2-58、文字通りの「最強」チーム
中村は柏沼高校の中堅としてAコートの開始線に立っている。
相手は中村よりも十五センチも背が高く、手足も長い。そのリーチから放たれる技に定評のある、瀬田谷学堂の恩田だ。
だが、相手を突き刺すような目の中村には何の迷いも感じられない。その背中は、後に体力を残すことなど考えていない、まさに特攻隊を思わせる意思が滲み出ている。
「(井上も神長も、あれほどの強さがありながら手も足も出なかった瀬田谷学堂。だが、冷静に分析すればこれまで戦ってきた相手とそこまでの差はないはず。恐らくは、対応力に長けているだけだ)」
ズオオオオオオオオオオオ・・・・・・ ヒュゴオオオオオオオオオオオオオオ!
外は大嵐。風の音がコート中央を吹き抜け、壁を突き抜けてまた外へと消える。
同時刻、Hコートでは等星女子が沖縄の県立糸洲安城と戦っている。
「勝負、始めっ!」
「しゃあっ!」
キュウンッ!
シュタタッ シュタシュタシュタァッ シュタタッ!
開始早々に左右ジグザグに高速ステップを踏んで構える中村。その動きは、昨日の試合以上にものすごく速い。
「(相手はおれよりも、遙かにリーチがある! ・・・・・・迂闊には・・・・・・)」
カッ フワッ・・・・・・
「(なっ? い、いつの間に・・・・・・)」
中村がステップを踏んで攻め処を観察している矢先に、相手の長い足が中村のアキレス腱上へ掛かっていた。そして、相手の強靱な脚力で中村は前足を刈り払われ、一気に身体ごと浮かされた。
スッ・・・・・・ チュドォンッ!
ごろんごろん どしゃ
「(ぐっ・・・・・・ぁ!)」
「止め! 赤、中段蹴り、技有り!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「(あ、足払いをそのまま前蹴りで使っただとっ・・・・・・!!)」
掬い上げるように中村を浮かせ、間髪入れずにその足で強烈な前蹴りを決めた相手の恩田。
大柄だが、精密性の高い動きと、片足でいくつもの技をこなすバランス感覚は尋常じゃないものがある。
たった一撃の蹴りで大きく吹き飛ばされた中村は、ゆっくりと腹を押さえながら立ち上がる。
「(続けて、同じ技はもらってはいけないな・・・・・・)」
「(軽ぅー。国体予選で同じ技を掛けた時の二斗の方が、まだ重かった。こいつもまぁ、雑魚だわなぁ)」
ざわざわざわざわ がやがやがやがや
「中村先輩が・・・・・・中村先輩までもが、手玉に取られたように・・・・・・。松島先輩! 先輩方がこのままじゃ負けちゃう! どうにかなりませんか? どうにか・・・・・・」
涙を流す大南と内山の手を握りながら、阿部は松島たちに潤んだ目で訴えかけた。
「瀬田谷学堂・・・・・・。レベルだけで見れば、生半可な大学空手道部や実業団の選手たちじゃ敵わないだろう。ナショナルチームが相手でも、普通に真っ向からきちんと相手できるほどのレベルだだ、これは」
「そ、そんなぁ。松島先輩! 中村先輩はどうすれば・・・・・・」
「落ち着こう阿部。中村は待ち拳型だが、突っ込みも正確で鋭い。それを両方うまく活かせば、きっと勝機は・・・・・・」
「「 中村ファイトーーーーーっ! 焦るなーーーーっ! 」」
川田と森畑の声が激しくAコートに向かって飛ぶ。
大南と内山は、泣きながら祈っている。阿部はその二人の手を握り、「どうか・・・・・・」と真剣に念ずるように試合を見つめている。
「続けて、始め!」
「(くっ。井上も神長も、一矢報いることさえできなかった! おれは、やるぞ!)」
「さああああああーっ!」
シュバババッ! シュバババッ! シュバババッ!
カミソリのような、中村のワンツースリーの連突き。
深い前屈立ちの前進による踏み込みが生み出すその突きは、細身な中村の全体重を拳先に乗せてものすごい貫通力を生み出している。
「いいよぉ中村君! キレのある突きだーっ!」
「いけぇ陽二! 取り返せ取り返せーっ!」
「ファイト陽ちゃんーっ! 相手をどんどん追い込もう!」
「中村ー! いけるいける! 持ち味を活かしていこうじゃないかねぇー!」
士気を取り戻してきた柏沼男子メンバーたち。
観客席でも、川田と森畑の表情に明るさが戻ってきた。
「やるねぇ中村! 菜美、すごいキレだよ中村の攻撃!」
「なんか、気合いが乗っているというか、元気だよね中村! これはいいよ!」
高速で相手を打ち抜くような中村の三連打が、一気に相手の上段へ放たれた。
フワッ・・・・・・
ヒュバアアアァァァァーーーッ!
「(な、何だぁっ?)」
バッチイン バチバチィンッ!
「(つあっ・・・・・・。な、なにぃ!)」
ザザッ・・・・・・ タタァン
「「「「「 あああぁぁーーーーっ! 」」」」」
しかし、切れ味鋭い中村の三連打を、相手はなんと大きく横から掌を一振りし、難なく防いだのだ。
それは中村の突きを大きく弾き、その流れのままに次の連打も防ぐようにして弾き飛ばした。
「(か、片腕だけで、おれの突きを防いだ。それだけでなく、突きを弾きながらおれの姿勢を崩しにかけるとは・・・・・・)」
突きを横から腕ごと弾かれ、体勢を崩した中村。
メンホーの奥に光る目と、その頬へ、髪から滴る汗がぽたりつつりと垂れてゆく。
シュンッ ベシャアアァァッ! ・・・・・・トォン
「(うおお・・・・・・っ!)」
シュンッ ズドオオンッ! ・・・・・・ズザッ
「(ぐあ・・・・・・っ!)」
シュンッ ドガアアアッッ! ・・・・・・ズザザッ
「(つあ・・・・・・っ!)」
シュンッ ズバアァァァンッッ! ・・・・・・ザシャッ
「(し、しまった!)」
容赦なく降り注ぐ、相手の猛攻撃。
鉄パイプで殴りつけるかのような中段回し蹴りを、中村は何とか両腕で受けてバックステップ。
さらにそこへ追い打ちをかけるように、深く踏み込んだ大砲のような追い突きが襲いかかる。
それも中村は掌を重ねて抑えたが、身体ごと大きく後ろへ撥ね飛ばされてしまった。
それでもなお、相手の追撃は止まらない。中段前蹴り、上段回し蹴り、それも何とか受けきる中村だが、まるでピンボールのように身体があっちこっちに撥ね飛ばされ、ついに場外まで出されてしまった。
「止め! 青、場外、忠告!」
「「「「「 あああぁぁーーーーっ・・・・・・ 中村先輩ーーーっ! 」」」」」
後輩の声が、中村の背中へたくさん降り注ぐ。
今までにない強敵に、中村は「どう切り崩していけばいいのだ!?」と困惑している。コート外から試合を見守る前原や井上は、何もいいアドバイスが思い浮かばず歯痒そうだ。
「(はぁ、はぁ。・・・・・・ふぅ、ふぅ。つ、強い! これほどとは・・・・・・)」
「・・・・・・中村センパァイ・・・・・・。何とか、打開策ないかなぁッ! ・・・・・・っ!」
中村の組手を、観客席で唇を噛み締めて見つめる小笹。
試合はこの後、どう動くのだろうか。
「続けて、始め!」
「(どうする・・・・・・。一か八か、出鼻を狙うカウンターに賭けるか? ・・・・・・いや、相手がリードしている以上、そう易々と相手も出てこないだろう。・・・・・・くそっ、どうする)」
シュンッ・・・・・・
「(!)」
「ヒャアアァァァーイショオッ!」
ドッスウウウゥッ! バシイイッ!
「(うぐぁ・・・・・・っ! く、くそっ。防ぐだけで手一杯だ・・・・・・)」
甲高い気合いを発し、中村へ容赦なく襲いかかる恩田。
遠間から長いリーチを活かした、中段前蹴りから上段突きのコンビネーションが飛んでくる。
中村は、何とか足捌きや小手先でそれらを防ぐことができているが、相手の回転力を前に防戦一方だ。
「中村君ファイトーっ! チャンスは必ずある! 焦らないで!」
「まずは、攻撃をもらっちゃダメだけどねぇ。今の中村の選択は、あれでいいかもしんないねぇー」
「でも田村君、中村君はいつか返してポイント追いつかないと。この中堅戦、絶対に落とせないしさぁ・・・・・・」
「まぁー、だいじだ。中村の目は諦めてないし、何かチャンスを狙ってる感じだしねぇー。このまま応援しまくって、2ポイント返せるよう、中村を後押ししようぜ!」
「そ、そうだけどさぁー・・・・・・」
シュンッ ドガアアッッ! シュンッ バシイッ! ドカアッ!
「(まったくもって、相手になんねぇじゃんかー。防御でいっぱいいっぱいって感じか。しかし、この中村って中堅、受けだけはうめぇな・・・・・・)」
ポイントリードはしているが、相手は強烈な攻撃の手を緩めることはない。
しかし中村も、受け流し、躱し、捌き、様々な防御法で辛うじて防ぎきっている。相手になかなかポイントを許さない。
「(あー、しゃらくせぇっ!)」
ダシュッ! ドゴアッ!
「(ぐあっ・・・・・・)」
逆突きで突っ込みながら、主審の見えにくい位置で、相手はそのまま肩越しにぶちかましのような体当たりをしてきた。
体格差で、一気に吹っ飛ばされ体勢を崩してしまう中村。
シュラッ・・・・・・ ビュウウウンッ!
「(ま、まずいっ!)」
バシャアアァァァッ!
相手の上段回し蹴り一閃。
体勢を崩した中村の左側頭部を、豪快に振り回された相手の蹴りが襲いかかった。
目を見開き、中村は両掌を使ってこれを紙一重で受け止めた。
しかしその掌は熱く痺れ、中村の表情が大きく歪む。
「ヒャアアアァーイッ!」
パパパパパァン! シュラッ・・・ バシャアアァァァッ!
「(くっそぉ! ・・・・・・反撃できるタイミングが、合わないっ!)」
相手の連突きを身体や首を捻って、ギリギリで躱す中村。
最後にはまた強烈な蹴りが襲ってくる。両掌で受ける二度目の技は、さっきよりもさらに威力が増していた。
トトォンッ・・・・・・
「いいぞ陽ちゃん。それでいい。一度間合いを切って、立て直そう!」
「陽二ーっ! ファイトだーっ! 相手、どんどん来るぞ。斬り落とせーっ!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「(カウンターを叩き込みたいとこだが・・・・・・。こいつは、なかなか厄介だ・・・・・・)」
ずんっ だんっ・・・・・・
後ろに退がって間合いを仕切り直した中村。攻撃を食らってこそいないものの、まったく手も足も出ずに防戦一方の状態が続く。時間も、刻々と進んでゆく。
ポイントは依然として動く気配がない。しかし中村は、諦めてはいない。
メンホー越しに光る鋭い目が、その意志を物語っていた。
八メートル四方の白いAコート内は、暴風となった瀬田谷学堂に柏沼高校が飲み込まれ、脱出方法を見つけられずにもがいている感じだ。
「・・・・・・打開策、見ぃつけたぁッ! でもぉ、どーやって伝えれば・・・・・・」
「アタシも、一か八かになるだろうけど、小笹と多分同じ所に目が行ったよ。中村なら、きっとそこを切り崩せる技量はある!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「中村があのでかい恩田を切り崩すポイントを、見つけたぞ。だけど、中村がそれに気づいたかどうかだねぇ・・・・・・」
「田村君。さっきの攻防を見て、僕も何となく気づいた! きっと、中村君はわかってるよ」
大歓声の中、コート端で相手の様子を窺う中村と、重厚感のある構えで一歩ずつ近寄ってくる相手の恩田。
もう、中村は場外に出たら相手にペナルティポイントがいってしまうところまで追い込まれている。
~~~ 三十秒前です! ~~~
「あとしばらく!」
係員が立ち上がり、試合が残り僅かとなったことを主審に告げた。
中堅戦はあと三十秒後には、何かしらの決着がつくことになっているのだ。
ずうんっ・・・・・・ ずおおおおおおおお・・・・・・
「(く・・・・・・っ。さらに威圧感が増しやがった! 仕留めにくるつもりか!)」
相手はさらに闘気を高め、中村に対して威圧感を与え続ける。
瀬田谷学堂側では、水城がそれを見て余裕の表情。
「ふっ・・・・・・。いけ、恩田。相手をそのまま、場外まで弾き飛ばしてしまえ!」
「(言われずとも、やってやるぜ。もう、遊んでるのも、終わりだ!)」
シュラッ・・・・・・ シュルウンッ・・・・・・
「(え・・・・・・S字の軌道! これは・・・・・・ッ!)」
「「「「「 あああぁぁーーーーっ! 中村先輩、避けてー―ーっ! 」」」」」
相手が蹴りのフォームに入り、蹴られるであろう側の中段と上段をガッチリとカバーした中村。
だが、相手の蹴りはそこから逆側に弧を描くようにして、中村がガードした逆面へ。
「(なに! うおぉっ!? まずい! 間に合えぇーっ!)」
シュッ・・・・・・
大慌てで、片手の掌を相手の蹴りと競争するかのように動かす中村。
・・・・・・バアッチイイイィィンッ・・・・・・
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ! ワアアアアアアアアアッ!
「「「「「 うわああぁぁーーーっ! な、中村先輩ーーーっ! 」」」」」
「止め! ・・・・・・。」
ものすごい炸裂音と、遅れてやってくる大歓声。
「な、中村君っ!」
「マ・・・・・・マジかよ・・・・・・。陽二ーっ!」
「(・・・・・・くっ! ち、ちくしょうっ!)」
中村は、表情を歪めて俯いている。
しかし、何かダメージを受けたという感じではないようだ。
「青、場外、警告! 赤、有効!」
「「「「「 はああぁぁーーーーっ・・・・・・ 」」」」」
相手の蹴りは、刹那の見切りで中村の受けが間に合い、入ってはいなかった。
しかし中村はその蹴りの威力で弾き飛ばされ、二度目の場外。これで、カテゴリー2のペナルティが二回目となり、相手へ有効の1ポイントが加えられてしまった。
ここにきて、3対0と点差が開く最悪の展開に。
中堅戦は中村でさえも、瀬田谷学堂の力を前に苦戦を強いられている。