2-47、いのうえ、がんばる
「ふぅ、ふぅ・・・・・・。くっ、最後がダメだったか・・・・・・」
神長はメンホーをはずし、相手に一礼後、残念そうに四人のもとへ戻ってきた。
「すまん。白星まで届かなかった・・・・・・。最後の突きは悔しかったなぁ!」
「だいじだよ神長君。黒星が増えたわけじゃないんだ。むしろ、すごいよ! あの点差から引き分けで凌げたんだもん! でも、おかやま白陽は、ほんと手強いね・・・・・・」
「道太郎ナイスファイト! だいじだ! こっから俺と陽二が取り戻すぜ!」
「神長よくやった! 負けなきゃいいんだ。黒星が増えたらやばかったが、引き分けなら、まだまだいける! あとは、井上とおれにまかせろ!」
「前原だって負けちったけど1ポイントだけで抑えたんだ。神長はよくやったよ! 俺も勝てずに引き分けだったけど、まだまだだいじだ! 頼んだぞぉ、井上、中村!」
がぽん びっ びびーっ きゅっ
副将戦に向け、井上がメンホーをつけてスタンバイ。神長がなんとか引き分けとなり、勝利を得るために必要な勝ち星は、残すところ副将と大将に委ねられた。
相手側も、気合いの入った目で、副将がメンホーをつけて準備完了だ。
「橋本。柏沼高校の副将は、リズム読みやすいけぇ。油断はあかんが、いっこも怖ぇ無ぇー(少しも怖くない)。思いっきりやってくるといいけぇ!」
「岬ぃ、まかせぇやー。ぶちくらわしてくるとじゃ!」
「橋本ぉ。じゃけども、相手も弱くはなかとじゃ! 集中じゃけぇ!」
「「「「「 橋本先輩! 橋本先輩ーっ! 」」」」」
声援がさらに増す岡山陣営。栃木陣営でも、川田や小笹、二斗らが見守っている。
~~~選手!~~~
「よっしゃ! じゃあ、行ってくんぜーっ!」
井上は、主審の合図と共に、勢いよくコートへ駆け込んでいった。
「勝負! 始め!」
「しゃああああーっ!」
スタタン スタタン スタタン スススッ
スタタン スタタン スタタン スススッ
タタタン タタタン タタタタタン タタタン タタタン タタタタタン
「すおおおるあっ!」
どんっ・・・・・・ すうぅ・・・・・・っ
規則的なリズムで軽快にフットワークを使う井上。それと対照的に、どんと構えて静かに両拳を向けてカウンターを狙う相手。
「(ちくしょうめ! やっぱりこいつも待ち拳・・・・・・。おかやま白陽、全員カウンター使いとは、ちーっとめんどくせぇな!)」
スススッ スタタン スタタン スタタン
「(ほんとに読み易ぃーやつじゃけぇのぉ! さぁ、来ぃーや!)」
すううぅ・・・・・・ くいっ くいっ くいっ
井上のリズムに合わせ、相手はやや高めに構えた前拳を小刻みに動かす。
「(うぜぇ前拳だなぁ。どー見ても、俺のリズムを読んでるな・・・・・・。だが・・・・・・っ!)」
スタタン スタタン スタタン スタタン スタタン ススッ!
「(くわっ!)」
「(お!!! 来ょーったぁーっ!)」
シュババッ! バシュンッ!
井上お得意の、目と表情のフェイントが炸裂。完全に誘い出された相手は、右の中段逆突きを繰り出していた。
「つぅおりゃあーっ!」
パシュウンッ! パパァンッ!
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「止め! 青、上段突き、有効!」
「「「「「 井上先輩ーっ! ナイス上段でーーーーーすっ! 」」」」」
「(な・・・・・・っ! か、確実に突っ込んできたじゃろぉ?)」
「っしゃーっ! どぉだこのやろう!」
カウンターを誘い出し、そこを狙い撃ったように上段突きを決めた井上。
相手は、井上が攻撃をする時の気迫をそのまま感じ取って飛び出したせいか、困惑しているようだ。
「やるねぇー井上! あのフェイント、アタシも今度稽古でかけてもらおうかなぁ。カウンター狙う相手にどれほど有効なのか、俄然興味が出てきたよ」
「待ち拳型のおかやま白陽に、井上のあの新技フェイントが相性いいのかもね! 真波があれを使うと、私は真波に誘い出されそうで嫌だけどね」
川田と森畑は、拍手しながら井上の先制点を誉め讃えている。大南や内山も、阿部と手を繋いで大はしゃぎ。
その横で、小笹だけは、頬杖をついて真顔で見ていた。
「続けて、始め!」
「しゃあっ!」
スタタン スタタン スタタン スタタン スタタン
タタタン タタタン タタタタタン タタタン タタタン タタタタタン
「(俺の井上スペシャルで、ガンガン誘い出してやっからよぉ! なにわ樫原のやつには効かなかったけど、こうしてドッシリと待ってるやつには、最強フェイントのはずだ!)」
「橋本ぉー。待ち過ぎはいかんとじゃ! 自分からも行けぇーやぁ!」
「(そぉやのう。フェイント使いめ、そううまくは行かんけぇ!)」
スススーッ ダシュンッ! シュバババッ!
相手はステップを使わずに摺り足で一気に詰め寄り、井上へ切れ味鋭いワンツーを放つ。
「(うおわっ! は、速ぇ! カウンターだけ考えてたら、攻めてくるってのも忘れてた!)」
パパァンッ! パパァン!
バックステップし、両掌で左右に突きを弾き流す井上。相手はまた間合いを切って構え、井上の様子を見ている。
「(じゃあ俺も、仕掛けてやっからよぉっ!)」
「(くわっ!)」
一気に踏み込み、井上は相手の射程距離ギリギリでフェイントをかける。それに釣られて、相手はまた反応し、中段逆突きで迎え撃とうと腰を落とした。
「つおりゃーーーっ!」
シュバアッ!
「(目が見開いたら、フェイント。もうバレとるけぇ! ・・・・・・甘いんじゃ!)」
パパパパァンッ!
「(ごあっ! な、なにぃ!?)」
相手に上段突きを放ったはずの井上の顎が、がくんと動いた。
カウンターを誘い出し、そこへ突きを合わせた井上のさらに裏をかいて、相手はそこへカウンターを返してきたのだ。
「(な・・・・・・。これにも合わせて来やがったぁ! ふっざけんなよ)」
「止め! 赤、上段突き、有効!」
ワアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアーッ!
「・・・・・・やーっぱりねぇッ! あの相手、井上センパイのフェイントの質を、読んだね! 返し技へさらに返し技なんて、それを読んでなきゃできないもんねぇッ・・・・・・。さて、こっからどーするのさぁ井上センパイ・・・・・・。フェイントをまだ使うのか、作戦変更するのか、どーするんだろう・・・・・・」
「おい、末永小笹。おめぇ、さっきから何を考え込んだように見てたかと思えば、そこを見てたのかよ! 俺や二斗先輩も、あのおかやま白陽の副将は、簡単にフェイントだけで崩せるとは思わなかったけどよー」
「畝松・・・・・・。・・・・・・井上はまだ、諦めてないみたいだぞ・・・・・・」
「え? ほんとっすか? あ、ほんとだ。何か考えてるっぽいっすね・・・・・・」
開始線で、何か考えている様子の井上。「井上スペシャル」と名付けたらしいそのフェイントは、相手にはもう読まれ始めた。
あっという間に1対1となったが、どうこのあと切り崩すのだろうか。
「続けて、始め!」
タタタン タタタン タタタタタン スタタン スタタン
タタタン タタタン タタタタタン スタタン スタタン スタタン・・・・・・
リズムをやや変化させ、相手から遠間に構えてステップを踏む井上。その動きに対し、相手はじっくりと構えて、両拳を向けながら静かに狙っている。
「(やろう! 恐らくは、俺の井上スペシャルのクセを読んだか何かだな・・・・・・。さて、どうする俺・・・・・・)」
「(そげーなフェイント、初見のみじゃけん通じるのは!)」
「すおおおおおおあっ!」
ダンッ! バシュウッ! バッチィィンッ!
「(ぐあっ・・・・・・。い、いってぇ!)」
大きく踏み込み、相手は強烈な中段回し蹴りを放った。
虚を突かれた井上は、なんとか肘先から掌を使って蹴りを防いだが、その威力たるや凄まじいものがあった。
「(名門校なだけあって、足腰の強さも尋常じゃないってワケか! あー、いってぇ!)」
タタタン タタン タタタン タタン タタタン タタタタタン・・・・・・
「つおああぁーーーっ!」
バシュンッ! バババババァッ!
引き戻した相手の蹴り足が床に着く前に、井上は連突きで仕掛けた。蹴りを防いだ後でも体勢は崩さずにいたため、そのまますぐに踏み込めたのだ。
キュルンッ・・・・・・ シュバッ! バチイイイッ!
「(・・・・・・っ! あ、あっぶねぇ!)」
なんと、連突きで踏み込んできた井上を、相手はそのまま回し蹴りのカウンターで迎え撃った。
ギリギリで上段をガードし、蹴りをブロックした井上。だが、メンホー越しにつつっと冷や汗が出ているのが誰から見てもわかった。
タァンッ・・・・・・ トトォン
大きくバックステップし、井上は間合いを切って離れる。
「いのうえせんぱーーーーいっ! がんばれぇーーーっ! ファイトーーーーーっ」
「せんぱいがんばってぇぇーーーーーっ!」
「「「 井上先輩ファイトォォーーーーーっ! 」」」
大南と内山が、観客席から大声で井上へエールを送る。阿部や黒川、長谷川も、声を揃えて一斉にエールを飛ばす。
「相手、蹴りでもカウンター飛ばしてくるのか。厄介だね。菜美、どうしたらいい?」
「おかやま白陽、返し技に長けすぎてるしね。井上も真っ正面から行き過ぎな感じはするけど、崩すとしたら、やはり小技よりも正攻法かなぁ? カウンターの速さを超えて突っ込んじゃうとかね」
「でも、それはかなりハイリスクだよね。あー、どうすりゃいいのさ! 待ち拳がバックボーンのチームとなんて、アタシ、やったことないからなぁ」
ワアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
がやがやがや がやがやがや ざわざわざわざわ
「(くっそぉ、井上スペシャルを使ってもいいが・・・・・・また読まれたらどうする?)」
「(さぁ、来いや! 打ち返すの待ってるんじゃ!)」
ステップを踏んで考える井上。じりじりと少しずつ間を詰め、近寄る相手。
だんだんと、間合いが狭まる。
「つおおああーーーっ!」
ダンッ! ダシュッ! シュバアッ!
「(おーっしゃ! 待ってたとじゃ!)」
パパァンッ!
「止め! 赤、中段突き、有効!」
「「「「「 あああぁぁーーーーっ・・・・・・ 」」」」」
やぶれかぶれのように飛び出した井上。相手はそれを、まるで魚取りでもするかのような余裕さで、軽々と中段逆突きで迎え撃った。
「(ち、ちくしょう!)」
「続けて、始め!」
タァン! バババババババババッ!
「(!)」
「つおおああーーーっ!」
ドドドドッ! バババッ! バアァンッ!
「止め! 青、上段突き、有効!」
一瞬の出来事。審判が合図すると同時に、井上は相手へ猛ダッシュ。
迎え撃つ体勢がまだ整っていない相手へ、体当たりでもするかのように速攻で上段突きを叩き込んだ。
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「よし! いいぞ井上! 今の今のーっ! 相手は体勢が整っていないときが狙えるぞ!」
「むちゃくちゃに見えるけど、迷い無く思いっきり身体ごといったねぇー。井上の突き、迷い無く打ってくると速いんだよねぇー。さすがに相手も、今のは間に合わなかったかぁ」
「泰ちゃん! その調子だ! 追いついたぞ!」
「ファイト井上君ーっ! 2対2だ! まだまだここからーっ!」
「(よっしゃぁ! どぉだこのやろう! 追いついたぜっ!)」
井上は、開始線でちらっと前原のほうへ振り向き、軽く指を立てて笑った。
何かまだ、秘策でもあるのだろうか。
「・・・・・・井上君、いま、笑ったね?」
「笑ってたなぁ。なんだぁ? また何か、思いついたのかねぇ?」
「井上・・・・・・。頼むぞ! あとは、大将戦で、おれが決めるからな!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「橋本ーっ! 油断はいかんとじゃ! そげーな突き、しっかり迎え撃てや!」
「「「「「 おかやま白陽! ファイトーーーーーっ! 橋本先輩ーっ! 」」」」」
「続けて、始め! あとしばらく」
2対2の、白熱した副将戦。
なかなか点差が離れないが、試合はどういう結末になるのだろうか。