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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第4章 大嵐の大激闘! 拳士の闘志に限界なし!
55/106

2-55、朝香姉、朝香妹、朝香弟

   すたーん  すたーん  すたーん  すたーん・・・・・・

   すたん  すたん  すたん  すたん・・・・・・

   ぺたり  ぺたり  ぺたり  ぺたり・・・・・・


 コンクリートの壁に跳ね返り、廊下に響く足音。異なる三つの音は、廊下の片隅で止まる。


「・・・・・・まさか、大阪代表なんてね。・・・・・・背、ずいぶん伸びたね・・・・・・」

「ふん。・・・・・・関東者として栃木代表なんかよりは、ええやないの」

「・・・・・・久しぶりやね・・・・・・。相変わらず二人、ケンカしとるんやなぁ・・・・・・」


 公式練習場へ向かう途中で、神長と中村が「それ」に気づいた。


「ん? おい、前ちゃん。あれ、朝香朋子じゃないか?」

「尚久。その横は、たしか妹の朝香舞子・・・・・・。で、誰だあのでけぇ男子は? なにわ樫原って見えるけど・・・・・・。あんなやつ団体にいなかったぞ?」

「朝香朋子、朝香舞子、そしてなにわ樫原のやつ? ははぁ、なるほどねぇー」

「菜美、あれ、何してるんだろうね?」


 等星女子、花蝶薫風女子、なにわ樫原。栃木、京都、大阪。それぞれの道着を身につけた三人は、何を話し込んでいるのだろうか。


「光太郎・・・・・・。お姉によぉく言ってやるとえぇ。連覇は諦めぇや、ってなぁ」

「まい姉。おれは、とも姉にそんなこと言うために呼んだんやないで! おれは、お姉たちが仲直りして、朝香道場がまた昔みたいにまとまりたいだけや!」

「・・・・・・。・・・・・・そう」

「みんなで実績上げて、また、家族みんなで過ごそうや? 別に、とも姉が等星行ったかて、ウチにはなんも関係あらへんやんか! おとんもおかんも納得して、とも姉を栃木に送り出したんちゃうか?」

「・・・・・・ごめん、光太郎・・・・・・。それは、ちがう・・・・・・」

「は? ちゃうんかいな! じゃ、なんでや? まい姉は、とも姉が栃木に行ったのを、ずーっとボヤいてたんやで? 花蝶に入るとこまで決まってたんやろ? なのに、なんで京を離れて、畿内を出てまで、そっち行ったんや? 朝香道場も、とも姉がおらんくなって、なんかギクシャクんなったんやで!」

「・・・・・・ごめん。光太郎。舞子。・・・・・・それは、謝る・・・・・・。でも、私・・・・・・もう実家では、空手はしたくない・・・・・・。わかるでしょ?」


 田村たちは、太いコンクリートの角壁に隠れるようにして、その様子を見ていた。

 どうやら朝香姉弟の内輪もめか。いや、家庭の話か。とにかく何か、非常に気まずい空気のようだ。


「お姉は勝手やわぁ、ほんまになぁ。・・・・・・空手、やめりゃよかったんよ。中途半端に、家を飛び出して関東へ行きぃ、そしてこうして、結局は逃げられんのやろ? 家が嫌なら、空手も捨てや! 朝香家は、空手から逃れられんことくらい、知ってはるやろ!」

「・・・・・・舞子も、光太郎も、気づいてないんだよ。・・・・・・空手中心、空手が全て、空手だけが存在意義みたいなものが、虚しいものってことをさ。・・・・・・私は、そんな家に我慢できなくなっただけ・・・・・・」

「はっ! だからお姉は勝手なんやわ」

「・・・・・・舞子の言うとおりかも。・・・・・・中途半端ね。結局は、等星で、同じような雰囲気の中にいるんだものね。・・・・・・空手が全ての、奇妙な考え方よね」

「なんでそこまで嫌って家を出たん? おれは、とも姉に、京都へ戻ってきて欲しいんや! 家に、帰ってきてほしいんや。空手が全てでも、ええやん! ずっと姉弟で続けようや!」

「光太郎、お姉に言ってもそれは無駄やわぁ。・・・・・・お姉、あんた・・・・・・このインターハイで・・・・・・空手終わりにするとでも考えとるんちゃうのぉ? ・・・・・・引退する気、やろ?」

「・・・・・・。」

「「「「「 (!?) 」」」」」

「(朝香朋子が・・・・・・この大会で・・・・・・空手辞める? ウソでしょ?)」

「(でも、いま、妹がそう言ってた。朝香さんも、反論してないよ?)」

「(も、もーちょい聞いてみようぜ。・・・・・・趣味わりぃけど、しゃあんめ!)」

「ほんまに、そんなこと思っとるん? とも姉、本気で空手辞める気なん? 朝香家の長女なんやで! おとんも、おかんも、おれも納得せんよ! 朝香家は、空手の実績でメシ食ってるプロの道場や! 何も不満に思うことなんか、ないやんか!」

「小さい頃から『朝香三姉弟』なぁんて、地元のメディアにもえらい世話になってきたとゆーのになぁ。お姉は、わがままや。朝香家の看板が、そんなに嫌なんかいな。ウチや光太郎は、なぁんも不満なんかあらへん。お姉だけや。わがままなのはぁ」

「・・・・・・私は・・・・・・空手以外にも・・・・・・大事なものや、学ぶべきことがあるってわかったの。空手中心のモノの見方は、もう嫌なのよ・・・・・・。・・・・・・だから、実家には戻らない!」

「お姉はぁ、京の言葉まで捨てはったんな? ウチら、空手で生活しはる家の出やでぇ? そこから空手とって、何が残るん? お姉も、ウチも、光太郎も、空手の実績で自分を証明できる存在なんや! それを、忘れはったらならんのや!」

「舞子・・・・・・。それはちがうわ・・・・・・」

「もうええわ。ずっと、朝香朋子の影の存在にされとったウチが、今後は朝香道場の顔として、やればええことやわ」


 妹と弟に、きつく言われ、説得されている朝香。

 朝香はきゅっと拳を強くゆっくりと握り、目を伏せて唇を噛んで黙って聞いている。


「(あんの妹と弟め! 朝香朋子の気持ちも考えなって! ここはアタシが・・・・・・)」


   がしっ


「(なによ田村!)」

「(だめだ。待て。落ち着けよ川田。ややこしくなる! 見てろ。黙って、見てろ)」


 飛び出そうになった川田を、力強く掴んで引き戻す田村。


「とも姉! じゃぁこれは約束してーや! このインターハイ、もし、とも姉が連覇できたら好きにすりゃええよ! でも、もし負けたなら、素直に朝香家に戻ってきてや?」

「ええ条件やなぁ光太郎。お姉は連覇できん。これは、もう、お姉は家に戻るの確定やわ」


   ひゅうぅんっ!  パパァンッ!


「と、とも姉っ!」

「「「「「 (!!!) 」」」」」


 廊下に響く乾いた音。田村や川田が慌てて顔を向け見てみると、目を見開いた朝香がそこにいた。

 高速で飛ばしたのは、平手打ち。しかし、朝香が振るった平手打ちは、口元に笑みを浮かべた舞子が余裕で冷静に防ぎ、手首を掴んでいた。朝香そんな妹へ、食いかかるように叫んだ。


「舞子ぉ! ・・・・・・あんた、私をそこまで挑発するんやな! 私は、空手漬けの人生なんて高校で終わりにするんや! 朝香家の看板も朝香道場も、あんたは好きにすりゃええ! 私は私の人生を行く! 空手にはもう縛られない。空手は、好きにやらせてもらうんや! せやから・・・・・・あんたは私の邪魔をするなぁっ! 舞子も、光太郎も、私のことはもうほっといて! ・・・・・・何で気づかへんの、おかしいことに! 見識が狭いのは、もう嫌や!」


   ・・・・・・ぐぐっ  ぱっ!


「何や・・・・・・お姉、京言葉忘れてへんやないか。・・・・・・わかったわ。もう言わんよ。お姉は、朝香家には戻らない気やね。・・・・・・けど、このインターハイは、お姉には連覇はさせん! 仮に連覇して自由になってから、もし後悔しても、朝香家はお姉を助けへんからな!」


 手が離され、朝香姉妹は目に涙を浮かべながら対峙していた。

 田村たちが初めて聞く、朝香の関西弁。詳しい経緯はよくわからないが、かなり実家との確執が朝香にはあるみたいだった。


「もうええやろ、光太郎。お姉は、そういうことやわ。・・・・・・ウチ、チームに戻るよ?」

「あ、あぁ。・・・・・・呼び出してすまんかったわ。・・・・・・とも姉。おれは、いつか朝香道場にとも姉が戻るの・・・・・・待っとるからな。・・・・・・大会、頑張ろうな・・・・・・」


 朝香舞子と、朝香光太郎。

 朝香の妹と弟は、ふいっと背を向け翻り、公式練習場へ消えていった。その背中を見送る、泣いた背中がそこには一つ残っていた。


   たたたたたたっ・・・・・・


「・・・・・・だいじ?」

「あ! 川田・・・・・・さんに、柏沼高校の・・・・・・。それと、末永小笹・・・・・・」


 慌てて目尻の涙を袖で拭った朝香は、いつもと変わらぬ冷静な表情に戻し、川田や森畑と向かい合った。さっきまでとは違い、冷めていて、輝いた眼で。


「朝香! ゴメンっ! ・・・・・・アタシ、聞くつもりはなかったんだけど・・・・・・」

「・・・・・・いいのよ、別に。・・・・・・騒がしくして、ごめんね・・・・・・」

「それは気にしてないけど、朝香さん、さっきの妹さんと弟さんの会話・・・・・・」

「・・・・・・。・・・・・・朝香家のことだから。・・・・・・気にしないで・・・・・・」

「いや、それもそれなんだけど、私の聞き間違えじゃなければ、この大会で・・・・・・」

「・・・・・・私の今後?」

「・・・・・・うん。その、何て言うか、引退・・・・・・考えてたの?」

「・・・・・・。・・・・・・有華や里央にも、もちろん監督にも言ってないけどね・・・・・・」

「どうして? アタシもビックリした。てっきり、学連でも続けるんだと思ってたよ!」

「まだ・・・・・・はっきりとは固めてないけど。・・・・・・でも、空手の見方が変わったの私の中で・・・・・・。だから・・・・・・今後のことは、迷ってるだけよ・・・・・・。・・・・・・今は」

「でもぉ、意外だなぁーッ! 朝香朋子ほどの人が空手を続けないなんてさぁッ! 等星でめいっぱい、重苦しくやってたからですかぁーっ? もうやらないんだぁー?」


   ぺしっ


「いたっ!」

「(小笹! 朝香は『今は』って言ったでしょ! ばかねぇ! 黙ってなさいよ!)」

「・・・・・・。・・・・・・いいね、柏沼高校は・・・・・・。じゃ・・・・・・私、チームに戻るから・・・・・・」

「おい、朝香ぁ。なんだかよくわかんねーけどよ、空手は、楽しくやんのが一番だかんな? だから、とりあえずインターハイは、気持ちよく暴れようや? 俺らも頑張っから、等星も頑張れよなぁ! そして、朝香朋子個人としてもねぇー!」

「・・・・・・ふふ。そうね。ありがとう。さすが、柏沼の主将ね。田村尚久・・・・・・」


 そう言って朝香は踵を翻し、軽く手を挙げて公式練習場へ入っていった。

 その背中からは、悲しみが薄まるとともに、闘志が漲ってゆくのがわかった。

 そうこうしているうちに、新井たちの打ち合わせが終わり、合流。

 柏沼男子メンバーは、いよいよ始まる四回戦に向けて身体を温め、オーダー編成の作戦会議となった。

 インターハイ二日目は、試合が始まる前から嵐の様相。果たしてどんな一日になるのやら。


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