2-57、異次元の強さ
「な、なんということだ! ・・・・・・井上が十六秒で、8対0負け? うっそぉ・・・・・・」
「か、川田先輩! これ、勝てますよね? 瀬田谷学堂に・・・・・・」
「恭子、それは・・・・・・。とりあえず次鋒戦で道太郎に取り返してもらえば、なんとかなる! ガンバレ道太郎っ! 取り返せーっ!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「すまねぇーっ。やべぇよあいつ! な、何もできねーで終わっちまった・・・・・・」
「し、信じられん。井上だっておかやま白陽を倒す実力があるのに、これほどとは・・・・・・」
「か、神長君! こうなりゃ次鋒戦で取りかえそう! 体格じゃ神長君のが上だよ! 作戦的にも、有利な技がたくさんあるはず! がんばって!」
「神長、頼む! 井上はきっと、緊張しすぎて、逆に気が空回りしたんだねぇー。調子的にはだいじだったんだけどねぇー。次鋒戦、全力でぶつかってきてくれよぉ!」
「よ、よし! 気を立て直して、俺が行くぜ! ありがとな、尚ちゃん!」
がぽん びっ びっ びびーっ ぎゅっ
メンホーをしっかり締める神長。そして数回膝を曲げ伸ばし、腰元と胸元をばしんと拳で叩いて気合いを入れた。
「いってこい神長! 頼んだぜ、柏沼の次鋒! 応援してるからねぇー!」
「いってくる尚ちゃん! よし・・・・・・だいじだ!」
~~~選手!~~~
「「「「 ファイトォォォーーーーーーッ! 」」」」
一点に相手を見据えて開始線へ向かった神長。先鋒戦の完封負け分を、今度は逆に取り返して欲しいところだ。
逆に相手は腰に手を当てながら、プラプラと軽く赤い拳サポーターをつけた手首を振って入場。
「(確かに、小柄だな。懐に潜り込まれたらまずいが、その時は作戦があるぜ!)」
「勝負、始めっ!」
「どぉあああああ・・・・・・」
神長が左拳を前、左足も前の右構えで一歩前にどんと踏み出したとき、既にその視界に、相手はいなかった。
「(え? ・・・・・・ど、どこに・・・・・・)」
シュラッ グウイッ ドダアアァァァァァンッ!
「(な・・・・・・っ! ぐわっ!)」
キュンッ ドスウウッッ!
「止め! 赤、中段突き、一本!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「ちょっとちょっとちょっとーっ! 道太郎まで、どーしちゃったのよ! そんな簡単に投げられて、らしくないよぉ! ・・・・・・アタシ、夢見てるんじゃないだろうね、菜美!?」
「真波、これは現実よ。あの相手は今、道太郎が構えた前拳の斜め下から潜り込んで、腕を回して一気に巻き落とすように投げた。体格差も考慮した上で、どこが道太郎の死角になるかまできちんと読まれてる」
「それ、相当な稽古と経験値積まなきゃ、できないレベルだよ!? 瀬田谷学堂がまさか、ここまでのレベルだなんて・・・・・・」
あの神長がいとも簡単に投げられ、井上と同じく開始から数秒で一本技を決められてしまった。
相手を見失ったことで神長の意識も力も一瞬だけ居着いた瞬間を見逃さず、スムーズな流れで相手は技を仕掛けたのだ。
「・・・・・・・・・・・・川田、森畑、よく聞いてくれ・・・・・・」
「なによ二斗? いま、うちの学校ピンチなんだよ早くも! さっさと言ってよ!」
「今年の国体予選・・・・・・俺や畝松も、あの瀬田谷学堂のメンバーに、あっけなく負けたんだ・・・・・・・・・・・・」
「「 え! 」」
「二斗や、畝松までもが? ・・・・・・うそぉ」
「うそじゃねぇって。二斗先輩も俺も、瀬田谷学堂には歯が立たなかった。あそこにいる関谷、恩田、桑浦が、さらーっと三位まで独占すよ。水城龍馬も栃木出身だけど、本籍を今は東京にしてるとかで、あの真島と東京代表で国体は出るんすよ。そういうメンバーっすね、あれ」
「そ、それにしても、ここまで強いなんて・・・・・・。アタシの想定以上だよぉ・・・・・・」
項垂れて溜め息をつく川田に、表情を固めたままの森畑。
その二人の様子を見て、阿部は青ざめながらも「何とかしなくては」と思っていた。
「(そ、そんなチーム相手に先輩たちは戦ってるなんて。ここは、せめて声だけでも勝たなきゃ)」
「み、みんな! 先輩たちにとにかく声を送ろう! ね!? さぁ、声出すよ!!」
阿部の一声に、一年生や二年生も頷き、一斉に神長へ向かって声を飛ばす。
「「「「「 かみながせんぱーーーーいっ! ファイトでーーーーーすっ! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「(ど、どこから現れたんだ! 死角・・・・・・。俺の死角からか!)」
「続けて、始め!」
「どああああああーっ!」
ダンッ・・・・・・ シュバ・・・・・・
神長は大きく斜め右に踏み込んで、速攻の左背刀打ちを繰り出す軌道で腕を振り上げた。
しかし、今まさに、腕を振ろうとしたその瞬間・・・・・・。
「(な! ・・・・・・あ、足ぃ!?)」
シャッ パァッカァァァァァンッ!
「止め! 赤、上段蹴り、一本!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
相手は神長が右側に踏み込むモーションを一早く読み、鏡写しのように左斜めへ踏み込んでいた。
そして踏み込んだときには、右足がバネのように折りたたまれ、神長が気づいたときには足刀蹴りが眼前まで伸ばされていた。
「(龍馬君の故郷代表のチームだって言うから、どんなもんかと思ったが・・・・・・。全然大したことねぇな)」
「(さ、先回りされた! 動きの先読みまで、は、速いっ!)」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「・・・・・・神長までもが、もう6ポイント取られてる! 瀬田谷学堂の強さは、パワーでもスピードでもない。あり得ないほどの反応速度と対応力ってわけか!」
「中村君。中堅の恩田君は、国体予選で二斗君をあっという間に破った人だよ! あの二斗君ですらどうにもならなかったなんて、信じられなかったけど・・・・・・」
「な、なんだと! ・・・・・・田村、いったいこれは、どうすれば」
「なぁに、なんとかなるからだいじだー。がんばれぇ神長! せめて、僅差に手堅く追いつこう! だいじだぁ!」
「ゆ、悠長なこと言ってやがんぜ尚久は! おい道太郎! とにかく、勝て! 勝てー!!」
がやがやがや がやがやがや がやがやがや・・・・・・
「「「「 柏沼高校、がんばれ! 全国一を相手に主導権を奪えー! 」」」」
保護者応援団もたくさん声援を送っている。
末永親子や等星女子の応援団、柏沼のOBOGである福田や堀内、早川先生に松島先輩も見守る中、神長は必死に戦っている。
「続けて、始め!」
「どああああああーっ」
ドンッ ダダァン ダダァン ダダァン・・・・・・
「(二つの一本技を決められちまった。もう、技有りすら許されない。ど、どうする!)」
「(なにわ樫原やおかやま白陽の方が、まだ骨があんじゃね!? あいつら、なんでこんなやつらに負けたんだかな)」
ワアアアアアアアアアア! ワアアアアアアアアアアア!
「神長君、集中ーーーっ! 相手に圧し負けるな! 居付いちゃだめだよ!」
「道太郎、ファイトーっ! まずはひとつ取りかえそうぜ!」
力強いステップを踏む神長は、ひたすら動きまわって相手を牽制。
しかしその動きは、相手を「動かす」のではなく、相手に「動かされている」かのような印象だ。
動きまわって攻撃のチャンスを窺う神長に対し、相手は片手を下げ、一方の拳しか構えていない。
「(ま、まともに構えないのか? でも・・・・・・隙が、ない! しかし、取らねば!)」
「(なんだ、つまんねぇ。かかってこねぇのかぁぁ? だめだ、終わりにすんぜ龍馬君? いいだろ?)」
「ど、どおああああああーっ」
相手は水城のほうへちらりと視線を向けた。その瞬間を狙って、神長が一気に踏み込んだ。
ダァン シュバッ シュバババ・・・・・・
くるんっ ドカアアァアッッッ!
「(ごぁっ・・・・・・。カ、カウンターで?)」
「「「「「 あああぁぁーーーーっ・・・・・・ 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
神長は思いきって踏み込み、上段の逆突きワンツーを放ったが、相手は余裕で一発目と二発目の間で素早く体を入れ替え、くるっと回転。
そして、重く強烈な中段後ろ回し蹴りを神長のみぞおちへ叩き込んでいた。
「止め! 赤、中段蹴り、技有り! 赤の、勝ち!」
無情にも、次鋒戦の神長もあっけなく終了。
先鋒も次鋒も8対0の完封負けを喫し、柏沼メンバーはあっと言う間に窮地へと追い込まれてしまった。
神長は呆然とした表情で、ゆっくりとメンホーをはずし、相手へ一礼し帰ってきた。
「・・・・・・頭の中が、真っ白だ・・・・・・。つ、強い・・・・・・っ」
「まさか・・・・・・こんな展開になるなんて。でも、だいじだよ! 中村君がここから、きっと挽回するって! 僕や田村君も、そこから一気にもってくからさ!」
「すまんな、前ちゃん。気を遣わせて・・・・・・。せめて、一矢報いたかった・・・・・・」
「み、道太郎ぉー・・・・・・」
井上とともに、うなだれる神長。
チームの士気は一気に下がり、外と同様の雨模様になってしまった。
すっ
その時、前原に横から眼鏡を差し出した中村。
その目は今までにないくらい険しく、まるで戦地へ赴く兵士のようだ。
「な、中村君・・・・・・っ」
「割れないよう、頼んだぜ。・・・・・・おれは、負けられないんだ! しかしまぁ、いつもおれにはこういう場面が回ってくるよな? ふん、面白いじゃないか。どれほどのものか、おれにもその力、見せてくれよ、瀬田谷学堂ッ!」
「中村センパーーーーーーイッ! 取り返してよねぇーッ! 勝つんだよぉーッ!」
中村は前原に眼鏡を渡し、前髪を上げてメンホーをつけた。
そして、神長と井上に力強く一言、言い放った。
「おい。井上も神長も、湿っぽくなってんなよっ! 勝てる運気も逃げちまうだろうが! ここはインターハイだ。勝敗は必ずどちらかに付く。結果を引きずんな! おれたちは、ここから食らいつけばいい! それだけだろうが!」
「「 はっ! 」」
「そ、そうだな! そうだな陽二! くっそぉ、オイシイ台詞もっていきやがって!」
「め、目が醒めたぜ。ありがとな陽ちゃん! ファイト! 頑張れぇっ!」
「中村君・・・・・・よろしく! みんなも一丸となって、応援してるから!」
観客席からも、中村に向かって後輩たちや小笹の声が飛んでくる。
「「「「「 中村先輩ファイトーーーーーッ 中村せんぱーーーいっ!! 」」」」」
「くすっ。中村センパーーーーーーイッ! センパイのためのシチュエーションだよッ! さぁ、かっこいいとこ、ワタシに見せてよねぇッ! ファイトーーーーーっ」
その声を受け止めた中村は、メンホー越しに栃木陣営を遠い目で見つめ、青い拳をすっと振り上げて応えた。
「・・・・・・田村。おれは、やれるだけやってくるぜ!」
「だいじだー、中村。あとは、俺と前原が何とかするからねぇー。・・・・・・悔いなく、いってくるといいぞぉ!」
「ふっ。わかった。・・・・・・っしゃぁーーーっ!」
~~~選手!~~~
「「「「 ファイトオオォーーーーーっ! 」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
文字通り「最強」のチームである瀬田谷学堂の中堅を前に、中村は気負けすることなく颯爽とコートの中へと駆けこんでいった。