2-38、前原悠樹 vs 猪渕悟
「「「「「 柏沼ファイトーーーーッ! 前原ファイトーーーーーッ! 」」」」」
「「「「「 取り返しましょうーーっ! 栃木県ーーーっ! 柏沼ファイ! ファイ! 」」」」」
「「「「「 相手まぐれでーす! いけます! 取り返せます! 栃木ファイトーっ! 」」」」」
栃木陣営からの声量がますます上がる。
現在点差は5対0で猪渕がリード中。
時間はまだ二分ある。しかし、三分間のうちわずか一分でここまで取られてしまうとは、柏沼メンバーの誰もが思ってもいなかった。
「前原センパァイ! コラーーーッ! ワタシとの特訓はなんだったのぉーっ!」
「小笹。さすがにあの猪渕は、一筋縄じゃいかないレベルだ。前原がここまで圧倒されるとはアタシも思わなかったけど・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・猪渕悟、強い! ・・・・・・・・・・・・まだ全力じゃないぞ、あれは・・・・・・」
「あぁ、柏沼! がんばれよぉ! 先鋒戦落としたらやばいぞーっ!」
「森畑。まだウチら等星は順番来ないから柏沼を応援してるが、等星が始まったら悪いがそっちに行く。しかし、旗色悪いな、前原・・・・・・。樫原の猪渕と実力差がこんなだとは」
「諸岡、まだ前原は諦めてないよ! でも、どうすりゃいいんだろう!? こんなに大阪のやつが強いとは思わなかったよ私。真波も私も、いいアドバイスが思いつかないのよ」
「柏沼の前原、あいつが猪渕に勝つのは困難だが・・・・・・。競技である以上、なにか手立てはあるはずだ! 等星だったらこういう時は、迷わず突っ込む!」
「「「「「 前原せんぱーーーいっ! ファイトーーーーーっ! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアア
「続けて、始め!」
「(一本技もらったら、終わっちゃう! ダメだ! 少しでも点差を縮めないと・・・・・・)」
シュタタッ シュタタッ シュタンシュタン ササッ サササッ
「(まぁだまだや! コレが・・・・・・大阪のごっつい組手やぁっ!)」
グウッ・・・・・・ キュンッ! ドオスウッ! ドスウッドオンッ!
「(くっ・・・・・・は、速い! ・・・・・・しかも・・・・・・いきなり重くて強くなった!)」
ロケットスタートのような踏み込みから、猪渕は突きを繰り出す間合いを変えてきた。
先程よりやや近い場所から、腰の回転と肩、肘、手首の力強い捻りを用いた突きを打ち込んでくる。
猪渕は体重を乗せて、重くてさらに貫通力を持たせた打ち方に切り替えてきたのだ。
ドギュウッ! ドオンッ! ドギュドギュウッ! ドドオンッ!
「(くっ・・・・・・。受けると、腕が、痺れる・・・・・・。・・・・・・まずい)」
がしっ
前原は何とか凌ぎ、なりふり構わず猪渕と接近して、両腕を絡めて攻撃を防いだ。
「(しゃらくせぇえわ! おらあっ!)」
ぐういーっ・・・・・・ ブウウンッ! ブンッ! ダダァァァンッ!
「(うわわーっ・・・・・・)」
猪渕は前原が絡めた腕をそのまま引っ張って振り回し、左右に振り回して相撲の上手投げのようにして床へ思いっきり投げ飛ばす。
前原はそのパワーに翻弄され、背中から脇腹にかけて思い切り床へ叩きつけられた。
「しゃりゃあああああああッ!」
ズシャアアッ! ビュウウウンッ! ピタリ
「止め!」
「(・・・・・・はぁ・・・・・・ふぅ・・・・・・。あ、危なかった!)」
「(ちっ、命拾いしたやんか。ま、次でトドメさしたるわ!)」
「赤、忠告! 投げ落とさないように!」
猪渕は転がった前原に対して、思いっきりサッカーボールを蹴るかのようなフォームで蹴りを放ってきたが、その蹴りは前原の頭部直前で止まった。
副審が赤旗をクルクル回して交差。
どうやら、先程の強烈な投げが危険行為とされ、カテゴリー1のペナルティとなったようだ。
「(しかし、どうしよう・・・・・・。僕のスピードじゃ、相手に読まれているようだし。なにか、もっといい方法は無いか! 無駄の無い踏み込み。力に頼らない技・・・・・・。あ・・・・・・)」
「続けて、始め!」
「とあああああああーーーっ!」
スウッ フワン・・・・・・ッ
「(ん? 何や? スピード攻撃に頼らんのかいな?)」
「な、尚ちゃん! なんで前ちゃんは、あの猪渕相手に、あんなに力抜いて・・・・・・」
「へぇ。そぉかぁー。そういや、そうだねぇ。それなら相手に読まれないかもねぇー」
「な、尚ちゃん? いったい前ちゃんは・・・・・・」
ワアアアアアアアアアーッ! ワアアアアアアアアアーッ!
「くすっ。あの重心・・・・・・。前原センパァイ、やっとワタシとの時間を思い出してくれたんですねぇッ! 通用するといいなぁーっ。あの強い人相手にさッ!」
フワン フワン スウッ ギュッ・・・・・・ ユラアアッ
「(なんやねんコイツ! リズムを変えよったんか。おもろい! 来てみぃや!)」
「(これしかない。猪渕君にこれが通用すれば、きっと・・・・・・)」
――――。
(・・・・・・なんか、ヒントでもつかめましたぁ?)
(この砂浜だよ。僕がやたら動きが鈍いのに、末永さんは変わらぬ速さ。床で組手をやるように、足で地面を蹴ってもそんなに進めないよね、ここ)
(・・・・・・ふーん)
(だから、重心が高いままじゃだめだ。重心を落として、体重を前へ動かすときの体重移動に加え、足をちょっと踏み出して軽く蹴るだけでいいんだ。膝の力を抜いて、腰から前へ沈み込むようにした方が逆に速く動ける)
(ちぇっ。つまんなーいのぉっ。頭良いんだね前原センパイも。まるでインテリ中村センパイみたいな解説ね。・・・・・・その身体の使い方に気づいたかぁ)
(慣れないと変な感じだけどね。でもこれ、僕には衝撃的な発見だったよ!)
――――。
ススゥーッ・・・・・ タンッ シュパアアアッ!
「(んな・・・・・・っ?)」
「止め! 青、上段突き、有効!」
「「「「「 ナーーーーーーイス上段! 前原せんぱーーーいっ! 」」」」」
「おぉい! 猪渕! 油断しすぎや! 遊んでんやないでぇ!」
「猪渕ぃ! さっさと決めぇや! 遊びすぎやて!」
「(遊んどらんがな! ・・・・・・何や、今の? コイツ、さっきよりスピードあげたんか?)」
「(取れた! 相手は反応していない! 今の感じだ・・・・・・)」
「続けて、始め!」
ススススススーッ フワン フワン スススーッ・・・・・・
「(ホンマ、なんやねん! そんな程度で、俺が下せるわけないやろ!)」
「しぇえええあああああーぁっ!」
シュバババババッ シュバァンシュバァンシュバァン!
ドスウッ ドンドンドォン!
「(くっ・・・・・・攻撃力が相変わらず凄い! でも、僕だって・・・・・・)」
スススーッ ギュッ・・・ シュンッ! パパパパァン!
「止め! 青、上段突き、有効!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「いいよぉ前原! その調子その調子ーっ!」
「アタシは、見てて分かった。前原のやつ、足の筋力に頼らない踏み込みで前に出てる!」
「え? ど、どういうことですか川田先輩。わたしには、まだスピードは相手の人が上回ってると見てますけど・・・・・・」
「恭子、いい? ここから見てるスピードと、実際に猪渕や前原が体感してるスピードは、別物なんだよ」
「え? え? え?」
「恭子? アタシらがここから見てるのは、客観的な第三者の目での速さだよ。要は、テレビ画面で見てるようなもん。だけど、実際にあんたも組手やってて、わかるでしょ? ビデオの画面では『え、こんなスピードだったっけ?』って時があるのを」
「あー、ありますね! 試合じゃ相手がものすごく速く感じたのに、ビデオだとそれほどでもなかったとか、またはその逆とか・・・・・・」
「つまり、ここから見てる分には、前原の方が猪渕より明らかに遅い。でも、さっきから突きが普通に入る。つまり、猪渕が反応できてないのは、体感スピードでその反応力を前原に越えられてるってこと。実際、目の当たりにする感覚は、違うのよ」
「真波が言ったとおりだね。きっと前原、床を筋力で蹴る動きから、滑らかな重心移動だけの動きに変えたから、相手からはその『床を蹴る』部分が見えなくなって、初動が読めない。いきなり前原が間を詰めて突いてきた感じになってるんだよ、きっと」
「・・・・・・な、なぁるほど。・・・・・・ハイレベルですね。難しい攻防なんだなぁ」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアア
「いいぞ前ちゃん! ひとつひとつ手堅くいこう! あと一分切ったそーっ!」
「まったく姿勢の上下もなく、滑るように腰から出てる。あれは読みにくいぞ、猪渕のやつ」
「砂浜だねぇ。蹴っても進まない砂浜でヒントを得た動きだ。前原、やるねぇー」
「悠樹! いけるいける! いい動きだ! 猪渕に食らいつけーっ!」
「続けて、始め!」
「しぇいりやあああああああ!」
ドシュンッ! ズッドオン! ドガアアッ! ドオンッ! バシイッ!
「(もう、攻撃をもらっちゃダメだ! 冷静に! よく見て防げば・・・・・・)」
バシンッ パァン パパァン! ガシッ ベシンッ
猪渕の猛攻を前原は様々な受け技や体捌きで防御。
どんどん回転力を上げてくる猪渕の攻めは恐ろしいものがある。インターハイ予選の時に戦った日新学院の二斗よりも、パワーもスピードも、はるかに上。
現在、点差は5対2。前原としては、なんとかして追いつきたいところだろう。
バババッ
一度、間合いが切れる。お互い間を置いて構え、一呼吸。
「(・・・・・・なめとったのは、俺や。コイツ、かなりやるな! おもろいやないかい!)」
「(西の強豪、なにわ樫原高校。その主将、猪渕悟君か。やっぱ、強いな!)」
フワン ユラアアッユラアアッ シュンッ!
グギュウッ・・・・・・ ダシュンッ!
「とあああああああーーーっ!」
シュパアアンッ! バシィ
「しぇえああああああああーっ!」
ギュバアアッ! バスンッ
滑るような踏み込みからの、前原の上段刻み突き。脚力の爆発力を活かした踏み込みの、猪渕の上段刻み突き。
前原の動きにやや遅れて反応した猪渕。突きはお互いの喉元を同時に捉えた。やはり、物理的なスピードは猪渕が上か。
カッ ババッ ババッ ババッ
副審は三人、赤と青の旗をつき合わせてから横にバサバサ振っている。相打ちの合図だ。
「(喰らえぇや!)」
グイッ バッシイイイッ! グラアアッ・・・・・・
「(うわっ・・・・・・しまったぁぁっ!)」
「「「「 まえはらーーーーーっ! 」」」」
相打ちと分かった刹那、猪渕は前原の右肩を掌で押し、その前足を太腿ごと強烈に刈り払った。
あまりの威力に、前原は前足ごと浮かされ、大きく体勢を崩す。
「しゃりゃあああああああッ!」
シュバアアアアッ!
猪渕は間髪入れず、強烈な右上段逆突きを至近距離で放つ。
もう、赤い拳サポーターが、斜め横を向かされた前原の左頬めがけて飛んできていた。
「(も・・・・・・もらって、たまるかぁーーッ!)」
シュウンッ ズザザザザッ! ヒュルウンッ ブアアアアッ
「(なんやてぇ! ・・・・・・な、なんてやつや!)」
前原は咄嗟の反応で身を捻り、猪渕の突きは肩口を高速で掠めてゆく。
そして、体勢を崩しながらも前原は刈られた左足をまっすぐ振り上げた。
パッカァァンッ!
オオオオオオオーッ ウワアアアアアアアーッ
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ
ババッ ババッ ババッ
「止め! 青、上段蹴り、一本!」
青旗三本。まっすぐ天を突く。猪渕の顔が上へと向いた。
前原が振り上げた足は、そのまま内側から捻り込むようにして上足底を猪渕の顎先へ叩き込んだ。足の甲で蹴る神長の朱雀蹴りと軌道は似ているが、直線的に蹴る「捻り蹴り」となった。
まさに起死回生の一発。狙った蹴りではなく、自然と身体が動いて選んだ技だった。
「「「「「 いいぃよっしゃぁーーーーっ! ナーイス一本ーっ! 」」」」」
「「「「「 ナーイスいっぽぉん! ファイ! ファイ! ファイ! 」」」」」
「「「「「 あああぁ! 猪渕ぃーーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 猪渕先輩ーーっ! 」」」」」
一気に湧く栃木陣営。驚きを隠せない大阪陣営。そして・・・・・・。
~~~ ピーッ ピピーッ ~~~
「・・・・・・引き分けっ!」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。しゃあっ! ・・・・・・やった!」
「ふぅ・・・・・・。くそたらぁっ! 引き分けかい!」
捻り蹴りによって、5対5に辛うじて追いつき、黒星だけは回避できた前原。
先鋒戦で白星を取ることはできなかった。さすがに、なにわ樫原の主将、猪渕は強い。前原は、一回戦は本当に何だったのだろうと言うくらいに、二回戦の試合はかなり疲れていた。
ものすごい緊張感だったが、集中力や動きの面では、あの小笹と拳を交わした夜の砂浜組手が活きていたのだろう。
「ふうぅーーーーーーっ・・・・・・。引き分けか、よかったぁ。でも、アタシあの前原の最後の蹴りはまさか入るとは思わなかったなぁ! 捻り蹴りなんて、まさに予想外!」
「すごい先鋒戦だったね。でも、あの猪渕相手に、前原は引き分けた。ここで黒星にならなかったのは、この後に続くメンバーにはかなり助かったことだ。負けなきゃいいのさ」
「でも、松島先輩? 相手の学校はやはり西の強豪。すごいですね。次の相手も、顔がまず怖すぎてやばいですよ。しかも、見かけ倒しじゃない感じがもう、わかります」
「そうだね。インターハイだもの、見かけ倒しはいないよ。ひとつひとつの試合を、手堅く、慎重に、落とさないように全力で戦っていくだけだね」
館内は、各校の部旗が外からの風を受け、また熱気の上昇気流でゆらゆらとはためく。
柏沼高校の部旗は、栃木陣営の真上で、ひらひらと常に揺らいでいた。
「くそったれぇっ! 勝てへんかった! 相手、なかなか思ったよりやるわ。頼んだで!」
「まかせぇや猪渕! あちらさん、フェイント使いやろ? なら・・・・・・俺の餌食や!」
ワアアアアアアアアアアーッ! ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「やったよ、何とか引き分けた! 井上君、頼んだよ! また、新技で!」
「やべぇ見た目だな、なにわ樫原の相手。でも、まかせろ! 井上スペシャルを見ててくれ!」
両校、次鋒の選手がスタンバイ完了。
何とか先鋒戦は落とさずに済んだが、これはなかなか厳しい戦いになりそうだ。
前原は井上と掌を叩いてバトンタッチ。井上は「おっしゃ!」と気合いを自分に注入した。
「頑張れ、井上君。相手、かなりのレベルだよ!」
「まっかせろ悠樹! よーし! よし! いってくんぜ!」
井上は、震えていない。コートを挟んで相手を睨むかのようにして、次鋒戦へ臨む気満々だ。