2-41、中村陽二、推参!
シュッ シュッババババババババッ
バババババババッ ババババババッ
「辰吉ぃ、頼んだで! いつものやつで、あのインテリっぽいやつ、しばいたれや!」
「まかしときぃや! 俺の突きは、あんなやつじゃ避けられへんよ! 見ててや!」
「柏沼め、勝ち誇ったような顔しよってからに! ・・・・・・団体は俺ら五人やが、個人では、さらに強いウチの秘密兵器もおるんや! まだまだ、勝負はこっからやで!」
ものすごい拳のスピードを見せる相手校の副将、辰吉。
この団体メンバーの他にも、なにわ樫原は個人戦に「秘密兵器」という選手を出しているらしい。
「・・・・・・相手、ずいぶん小手先が速そうじゃないか。ふん、面白い。どれだけ速かろうが、おれはその上を行く速度で、出鼻を斬り伏せてやるだけだ!」
「陽二! また相手はずいぶんと気合い入った顔だな。眉毛が、ほとんどねぇぞ! 糸みてぇな細さだ・・・・・・。突きも速そうだ! ヤクザみてぇな顔の相手だがよ、頑張れ!」
「陽ちゃん。思い切ってな! 大将戦は俺が勝つから、頼んだよ!」
「中村君! 一回戦以上の強豪だけど、僕らはいい波に乗ってる! ファイト!」
「ま、だいじだぁ。中村なら、やってくれると思うからねぇー。頼んだぜー、中村!」
~~~選手!~~~
「「「「「 ファイトォォォォーーーーーッ! 」」」」」
両校共に、副将は開始線まで颯爽と入場。相手は拳や身体を揺すって、臨戦態勢は万全。
中村は帯の結び目あたりをきつく締めながら、相手の目を見たまま悠然と立っている。
「勝負、始め!」
「うらあぁぁーいっ!」
シュタタン シュタタン・・・・・・
「(だいぶ低い姿勢の構えだな。腕も、肘を折りたたんで、突きを連射するための構えか!)」
ダアッ!
シュッババババババババッ バババババババッ ババババババッ
シュッババババババババッ バババババババッ ドババババババババッ!
「(な・・・・・・なんだこいつの回転力は! とんでもなく、速い!)」
ガガガガガッ! バチンバチン! バチュンバチュンッ! ザシュザシュッ!
相手は、滑らかなフットワークで中村の斜め前へ一気に踏み込み、その場でも小刻みなステップで上手く身体の向きを変え上下左右からものすごく細かく素速い連打を浴びせてきた。
バババッ!
ササッ タタァン タタァン・・・・・・
慌てて中村は間合いを切り、軽くステップを踏んで構える。まるで豪雨のような突きの連打に、カウンターを合わせる隙も無かった。
「(蹴りなんぞに頼らんでもな、高速回転の連突きがありゃ、ええんや! どうや?)」
「(とんでもない連打だ。踏み込んでくる角度も厄介だ。これでは、今までの作戦で使ってきた技が使えないかもしれん・・・・・・。だが、まぁ、冷静になれば、きっと・・・・・・)」
冷や汗をつつっと垂らす中村。
この相手の連打は、これまでの相手が使ってきた連突きとは質が違う。まるで、止まることのないエンジンのように、打ち始めたらひたすら打ちまくるタイプだ。
「うららあぁぁーっ!」
キュゥ・・・・・・ ドシュンッ!
シュッババババババババッ バババババババッ ババババババッ
ガガガガガッ! パパパパァン! パパァン! パァンパァン!
「(ま、まずいっ・・・・・・)」
嵐のような連打が飛んでくるが、それでもうまく掌や肘、腕、肩などを使って紙一重で防御する中村。相手の止まぬ猛連打が続く中でも、いまだに喰らっていないのはすごいこと。
しかし、だんだんと中村はその回転力に圧されている。
「(く・・・・・・っ!)」
「止め! ・・・・・・青、場外、忠告!」
「「「「「 あああぁーーーーっ・・・・・・ 」」」」」
「「「「「 辰吉ナイスや! いい連突きやでーーっ! いっけぇ! しばいたれ! 」」」」」
「「「「「 たーつよしっ! たーつよしっ! 」」」」」
なにわ樫原陣営の声援が、一気に増した。
「続けて、始め!」
「さああっ!」
スウッ・・・・・・ タタァン・・・・・・ タァンッ!
場外に出された中村は、数回腕をぐるんと回し、メンホーの目元を指でさっと拭ってから華麗に構えた。力みのない、無駄な力を抜いた自然体だ。
「(キザな野郎や! 俺の突きの嵐に巻き込んだるわ! おらぁ、かかってこんかい!)」
「(ちょっと面食らったが問題ない。・・・・・・あの説明を思い出した。応用させてもらおう)」
ススススッ・・・・・・ ススススッ・・・
中村は相手にわからないくらいの摺り足で、少しずつ間を詰めている。
相手は左右にステップしたり、前後にステップしたり。そして、だんだんと、お互いの射程距離に近づく。
時間が刻々と過ぎてゆくが、まだ、ポイントは動いていない。
中村は、あの相手の連突きに対して、カウンターを取りに行く作戦なのだろうか。
ススッ・・・ スッ・・・
「(アホォ! 自分から寄ってきおって! なめんやないわぁッ!)」
ドシュンッ! シュッババババババババッ バババババババッ・・・・・・
「(・・・・・・ふっ!)」
パァンッ ・・・・・・スパアァァァァンッ!
「(な・・・・・・んやとぉ・・・・・・!)」
「止め! 青、上段打ち、有効!」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアア
ウオオオオオオオオオオオオオオオ ウオオオオオオオオオオオオオオオ
なんと、あの猛スピードの連打に対し、カウンター一閃。
中村は斜め右に身体を開きながら、左手の甲で突きを受け流し、同時に右の短い裏拳打ちでカウンターを決めた。瞬きをしていたらわからないほどの、一瞬の攻防だった。むしろ、それが見えていた審判がすごい。
「すごい! 中村君、あの連打の中を見切って、裏拳のカウンターなんて!」
「陽ちゃんだからこそできる芸当だよな! いやぁ、お見事!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「くすっ。・・・・・・ふぅーん。インテリ中村センパイ、やぁっぱりかっこいいーっ! まさか、あの時の説明をここで参考にしてたとはねッ! 道場の二階、見せてよかったなぁッ!」
「ど、どういうこと小笹ちゃん? 中村先輩は、な、なにを? 自分はよく分からなかった」
「くすくすっ。長谷川クン、さっきのカッコイイ中村センパイの動きぃ、見たでしょぉ? 左手で受け流すと同時に、右手で打ってるやつ。あれはぁ、ティンベーとローチンの動きを説明したこと、覚えてたのねぇ! ワタシが見せてあげたんだよぉー」
小笹は長谷川に向かって、左手と右手を同時に動かし、先程の中村の攻防に似たフォームを見せる。
確かに中村は、小笹にその説明をされていたような、いないような。
「(沖縄に来て、学んでくれてありがとうネ・・・・・・。嬉しいよ、ワタシ。競技の中でも、伝統を守ってきた人の動きを活かしてくれるなんてさ。ありがと、みんな・・・・・・)」
「ん? なに泣いてんの小笹。どした? 長谷川が何かしたなら、アタシがシメとくよ?」
「な、泣いてないもん! 暑くて汗が目に入ったのぉッ! さ、中村センパイを応援しよう」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「続けて、始め! あとしばらく」
「(裏拳打ちなんて、しょーもない技で調子込むなや! なんなんやワレ!)」
「(連打に頼ったプライドが傷ついたか? 知ったことか。おれは、おれの組手を進化させ、昇華するだけさ。さぁ、その稽古台になってもらおう!)」
キュッ ササッ ガシッ! タタァン・・・・・・ タタァン・・・
「うららあああぁぁーっ!」
シュッババババババババッ ババババババ!
シュッババババババババッ バババババババッ ババババババッ
シュッババババババババッ! バババババババッ! ババババババッ!
「・・・・・・・・・・・・速い! ・・・・・・・・・・・・あの速さは、凄い・・・・・・」
二斗も観客席でうなる速さ。そしてその手数。それほどの速さと手数も、集中力を研ぎ澄ませた中村は、しっかりと目をそらさずに見切っている。
ドガッ! ガガッ!
相手の上段突きに対して腰を落として、中村は右腕でがっしり受けて打ち上げ、中段突きは左腕で打ち落とすようにがっしりと斜め下に同時に打ち払った。このフォームには、前原もどこかで見覚えがあった。
「そああああーっ!」
チュドォンッ!
「止め! 青、中段蹴り、技有り!」
「「「「「 ナイス中段でーーーーーすっ! ナイスです中村先輩! 」」」」」
「ま、真波っ! いまの中村が上下に受けたフォーム、まさにあれってさぁ・・・・・・」
「偶然か狙ったのかは知らないけど、あれは松楓館流の形『壮鎮』の動きだ! やるうっ!」
なんと、中村が相手の高速連打を防いだ動きは、形に出てくる動きそのものだった。
両腕を受けられてガラ空きになった相手の中段へ、中村はしなるような前蹴りを見舞ったのだ。
点差はこれで3対0。試合中盤からポイントが動き出したせいか、時計の残り時間はいつの間にか十三秒ほどになっていた。主審がコールする三十秒前の宣告も、まったく聞こえないくらいに盛り上がっていたのだ。
「辰吉ぃ! まだいけるやろ! 最後、追いつけーや! 諦めたらしばくでぇ!」
「(誰が諦めるかいボケェ! なにわのど根性見せたるわ! くそったれぇっ!)」
「続けて、始め!」
「うおおぉぉらららぁぁぁあーっ!」
ダダダダァッ! タァン シュバアーッ!
「「「「「 中村先輩ファイトーーーーーッ! 」」」」」
「「「「「 オラァ! 辰吉やったれやぁーーーっ! 」」」」」
残り時間が十秒を切ったところで、相手は猛ダッシュし、床と並行にスライドするかのような移動を見せる。そして、遠間からのキレと伸びのある上段回し蹴りを放ってきた。これがまた、恐ろしい速さで中村の頭部へ迫る。
「(・・・・・・焦るほど、雑になるものだ。技は・・・・・・)」
「そああああーぃっ!」
バチンッ スパパパパパパァンッ
「止め! 青、上段突き、有効!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
~~~ ピー ピピーッ ~~~
「止め! 4対0。青の、勝ち!」
「「「「「 やったあぁぁぁぁぁっ! 中村先輩が勝ったーーーーーッ! 」」」」」
中村はなんと、相手にポイントまったく与えず勝利。
時間めいっぱいまで集中力を研ぎ澄ませ、相手の猛連打すらも凌駕した精神力で戦い抜き、副将戦の白星を掴み取ったのだ。
これで、中堅戦と副将戦を勝利したことで、柏沼高校はチームとしてなにわ樫原高校に勝ち、三回戦へ進むことができる。
しかしまだ、大将戦が残っている。相手はまだ全体としての勝負は捨てていない目だ。
一回戦の球磨之原高校は勝敗が決した後は元気がなかったが、なにわ樫原は勝敗が決まった後も、まだ目が死んでいない。
「ふっ。流れを掴むのは手数でも根性でもない。研ぎ澄まされた集中力と、技の精度さ!」
そう言って中村はメンホーを抱え、汗でしっとりした前髪を掻き上げ、涼しい顔をして戻ってきた。
いつも中村はオイシイところで勝ってくれるから、チーム内の信頼も厚いのだ。
「だぁーーーっ! なんでやねんっ! 終わっちまったやないか! くっそがぁーっ!」
「暴れんな猪渕! まだだ! 勝敗はついたが、まだ、試合は終わってへんのや!」
「あとは神長、大将戦しっかりな。おれで勝敗が決まって良かったが・・・・・・」
「よぉし。ナイスだ陽ちゃん! じゃ、俺も大将戦、頑張ってくっかんな! 大阪の選手もなかなか個性派揃いだなぁ。だははっ! いくぜっ!」
相手の大将と神長が同時にメンホーをつけ、スタンバイ完了。
「やっぱりぃ、中村センパイかぁっこいいねぇッ! 大将戦も中村センパイがやってほしいなぁッ!」
「そんなこというな小笹。アタシも中村の組手は好きだけどね。さ、道太郎が始まるよ!」
なにわ樫原対柏沼の大将同士による最終戦が、いま、始まろうとしている。