2-31、ミランダ野沢シーナ
ひた ひた ひた ひた・・・・・・
ぺたり ぺたり ぺたり ぺたり・・・・・・
ぴたっ!
嵐のような大歓声に包まれたメインアリーナと観客席。地鳴りのような感じで、それは館内全体はおろか、外にまで大きく響いていた。
その団体組手が始まった時、選手待機所と公式練習場の間にある廊下では、ある足音が向かい合い、そして、数歩分の間合いを空けて、止まっていた。
「やっと見つけた! ・・・・・・何で? 何であんたが、このインターハイに出てるのよぉッ!」
迷子になっていたと思われた小笹は、ひとり、観客席ではなくここにいた。
そこで小笹と向かい合ってるのは、すらりと背が高く、金髪と黒髪の混ざった、青い目の選手。
「ウフフフゥ! アハハハァッ! お久しぶりネ! コザッサ・スエナガ! ワタクシのコト、覚えてたなんてネ! 光栄ですわぁ。まさか、こんなところで、会えるなんてネェー」
「相変わらず、耳障りな声と話し方だなぁッ! あんた、いつの間に日本へ・・・・・・。スペイン系フランス人じゃなかったのぉッ? ・・・・・・ハーフなのは知ってたけどさぁー・・・・・・」
「ウフフゥ! アハハハハァ! やだなァ、ワタクシ、国籍は日本よぉ? 名前こそ、ヨーロッパ風だけどネ。帰国子女枠で、この学校に入れたのォ。いいでしょぉー?」
「ふざけた学校名ねぇ。どーにかなんないの? その学校名! ワタシ、しかもコザッサなんて名前じゃないって言ったでしょッ! 末永小笹! こーざーさぁ!」
「あらぁ。ウフフフ、いいじゃなぁい。アナタも、ワタクシも、出逢ったのはフランスだしねぇー。外国風に、コザッサのが可愛くてよ? ホホホホホ。改名なさぁい?」
「ふざけるなぁ! 学法ラベンダー園なんて、ワケわかんない学校名だね。今回、あんたが出てるとは思わなかった! カタカナと漢字で書かれてたケド、ワタシ、すぐにわかったよ!」
たたたたたたたた・・・・・・ ぴたり
「あ! いたいた末永ちゃん! なにしてんのこんな所で! 団体戦始まってるよ! ・・・・・・って、なに? 知り合いと取り込み中だった?」
「阿部チャン! ・・・・・・知り合い? あー、まぁ、そぉだねぇー。友達ではないけどッ!」
「ホホホォー、ひどいなぁー。もぉーっ。なぁに、その茶帯の子ぉ? コザッサの学校ではないみたいねぇ? ウフフー。アハハハハ! お友達できてよかったじゃなぁい、コザッサちゃん! アハハァ、でもぉ、大したことなさそぉな、茶帯さんねぇん?」
「な、何なんですかあなた? いきなり失礼じゃないですか! 誰なの、この人?」
「やめて阿部チャン・・・・・・。コイツは、ワタシとの因縁がある相手! ワタシが出たヨーロッパの大会、決勝で敗れた相手なの。まさか、北海道代表なんかで出てきてるとは・・・・・・」
「ワタクシとアナタ、初対面でしたわねェ、茶帯さん? ウフフ。よぉく覚えておくとよろしくてよ? ワタクシは、ミランダ野沢シーナ! 北海道代表 学校法人 ラベンダー園空手道部の女子副将よぉん。そこのコザッサよりも、つよぉいからぁ、ヨロシクねぇ!」
青い眼を光らせたミランダは、さらりとした金髪を靡かせて、声高らかに笑っている。
「ミランダ・・・・・・野沢・・・・・・シーナ? 末永ちゃんをかつて、負かしたですって?」
「ウフフフ。アハハハハァ! コザッサ、あの時みたいにまた、負かしてあげるわぁん? まァ、ワタクシと当たることはナイでしょうけどねぇー。決勝でしか当たらないしぃ。コザッサが、このインターハイの決勝まで来るとは思えませんからぁ? アハハァ!」
「な、何なんですか本当にあな・・・・・・」
スタンッ ぴっ
「・・・・・・ひえっ!?」
「阿部チャン!」
ミランダは、阿部が激高して動き出そうとした瞬間、いつの間にか間合いを詰めてその目の前に人差し指を出し、鼻先をチョンっと触れた。
「(い、いつの間に、わたしの目の前に踏み込んだ? ・・・・・・わからなかった!)」
「ミランダぁ! ワタシの友達になんてことをぉーっ! 阿部チャンに、いま、何を!」
「アハハハァ! いやだわぁ、怒らないでぇコザッサぁ? 鼻先への、ゴアイサツよん。いーいじゃないのぉ。せっかく会えたんだし。まッ、ワタクシのこと、今後もよぉく、お見知りおきクダサイねぇー。ウフフフフ。ホーッホッホッホッホ・・・・・・」
そう言ってミランダは、どこかの歌劇団のような笑い声を響かせ、廊下の奥へ姿を消した。
言動とは裏腹に、不気味な実力を隠している感じがミランダからは醸しだされていた。
トーナメントでは、等星女子の朝香と同じコートの山だ。小笹がかつてヨーロッパで敗れたというが、果たしてその実力やいかに。
「だ、だいじょうぶ阿部チャン? ・・・・・・ミランダめぇッ! 相変わらずワケわかんないし、ワタシは、なんか生理的に好きになれない声と話し方だよぉ。あー、もうッ!」
「わたしは特にだいじだけど・・・・・・あの人、まったく気配無くわたしの目の前に寄ったの! ものすごく強い感じがする。そして、なんか、気配がないってのが不気味・・・・・・」
阿部は冷や汗を垂らしながら小笹へ話していた。
柏沼メンバーがAコートにいる間に、後ろではこんなことになっていたとは誰も知る由もなかった。
インターハイは、どんな実力を秘めた人がいるのかまだまだわからない。
北海道代表の学法ラベンダー園。どうやらここも、侮れない学校のようだ。
「・・・・・・末永ちゃん。インターハイって、やっぱりどんな人がいるかわからないね。こういうレベルの中で普通でいられるように、わたしも、強くならなきゃ!」
「・・・・・・。・・・・・・そーだね!」
たたたたたたたたっ
「いたいた! 恭子、何してたのよ! 戻ってこないんだもん。って、小笹も一緒?」
「森畑先輩ーっ・・・・・・とんでもないのが、いました・・・・・・。いろんな意味で、すごかったんですー。とにかくもうー!」
「え? なに、なに? ・・・・・・小笹、なんかあったの?」
「いやぁ、別に。でも、ラベンダー園のミランダ野沢シーナが、喧嘩売ってきただけねッ」
「は? みらんだのざわしーな? 確か、そんな名前の変なやつ、トーナメントにいたな。でも、そいつが何で?」
阿部と小笹は、森畑にこれまでの経緯を話した。
「小笹が・・・・・・かつて敗れた、ヨーロッパのチャンピオン! なんでそんな選手が!!」
森畑は話を聞きながら、メインアリーナの方へ目を向けた。複雑そうな目と表情で。
「と、とりあえず陣地に戻ろう。男子たち、Aコートで試合だからさ。みんなで応援しなきゃ!」
「はぁい。・・・・・・森畑センパイ。ワタシね、このインターハイはものすごく楽しみなコトがあるんですよぉー?」
「なぁに、いきなり? 小笹の楽しみなことって?」
「高校生の大会ってのもワタシ、今年初めてですしぃ、その全国規模の大会なんて、すごくお祭り気分になりますよねぇー。・・・・・・そして、強そうなのとドンドン試合ができて、腕試しができるのが嬉しいんです」
「あーぁ、いいなぁ。末永ちゃんみたいに、わたしも全国レベルの人と戦えるくらいに、なりたいんだけどなぁー」
「恭子たちはまず、インターハイ終わったら昇段審査だね。二年生は初段取れるように、またその練習もしなきゃね。教えることまだまだあるなぁ、私らも」
「昇段審査! そうだ。わたし、黒帯をまず取らなきゃ。形と組手、がんばらなきゃ・・・・・・」
ひた ひた ひた ひた
すたすた すたすた すたすた
ぺたっ ぺたっ ぺたっ ぺたっ
三人は足を進め、廊下から二階へ続く階段を歩んでゆく。
森畑が阿部と小笹を連れて栃木陣営に戻ってきた時、会場内はさらなる歓声に包まれていた。
ワアアアアアアーッ ワアアアアアアーッ ドドドドドドドドドォ
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアア
どのコートも、白熱した戦いが繰り広げられている。
AからDまでの男子、EからHまでの女子。どこを見渡しても、各都道府県トップランクの選手たちがぶつかり合う勢いは天井知らずで凄まじい。
「おかえり。小笹、どこで迷子になってたのよ。うちの男子、間もなく始まるとこだよ」
「迷子になんてなってないモン! それより川田センパイ、ワタシ、このインターハイをとことん隅々まで楽しみたいんですよぉ。こういう空気、大好きです。いいですよねぇッ!」
「アタシも、こういう大会は大好きだ。でも小笹、インターハイ予選みたいな、狂った暴れ方だけはしないように! あんたは、強いし上手い。アタシは、小笹の空手はほんと、凄いと思ってるよ。だから、フェアにね?」
「だいじでぇす! もう、ワタシも反省したんですからぁー。堂々と競技の勝負しますよ」
「あ、小笹。いま、初めて『だいじ』って言ったね? これでもう、完全な栃木県民かな」
「あれ? そーいえば、そーですねぇッ! なんかぁ、自然に出たなぁ、いま。あははっ」
観客席での話が盛り上がっているうちに、試合はどんどん進んでゆく。
「・・・・・・おしゃべりはそのくらいだ。・・・・・・そろそろ、始まるぞ!」
二斗は腕組みをして、身体をやや前に乗り出している。
柏沼メンバーがいるコートでは、和歌山県代表の和歌山愛山明豊高校と岩手県代表の北三陸学園高校は、中堅戦までで北三陸学園が勝ち星を挙げた。だが、残りは和歌山愛山明豊が勝ち、3対2で北三陸学園が勝利。
その次も、大分県の豊後佐伯城南高校と宮城県の東北商大高校は、4対1で東北商大高校が勝った。
その後も、福島県代表の学法福之島、広島県代表の瀬戸内学園御港、そして西日本有数の強豪でもある、大阪府代表のなにわ樫原が勝ち上がった。
どこを見ても、一回戦から大激戦と大混戦必至の、険しいトーナメントの中に柏沼メンバーは放り込まれたようだ。