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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第2章 青い空と碧い海。競技空手と沖縄空手
23/106

2-23、イラブーシンジ

「ちょっと田村、そのラフティー、アタシのじゃない? ねぇ、そーだよねえぇ?」

「ん?(もぐもぐ)ほだっけ?(もぐもぐ)かわたのは(むぐむぐ)そっちにある(むぐむぐ)あおいさらの(ごくん)肉じゃなかったかねぇ?」

「ちーがーうよぉ! えぇー、アタシまだ食べてないのにぃ!」

「ほら、川田先輩! わたしのあげますよ。そのかわり、その酢味噌のやつください!」

「あ、井上君! それはタレがちがうよ! 井上君の小皿はそっちだよ! それは川田さんの!」

「え? わりぃー、いやぁ、ぎゅうぎゅうだからさぁ、誰の皿かわかんなくなっちって!」


   わいわいわい  がやがやがやがや


 稽古後の美味しいお食事タイムがやってきた。本当にこの民宿は料理が美味しく、メンバー全員は毎日大満足とのこと。

 今夜はまた、昨日とは違うメニュー。キヨが、高校生たちのエネルギー消費を考えた上で様々な食材を使った沖縄家庭料理をどんどん出してくれる。昨日の料理たちも美味しすぎたが、また今日のも格別だ。

 クファジューシィという豚肉の炊き込みご飯。沖縄版角煮のようなラフティー。ハンダマという、本土では「金時草」という野菜を酢味噌和えにしたもの。そして島にんじんのきんぴらに、青パパイヤを使ったパパイヤイリチー。グルクンを塩味で煮た、グルクンのマース煮。

 どれも身体に優しく、栄養価抜群で、稽古後の疲れを一気に癒やす薬膳のような料理ばかりだ。


「おし! じゃ、儂らも今日はご馳走になるとするかぁ。くわぁちーさぁびらー(いただきます)」

「・・・・・・あ、美味しい。うちのジューシィとちょっと違うけど、美味しい! 巳波さんも食べてみなよー」

「光羽、私に塩とってちょうだい。・・・・・・ありがと。パパイヤイリチーも、ここのは美味しいね!」


 なんと、嘉手本や新城、糸城たちも、キヨが声を掛けたおかげで一緒に夕食を食べていくことになった。広間はもう、大ちゃぶ台を三つ連ねて大宴会のように賑やか。


「末永さん、さっきは挑発して悪かったよ。一緒に稽古して、相当な実力者だと分かった。インターハイ本戦でまた、良い勝負をしたいな!」

「ワタシはもともと、ここが実家なんだよぉ。覚えといてね! かじったんじゃなく、沖縄剛道流がバックボーンなの! でも、糸城サンも嘉手本先生の弟子だけあって、やるじゃん!」


 隣同士で、同じ料理を食べる小笹と糸城も、すっきりとした笑顔で話している。

 森畑は、新城と隣り合う席で、食事をしながら情報交換中。


「巳波さんだっけ? おふたりとも劉景流がバックボーンだと思うけどさ、高校の部活はそれぞれ流派は固定されてるの? 私は糸恩流だけど、そっちの真波は松楓館流。あと、あそこにいる神長道太郎っていう男子は剛道流なの。うちは特定の流派に固定してないんだ」

「私の首里琉球学院は、沖縄(おきなわ)省林(しょうりん)流ですね。でも、剛道や劉景流の子もいますよ」


 森畑と新城の会話に、さりげなく糸城と小笹も加わる。


「うちは基本的には剛道流ですけど、劉景流や()場流(じょうりゅう)下地流(しもちりゅう)出身の子もいたかな? うるま中央は、あまり流派に拘り無いんです。基本、部活の空手なんで競技スタイルメインなんで」

「くすっ。なーつかしぃ流派名! ワタシには、馴染みあるのばっかりーッ」

「へぇ、私が聞いたことない流派もこっちにはたくさんあるんだなぁ。さすが本場だ」


   がやがや  わいわい  がやがや

 

「そういえば嘉手本先生は、沖縄空手の伝統的な立場から見て、競技空手はどう思っていますか?」


 早川先生が、末永や新井と泡盛を酌み交わしながら笑う嘉手本へ、さりげなく問いかけた。

 空手をやっていない早川先生から、まさかこんな質問が出るとは誰も思っていなかったのだろう。

 前原、中村、井上は驚いて顔を見合わせてしまった。


「はっはっは。いやぁ、伝統の部分と競技の部分は、儂は同列には語れないものと思っていますよ。伝統的に学ぶ空手もあれば、ほんの短い期間だけ集中して、決められたルールの中で極限まで磨いた技を競い合う空手もあるでしょうなぁ」

「なるほど、そういう見方のスタンスもありますか。なるほどー」

「自分的見解にはなりますが、儂はもともとこの伝統を守るべき古流の出でありますが、長年、競技空手のなかでも世界を相手に戦ってきました。そこから学んだ空手の素晴らしさや、見つめ直すべき部分もありました。ですから、競技ができるうちは、それも修行の一環として、伝統だけに固執させずに儂は弟子に伝えています」

「ふーむ、なかなか奥が深いんですね。僕は空手をやっていないので、なにが伝統的に合っていてなにが間違っているかは、わかんないんです。形も組手も、すごい、かっこいい、どっちがキレがある、くらいしかわかりません」

「いや、それで良いと思います。競技の空手は、それでもいい。しかし儂は、形に関しても組手に関しても、空手として忘れてはならない部分だけは譲らずに仕込み続けております」

「そ、それはどういう部分でしょうか?」

「例えば、今日の稽古。あの森畑という子がやった形は、素晴らしいんだが相手と戦うイメージが見えなかった。本人も、演武することだけを考え、形本来のあり方を忘れていた。これではいけないんです。競技は素晴らしいが、競技だけの空手にはなってはいけない」

「学業と似た部分がありますね。何のために学ぶのか。何のための知識や学問なのか。テストや受験のためだけにやる学業では意味が無く、点数を採るためだけに学ぶことは本当の学問と言えるのかという話に似ていると私は思います」


 末永も早川先生と嘉手本との談義に加わり、持論を交わしている。

 大人は大人で、いろいろと話が盛り上がっているようだ。


「ねぇ小笹ぁ。あたし、インターハイまではずっと準備や部のこともあるからさぁ、おばぁの道場もまたしばらく来られないわぁ。・・・・・・あとは、本番の会場で、だねッ!」

「そぉかー、美鈴となら思いっきり地稽古もできたんだけどなぁー。柏沼メンバーじゃ、思い切りやってケガしちゃまずいもんなぁーッ」

「美鈴ちゃん、あとは本番で会おうね! でも、アタシらここの宿にいるから、遊びに来るくらいは来ても良いと思うよ。身体ぶつけずとも、いろんな話も聞きたいしね!」

「美鈴ちゃんは、ここから家は近いの?」

「あたしんちは、走って二十分くらいかなー。砂浜駆けていけば、近道だから十分ほどでぇす」

「美鈴んちはね、君仁きみひとおじさんっていう、ワタシのお父さんの弟がやってる漁師の家なのぉ」

「そーなんだ!? じゃ、アタシらが沖縄にいる間、またいつでも会おうよ、美鈴ちゃん!」

「はぁい、必ず! あたしも、川田サンと、やってみたいことがあって。くすくすっ!」

「え? アタシと?」

「はい。川田サンと! ぜひとも! くすっ!」

「・・・・・・なにを?」

「組手でーす。道場ではなく、砂浜でですがー。手合わせ、ぜひお願いしたくて!」

「へぇ。いいじゃない、面白そうで。沖縄を発つ前に、それはぜひやってみたいね」

「やったぁ! ぜひぜひ! あたし、試合も好きだけど、実戦的な組手も好きなんですッ!」

「そーいうとこ、やっぱり、小笹とよく似てるなー。いいよ、そのうち、やろっか!」

「やったぁッ! 川田サン、気に入ったので! 栃木の人と手合わせ、楽しみーッ!」


 前原は、美鈴と川田の会話を聞いて、小笹と拳を交えたあの真夜中の組手を思い出していた。

 まさか、今度はこの二人が、あの場で同じようなことでもやると言うのだろうか。前原はそう思って、二人の会話を聞いていた。


「ふぅん。美鈴も砂浜で組手やってみたいんだ? ワタシも昨日やったけど、楽しいよねぇー」

「え? 小笹、誰と組手やったのぉ? 砂浜で? いつ?」

「・・・・・・あ」

「へぇー。小笹、アタシも知らなかった。いつそんな楽しそうなコトしたのよぉ!」

「あーっ! わかったぁ! あの砂浜にあった変な跡、あれ、小笹でしょう! あの場でけっこうな組手でもやって、砂浜をよくよくにしたんだきっと!」

「・・・・・・えーとぉ、夕方かなぁ?」

「夕方はアタシらと道場にいたでしょうよ」

「・・・・・・夕飯の時かなぁ?」

「夕飯はあたしや柏沼の人らと、ナーベラーについて語ってたよね・・・・・・」

「・・・・・・いつだったかなぁーっ? くすっ。あははー。・・・・・・笑うな、前原センパイ!」

 

 前原はどきりとした。「笑ってません。僕はこのあと、お風呂で男子全員からそれについて尋問があるのです」と心の中で呟いた。


「まぁいいや、いつも小笹はこんなだしぃ。じゃ、川田サン、ぜひお手合わせお願いします。砂浜の組手は、実戦により近くて、いろいろ栃木じゃ学べないものもあると思うので、なにか参考になればと思ってぇ。ふふふっ。楽しみだなぁッ! よろしくお願いしますネ!」

「ほぉー、そんなに面白そうなんだ? へぇー。組手の勉強になるんじゃ、ぜひ! 砂浜で組手やるなんて、なんだかアクション映画みたいだぁ! アタシも楽しみにしてる!」


 美鈴と川田は、砂浜稽古を約束し、がっちり握手。片手にはお箸を持っているが、がっちり握手。


「私たちも、野稽古は経験ありますが、なかなかハマりますよ。面白いです」

「うちのうるま中央高校はすぐ後ろが砂浜なんで、先輩とたまにやったりしますよ」

「みんな、私らの高校とは違うことやってんだなぁ。藤山を走るくらいじゃ、このスペックに追いつけないわけだ。なんか、柏沼も独自にトレーニングをした方がいいかな、真波?」

「沖縄の真似だけしてもだめだから、栃木には栃木の、柏沼には柏沼のオリジナリティをなにか見つけ出して稽古しないとね!」

「私も、嘉手本先生にさっきアドバイスされた『護身として戦う形』を本戦までにイメージしたいなぁ。なにか、集中して形を考え直してみよう」


 みんな、やはり同じ高校拳士。美味しく料理を食べながらも、話の半分は空手談義だ。

 しかし、こうして少しずつ他県の選手とも知り合えて情報交換できるのは良い。これだけでもかなりレベルアップにつながる勉強と修行になることだろう。


「ところでさ、小笹と美鈴ちゃん。あと、新城さんに糸城さん。いつの間にか四人ともなにか汁物すすってるけど、なに、それ? アタシも食べてみたいー」

「コレ? イラブーシンジさぁ。おばぁ料理のとっておき。美味しいし、滋養強壮だよーッ! でも、たぶん、馴染み無い食材だと思うからなぁー。栃木の方々じゃ、どぉかなぁー」

「光羽、コレ好きだよね? 先生も道場の宴会でよく作るし。最初はびびるだろうけどさぁ」

「だからよぉ。私も好きですよ。巳波さんもコレ好物だもんね! 生きてるのは無理だけど」

「下処理や煮込みが足りないと、変な匂いだけどぉ。あははっ! 川田センパイ、食べるぅ?」

「滋養強壮? 生きてる? びびる? 栃木じゃ馴染み無い? 下処理足りないと変な匂い? な、なんだろーねぇ? ・・・・・・菜美と恭子も、アタシとコレ、食べてみない?」

「え? ま、まぁ、真波がそう言うなら」

「か、川田先輩と一緒なら・・・・・・」

「くすっ。あはははっ! センパァイ、ワタシが栃木で『ちたけ』を食べた時みたいになってますよぉーっ? じゃ、おばーちゃんに、三人分もらってきまぁーす」


 そう言って、小笹は台所の奥に消えていった。ほかの沖縄娘三人は、美味しそうにその汁をすすり、疲れが抜けるとかソウルフードとか高級とか言っているが、いったい何だろうか、この料理の正体は。


   ひた   ひた   ひた   ひた


「はぁーい! 持ってきたよぉーッ! 川田センパイに、森畑センパイに、阿部チャンのぶん」

「・・・・・・美味しそう、なんだけど、なんか、黒いぶつ切り入ってるねコレ」

「でも、香りは普通に美味しいスープのようなお出汁のような感じですよ先輩!」

「なんか、ウナギ? ん? でも、鱗があるような・・・・・・変な魚ぁ」

「おーい、黒川! ちょっとぉ! こっち来てぇ!」


 黒川は、井上や中村とパパイヤについて話していたところを呼ばれ、川田の隣へ。まるで、ソムリエがワインを注文する客に呼ばれたかのように素早く移動していった。


「これだよ! この魚! イラブーシンジってやつに入ってるの、なにこれ?」

「あ、真波、かじってみたけど、鶏肉みたいな魚肉みたいな肉質でおいしいよ?」

「アタシはまず、食材を聞いてみたいのよー。小笹にちたけを教えたときみたいにさ」


 そういうやりとりを聞きながら、小笹含む女性四名は、にやにやして汁をすすっている。

 美鈴と糸城は、顔を見合わせてにやっと笑う。


「うーん。何でしょうね? でも、ウナギ系統でこんな鱗あるのは、見たことないなぁ?」

「そうか。ま、小笹やみんなが美味しく食べてるし、栄養もあるってんなら、食べてみるか」


   ぱくり  しょむしょむ  しょりしょり

   もむむもむむ  ・・・・・・ごくん


「へぇ。独特な感じだけど、お汁も出汁が出て美味しい。これ、いいね! アタシ好きかも」

「へー。気に入りましたかぁ川田センパイ! どんどん食べて下さいねぇ。よかったぁー」

「白黒の縞模様みたいな、へーんな魚なのねぇ。沖縄にはこんなのもいるんだぁ」


 そう言って、イラブーシンジを美味しくすする川田たちの横へ、嘉手本とキヨがきて座った。


「わあっはっはっ! なかなかいいガッツだ。おいしいかぁ? それは以前、うちの村で獲れたイラブーさぁ。今日の朝早く、東恩納先生に差し上げたやつだなぁ」

「あの、東恩納さん。イラブーって、何なんですか? わたしも先輩も敬太もわかりません」

「ほっほほぉ。イラブーは、イラブーさぁ。ま、なんだろうねぇ、エラブウミヘビ、かねぇ」

「「「 う、うみへびーーーーっ? 」」」


 そう聞いた川田と森畑、そして阿部は、固まった。まさに、蛇に睨まれたカエルのようだった。

 むしろ、ウミヘビに睨まれたペンギン、だろうか。


「おっ・・・・・・沖縄の人はコレ食べてるからきっと強いんだ! だったら、負けない! アタシも美味しくいただくっ!」

「私も! これを食べて、沖縄のすべてを形に取り入れてやるんだから!」

「わっはっは! 元気な子たちさぁ! こりゃ、沖縄も栃木に負けらんないなぁー」


 美味しく楽しく面白い食事時はあっという間に過ぎてゆく。

 そして、今宵も藍を落とした墨のような海面には、白い月が輝き始めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 糸東先生の作品は、空手や戦闘描写のほかに、料理や食事のシーンがとにかく旨そうです。 前作でも、今作でも、キャラクターたちの食事場面は、試合場面と並んでものすごく細かい描写なので、その様子が…
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