2-43、お昼タイムを挟んで・・・
~~~これより、昼食休憩に入ります。午後の競技は、一時三十分より開始いたします~~~
三回戦は、昼食後、午後の部になるらしい。
早川先生と堀内、そして日新学院や等星女子のマネージャーが、いつの間にか栃木県選手団の弁当とお茶をたくさん持ってきていた。
「あ。もう僕たちのお昼も用意がされているよ。早いなぁ!」
前原たちもメインアリーナから観客席に戻り、栃木県陣営と再び合流。
球磨之原になにわ樫原と、強豪校との連戦続きだったため、ここで一度クールダウンできるのはありがたいことだ。
田村だけは「そのまま三回戦をやってほしい」と言っていた。このいい勢いと流れを切りたくないらしい。
「さて、昼食にしよう。朋子、私たちの弁当は、これか?」
「・・・・・・そうね。これだね」
等星女子メンバーも栃木陣営に戻ってきた。みな、ほとんど汗をかかずに涼しい顔をして。
「今回は、栃木メンバーはみんな同じお弁当なんだね? 僕のやつと二斗君のやつも、同じものだし」
「栃木県の事務局が、あらかじめ注文しといたみたいだわ。うちの鶉山もみんなと同じ弁当だしな」
「えー、そーなんだぁ? いつも県内戦だとアタシら、いろんなのをみんなで食べるから、こういう統一のお弁当は斬新だなー」
「そうですよね。川田先輩、いつも大会の時は三本松農園のパンがメインですもんねー。堀庭さんのやつも、川田先輩のやつも、みんな同じって、確かに斬新です」
「真波、恭子。とりあえずもう、みんな揃ったことだし、開けてみようよ。まずは私たちが、お弁当先発隊として」
「よーし、アタシはもうお腹ペコペコだ! それー、突撃!」
ぱかっ
「「「 わぁーっ! きれい! おいしそーっ! 」」」
川田、森畑、阿部が、三人揃って弁当の蓋を開けて目を輝かせた。
開けた蓋の下に現れたのは、沖縄料理のお総菜がいくつも鮮やかに盛られた、美味しそうな弁当だ。
「む・・・・・・。おい、朝香・・・・・・。崎岡でもいい・・・・・・・・・・・・」
「何だ、二斗? 私も朋子もこれから食べようとしているんだが・・・・・・」
「・・・・・・野菜は・・・・・・身体にいいぞ。・・・・・・栄養があるし・・・・・・」
「・・・・・・え? ・・・・・・なに?」
弁当の中身を見つめながら、固まる二斗。
呼びかけられた朝香や崎岡は、顔を見合わせながら首を傾げる。
「・・・・・・・・・・・・これは、やる。・・・・・・オレはいらん」
「は? おい、二斗。どういうことだ。まぁ、いらないなら、私も朋子もいただくが」
「え? 二斗・・・・・・どうしたの?」
くいっ ひょい ひょい ひょい
「あははははっ! わーーーーかったぁーッ! 日新の主将サンともあろう者が、そんな弱点があったなんてねぇッ! くすっ。あははッ! 見た目とギャップありすぎぃーっ!」
「なに、こざさ(もぐもぐ)? にとが(もぐもぐ)どうかしたの?(ごくん)」
「にとくん(もぐもぐ)、もしかして(しゃくしゃく)(ごくん)、それ苦手なのか?」
二斗は眉間にくしゃりと皺を寄せた顔で、崎岡が割ったばかりの割り箸をさっと取り、自分の弁当から崎岡と朝香の弁当へ、「なにか」をひょいひょいと移し替えた。
川田や堀庭は、二斗が移し替えたものと同じ色のものを、平気で美味しそうに食べているが。
「・・・・・・・・・・・・オレは、いらん! ・・・・・・・・・・・・にがい・・・・・・」
「あー、みなさん気にしないでください。二斗先輩、苦いのダメなんすよ! そうっすよね?」
「・・・・・・・・・・・・黙れ、畝松っ! ・・・・・・コレは、苦すぎる・・・・・・。ふざけた野菜だ!」
「じゃ、今度二斗と組手当たるときは、全身緑色の道着とメンホーでやってやろうかねぇー」
「・・・・・・うるさいぞ、田村! ・・・・・・それは、卑怯だっ・・・・・・」
「なんだ二斗! 男なら好き嫌い言うな! 日新学院の主将だろ? 後輩に示しがつかないじゃないか! まぁ、私も朋子も、好き嫌い無いからいいけど。情け無いぞ二斗!」
「・・・・・・有華・・・・・・私、嫌いなものあるよ?」
「・・・・・・崎岡。・・・・・・そう言われてもな。・・・・・・オレは・・・・・・」
二斗はなんと、ゴーヤが苦手。いや、ゴーヤのみならず、苦い野菜やヌルヌルした野菜全般が嫌いらしい。弁当に入っていたゴーヤチャンプルーを、崎岡と朝香に渡していたのだ。
その様子を二人の隣で見ていた等星女子高二年の大澤美月は、笑いを堪えているかのような、複雑そうな顔で弁当を食べている。
「朝香朋子ともあろうものが、嫌いなものあるなんて、なに? アタシは二斗よりあんたの苦手なものの方が興味あるかもー。・・・・・・なにが嫌いなの?」
川田が朝香にそう尋ねると、田村や二斗たちだけでなく、日新学院や等星女子の一年生や二年生も、弁当を食べながらこっそりと耳を傾けていた。
「なに! 私も知らなかったよ朋子! 好き嫌いあったっけ?」
「・・・・・・カンガルー肉。・・・・・・オーストラリア遠征の時・・・・・・」
「「「「「 いやいやいやいや! ないないないない! 」」」」」
「おい朝香ぁ。それはさぁ、好き嫌いって言うより、ふつーに食わないものだからだいじだ。てか、カンガルー肉なんか食ったことあんの、いま、この場でお前だけだと思うねぇー」
田村がそう言うと、朝香ははっとして周囲をきょろきょろ。何かとんでもないことを口走ったのがわかったようで、両手で顔を押さえて耳まで真っ赤になっていた。
「カンガルーでもなんでも、別にいいよ。・・・・・・アタシは日新や等星のメンバーには、イラブーシンジをぜひとも味わって欲しいけどね。すごく精神力が上がるし、身体にいいし!」
「あ、イラブーね・・・・・・。くすっ。人が悪いなぁ川田センパイはぁ」
「おい、川田。なんだそのイラブーなんちゃらってのは?」
「諸岡。携帯が手元にあるなら、等星メンバーと調べてみればぁ?」
「ちょっと、真波! いまご飯時なのに、イラブー検索って・・・・・・」
森畑が止めようとしたが、時既に遅し。諸岡が携帯で画像検索し、それを取り囲むように見ていた等星女子のメンバーは一同、時が止められたかのように固まった。
黒と水色のコントラストが美しい、イラブーことエラブウミヘビは、可愛い目で、携帯の画面越しから等星メンバーを石化させていた。
「ま、まさか! それじゃあ、この弁当に入っている、謎の揚げ物は? うっすら青いけど・・・・・・」
「・・・・・・有華、あげる」
「ちゃ、ちゃんと食べな朋子! ・・・・・・私のは、末永小笹にあげる」
「えぇー? いいのぉッ? これ、美味しいのにぃ。くれるんじゃ、食べちゃおうーっと」
「だってそれ、ヘビなんだろ? てか、川田! なんてものを見せてくれたんだ!」
諸岡が汗を垂らしながら川田に突っかかるが、笑ってご飯を頬張り川田は「ごめんごめん」と軽く流す。そして小笹は、等星メンバー全員がくれた謎の揚げ物を喜んでもらい受け、何個も食べている。
「ん? これ、イラブーじゃない! うっすら青い気もするけど、魚? ・・・・・・あ、これは!」
「やるねぇ、黒川クン! そぉだよぉー。これ、イラブーじゃなく、イラブチャー。このお弁当、いいねぇッ! イラブチャーの南蛮揚げだね! あー、おいしーっ!」
「な、なにっ! ヘビじゃないのか! 美味しいの?」
「イラブチャーは、ナンヨウブダイという、真っ青な大きい南の魚ですよ。関東じゃ食えないですね、なかなか! ほんと、うまいっすよ?」
黒川のお魚解説に、ぽかんとする崎岡と朝香、そして等星メンバーたち。
そんなことの片隅で、こっそりと二斗と畝松が揚げ物を後輩に渡そうとしていたが、箸を止めた。
「(・・・・・・畝松。・・・・・・ヘビではないらしい・・・・・・)」
「(そうみたいっすね。うまい魚じゃ、食わなきゃもったいねーっすよね!)」
和気藹々とした、どこか和やかな雰囲気で、昼食タイムは過ぎてゆく。
「さて・・・・・・と。ごちそうさまでした。私らは公式練習場にいって、アップでもするか」
「そういえば崎岡さん、右脇腹は本当に大丈夫なの? 末永さんがやったのが原因じゃないって言ってたけど。もっと前の古傷とか?」
食後の休憩を終え、組手の準備をする崎岡に、前原はふと問いかけた。その言葉で、崎岡は手の動きを止める。
「・・・・・・別に、大丈夫だ。・・・・・・昔の古傷と言えば、まぁそうだな。中学の時に、ちょっとな・・・・・・」
そう言って崎岡は、川田や阿部と雑談しながらお茶を飲んでいる森畑を見つめていた。
その目は、懐かしむ目ではない。不思議な感情が渦巻いたかのような目だ。
「崎岡さん。等星は三回戦、長崎光華とだね! 僕たちも応援してるから頑張って!」
「柏沼もなにわ樫原を下して波に乗ってるな! だが、次のおかやま白陽も強豪だ。瀬田谷学堂に田村がふっかけたんだから、そこと当たるまでは、つまづくんじゃないよ! 勝ち残りな!」
「そうだね。僕らはまだまだ、つまづくわけにはいかないね。ありがとう。お互い頑張ろう!」
「ふっ。・・・・・・さぁ、みんな、午後に向けて動きに行くよ!」
崎岡は、力強い目を光らせてふっと笑い、威勢良く等星メンバーを率いて朝香たちと階段を降りていった。崎岡と並んで歩く朝香の背中からは、弁当を食べている時とは別人の「絶対女王」のオーラが大きく漂っていた。
午後の三回戦で、一日目の試合日程は終了となる。
明日に繋ぐためには、ここで敗れるわけにはいかない。だが、さらに強豪の密度が濃くなったトーナメントは、そうそう楽に勝てるはずもない。
団体組手の三回戦、男子側のAコートは、瀬田谷学堂と東北商大。そして、おかやま白陽と柏沼高校。
Bコートは、松大学園と鹿児島承西。首里琉球学院と御殿城西。
Cコートは、山梨航空学舎と秋田秀徳。県立後橋工業と山之手学院の関東対決も。
Dコートは、帝東と拓洋大青陵の首都圏対決。宮崎第二学園と福岡天満学園。
そして、女子側のEコートは、花蝶薫風女子と樫葉日体。東嶺大馬久と日国大山形。
Fコートは、宮崎第二学園と陸奥海陽女子。東北商大と西大阪愛栄。
Gコートは、御殿城西と学法ラベンダー園。橘平安風和と白波女学園。
Hコートは、福岡天満学園と県立糸洲安城。そして、長崎光華と等星女子だ。
「よぉし! おかやま白陽を倒せば、明日の四回戦だねぇー! がんばるぞぉーっ!」
「「「「「 しゃぁーーーーーーーっ! 」」」」」
田村がみんなをまとめ、メンホーを抱えながら一気に気合いを入れた。
「いやぁ、乗ってるねぇ! 新井さん、松島さん、福田さん。この子達がここまで活躍するなんて、すごいですね! いやー、すごい!」
「早川先生。この子達は、もともとこれくらいのレベルになる資質はあったんですよ。本気度がなかったというか、目標が低かっただけなんですねきっと。意識が今は、違いますね」
「うーん、いいよいいよー。この調子この調子ー。午後も頑張っていこうねー」
早川先生、松島、新井の三人は、田村たちの様子を見て、笑顔を見せる。
「みんな、始まる前にこっちおいで。川田さん、森畑さん、あと、一年生や二年生も。効果的なマッサージやツボ圧しを教えるから、覚えておいて。疲労回復のためにやるといいよ」
「ありがとうございます堀内先輩。・・・・・・へぇ、ここを圧すんですかぁ。へぇー」
「こりゃ効くだろうね! これでアタシらは、回復する術も手に入れちゃったね」
堀内にマッサージ等を教わる川田や森畑。自分の試合に向けて、新たなスキルを得たのが嬉しいようだ。
「おーい、尚っ。おかやま白陽は強いみたいだが、負けるんじゃないぞぉ」
「みんな、頑張っておいで! ファイトね! 保護者勢も、みんな応援するからね!」
先生や先輩方、そして保護者も、三回戦へ向かう前の田村たちへたくさん声援を送り、一緒になって戦う感じになっている。
男子メンバーは堀内のマッサージで、足首付近や肩付近の疲労感がやや回復した。
田村と井上は腰回りや背中をよくマッサージしてもらい、かなりすっきりした表情に。中村と神長、そして前原は、ふくらはぎや肩周りをよく揉みほぐされた。
オーダー表も既に提出し、おかやま白陽戦を前に臨戦態勢も整い、準備万端だ。
「さぁて、また、いっちょ暴れてくるとするかねぇー。岡山県の名門校相手か。面白いねぇー!」
いよいよ三回戦が始まる。
相手は岡山県代表のおかやま白陽高校。また、超強豪校との戦いが待ち受けている。