2-50、カウンター使いの攻防戦
ゆらあぁ・・・・・・ ふわんっ
「(なにっ!? お、いつの間に間合いに・・・・・・!!)」
「いぃやあああああああぁいっしゃ!」
ドゴォォォッ! ズッバァァァァンッ!
「(うぐあっ・・・・・・!)」
「止め! 赤、上段突き、有効!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「ええぞぉ岬ぃ! そのまま仕留めるんじゃぁっ!」
「「「「「 岬先輩! ナイス上段だぁ! 」」」」」
集中力を研ぎ澄ませ、完全にカウンターのみを狙っていた中村。
しかし、中村はまったく相手の動きに反応していなかった。岬はカウンターを狙っていた中村へ、体重の乗った強烈な上段突きを難なく軽々と決めたのだ。
「(けほっ・・・・・・。な、何が起きた! 入ってくるのも、突きも、見えなかったぞ)」
「続けて、始め!」
「そああああーっ」
ササッ スススッ スススーッ
力みのない、きれいで自然な構え。
中村は目をきりっと見開いて、摺り足で間合いを計るかのように動いている。
ゆらあぁ・・・・・・り ゆらあぁ・・・・・・り ゆららあぁぁぁ・・・・・・
岬は先程と同じく、不思議な動きで中村を見定めるように動く。
前後にゆらゆらしたかと思えば、斜めや左右にもゆらゆら。まるで、酔っ払ってふらついているかのような感じだが、下半身はどっしりと床に根ざしており、安定感は半端ではない。
独特すぎる、不思議な構えだ。
「(不気味な動きだ。これまで対戦した相手の、どれとも違う。・・・・・・何だ、これは!?)」
ゆらあぁ・・・・・・ ゆらあぁ・・・・・・り ふわんっ
とんっ
「(な・・・・・・っ!)」
「いぃやあああああああぁいっしゃぁーっ!」
ドバアアンッ! ドオゥンッ!
「(ぐぁ・・・・・・っ! な、何だこいつは! 時を止められたかのように、一瞬で間合いを消してくる! しかも、技の威力も強いっ!)」
「止め! 赤、中段突き、有効!」
「ど、どうしたのさ中村君ーっ!」
またもや、無反応で技をもらってしまった中村。
前原たちからは、中村が気を抜いて技をもらっているようにしか見えないが、きりっと見開いた目の中村がそんなヘマをするはずがない。何かが、起きている。
待ち拳の岬が、同じく待ち拳の中村に、確実な一撃を次々と容易く決めるこの状況。
いったい、どう見ればいいのだろうか。
「(ぐ・・・・・・っ! 今のが効いちまったか)」
強烈な中段突きだった。しかしそれは逆突きではなく、構えた後ろの足を前へ送って左右入れ替えるようにして踏み込み、体重を乗せて突く「追い突き」や「突っ込み」と呼ばれる突き方だ。
「な、中村君ーっ! どうしたんだ? 集中ーっ!」
「陽ちゃん、落ち着いて! 相手の突き、そこまで速くない! 見えるはずっ!」
「おい、陽二ファイトだ! 連続ポイントはそろそろ断ち切ろうぜ!」
がやがやがや・・・・・・ ざわざわざわざわざわざわざわざわ
ざわざわざわざわざわざわざわざわ がやがやがや・・・・・・
「・・・・・・あの、おかやま白陽の主将。あの姿勢とあの動き、そしてあの突き方は・・・・・」
「どうしたの、小笹? 珍しくじっくり静かに見てるなんて。あの、岬の動きは確かに奇妙だけど、きっと中村ならなんとかするよ! おーい、中村ーっ! ファイトだよぉ!」
「川田センパイ・・・・・・。あいつの突き方、特殊なんですよぉ! しかも、足から踏み込むんじゃなく、倒れ込むようにしての重心移動で、ラストにちょっとだけ脚力で踏み込んでる」
「確かに変わった動きだけどね。・・・・・・って、脚力で移動してないの?」
「あれは・・・・・・『倒木法』っていう、古武術にあるような動きですよぉ。上半身をまっすぐにして、足腰の強さで踏み込む現代的な動き方とは、真逆。前へ倒れ込むようにして、そ
の身体が倒れ込む落下速度を利用して、一気に前へ動くんです」
「え・・・・・・。ってことは・・・・・・」
「足の動きや上半身の距離感を読んだら、狂います。・・・・・・たぶん、あのインテリ中村センパイでさえ、あれを破るのは容易いコトじゃないですよぉ? きっと、一瞬で目の前に詰めてきたように感じてるかもしれないですよ。・・・・・・頑張れぇ、インテリ中村センパァーーイッ!」
「倒木法ーっ? そんなシブい名称、アタシひっさびさに聞いたよ。あのゆらゆらした感じ、動きの初動も捉えにくい。しかも、気づいたときには入られてるなんて。まるで、無拍子の魔術って感じか。どうするのよ中村! ファイト!」
おかやま白陽の主将、岬行光。
カウンター使いだけでなく、なんと、無拍子の動きを応用した突き技も隠し持っていたらしい。
小笹が川田らに説明しているのと同時に、前原、神長、井上へ、田村が同じ説明をして、謎が解けた。だが、理屈はわかっても、相手の突きがそこまで速くないように見える以上、頭の中は混乱したままだろう。
「岬行光かぁ。超名門の主将を張るだけあるんだねぇ。・・・・・・中村ぁ! そいつの突きは、反応できねぇー! 別な方法で、仕掛け直しだぁ!」
「(田村! ・・・・・・確かに、反応できない技を何度も待っても仕方がない。ここはおれも、作戦変更でいくしかないな!)」
「続けて、始め!」
シャシャアッ! タタタァン タタッタタァン シャシャシャシャアアッ!
中村は先程までの狙い撃つ体勢から、動きが一変。
軽快に、氷上を滑るかのように前後左右斜めに滑らかな足捌きを使って間合いを入れ替え、その場に固定しない動きだ。
「(・・・・・・ほぅ?)」
岬の肩眉が、ぴくりと上がる。
「(間合いを固定させなければ、如何にして踏み込んでも、隙はできるはずだ!)」
中村の足が、さらに速く動く。
シャシャシャシャアアッ タタッタタァン シャシャシャシャアアッ!
「「「「「 (は、速いっ! すごいフットワークだ!) 」」」」」
「「「「「 (柏沼高校、レベルは名門並みだ! ダークホースだよ今回!) 」」」」」
スピードで相手を翻弄する作戦の中村。観客も、中村の華麗なフットワークに驚いているようだ。
しかし、普通の相手であればこの作戦で切り崩せるはずだが、相手はおかやま白陽の主将である岬だ。そう簡単に、攻略はできない。
「(さぁ・・・・・・喰らえっ!)」
シャシャアッ! キュンッ! ダアァァンッ! シュバババッ!
中村は相手の死角となる背中側の面から一気に斜め前へ踏み込んで、カミソリのような上段回し蹴りを繰り出していった。
「(・・・・・・ふん)」
ゆらあぁ・・・・・・り ドキュンッ! ドバシャアアッ! ドガアッ・・・・・・
「(く・・・・・・っ!)」
ザザザッ ささっ・・・・・・
岬は、中村がまるでそこを蹴ってくるのがわかっていたかのように、踏み込みながらの追い突きを放って簡単に中村を間合いの外まで吹っ飛ばした。
蹴る瞬間、中村も相手のカウンターを察知して一瞬速く掌と小手先で上段を防いだため、ポイントを取られることはなかった。だが、死角からの攻撃でさえ、この相手は防ぐほどの技量らしい。
「(はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。な、なんてやつだ! 今の蹴りにさえも、無拍子でカウンターを踏み込んで来るなんて。予想してた部分があったから良かったが・・・・・・)」
ワアアアアアアアアアッ ワアアアアアアアアアッ ガヤガヤガヤガヤガヤ
「いやー。すごいねすごいねー中村君。カウンターを予測してたから、今のは防げたんだねぇ! 待ち拳型だからこそだねー。いいねいいねー」
「いや、新井さぁん! 陽二のやつ、防ぐので精一杯なんすよ! いいねいいねーじゃなく、なにか、突破口はないんですか?」
「だから、今のが突破口の入口だよー。中村君は、カウンター使いだからこそ、相手がカウンターを打ってくるところも予測できるんだよー。ならば、相手にわざとカウンターを打たせて、そこに隙を生ませるってのもあるねー。・・・・・・簡単ではないけどねー」
「カウンターを、わざと打たせる・・・・・・。そうか! 一撃出させれば、相手は嫌でも構えを崩さなきゃならないんだ!」
「そうだねそうだねー。でも、あの相手にその作戦が取れるのは、カウンター使いの中村君だからだよー。きっと、頭のいい中村君だから、気づいたかもしれないけどねー」
わざと、カウンターを打たせる。
普通ではとても恐ろしくてできない戦法だが、新井はずいぶんと笑顔で語っていた。と、いうことは、中村ならそれを実践できる実力があると見ているのかもしれない。
「(しかし、おかやま白陽の主将、岬行光。こいつの足腰や技の強さは尋常じゃない! それに、突き一つにしても、毎回まったく同じ軌道を、無駄なく突き込んでくる。これは・・・・・・おれならわかるが、相当な反復稽古と分析をした結果じゃないのか?)」
ササササァッ ササササァッ タタッタタァン
ステップを踏みながら、中村は岬と目を合わせながら何か考えているようだ。
「(・・・・・・ふん。お前も相当な稽古しょーろぉが、俺に敵うわけないんじゃ!)」
「あん柏沼高校の大将、岬の稽古量の前じゃ、なーんもできんとじゃ!」
「岬主将は、おかやま白陽一の稽古の鬼じゃけぇ! ハンパ者が太刀打ちできんけぇのぉ!」
「「「「 みさきぃーっ! 日本一の稽古量、見せぇやぁ! くらわせぇっ! 」」」」
「「「「「 ファイトーーーーーっ! みさきぃーーーーーっ! 」」」」
おかやま白陽の選手達から、岬に送られる声援。それはもちろん、柏沼メンバーの耳にも届いて入っていた。
「た、田村君。いま、おかやま白陽の人らが・・・・・・」
「あー、言ってたなぁー。・・・・・・日本一の稽古量だってぇ? 稽古量なら、中村だって負けてねーっての! 部内一の、稽古好きだからねぇー。しかし、あの岬の動き、面白いねぇー」
「(・・・・・・日本一、だと? なめるな! おれの稽古量だって、お前らが無視できないものだってのを見せてやる! ・・・・・・そうか、岬行光。お前も、おれと同じタイプの、稽古好きというわけか。面白い!)」
ゆらあぁ・・・・・・り ゆらあぁ ゆらあぁ・・・・・・ ゆらあぁ・・・・・・り
ゆららあぁぁぁ・・・・・・ ゆららあぁぁぁ・・・
不気味な揺らぎで、ジリジリと迫る岬。
中村は拳の握りを緩め、やや力を抜いて自分の正中線を少し開き気味にした。
じりっ じりっ・・・・・・
じりじり じりじり
中村も、フットワークを止め、じりじりと詰め寄る。
ゆららあぁぁぁ・・・・・・ ゆらあぁ・・・・・・り
じりじりじり じりっ ぴたっ
「そぉあああああぁっ!」
「いいぃやあああああああぁいっしゃ!」
ダギュンッ! ジュバアアッ!
シュパアッ ドンッ! バババババァッ!
パァン シュバアアアアァァ・・・・・・ シュゴォォォォォ・・・・・・
シュバアアアアァァ パアァァァァァン・・・・・・
再び、瞬きできない一瞬の攻防。
中村が岬よりも一瞬速く上段刻み突きを繰り出し、それに反応した岬もワンツーの二連打をカウンターで放ってきた。中村はそれを読んでいたのか、ギリギリで首を横に捻って躱す。ワンツーのものすごい風切り音が、メンホー脇を掠め、抜けていった。中村の突きも、岬のメンホーを惜しくも掠めただけ。軽い音を響かせながら抜けていった。
「(・・・・・・俺に、掠りよったか)」
「(カウンター打ってくるのはわかってたが、ワンツーとはな! 油断できないな! だが、これで終わりじゃないぜっ!)」
「さああああああぁーーーいっ!」
グッ シュバシュウンッ!
間合いが近くなり、お互いの攻防が一瞬止まった時、中村はさらに二の矢となる上段逆突きを近距離から繰り出した。お互いにメンホー脇を掠めた上段突きの交錯から、一秒も経たないうちに中村から仕掛けたのだ。
シュルンッ フワリッ ガッ ドォンッ・・・・・・
「(な・・・・・・なにぃ? こ、これは・・・・・・)」
しかし、至近距離で、岬は中村の上段突きを下からふわっと掬い上げるようにして、受けた。
そしてそのまま、中村に体重をかけるようにして、体当たりのようにぶつかる。なんと、それによって中村は数歩前まで吹っ飛ばされた。軽く当たっただけに見えたのに、岬の技術は、謎が多い。
ザッ・・・・・・ ダダッ・・・・・・
「(しまった! 間合いを作らされた!)」
「いぃやあああぁいっしゃありゃぁぁぁ!」
ゆらあぁ・・・・・・り ドドンッ! ドドドドンッ! ズドドドドドンッ!
ドガガガガ ドガガガガガァッ!
「(う、うおおおっ! な、なんて重くて受けにくい連突きだ!)」
体当たりをして吹っ飛ばし、間合いができたところを逃さずに、全体重をかけた連突きで岬は中村へ猛攻を仕掛ける。今回、初めて見せた豪雨のような連突きに、中村は防戦一方。
「(ふ・・・・・・防ぎきれん・・・・・・っ)」
ドガアッ・・・・・・
・・・・・・ふっ がくんっ ばたぁんっ
「「「「「 あああぁぁーーーーっ・・・・・・ 」」」」」
「止め! ・・・・・・赤、忠告っ! 当てないように!」
岬の猛連打の一つが、思いっきり中村の顔面を捉えた。
その一撃で、中村は意識を絶たれ、がくりと膝をついて前へ倒れてしまった。
ピッ
監査審が笛を吹き、タイマーのカウントが始まった。十秒以内に立てなければ、テンカウントルールで中村は終わってしまう。審判団は中村の様子を窺っている。
「おい! おい? 中村! おおーいっ! 立てよぉ! 立ってぇぇ!」
「ウソでしょ? 中村ーーーっ! 立てーーーっ! 負けちゃうよぉっ!」
「「「「「 な、中村先輩ーーーーーーーーーーーーーっ! 」」」」」
川田と森畑が思いっきり叫んでいる。後輩達も泣きながら叫んでいた。
「マジかよ・・・・・・。岬の突き一撃で、柏沼の中村が・・・・・・。二斗先輩、やばいっすねあいつ」
「畝松・・・・・・岬の稽古量は・・・・・・こういう技を生み出すんだ・・・・・・」
「な、中村君ーーーーっ! 立って! 起きてーーっ!」
「マジかよ陽二! おい、立て! 寝てんなよ! 起きろぉーっ!」
「陽ちゃん! 陽ちゃん! 試合は終わってない! 立ってくれぇ!」
ざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわ
「くっ・・・・・・。おぉい、中村ぁぁぁぁっ! 柏沼高校の大将は、いま、中村だぁ! 立て! 根性みせろぉーーっ! 負けちまうぞぉーーっ! 中村、目ぇ覚ませぇーっ!」
最後に、田村が目を見開いて大声で叫んだ。みんなで、思い切り、ひたすら叫んだ。
中村は、立ち上がれるのだろうか。