2-37、なにわのど根性を見せたるわ!
~~~二回戦のオーダー表を提出して下さい。繰り返します。二回戦の・・・・・・~~~
オーダー表提出を促すアナウンスが入っている。その間に、各コートは係員がプレートを二回戦のものに入れ替えていた。
「いやー、一回戦、無事に通過できたね! よかった! みんな調子いいし、いけるよ!」
「しかし前原、おれだけ4ポイントも取られてしまった。あれは、よろしくなかったな・・・・・・」
「なぁに、初っぱなの先鋒だろぉ? だーいじだ。あんなもんじゃないかねぇー?」
「ま、球磨之原高校もなかなかだったが、いい練習試合みたいなノリでできた。インターハイの空気がすごく楽しくなってきたぜ! だははっ!」
「道太郎同様、俺もすげー楽しいわ! 新技を試せたし、こりゃぁ、いけるぜ俺たち!」
「さぁて、二回戦、どーしようかねぇー? なにわ樫原は、確実に一回戦のやつらよりレベルは上だしねぇー。猪渕悟以外にも、強い連中ばかりだ。どこをとっても強敵だねぇー」
「田村君はこう言ってますが、どうでしょう新井先輩? 僕も、二回戦はオーダーどうしようかなぁと・・・・・・」
「うーん、そうだねそうだねー。みんな調子いいしねー。でも、今度の相手は西日本でも強豪のとこだしねー。でもまあ、あまり意識しすぎずに、やろうやろうー」
「じゃぁ・・・・・・こーして、あーして、恐らく猪渕はここで出るだろうから・・・・・・」
熱気がものすごい中、田村たちはあれこれ考えてオーダーを組み、新井がそれを本部へ提出した。
そして、各コートで係員が一斉に合図をし、試合は二回戦へ。
~~~ ただ今より! 団体組手二回戦を行います! 各コート、選手、整列! ~~~
♪ パパパァーン ♪ チャララーン ♪ ジャジャジャァーン ジャンジャン ♪
ワアアアアアアアアアアアアアアーッ! ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
また元気の良い音楽がかかり、観客席の各陣営からものすごい声援が飛び交う。
~~~ 二回戦を開始します! 選手! 正面にぃ、礼っ! お互いに、礼っ! ~~~
「「「「「 おねがいしまぁーーーーっすっ! 」」」」」
「「「「「 しゃぁーーーーーっ! おおおおああああーーーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 よおっしゃぁ! ファイトォォォォーーッ! ファイトォォーッ! 」」」」」
「「「「「 うおおおりゃぁっ! しゃああっ! しぇああああーっ! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「た、田村君! 相手校のなにわ樫原さ・・・・・・」
「なんっじゃ、あいつら! あれ、マジで高校生か? ずいぶん迫力あるねぇー」
「・・・・・・おいおい、大阪はあれが王者なのか。・・・・・・高校生、だよな?」
「栃木にはあんなやつらいないぞ! おい、陽二! 俺、あんな見た目のとやんのか?」
「ま、まぁ、その、なんだ。・・・・・・迫力や顔で組手をやるわけじゃない。だが、いかついな・・・・・・」
各コートで二回戦の戦いが繰り広げられそうになる中、柏沼メンバー五人の対面にいる大阪の選手達は、みな個性的だった。
主将の猪渕は、スラッとしてほどよくがっしりしたバランスの良い体型。そして気の強そうな目付きと、短く整えた針のような髪型。
その他はなんと、うっすら口ひげがある者や、眉毛が糸のような細さの者、鼻頭や頬に切りキズのある者など、数多くの修羅場を潜ってきたような印象の選手ばかり。とても高校生には見えないほどの迫力と雰囲気を醸し出している。確実に、夜の街で出会ったら誰もが道をさっと譲りそうな雰囲気なのだ。
その五人とも共通しているのは、やたら太い腿と、引き締まって鍛え抜かれたふくらはぎ。
これが、試合でどのような動きに活かしてくるのだろうか。
「・・・・・・なにわ樫原か。・・・・・・オレが一年のとき・・・・・・遠征で練習試合をしたことがあったな・・・・・・」
「二斗。あの大阪のやつらはアタシよく知らないんだけど、どういうチーム? 猪渕は松楓館流の全国大会にいたから、なんとなく顔は知ってるけどさ」
「・・・・・・・・・・・・なにわの組手は、とにかく、『強い』・・・・・・。・・・・・・その印象しか無い」
「なによそれ? 説明になってないじゃん。強いのはインターハイじゃ当たり前じゃんか! もっとわかりやすく言いなさいよ二斗! ねー!」
「何というか・・・・・・・・・・・・。・・・・・・まぁ、見てろ・・・・・・・・・・・」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
アアアアーーーーイッ! オオオオアアアアアーーーーッ!
パパパパァン! ドガアンッ! ババババァンッ!
「あははッ! この、気迫と闘気が弾け飛ぶ空気! いーですねぇッ! 心地いいーっ!」
「じゃ、小笹っ! あたしら、沖縄陣営に戻るさぁ! またね! 明日、ちばりぃよ!」
美鈴は栃木陣営のみなさんにぺこりと頭を下げ、矢木と一緒に沖縄陣営に戻っていった。
どんどんテンポよく進む二回戦。みな一回戦の時よりも、心身共にリラックスはしているはずだが、心拍数だけは逆にどんどん上がっている。
Aコートは、瀬田谷学堂が全員8対0の完全勝利で北三陸学園を下し、三回戦に進出。
続いて東北商大が学法福之島を3対2で破り、勝ち上がる。
「・・・・・・4対1。青、おかやま白陽高校の、勝ち!」
「「「「「 ありがとうございましたぁぁーーっ 」」」」」
「おかやま白陽が三回戦進出かぁ。相手の広島代表もやたら強かったけど、もっと強かったねぇー。こりゃ、どこと当たっても、燃えるねぇー!」
田村は、自分たちの直前に戦っていた瀬戸内学園御港とおかやま白陽の試合を見て、にやりと笑って楽しそうだ。強豪犇めく空気の中でも、まったく動じていない。その隣にいる井上も、いつもと違って自信満々なのが不思議なくらいだが。
インターハイの空気は本当に、何が起こっても不思議ではないということか。
~~~ Aコート第四試合を行います。選手は整列して下さい! ~~~
そして、呼び出し係の声が響く。二回戦のオーダー順が先鋒から大将まで公開される。
『赤 大阪府 なにわ樫原 青 栃木県 県立柏沼』
先鋒 猪渕 悟 ー 前原悠樹
次鋒 井ノ原恵太 ー 井上泰貴
中堅 谷山達也 ー 田村尚久
副将 辰吉丈太郎 ー 中村陽二
大将 日出義仁 ー 神長道太郎
「おもろいやないか! 田村尚久! 俺らとごっつい組手しよか! しばいたるわ柏沼!」
「へぇ。猪渕、先鋒かぁ。・・・・・・上等だねぇ。こんなオーダーで来やがったかぁ!」
前原は先鋒戦で、なにわ樫原の主将である猪渕と対戦だ。いったいどんな相手なのだろうか。
「真波! 前原の相手、雰囲気はそこまでじゃないような感じだけど、どうなんだろう? あの猪渕って、どんな選手か分かる?」
「うーん、アタシもそこまで詳しくは知らないけど、去年のインターハイは、二年生で個人ベスト8には入ったみたいだし。松楓館の全国大会では、中学からベスト4にはいたね!」
「そうなんだ。そりゃ強豪選手だね。前原、なんとか先鋒で頑張ってほしいね」
「だね。やるしかない! がんばれ前原ー! アタシらの声援をパワーにしろー!!」
「なぁ、みつる。大阪人ってやっぱ、たこ焼きやお笑い好きなのかな?」
「知らん。でも、なんか、先輩と戦うあの人らはシャレにならんレベルの感じはするけどなー」
「敬太も充も、なーに他人事みたいな顔して! 前原先輩、いきなり相手校の主将だよ。だいじかなぁ!? 前原先輩ーっ、頑張ってーーーっ!」
「うちやま! わたしらも、阿部先輩みたくたくさん声張り上げよう! 大阪をみんなで倒すんだ!」
「まさに、大坂夏の陣だ! がんばろう、さよ! ファイトー柏沼ーっ!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
大歓声の中でうっすら届いてきたそれらの声を受け取り、前原はメンホーをきちっと装着。
メンバー四人からバシバシ気合いを注入してもらい、猪渕と目線を合わせて、開始線へ駆け込んだ。
~~~選手!~~~
「「「「 ファイトォォーーーーーッ! 」」」」
「(強い! ・・・・・・一回戦の球磨之原とは、レベルが数段違う。わかる。この人は、強さが雰囲気で既に溢れ出ている!)」
「(柏沼高校なんて無名のやつらに、手こずってられんわ。瀬田谷学堂の水城が、俺の本命や。テッペンとるのに、こんなとこで、モタモタしてられへんのや!)」
お互いに、開始線で拳を軽く握り、膝の力を抜いて立つ。
猪渕は首を左右にコキンコキンと振りながら、かっと目を鋭く見開いた。
「勝負! 始め!」
キュンッ! パパァンッ! チュドドドォッ! シュバアッ! バババッ!
「(う、うわーっ!)」
ササッ サッ パパァン ドカァッ バァンバァン!
「前原ーっ! もらうな! 先制点はこっちが取れーっ!」
「悠樹、防げーっ! 相手は容赦なく来やがる!」
開始からまったく様子見をせず、猪渕はものすごい突進力とスピードで、一気に床を蹴って間合いを詰めてきた。
一呼吸でワンツースリーフォーの四連突き。そこに中段、上段の回し蹴りが組み込まれたコンビネーションを前原へ畳みかけてくる。そのスピード感は、一回戦の相手とは比べものにならない。
ズバアアンッ!
「うっっしゃあああぁぁいっ!」
「止め! 赤、中段蹴り、技有り!」
「(は、速い! ・・・・・・いきなり技有りを!)」
「「「「「 猪渕ナイス中段やぁぁーーっ! しばいたれぇーーーっ! 」」」」」
「「「「「 猪渕先輩ーーっ! ナイス中段やぁーーーーっ! 」」」」」
「は、はえぇ! 突きも蹴りも、無駄の無いフォームとすげぇキレだ! 尚久、これ・・・・・・」
「なにわ樫原・・・・・・。こ、これほどとは!」
「なぁに、まぁだ始まったばかりだよぉ。前原を信じて、俺らは後押ししようや」
猪渕の回転力に飲み込まれ、前原は防ぎきれずにいきなり中段前蹴りをもらってしまった。
「続けて、始め!」
「とあああああああーーーっ!」
「しゃりゃあああああああッ!」
ドンッ ダダンッ バババシュッ! ガガッ パァン パパァンパパァン
ササッ ガシッ パァン! シュバッ! シュバシュバシュババッ!
「(突きも蹴りも、レベルが高い! 僕よりも速いぞこの人!)」
「(おもろないわ! こんな程度防ぎきれんで、瀬田谷倒すなんてなめとんのか!)」
目の前で、赤い拳が五月雨のように飛んでくる。
前原は掌でそれを受け、首をひねり、足捌きで横に何とか躱す。こちらからもワンツーを放ち、中段回し蹴りを仕掛けるが、猪渕は難なく躱す。
「しゃりゃあああああああーッ!」
チュドッチュドチュドンッ! パシンッ チュドドドドォッ!
「「 あああーっ! 前原がんばれぇーっ! 」」
川田と森畑の声が、前原には揃って聞こえた気がした。たぶん。
「(・・・・・・うあ・・・・・・っ!)」
「止め! 赤、上段突き、技有り!」
前原の攻撃が止んだ一瞬で、猪渕はそこを突いてきた。
上段、中段、また上段のワンツースリーを防いでいるところへ、軽く前足を絡められ、一瞬だけ意識が下へいたっところを猛烈な連突きが前原の顔面へ降り注いだ。
「う、上手い! 猪渕のやつ、駆け引きを知ってやがる。前原、これ以上はさすがにまずい」
「陽二! あの猪渕相手で3ポイントも一気に取られちゃ、悠樹やべぇよ!」
「尚ちゃん! 前ちゃんにどんどん声出そうぜ! こりゃー、やべぇぞ!」
「そぉか。じゃあ、そうしようかねぇー。前原ぁ! 待つな! 相手のが速い! 自分を信じていけぇ!」
田村が後ろから大きな声を出す。井上も中村も神長も、声援で前原の背中を押している。
「続けて、始め!」
「とあああああああーーーっ!」
ササッ! タァン!
どん・・・・・・っ
前原は気を取り直して構えると、なんと、猪渕はその場でステップも踏まずにどっしりと動かない。
さっきまでのスタイルからは想像もつかない、迎え撃つような構えとなった。
「(え!)」
スオオオオオオオ・・・・・・ フウウウウウウ・・・・・・
メンホー越しに猪渕の呼吸音が聞こえてきそうな程、しん静まり返って動かない。
前原は戸惑い、何度かフェイントを混ぜたステップで誘い出そうとするも、猪渕は乗ってこない。
「(な、なんだ? さっきまでは一気に攻めてきてたのに・・・・・・)」
「前原ぁーっ! 迷うな! 自分から!」
「(もしかして、猪渕君の本来は、ま、待ち拳? え? でも・・・・・・)」
「(アホォ! 迷っとるわ迷っとるわ! 待ち拳・・・・・・なわけあるかいな!!)」
キュンッ! タタァンッ!
シュババァシュアバババッ! バチィン! ババババチィンッ!
「止め! 赤、上段突き、有効!」
「「「「「 ああああぁぁーーーーーーっ・・・・・・ 」」」」」
「「「「「 猪渕先輩ーーっ! ナイス上段やーーーーっ! 」」」」」
「「「「「 ええよ! 猪渕ぃ! もっといかんかい! 」」」」」
待ち拳で出鼻を狙っているのかと前原が思った瞬間、ものすごい瞬発力で猪渕は間を詰め、ワンツースリーフォーファイブと、数え切れないほどの突きを上段中段に振り分けて打ってきた。それはまるでマシンガン。カウンターを返す隙間も無いほどの回転力。
前原は両手ですら払うことができずに、顎先へそれらの突きをもらってしまった。リズムがまったく読めない組手スタイルだ。
「(一回戦は、相手が弱すぎただけ。自分らの身の程を知れや! こんなもんや!)」
「(・・・・・・つ、強い! 駆け引きが、上手い・・・・・・)」
西の強豪、なにわ樫原。その主将、猪渕悟。
前原はこの強豪選手を相手に、どう切り返してゆけばいいのだろうか。