2-29、注目の、柏沼高校
「「「「「 シャアアアーーーーーイッ! シャアアアイヤァー 」」」」」
「「「「「 アアアァーーーイィ! アアアァイ! アアアアーッ! 」」」」」
ババッバババァン! ドドドパァン! ドバババァン!
公式練習場では、団体組手に出場する多くの学校がウォーミングアップをしている。
組手の技を激しく打ちこむ音が、あちこちから響き渡っている。
「空いている場所は・・・・・・うーむ。・・・・・・あそこしか、ないか・・・・・・」
二斗は辺りを見回して、ウォーミングアップの場所を見つけた。
だがその場所の隣には、とある学校が猛烈な打ち込み練習をしていた。
「うーん、二斗さぁ、どーするよ? あそこにすんのか? しっかし、混んでるねぇー」
「・・・・・・。・・・・・・しかたあるまい・・・・・・」
「二斗。私たち等星は別にいいが、男子はいいのか、あの場所で?」
ドドドドドドドッ! ドォガアアアッ! ドガンドパパァン!
「アタシは別にいいよ。むしろ、男子のあの学校には興味ある! 田村、あそこでいいよ!」
「ワタシも早く動きたいしぃ。ねー、早く打ちこみしよぉよぉー」
「決まりでしょ! じゃ、小笹も一緒に行くよっ!」
「はぁーいッ! あははっ!」
そう言って、川田は小笹と一緒に意気揚々とその場所へ乗り込み、陣取ってしまった
「おい、田村。あの学校は・・・・・・」
「尚ちゃん。仕方ないけどな。仕方ないけど、あの学校と隣同士でアップかぁ・・・・・・」
「尚久。俺はもう開き直った。やっちまおうぜ!」
中村、神長、井上の三人が、神妙な面持ちで見つめるその学校とは。
「・・・・・・失礼。・・・・・・隣、いいかな? ・・・・・・打ち込みを・・・・・・」
二斗が、その学校の主将らしき人に断りを入れた。
「・・・・・・あぁ、構わんよ。好きなだけやるといいさ。俺達には何の影響もないからな」
「「「「「 あ・・・・・・ 」」」」」
二斗に返事をしたのはなんと、前年度王者である瀬田谷学堂高校の主将、水城龍馬だった。
水城の周りでは、恐ろしいほどの気迫と勢いで、瀬田谷メンバーが打ち込み練習をしている。
「水城! 私たち栃木県選手団の打ち込み稽古に、横、借りるよ!」
崎岡が威勢よく水城に声をかけた。やはり超名門の主将同士、まったく物怖じはしないようだ。
「崎岡か。ふっ。好きにやるがいい。俺たちには関係ないことだ。・・・・・・栃木か。インターハイに来たメンバーが、この顔ぶれとはな。・・・・・・ま、頑張ってくれ」
「自信ありげな発言だな水城。私らは、お前とは当たることはないが、二斗や田村は個人戦もあるし、団体でも田村たち柏沼高校が勝ち上がれば、お前と当たるかも知れんぞ?」
「そうか。ま、頑張れ。俺たちと当たることになったら、故郷の学校として歓迎してやるさ」
余裕綽々な感じの水城。
瀬田谷学堂のメンバーは、水城以外は誰も話すことなく、ただひたすら打ち込み練習を続ける。
「始めるか。・・・・・・まず、好きな技でかかろう・・・・・・。・・・・・・誰からだ?」
二斗はそう言って拳サポーターをつけ、どすんと構えて打ち込み練習の準備に入った。
「くすっ。ワタシからやるーっ! 日新の主将サン、よろしくねぇっ? あはははっ!」
「末永小笹。・・・・・・打ち込み練習だが、技は自由だ・・・・・・。・・・・・・好きに来い!」
「くすっ。いーぃのぉッ? じゃぁ、遠慮なくぅ!」
ササッ シュルルッ スタァンスタァン サササァン・・・・・・
小笹は、がっちりと構える二斗に対して両腕を脱力してゆるりと構え、軽いステップを踏んだ。
そして、お馴染の滑るような足捌きから、二斗に向かって猛烈な技を繰り出す。
「ツアアアアーーーイッ!」
シュババッ! パパパァン! タァン ヒュルゥン! バシインッ!
「・・・・・・っ!」
基立ちとなり受け役になった二斗へ、小笹は素速い上段中段のワンツーから続く鞭のような上段回し蹴りを、跳びながら横面へ蹴り込んでいった。ギリギリでその蹴りを受けた二斗の表情が一瞬で変わる。
「よぉし、二斗がそうしてくれるんなら、俺らもいくぜ! やってみるとするかねぇー」
小笹のあとに、田村が続く。笑顔で構え、思いっきり逆突きの三連打を放った。
そして、田村に続いて前原、中村、神長、井上と柏沼男子メンバーが続々と打ち込み、堀庭、そして等星女子メンバーへ連綿と続いた。
「せえええええぇぇぇぇいやぁーっ!」
ドパパパパパパパパァン! ズバババババババァン!
「・・・・・・ぬぅっ!」
「ああぁーーーーーーいっ!」
キュンッ! ドガアアアッ! シュバッシイィィィンッ!
「・・・・・・ぬぅお! ・・・・・・崎岡も川田も・・・・・・。少しは遠慮しろ・・・・・・」
いたって普通の打ち込み練習なのだが、かかる相手は二斗にとってはいつもと違うメンバー。
さらに、等星女子の面々や小笹など、技を受けるだけでも大変なメンバーばかり。
日新学院主将の二斗でさえ、この女子メンバーの技を受けるのはかなり大変なようだ。
表情が、男子を相手にする本戦のように、真剣そのものだ。
「・・・・・・どぉだい二斗! アタシら女子も、なかなかやるでしょう?」
「・・・・・・試合では当たることがないが・・・・・・すごいな。・・・・・・技が重く、鋭い!」
そんな会話をしている横で、瀬田谷学堂のメンバーが打ち込み練習を終えた。
「ま、せいぜい身体を冷やさないように頑張れ。栃木のメンバー。いくぞお前ら。終了だ!」
がしぃ!
その時、涼しい顔をしてウォーミングアップを終えて去ろうとする水城の行く手を阻むように、がっしりとその肩をつかむ手が。
「まぁ、待てやぁ、水城ぃ。もーすこし、俺らと話をしないかねぇー?」
「た、田村君っ!」
「ほぅ・・・・・・。・・・・・・日新学院を下した栃木のチーム、柏沼高校。その主将、田村尚久か」
「え! 水城龍馬。あんた、田村のこと知ってたっけ? へぇー、意外だね!」
「龍馬。あんたと田村は、私や真波と違って、今まで面識はなかったはずだけど・・・・・・」
川田と森畑は水城に向かい、笑って語りかけた。
「川田真波、森畑菜美、久しぶりだな。中学時代以来か。どっちも、変わらん顔だな?」
水城も同じ栃木出身の高校三年生。中学時代から栃木県代表だった川田や森畑は、もともと面識があったのだ。水城も中学までは、栃木県指定強化選手だったらしい。
「水城ぃ、俺のことまで知ってたなんて驚きだねぇ。・・・・・・じゃ、俺から一言いいかなぁ?」
「・・・・・・なんだ? 聞こうか」
「瀬田谷学堂、今、全国一なんだろぉ?」
「ん? そうだ。わが瀬田高に、全国一以外の座はないだろう? そこにふさわしいのは俺たちだけさ」
「・・・・・・なら、俺たちがその座から引きずり下ろすと言ったら、どうかねぇ?」
「「「「「 ! 」」」」」
「ちょ、ちょっと田村! あんた、いきなりこんなとこで何言ってんの!?」
驚く川田の目の前で、田村の背後に陽炎のような闘気がゆらありと動くのが見えた。
「ん? お前たちが、俺たち瀬田高を? ・・・・・・はーーーーーっはっはっはっは!」
「「「「「 !!! 」」」」」
「冗談にもほどがあるぞ。日新学院を下してインターハイの場に来たまではいいだろう。だが、この大会がどれほどのレベルかわかっているのか? 俺たちに当たるまでに、まず、初戦突破してからモノを言うがいいさ。インターハイの魔物に、呑まれるなよ? 柏沼高校よ」
ざしゅ・・・・・・ ざっ・・・・・・ ざっ・・・・・・
田村と水城の会話に触発され、周囲で打ち込み練習をしていた学校が数校、栃木メンバーを取り囲むように周りへ現れた。どれもこれも、実力抜群の名門校ばかりだ。
「・・・・・・瀬田谷を引きずり下ろすやと? なんや? 聞き捨てならんでぇ?」
「な、なにわ樫原高校! 猪渕悟・・・・・・っ?」
ざっ・・・・・・ ざざっ・・・・・・
「せからしかね! 生意気にもほどがあるばい! 大口叩きよるとは、誰ね!」
「うわわ! 福岡天満学園の須藤ーッ! やべぇー!」
「くっ。これが、福岡の須藤光則か! すごい圧力だ」
ずん・・・・・・っ
「瀬田谷をツブすのは、うちじゃぁ! 誰じゃぁ、おめぇらは! 生意気じゃのぅ!」
「あ! おかやま白陽高校の、岬行光君ッ!」
がやがやがや ざわざわざわざわ がやがやがやがや
神長の前には、大阪のなにわ樫原高校。中村と井上の前には、福岡天満学園高校。そして前原の前には、おかやま白陽高校が立ちふさがった。
「た、田村君・・・・・・。雰囲気、これ、やばくないかな?」
「こんくれーで、ちょうどいいねぇー。水城ぃ! 俺たちが、瀬田谷学堂と絶対に当たって、倒してやるからな! 栃木パワーをなめんなよぉ!」
「ふん。面白いじゃないか。こちらは、いつでも受けてやるよ? 楽しみにしてるぞ」
水城は田村にそう告げて、余裕の笑みを浮かべて田村の肩をポンと叩き、瀬田谷メンバーは選手待機所に去っていった。
「へぇ。田村もアタシと似たようなことやるなんて、やるねぇ。しかも、インターハイで!」
「田村センパイ、まさか、ここで宣戦布告とはねぇ。くすっ。あははっ! 元気ですねぇーっ!」
だだだだだだっ
「おい! なんだそこ! もめ事か!」
係員が、その異様な空気を感じたのか、慌てて吹っ飛んできて声を荒げた。
「「「「「 ち、ちがいます! 打ち込み練習です! 」」」」」
阿部や長谷川が、なんとか係員をごまかしてその場を凌いだ。
「栃木の柏沼ぁ? 俺ら知らんわそんな学校。瀬田谷にメンチ切る前に、まずは、俺らと先に当たるんや。全力で潰したるわい。大阪のごっつい組手を、なめるんやないでぇ!」
なにわ樫原高校の猪渕もそう告げ、チームを引き連れて選手待機所に向かっていく。
「日新学院が負けたぁ言うけん、柏沼高校ちゅうんがどんなチームか楽しみにしちょるばい。ばってん、俺らと当たれればの話やけどな! インターハイを、なめすぎたい!」
ザッザッザッザッ・・・・・・ ザザザザッザザザザッ・・・・・・
田村が水城に啖呵を切ったことで、公式練習場は一時騒然。
周りはみな、刺すような目で取り囲むようにしていたり、選手待機所に向かう学校もすれ違いざまにじろりと見たり、柏沼高校は一瞬、四面楚歌状態に。
「た、田村君! いくらなんでもムチャだよ! いきなりあの水城君にふっかけるなんて!!」
「・・・・・・ふぃー。そぉかぁねぇー? みんな、周囲の名門校と対峙して、どう感じた?」
「まぁ、その、なんだ。かなりのプレッシャーは感じたが、どうにもならんほどの差があるやつらとは、おれは感じなかった。強いのは確かだろうがな。普通に戦えるだろう」
「陽ちゃんと同じだ。俺も、驚きはしたが、おびえるほどじゃない。以前の俺だったら、あんな名門校なら、恐れてしまったかもしれないが」
「バカ言うな! 俺は怖かったぞ! 福岡天満の須藤なんて、びびらないわけねーだろぉ!」
「田村。これでアタシら、このインターハイは嫌でも注目されちゃう学校になったわけだ?」
「恥ずかしい試合はできないね。でも、そんな試合、私らは、するわけないんだけどね!」
「そーいうことだねぇー。俺たちは、あの名門勢とまともにぶつかっても勝てるレベルだと俺は思ってるよぉ。このシチュエーションは、燃えるねぇ」
「まったく。川田といい田村といい、どれほど宣戦布告するのが好きなんだか。だが、おれも田村と同意見だ。名門と言っても、おれたちも普通に戦って勝てると思うんだ」
中村がそう言って、青い拳サポーターをぎゅっと握る。
そこへ、日新学院の畝松と等星女子の崎岡が笑みを浮かべて話しかけてきた。
「まるで、私たちに川田や森畑が宣戦布告した時と被ったぞ。田村、これで柏沼高校は、全国の強豪から少しは目をつけられた。どこも手抜きなしで来るぞ、きっとな」
「俺たち日新学院と戦った時よりも、柏沼高校が強くなったのは肌で感じるけどなぁ。だが、だいじなのか? いくらなんでもいきなり瀬田谷にってぇのは。どう思います、二斗先輩?」
「・・・・・・やってしまった以上、やるしかない。・・・・・・きっと・・・・・・何とかするだろう」
「そーいうことだねぇー。まぁー見ててくれ。俺らは、普通に戦えば、名門にすら勝てるってのをね」
田村はヘラヘラした顔でそう言って、メンホーを抱えて明るく笑い、両手の拳サポーターをきつく締め直した。
「じゃあ、私らは、女子団体組手のオーダー決めて、待機所へ向かうからな。朋子、みんな連れて行こう。・・・・・・田村! 栃木県代表校として、無様な試合だけはするんじゃないよ!」
「くどいぞぉ崎岡。俺らはだいじだ! 最初っから大暴れしてきてやるかんねぇー!」
「面白いモノ見せてもらったね。・・・・・・頑張って、柏沼高校。それじゃ、有華と向こうへ行くから・・・・・・」
等星女子のメンバーは、崎岡と朝香を先頭に、待機所へ去って行った。
葉月の熱気が吹き荒ぶ沖縄。蝉の声はもうほとんど聞こえない。
会場には、拳士たちから解き放たれた、蒸し暑い風がゆるやかに漂っている。