2-56、戦慄の強さ
「・・・・・・できた。もう、これで行くしかないだろうねぇー」
オーダー表を書き終えた田村は、新井にそれをびしっと見せた。
「いいねいいね。これでいこういこうー。みんな、全力を出し切ろう! だいじょぶだいじょぶ。ベスト8入りしたみんななら、きっとだいじょぶだよー」
「ドキドキします。昨年の優勝校がどれほどのものなのか、実際に手合わせすることで実感が湧くでしょうね。瀬田谷学堂に、おれたち柏沼高校の強さを見せつけてやりましょう!」
「新井先輩。尚ちゃん。どーやら向こうも、オーダー提出を終えたみたいだが、すごく余裕が溢れ出てやがるぞ。どういうつもりなんだか、まったくよぉ!」
「ちっくしょう! 瀬田谷め、俺ら相手じゃ余裕で勝てる気なんだろうぜ! おい尚久、悠樹! 道太郎に陽二も。あいつら相手に遠慮いらねー。一気にトップギアでいこうぜ!」
「い、井上君、燃えてるね。ぶるぶるって震える井上君はもういないんだね。でも、そのとおりだ! ここまできたなら、あとはもう、出せる力を全て出し切ってやろう!」
「まぁ、俺は個人戦もあるから、瀬田谷学堂と団体戦で燃え尽きるわけにはいかないんだけどねぇー。でも、まー、ここは本気中の本気でやらないと、勝てないだろうねぇー」
「よーし、みんな、がんばってねー。じゃ、提出してくるよー」
新井は、のそのそと歩いてオーダー表を提出しにいった。
すたり・・・・・・ すたり・・・・・・ すたり・・・・・・
試合を待つ田村たちのもとへ、摩り切れた黒帯を揺らし、近づいてくる影が一つ。
「作戦会議は終わったかい? ま、せいぜい楽しんで、怯えずにかかってきな」
「あ! み、水城龍馬君!」
「なんだぁ水城ぃ? これから当たる俺たちを、偵察かねぇー?」
「ふっ、まさか。なんで俺たちが、柏沼高校を偵察しなきゃならないんだ? 団体戦は、あいにく、ここでサヨナラなんだ。最後に声をかけとくのも、悪くないだろう?」
「ちょっとぉ、水城! ずいぶんな自信じゃないの! アタシら柏沼にそんなこと言って、あとで恥かいても知んないかんね!?」
「川田真波は中学時代から変わらないキャラだな。まぁ、初めて俺たち瀬田谷学堂と当たるんだろう? 全国一のレベルがどんなもんか、よーく味わっていってくれ。じゃ、いい試合を。俺たちを楽しませてくれよな」
そう言い残し、水城は瀬田谷学堂のメンバーとともに、選手待機所へ戻っていった。
「くそったれ! 何なんだあいつ! 尚久、いつものやつやろうぜ! 気合いだ!」
井上の一言で、みな同時に、がっしりと肩を組んだ。十二名が、一つの輪を描く。
「よぉし、あっちにああ挑発されちゃ、俺らも闘志を燃やしまくらなきゃねぇ! うっし! いいかぁみんな! 主役は俺たち、柏沼高校だ! いくぞぁーーーーーーーーーーっ!」
「「「「「 しゃあああぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ! 」」」」」
「くすっ。こーでなくちゃねぇッ! ガンバレ、柏沼っ! さて、ワタシも柔軟しよーっと」
柏沼メンバーの円陣による気合いを分けてもらった小笹は、その横でせっせと柔軟運動に励んでいる。
これから全国一のチームと激突する男子五人。相手はどんなオーダーかもわからない。
ここまできたらもう、あとは全力で戦うだけだ。
~~~ ただ今より! 団体組手四回戦を行います! 各コート、選手、入場! ~~~
♪ パパパァーン ♪ チャララーン ♪ ジャジャジャァーン ジャンジャン ♪
ワアアアアアアアアアアアアアアーッ! ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
会場内に響くアナウンス。案内係の手が挙がり、選手たちはメインアリーナの光の中へ。
♪ダダッダァーン♪ ダダーン♪ ジャジャジャァーン♪ ジャンジャンジャン♪♪
選手待機所から、ベスト8まで勝ち進んだ各校が一気に試合場へ入り、八つのコートへ立ち並ぶ。
そして、大会審判長の号令で、二日目の競技が一斉に開始された。
「・・・・・・選手ーッ! 正面に、礼ーっ! お互いに、礼ーっ!」
~~~ 各コート! 競技を開始して下さいっ! ~~~
「「「「「 おねがいしゃーーーーすっ! 」」」」」
「「「「「 しゃぁーーーーーっ! おおおおああああーーーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 センパイ、ファイトォォォーーーーーーッ! シャアアーーーーッ! 」」」」」
「「「「「 よおっしゃぁ! ファイトォォォォーーッ! ファイトォォーッ! 」」」」」
「「「「「 うおおおりゃぁっ! しゃああっ! しぇああああーっ! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「は、始まったね四回戦。敬太、充、わたしらもじっくり見て、応援と勉強しよう!」
「そ、そうだな。きょうこ、俺らも先輩たちと一緒に戦うんだ! 一緒のチームだ!」
「みつるー、声が枯れるまで頑張ろうぜ! ぶるぶる、瀬田谷学堂とだ! いよいよ!」
「せんぱい、がんばれ! せんぱい、がんばれ!」
「かぁしぬまこうこうーーーーーーーーーーーーーっ! ふぁいとぉーーーーーーっ!」
観客席から後輩達が見守る。その後ろで、川田や森畑も見守っている。
コートに降りているのは男子五人だが、同じ目をして瀬田谷学堂に向かっているのは十二人。
一年生から三年生まで、柏沼高校空手道部全員で、この全国の頂点にいるチームを倒すことに集中している。
コートを挟んで対峙する瀬田谷学堂の五人からは、とてつもない風格と貫禄が滲み出ているが、闘気はほとんど感じられない。
「あれが・・・・・・全国を獲ったチームの雰囲気なのか。アタシ、もっと鋭くて厳ついのかと思
ってたけど、なんかすごく普通で静かだー・・・・・・」
「メンバーのほとんどが栃木出身だから、真波も私も知った顔が多いけど・・・・・・あんなに普
通の雰囲気だったかな? これまでのなにわ樫原や、おかやま白陽のが気迫が凄かったように見えるけど・・・・・・」
「殺気も何も感じないね」
「どういうことなんだろうね」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「水城のやつ、あまりに余裕すぎない? 田村たち、恐らくそこまで差はないよきっと」
「アタシもそう思う。なめすぎだよ。やってやれー、男子ーっ!」
コートの係員が、オーダー順をついに発表。
並んでいた柏沼メンバー五人は、一斉にそこへ目を向けた。
果たしていったい、誰が誰と当たるのか。
『赤 前年度優勝校 東京都 瀬田谷学堂 青 栃木県 県立柏沼』
先鋒 関谷敬士郎 ー 井上泰貴
次鋒 真島進矢 ー 神長道太郎
中堅 恩田昂士 ー 中村陽二
副将 桑浦佳輔 ー 前原悠樹
大将 水城龍馬 ー 田村尚久
「やろぉー、水城め。大将で構えてやがるのかぁ。俺と当たるんじゃ、面白いねぇー!」
「田村君! これ、真島って人以外はみんな栃木出身だね。去年、全国制覇したメンバーが四人そのままいるのか・・・・・・」
「つ、ついに瀬田谷学堂とだ! よぉし、やるしかねぇ! (ぶるぶる)やるしか、ねぇ!」
「おい、井上! 震えてるヒマはないぞ。ここまできたら、先鋒はスタミナ度外視で暴れてこい。あとは神長やおれが控えている。叩きつぶしてやろうぜ、全国一を!」
「俺と当たる真島が小柄なのと、中堅の恩田がでかいだけで、あとは平均的な体格だな。だははは! なんか、思ってたよりもオーラもなく普通に感じるな」
「神長君。きっと、このベスト8まで一気に強豪勢を倒して、僕たちも勝ち上がった勢いがついてるんだよ! 気持ちで同等なら、きっと、いい勝負ができて、勝てるよ!」
「よぉし、先鋒、頼むぜぇ井上! 好き放題の組手、やってこいよぉー?」
コートの呼び出し係が先鋒戦の準備を促す。
それを聞き、相手も井上も、同時にメンホーをつけて準備完了。
「よし・・・・・・派手にいってくるぜーっ! 見てろよぉーっ!」
~~~選手!~~~
「「「「 ファイトオォォォーーーーーッッ! 」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
ダッシュして開始線まで駆け込んだ井上。
対する相手の関谷は、頭をかきながら、面倒くさそうな表情であくびをして入場。ほとんど、闘気らしい闘気は感じないほど、悠長でのんびりした態度。
「(な、なんだこいつ! なめやがってぇーっ! 井上スペシャルで踊っちまえっ!)」
あまりに相手がのらりくらりとしているため、気が入りすぎて苛立ちを見せる井上。
先鋒戦、瀬田谷学堂とどんな試合が繰り広げられるのか。
「勝負、始めっ!」
「しゃあー・・・・・・」
タタッ・・・・・・ キュンッ パシャアァァァァンッ!
「(え・・・・・・っ)」
「「「「 な、なにぃ? 」」」」
「止め! 赤、上段蹴り、一本!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「お、おい井上ーっ!? 気を抜くなってぇ! まだ開始二秒だよぉーっ! 何やってんのさ!」
あまりに予想外の出来事に一瞬戸惑ったが、川田の叫び声が聞こえて前原たちは正気に戻った。
瞬きするほどの間に、あまりにもシャープで鋭い蹴りが井上の顎先へ入っていたのだ。
「(な、何されたんだよ、俺・・・・・・!?)」
一瞬で速攻の一本技を決められた井上は、明らかに動揺していた。
「続けて、始め!」
「しゃあ・・・・・・」
トンッ・・・・・・ ドスウウッ!
「(ぐぅぁ・・・・・・っ! け、蹴りが速すぎて見えねぇ)」
「止め! 赤、中段蹴り、技有り!」
「ちょっとちょっとちょっとーっ! 井上ーっ! なぁにやってんのさぁっ!」
「真波。これは・・・・・・私たちの想像以上のレベルかもしんない、瀬田谷学堂・・・・・・・」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「(やれやれ・・・・・・。やってらんねぇ。全然骨のねぇ先鋒じゃん・・・・・・。ねみぃ)」
「(や、やべぇ。もう5ポイントも入ってんのかよー!)」
「続けて、始め!」
さささっ とぉん とぉん
「あ・・・・・・。た、田村君、井上君が・・・・・・退いちゃった・・・・・・」
「・・・・・・。・・・・・・井上っ! 冷静になれぇ! 退くな! 相手を動かせ!」
田村はあぐらをかいた自分の両膝を強く握って、井上へ力強く声をかける。
十秒以内に5ポイント差。あまりに早すぎる試合展開に、さすがの田村も焦ったのだろうか。
「(落ち着け俺。ま、間合いをとって・・・・・・そこからサイドに!)」
タタタン タタタン タタ・・・・・・・・・・・・
トンッ・・・・・・ ヒュラッ
「(うぉ! やべぇ、中段蹴り!)」
スルウウゥ パパァァァァァンッ!
バッ バッ バッ
「「「「「 な・・・・・・っ! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「(うっ・・・・・・そ? う、裏回し・・・・・・蹴り)」
まっすぐ天を突く副審の赤旗三本。
井上がリズムを立て直して横へ動こうとしたところを、相手は一瞬で間合いへ入り、中段回し蹴りの軌道で蹴りを放った。
焦ってそれを受けようとした井上を冷静に観察し、相手はくるっと軌道を切り替え、上段裏回し蹴りに変化させたのだった。
「止め! 赤、上段蹴り、一本! 赤の、勝ち!」
どよどよどよどよどよどよ どよどよどよどよどよどよ
がやがやがや・・・・・・ がやがやがや・・・・・・ がやがやがや・・・・・・
「「「「「 (先鋒、十六秒で終わっちゃったよ。やっぱり強すぎだな、瀬田谷学堂) 」」」」」
「「「「「 (あの栃木も、なにわ樫原やおかやま白陽に、よく勝てたなあれで) 」」」」」
「「「「「 (風格が違う。今年も優勝は瀬田谷学堂だね。五人圧勝で終わるわこれ) 」」」」」
文字通り、何もできなかった井上。
先鋒戦は、ついさっき始まり、もう終わってしまった。
瀬田谷学堂の先鋒は終始あくびをして、全く全力を出していない様子だが、それでも井上を軽々と蹴散らしてしまった。