2-33、進化した井上
「やったなぁ、陽二! まずは一勝いただきだな! よーし、俺も続くぜ!」
「頼むぞ、井上! 相手はさすがに県代表。レベルはなかなかだから、油断はするなよ」
パァン!
中村と井上が掌を交錯させ、気持ちの良いハイタッチをして出番を入れ替えた。
前原や神長、田村も、にこやかに中村へ拳を突き出し、先鋒戦の勝利を讃える。
ワアアアアアアアーッ ワアアアアアアアッ
続く次鋒戦。井上の相手は、またもや巨漢。先鋒の相手よりも、さらに重量が増した感じだ。
「相手、まーたでけぇし、お太りだな。でも、俺はやるぜ! 見ててくれよ! 新技を!」
そう言って、井上はメンホーをかぶり、走るように開始線まで進んだ。
「いま・・・・・・井上君、新技って言ってたよね?」
「言ってたな。・・・・・・なんだ、井上のやつ、新技って?」
「ま、何を試すのか、俺たちは見届けてあげようかねぇー」
「泰ちゃんの新技、いったい・・・・・・」
「(これがこいつらに成功すれば、きっと、名門連中にも効くはずだ・・・・・・)」
細身の井上と向かい合うことで、さらに太く見える相手の選手。
どんな技を井上は使う気なのだろうか。新技とは、いったい。
「勝負! 始めっ!」
「しゃあっ!」
タタタン タタタン タタタタタン タタタン タタタン タタタタタン
タタタン タタタン タタタタタン タタタン タタタン タタタタタン
ものすごく正確に、リズムよくステップを踏む井上。
それを読むかのように、相手の選手は前拳をくるくると回し、リズム合わせをしている。
「真波、あの次鋒は・・・・・・」
「間違いないね。井上のリズムを読んでる。待ち拳タイプか・・・・・・」
「井上先輩、あんな正直にステップ踏んでて大丈夫なんですかね? 相手、待ち拳じゃ、読まれちゃいますよね?」
「きっと、井上には何か考えがあるんだよ。見てみよう。恭子、みんなも目を離さないようにね!」
「「「「「 井上先輩、ファイトーっ! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアーッ
ワアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアア
「(こぎゃんリズムが読みやすい相手はなかと! こりゃ、美味しい相手ったい!)」
「(・・・・・・ありがてぇ。待ち拳かぁ! じゃ、尚更こいつを試してみるか!)」
タタタンタタタン タタタタタン タタタンタタタン タタタタタン
タタタンタタタン タタタタタン タタタンタタタン タタタタタン
「(くわっ!)」
「(待ってたと! 返しちゃるっ!)」
ビュウンッ! スカッ
「(え? な? あれ? ・・・・・・今、こいつ、突いたはずやなかとね?)」
井上は、構えたその場から、何もしていない。何もしていないのに相手は突如飛び出し、上段突きを空振りさせた。何が起きているのだろう。
シュラッ バッシイイイインッ!
「(ぐおっ!)」
「止め! 青、中段蹴り、技有り!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「井上ナイス中段ーっ! いいぞぉ! ・・・・・・でも、何が起きたの今? 私には、意味不明に相手が飛び出して、そこを井上が蹴っただけに見えたけど」
「アタシも、よくわかんないな。でも、相手が待ち拳だからこそ、井上は、なにかやったな」
「・・・・・・ふーん。なんだぁ? あははっ、よくわかんない技を使うなぁ、井上センパイっ」
「園田! なんばしよっとね! 不用意に突っ込むんじゃなかと! 慎重にったい!」
「「「「「 園田先輩ーっ! ファイトです! 」」」」」
相手陣営も、井上の謎の技によって先制され、声援がさらに強まる。
「(へへっ! とりあえず、一回成功だな。・・・・・・もっと試してみるか)」
「続けて、始め!」
「ずあああああああああ!」
ドスウン ドスウン ドダンドダンドダッドダッ! ドンッ!
「しゃあっ!」
タタタン タタタン タタタタタン タタタン タタタン タタタタタン
相手は、まるで象の足のように太く丸い両足を踏みならし、力強く構えた。
井上のリズムは変わらずに、また、規則正しくステップを踏む。
「(くわっ!)」
「(来よったぁ! ここで返すたい!)」
ビュウウンッ! スカッ
「(な! 何ね? 当たらんと? 何故たい!)」
相手は絶妙なタイミングで前足を振り上げて、カウンターとしての刻み上段回し蹴りを放つ。
しかしそれは、その場で何もしていない井上の目の前を、ただ蹴り上げているようにしか見えなかった。さっきから、相手は勝手に技を出しては空振りし、戸惑っているようだ。
パァン ぐらあっ・・・・・・
「(ぬあっ?)」
ぐいっ ドシーーーンッ!
相手の蹴った足が床に着くタイミングで、井上はその足を外側から払って、体勢が崩れたところを前袖を引っかけて真下に引いた。
井上よりもはるかに大きな巨体が、見事に浮いて巨木が倒れるがごとく真横に崩れ落ちた。
「つおりゃーっ!」
バッシイイイインッ
「止め! 青、上段突き、一本!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアー ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「「「「「 井上先輩、ナーイス一本っ! 」」」」」
「(ふうん。これで二回目。うまくいってる。待ち拳型には、効きやすいみたいだな)」
「なんだなんだ、井上のやつ。新技っての、何かやってるのかぁ? 何が何だかわかんねーけど、何かやってるんかねぇー」
「わかんない。背中側からじゃ見えない何かを、きっと井上君は使っているんだよ!」
「しかし、相手は勝手にさっきから技を空振りしてるぞ。待ち拳型だから、カウンターで合わせているようにも見えるが、井上は何も技を出してないぞ」
「なんだ? 泰ちゃん、新技って、何をやってるんだ?」
前原たちも、目の前で井上が何をしているのかわからない様子だが、実際に目の前ではあっという間に5対0で井上が勝っているのだ。
「「「「「 栃木県ーっ! ファイトォォォォ! ファイ! ファイ! ファイ! 」」」」」
「(こ、こいつ・・・・・・。わかったと。オーバーに表情使ってるが、それがフェイントたい!)」
「(俺の新技、こりゃあ使えるぜ! 表情と目のフェイント。井上スペシャルだ!)」
「続けて、始め!」
「ずあああああああああ!」
ドオン ドオン ドドッドォン! バヒュウンッ! ドヒュウンッ!
サッ スッ バシッ パァン
「(うおっ・・・・・・危ねぇ危ねぇ! さすがに攻めも強いってワケかこのやろうめ!)」
相手は点数をリードされているせいか、蹴り技を織り交ぜたコンビネーションで仕掛けてきた。
巨体に似合わず、なかなかの素速さだ。井上はその攻撃を、身体を捻ったり、掌で受け流したりして防ぐ。
「(くわっ!)」
「(もう、その手には乗らんとよ! 来ないのわかっちょる!)」
パパパパァンッ!
「(・・・・・・な!)」
「止め! 青、上段突き、有効!」
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアアー
「(ふう。どーせ、そろそろ俺の新技の正体に気づいたんだろうが、そう何度もフェイントばっかやるわけねーだろーっての!)」
「(こ、今度は本物とね? な、何ねこいつ!)」
6対0。井上は新技とやらを駆使して、いまだに相手を翻弄し続けている。
「わかった! 今の相手の表情や困惑を見て、わかったぞ。井上は、きっと、目か何かでフェイントをかけて、カウンターを狙う相手を惑わしているんだきっと!」
待ち拳型の中村が眼鏡をくいっと指で上げ、にやりと笑うようにして謎を解いた。
「なるほど。だから、相手だけが勝手に誘い出されたように動いていたのか。そういうわけだったとわねぇー」
「田村君。これはもう、井上君のオリジナル技だね! 頑張れ、井上君ーっ!」
「続けて、始め!」
「しゃあっ!」
タタタン タタタン タタタン タタタン タタタタタン
ヒュバアッ!
井上は規則的なテンポのステップから、無駄のない綺麗なフォームで左の上段刻み突きを相手の目の前に繰り出した。
「(これは本物の突きたい! こいつにカウンターを被せて・・・・・・)」
シュッ・・・・・・ ヒュルンッ
「(あれ? ・・・・・・突き、引かんと? なぜ? 目の前の突き、邪魔ったい・・・・・・)」
パシャアアアアアンッ!
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「(な・・・・・・ッ! ど、どこから・・・・・・蹴られたと?)」
「止め! 青、上段蹴り、一本! 青の、勝ち!」
「「「「「 いいぞいいぞーっ! 井上せんぱーーーーーーーーいっ! 」」」」」
結果、9対0の完勝。
井上は刻み突きを引き戻さずに、相手の視界を遮るように出しっぱなしでいた。
相手がそれによって視界を塞がれているうちに、左の上段回し蹴りが相手の右側頭部を捉えた。刻み突きを、ブラインド効果を持たせたフェイントとして利用したのだ。
「よっしゃ! どーだ!? 俺も、新技を使えばここまで戦えるんだぜーっ!」
井上は勢いよくメンホーをはずして、相手へ一礼。
相手は、1ポイントも取ることができなかったためか、ものすごくうなだれた様子で戻っていった。
「・・・・・・まるで簾のような技だな。・・・・・・・・・・・・突きで視界を隠す、ブラインドか」
「すだれ、ねぇ。くすっ。そーだねぇッ! あれは相手、きっついねぇー。やるじゃん、井上センパイっ! フェイントを駆使した組手に進化してたなんてねぇー」
「二斗先輩、柏沼高校って、確かに俺らと戦ったときより、強いっすね。しかも、やたら駆け引きが上手くなってません?」
「なめないでよ畝松。アタシら、ここに来るまでに何してたと思ってんのよ! ちゃーんと、研究するモノは研究したし、いろいろ積んできたのよぉー?」
がやがやがや がやがやがや がやがやがや・・・・・・
栃木陣営も、井上の完勝に騒然としているようだ。正直、前原や田村も、あの組手が苦手で震えていた井上が独自にここまで磨き上げていたとは思ってもいなかったのだろう。
「ほれ、二勝だこれで! 三勝目のオイシイとこは頼んだぜ、尚久!」
「田村君。中堅戦で勝敗つけちゃおう! とっちゃえば、あとは、もう二回戦は行けるしさ」
「尚ちゃん! ヨロシク頼む! どうせなら、勝ち星も完勝でいこうぜ!」
「しかし、井上。すごい駆け引きを覚えたな。フェイントを織り交ぜて待ち拳型を逆に誘い出すなんてな。おれも、井上ともし組手で当たったら、これは厄介なことだ」
「中村に井上、おかげでもう二勝かぁ。なら、ここは、主将の俺がちゃきっと決めていこうかねぇーっ。いいフェイントの駆け引きだったよ、井上!」
そう言って、田村は慣れた手つきでメンホーをつけ、きゅっと帯をきつく締め直し、装着した防具類を念入りに確認して、コートへ入っていった。
「波に乗ってきたね、男子! これはアタシも、先が楽しみだよぉ! がんばれー田村!」
「インターハイの初戦、相手の熊本県だって、なかなかのレベルなのにね。見違えるくらいに私たち、レベル上がってたんだね! 真波、楽しいね! インターハイって!」
「楽しいねー! そもそもアタシはずっと、田村は真面目にやれば全国でも良いとこ行くって信じてた。なのにあいつ、やらないんだもん。それが本気になりゃ、男子らはこれくらいの力は発揮できるってことだね! まだまだ、エンジン全開じゃないだろうし!」
「むしろ、中村が最初は緊張してたけど、このインターハイの雰囲気でどんどん急成長しちゃうかもね。私もそうだもん。真波もそうでしょ?」
「だね。アタシは、こういう空気を肌で吸収して、一気にその日にレベル上げも可能。だってさ、この中で戦える経験って、人生の中でたった三年間しかないって限られてるんだもん。だったら、とことん楽しんで、レベルも上げながら全力を出し切っていかなきゃ!」
エンジンがかかり、波に乗ってきた柏沼高校。さて、田村はどんな試合を展開するのだろうか。
熊本県代表選手を相手に、田村はどんな技を見せるのだろう。