ない実力、お見事! 俺や泰ちゃんがあっけなく負けてしまって、本当に面目ない感じだよ」
「気にするな。勝負ってのは結局、どうなるかわからんもんだ。とりあえず、なんとか食らいついて一矢報いてやったぜ! 瀬田谷学堂も、どこか油断があったな。だから、あの流れで最後は逆転できたんだ。ギリギリ、一か八かの賭けだったよ・・・・・・。つ、疲れたぜ」
「中村が白星を取り返してくれた。頑張れ、前原! 俺たちは、瀬田谷学堂相手にも、互角に戦えるチームなんだ。強いんだからねぇー。自信持って、全力でやってこいっ! だいじだー!」
「ありがとう、田村君。そうだね、僕たちは、強い! 僕自身も、強くなったんだってことを、この試合で確認してくるよ! よおぉぉっし! 絶対に負けないぞーっ!」
前原はぎゅっと腕を伸ばし、両拳を振って脱力。呼吸をふうっと整え、肩や背中や腰元をみんなにバンバン叩かれ、再度気合いを発して開始線まで駆け込んでいった。
「(負けられない。絶対に、大将の田村君まで星を繋いで渡すんだ!)」
瀬田谷学堂から白星を奪い取った柏沼高校。
相手陣営では、水城が腕組みをしたまま、余裕の笑みを崩さずにいる。
前原は、目に強い力を込めて副将戦へと臨む。「最強」のチーム相手に、どのような試合を前原は見せるのだろうか。