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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第1章 嵐の前の・・・・・・
5/106

2-5、チーシィ。カキエー。公園にて。

   ・・・・・・すぅ・・・・・・


 小笹が、右手右足を前にしてすっと立つ。

 中村は右手右足を前にした左構えで拳を握らず手を開き、前手の甲を小笹の右手の甲に合わせた。

 ちょうど両者の手と手がくっついて交差する形だ。


「じゃ、中村センパイっ、カキエーよろしくね! いくよぉ! そいっ! せいっ!」

「ぬう! ぬぬっ・・・・・・はっ! ていっ! ・・・・・・はっ!」


 知らない人が見たら、小さな女の子がジャージの男子に変なことをされているのではないかと思われるかもしれない。そのくらい不思議な感じのリズムで二人は手先を動かす。

 申し合わせで呼吸を合わせたかのように、小笹が中村の手をぐいっと胸元まで押し、同じようなリズムで中村が小笹の胸元へ手の甲を合わせたまま押し返す。

 吸って受け、吐いて押し、ぐいぐいと交互に押し合い、何分も続ける。地味な動きだが、中村は次第に表情がきつそうになってゆく。一方の小笹は余裕を見せ、ニコニコ笑って楽しそうだ。


「なんか、変わった稽古だね。手首を離さず、くっつけて捻るようにぐいっと押し込んでるね?」

「そうだねぇー。なんだかなぁ、こりゃ。でも、見た目よりハードかもしんないねぇー」

「リズムも不思議な感じだしね」


 前原と田村は、二人の動きを目で追いながら、その妙なリズムに魅入っていた。


「・・・・・・はぁ・・・・・・ふぅ。前原も田村も・・・・・・このあと、やってみるといい」

 

 そう言って中村が前原たちに目を向け、意識を緩めた瞬間・・・・・・


「くすっ。・・・・・・えいっ!」


   ぐういっ!  ぐりゅんっ!  ばしいっ!


「うおっ?」


 小笹がにこっと笑い、中村の手首を捻って重心を崩して引っ張り、腕を掴んで固めたまま足払い。

 力なく、中村は芝生の地面に簡単に押さえつけられてしまった。


「「「「「 えっ! 」」」」」

「カキエーはね、押して押されてを繰り返しながら、相手の呼吸や重心を読むの。そして、ここだという一瞬でね、固めたり投げたり押さえ込んだり。ねッ? 面白いでしょぉ!」

「これは・・・・・・すごいな。やってみたい! 井上、やろうぜぇ! モノは試しだねぇー!」

「尚久、俺じゃうまくできないかもしんないけど、いっちょやってみっか!」


 今度は井上と田村が順番に小笹とカキエーを始めた。なかなか不慣れな感じだが、やりながらコツを掴んでゆく田村はびっくりした感じで「これはいいねぇー」と絶賛。井上も、「ハードできちぃ」と言いつつも絶賛していたが、そのあと小笹に簡単に投げられ、肘関節を極められて芝生に転がされていた。

 川田と森畑も二人で小笹の真似をする。その目を輝かせて、カキエーを面白そうに味わっている。

 前原は神長と組んで、同じように小笹の真似をする。


「ふっ・・・・・・はっ・・・・・・ふっ・・・・・・はっ・・・・・・ここだ!」


   ぐいっ!  ぎゅるん  ばしっ!


「うわっ! す、すごいや神長君!」


 神長はさすが剛道流。彼曰く、過去に道場の先生が少しだけ教えてくれたことがあったらしいが、ここまで本格的にやったことはないとのことだ。

 神長はコツをしっかりつかんだのか、前原をあっという間に固めて地面へと押し伏せた。


「あはははっ! やっぱり、柏沼メンバーといると楽しいなぁッ! ワタシ、この公園はいつもひとりだったから。カキエーも、ものすごく久しぶりで楽しいのーっ!」

「・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ。神長君・・・・・・もう一本やろうよ? しかしこれは、きつい稽古法だねー」

「そうだな前ちゃん。さぁ、続きだ! よっしゃ、いいぞ! このリズムだ! ・・・・・・。ふぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・。そりゃ! はぁっ! そりゃ! ふうっ!」

「小笹! アタシにも教えて! こう? うわっ! て、手首が吸い付いているみたいっ! 沖縄剛道流の妙味だねこりゃ!」

「甘いでーす、川田センパイ! たっ! えいっ! ・・・・・・足払いは洋服汚れちゃうから、やめときますね。あははっ! でもぉ、カキエーは別に剛道流だけの稽古法じゃないよー」


 今日は部活のないオフの日だったはず。しかし全員、昼食をとるのも忘れ、太陽が傾くまで公園であれこれ様々な鍛錬を続けていた。空手は、場所を選ばずどこでも道場になるのだ。


「え!? もうこんな時間ー!? ワタシ、お洋服買いに行かなきゃなんないんだ! 小鳥のマークのかわいいお洋服屋さん見つけたのー」

「え、そうなの。小笹、帰っちゃうのかい! アタシ、もっとやってみたかったのになー」

「あははっ! また、こんどね。じゃあ行ってきまーす。バーイ、みんな! 明後日の朝にネ!」


 小笹はニコニコ笑顔で手を振り、自転車に乗って行ってしまった。

 その後、残ったメンバーは面白がってずっと男女でカキエーや鎚石の鍛錬をやっていたが、一般通行人から「公園の端で女の子に変なことをしている男がいる」という通報を受け、またさっきのお巡りさんが吹っ飛んできた。しかも二人で。

 しかし、お巡りさんは、中村のTシャツを見て表情を変え、一言。


「・・・・・・柏沼の空手道部! なんだ。懐かしい。・・・・・・先輩後輩の関係に免じて、なにも見なかったことにする。間もなくインターハイだろ。頑張れ! 二十余年前の先輩より激励だ」


 そう告げて、警察官の一人は何も言わずに田村と中村の頭をポンと掌で触れ、停めてあるパトロール用の自転車の方へ、もう一人の新人のような警察官と行ってしまった。


「いいんですか、中田巡査部長? 報告書とかは・・・・・・」

「いいよ。高校生が空手の自主練してただけ。・・・・・・懐かしい。あの部で、俺は高校生の時、初代主将の同級生に空手教えてもらってな。みんなで立ち上げたんだ。本当に、懐かしい」

「そ、そうでしたか! ・・・・・・中田巡査部長、一期生じゃないですか! すごいですね!」

「報告書は、俺が適当にやるよ。・・・・・・空手か。懐かしさの他、切ないこともあったなー」


 二人の警察官は、そんな話をしながら自転車で去っていった。


   ひゅおおおぉ・・・・・・  ひゅううぅ・・・・・・


 空模様も怪しくなり、いつの間にか公園にも人影がなく、辺りは薄暗くなってきた。

 警察官に声かけられたことで、田村が「もう帰るけ」と言って、今日は解散することとなった。


「田村君。さっきのお巡りさん、二十年以上前の先輩って言ってたね? ・・・・・・一期生かな!?」

「どうだろうねぇー? 先輩後輩って言ってたけど、何の部かはわかんないしな。ま、変なことにならなくてよかったよぉ。じゃ、もう帰ろうかねぇー」

「あ、田村。アタシと菜美は、パスコ寄ってく。恭子や一年生らは、どうする?」

「わたしは、うちやまと、そろそろ帰ります。明後日、お寝坊しないようにしなきゃ」

「わたしも、帰りますね。明後日、朝五時に学校集合ですよね?」

「そうだよー。寝坊しないようにね! 新井先輩のバスで、一気に東京の空港までいくよ!」

「わかりました。あー、楽しみだな! 紗代も真衣も、わたしたちは先輩をたくさんサポートしようね! いよいよ明後日は沖縄だよー。今年は修学旅行が二回ある気分だぁ!」

「じゃ、恭子ら気をつけてね。またねっ!」

「「「 はーい、失礼しまーす! 」」」

「僕らも行こうか。なんか、夕立降ってきそうだし! って・・・・・・あ!」


   ぼた   ぼた・・・・・・

   ぼたた ぼたたた  ぼたぼたぼたぼたたたたたたっ


 いつの間にか上空には黒い雲が膨らんでおり、一気に大粒の雨が降り落ちる。

 勢いが強く、大型の雨粒は当たるとものすごく痛い。


「「「「「 は、走れーーーっ! オオイヌ通りまでダッシュだ! 」」」」」


 全員バッグやタオルで頭を覆い、アーケードのあるオオイヌ通りまで全力疾走。

 これすらも鍛錬の一つなのではないかと勘違いするほどだ。


「ぎゃー。服が雨で濡れるーっ! 透けるーっ! いやー。アタシを避けて降れー夕立ぃ!」

「あーっ! 神長先輩、うちやまがころんでますーっ」

「だーっ、もう! ほら、行くぞぉ! うおおお、雨が強いーっ!」


 ものすごい雨の中、痛い雨に打たれて濡れながらもみんな笑って猛ダッシュ。

 途中で転んでずぶ濡れになった内山は放心状態。それを神長が一生懸命サポートし、引き起こして走ってゆく。


「はぁ、やんなっちゃうー。でも、こんくらいで良かった。じゃ、アタシと菜美は、ここでサヨナラね。パスコ寄ってくから、またね!」

「私たちは沖縄用に揃えたいものがあってね。気をつけて帰ってね、みんなー!」


 川田と森畑は、パスコで買い物をするためにここで別れる。いい日焼け止めが売ってるらしく、沖縄用に買っていくとのこと。

 他のメンバーは駅で電車に乗り、それぞれの帰路へ。ずぶ濡れかと思われたが、みな大して濡れていなかったようだ。

 鎚石を持った井上、中村、神長の三人は異様な雰囲気。その中で神長だけは、前原たちとは反対方向の県南方面へと帰っていった。

 楽しい時間は、あっという間に過ぎる。各駅で、ひとり、またひとりと降りてゆく。

 その足音は、それぞれの家へではなく、きっと沖縄へと向いているのだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カキエー懐かしい。 道場でよくやってた。
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