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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第1章 嵐の前の・・・・・・
3/106

2-3、天邪鬼な篠崎君

   ~~♪ ~~♪♪  ~~♪


「あれ? 誰からだろう?」


 携帯の着信音が鳴った。

 朝早く、前原の部屋に音楽が鳴り響く。


「この着信音は田村君だったな」と言って前原はベッドから起き、携帯に手を伸ばした。


―――『前原、沖縄行く前の息抜きがてら、宇河宮まで行こうぜ。九時十二分発の電車で行くから、JRの駅に現地集合。予定だいじだったら、よろしくー☆』―――


 確かにそれは、田村からのメールだった。明後日、早朝より沖縄に発つ前に、息抜きに買い物行こうとのことだ。

 前原は顔を洗い、着替えて軽い朝食をとり、しゃかしゃか歯を磨いてから自転車に跨がって出発した。沖縄出発までの二日間は、様々な準備のために部活は休み。各自が時間を自由に、有意義な使い方をして過ごすことにしてある。こうした息抜きも大切という、堀内のアドバイスだ。


   しゃああああああぁ・・・・・・


 梅雨明け後の陽射しと、飛び交うトンボ。自転車の車輪が空気を切る音がする。涼しい風が前原の顔に当たる。


「制服でも道着でもない、普通に何もない日はすごく久しぶりな気がするなぁ。本当に来週は、沖縄で今頃の時間は戦っているのだろうか」


 前原は自転車をこいで、そんなことを考えていた。。

 駅に着くと、田村はもう着いて待っていた。


「おっす。悪いな急に呼んで。井上も神長も中村も、それぞれ用事あるみたいで、だめでよぉ」

「だいじだよ。僕も特に予定なかったしね。家の周囲でも軽く走ろうかと思ってた程度だったから、よかったよ」

「ずーっとバチバチ稽古しまくりだったからなぁ。たまには、いいんじゃないかねぇ」

「そうだね。沖縄って言っても、遊びに行くわけじゃないんだし。こっちで息抜きして、しっかりと大会に臨まなきゃ、だね!」

「朝、川田や森畑からメールあってよぉ、女子は女子で五人揃って『オオイヌ通り』と『コイヌ通り』で息抜きしてるらしいんだよ。もしかしたら、むこうでばったり会うかもなぁ」

「川田さんも森畑さんも、ものすごく後輩たちの面倒見がいいよね。そういえば、黒川君や長谷川君はどうしてるのかな?」

「二年男子は、夏休みの課外補講やるってさ。あいつらも真面目だかんねぇ」

「そうかぁ、一緒に行ければ良かったね。ま、いいか。電車も来たみたいだし、行こうか」


 銀の車体に緑と橙色の線が美しい電車が六両、ホームへ入ってきた。

 柏沼高校の制服を着た人や、隣の柏沼東高校や柏沼農商高校の生徒も降りてくる。きっと、部活や補講やいろいろみんなあるのだろう。

 電車に揺られ、前原と田村は県庁のある隣町、宇河宮市うかわみやしへ。

 宇河宮市は北関東でも最大級の中核地方都市で、田舎と都会がほどよく入り交じった「とかいなか」と呼ぶ人もいるくらいの街。中心部はミニ東京のような雰囲気もある、ちょっとした地方の都会なのだ。隣の茨城県の県庁所在地よりも、街としての全体規模は大きいかもしれない。

 電車に揺られ、前原と田村は二十分ほどで宇河宮駅へ到着。涼しい車内からホームへ出ると、そこには蒸し暑さと都市部特有の匂いが漂う。


「さて、今日はオフだ。フリーだ。息抜きだぁ!」

「しかし、暑いね・・・・・・。もう、すぐにどっかで涼みたいくらいだよー」

「じゃ、西口に出て、『PASCO』でも行くか。あそこ涼しいし」

「パスコね。いいね。適当に歩きながら、見て回ろうか」


 パスコとは、街の中心街にある巨大な複合商業施設のビルだ。駅前からの大通りを挟む向かい側には、一千年以上前から鎮座する「二更山神社ふたさらやまじんじゃ」があり、市民だけでなく県内外からも多くの参拝客がよく訪れている。八月初旬には、盛大な「お宮祭り」という夏祭りが二日間行われる。

 前原と田村は大通りを歩き、パスコの中にあるカフェで冷たいものでも飲むことにした。


「あー、パスコ涼しいなぁ。やっぱ、夏は暑すぎない方がいいねぇ」

「でも、沖縄はもっと暑いよ田村君。だいじょうぶかなぁ、僕。暑さ弱いんだよー」

「前原は心配しすぎだ。だいじだ。沖縄もここも、きっとそんな変わんないよ。日本だし」

「相手以前に、暑さ負けしないようにしなきゃなぁ、僕は・・・・・・」

「お待たせしました。ご注文はお決まりでしょうか・・・・・・って、あぁ!」


 店員さんがオーダーをとりに僕たちのテーブルへ来た。しかしその店員は、意外な人だった。


「「 ああっ! どっかで見た顔だと思ったら! 」」

「なんだよなんだよ、柏沼の主将と副将がこのやろう! ・・・・・・インハイ前の遊びか? いい身分だなぁ、オイ!!」

「お前、こんなとこでバイトかよぉ。てか、栃木商工、インハイ予選いなかったけど、どうしたんだ?」


 店員は何と、春季大会の時に田村へ何かと絡んできた、栃木商工高校の主将、篠崎だった。

 思いがけない再会となったが、彼の部活事情については、田村は何も知らない。


「・・・・・・ウチは、あの大会後、部活おわっちまったよ。廃部案は変わらず、いまは廃部を待つだけの休部状態だ。正式な部員は、俺だけさ。大会参加許可も、学校内で出ねぇんだよバカヤロウが!!」

「なんだ、そーだったんかぁ。悪いこと訊いちったなぁ。ま、元気そうで良かったよ」

「良かったよ、じゃねぇよまったく! ・・・・・・ご注文は何にいたしましょうか?」

「んー、じゃ、俺は『レモンみるくセーキ』」

「僕は、『冷やし抹茶』で!」

「ご注文繰り返します。レモンみるくセーキがおひとつ。冷やし抹茶おひとつ。以上でよろしいでしょうか? ・・・・・・来てくれてありがとう。でも早く帰れよな! いまお持ちします」

「「 はーい。お願いしますー 」」


 篠崎は口調とは裏腹な爽やかさでオーダーをとり、数分してから飲み物を持ってきた。

 それにしても、仕事の台詞と個人的な台詞がまるで噛み合っていない。


「あ。・・・・・・そういやぁ、田村よぉ?」

「ん? なんだ?」

「お前らがくる三十分前くらいに、お前んとこの別メンバーも、ここに来たぜ?」

「へぇ。きっと女子らじゃないか? 川田とか森畑いなかったか? 五人くらいだろ?」

「いや、二人。男女で」

「「 え? だ、だれ! 」」

「ガタイのいい、何つったけあいつ・・・・・・神山?」

「それ、神長君じゃないかな田村君。・・・・・・ねぇ、篠崎君。神長君が女子と二人でって、それ本当?」

「マジだよ。お前らいいよなぁ、インターハイ前だってぇのに、悠長に息抜きかよぉぉ! くそったれぇ! ふざけんな! ・・・・・・ごゆっくりお過ごしください」

「神長が? でも、女子はみんな五人で固まってるはずだぞ今日は。・・・・・・誰とだ、一体?」

「・・・・・・気になるね。まだ、近くにいるかも。ばったり会うかもしんないね」

「前原・・・・・・川田らにメール入れてみ。あいつらも近くにいるだろうから」

「ら、ラジャ! ・・・・・・って、あれ?」


 前原は変なワクワク感をもって携帯を取り出す。しかし、その画面を見てみると、既に三つもメッセージが入れられていた。


「田村君! ・・・・・・川田さんに、森畑さん、阿部さんの三人から、既に、メールが入ってた・・・・・・」

「なにぃ? どらっ、見してみ!」


―――『前原、アタシはちょっとビックリだ! いま、宇河宮の街中でみんな尾行中』―――

―――『前原は田村といる? 道太郎をオオイヌ通りで発見よ! 誰か、女子と! なので、我々女子メンバーは五人で、道太郎と誰かを尾行してるよ今』―――

―――『事件です。神長先輩が、よく見えませんが、だれか女の子と一緒です。しかも、ホームセンターに入っていきました! 県央公園のほうへまた向かってます』―――


 女子はこういうのが好きなのだろうか。前原は思った。「神長もせっかくのプライベートだろうに」と。

 でも、前原と田村はこれについてはなんか面白そうだと思い、女子に合流することにし、神長君を追ってみることにした。


「なんじゃぁ? 面白いことになってんなぁ。よし、前原、俺らもいくべ!」

「篠崎君、お会計! ごちそうさまー」


 前原と田村は急いで飲み干し、お会計を済まし、みんなとの合流先へ向かった。


「ありがとうございました。・・・・・・インハイ、負けちまって良いけど頑張りやがれ。くそっ!!」


 二人を見送った篠崎は、深々と一礼していたが、複雑そうな表情を浮かべていた。

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