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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第2章 青い空と碧い海。競技空手と沖縄空手
22/106

2-22、伝説の王者、普通に現る

   ズバシッ   ズバシッ   ズバシッ   ズバシッ


 正拳を繰り出し、拳先が空気を切り開く音が響き渡る。

 今日も、夕方から全員で稽古。美鈴も一時間前に到着し、一緒に汗を流している。


「ほっほっほ。じゃ、いつもの鍛錬やるさぁ。用意して、各自、始めてなぁ」


 キヨは今日もニコニコ笑顔。メンバーたちも、昨日経験したここでの鍛錬稽古を今日も軽く行い、みんなでサンチンやカキエーの動きを確かめ合ったりした。

 栃木にいる頃よりも、本場の呼吸法や鍛錬法を学んだせいか、誰もが少し目つきや意識が変わったようだ。


「ねぇねぇ、おばぁ? そういえば今日、出稽古に来る人らがいるって、本当なのぉ?」

「ほっほほ。そうさぁ、久々に隣村から来てくれるさぁ。劉景流(りゅうげいりゅう)の先生と、あと二名かねぇ」

「へぇ・・・・・・劉景流の方々が出稽古に来るんだぁ? あたし、久しぶりだなぁ劉景流ー」


 どうやら今日は、出稽古の方々がこのあと混ざるらしい。


「ねぇ小笹。ここって、他流派もけっこう出稽古に来るの?」


 森畑が、汗を流しながら小笹に問う。


「ま、そんな頻繁じゃないけどね。ワタシも小さい頃から、他流派も学べたのは、おばーちゃんがそういう他流との人脈もすごくてさぁ、そして、一つの流派に固執せずに学べって広い心で教えてくれたからなんだぁッ。・・・・・・劉景流かぁ。懐かしいなぁッ!」


   ざっ  ざっ  ざっ    がららら・・・・・・


「あぃ、どうもぉっ。お世話になりまぁす」


 道場の戸が開き、威勢の良いダンディな声が響いた。

 たくましい白髭とスキンヘッドが目立つ体格の良い年配の男性と、高校生くらいの女子二人が入ってきた。


「はいよぉ。お待ちしてましたさぁ。よろしくお願いします」

「東恩納先生ぇ、話聞いたさぁー。栃木県だかの子たちが来てるのと、孫の小笹チャンが帰ってきてるんだってぇ? わぁっはっはっは! 楽しそうではないかぁーっ」


 キヨと気さくに笑って話すその男性。

 声のする方へ目を向けた三年生七人はみな、目を丸くして驚いた。そして、固まってしまった。


「え! ええ? ちょっと、森畑先輩? 川田先輩? 田村先輩も前原先輩も、どーしちゃったんですか! あの、ちょび髭おじちゃんが、なにか?」


   ぐういっ・・・・・・  ぺし!


 阿部の襟首に川田の手が伸び、首根っこを掴むようにして壁際にしゃがみ込ませ、叱るように頭を平手で叩いた。そして、小声で川田は後輩達へ話す。


「いたっ!」

「(恭子・・・・・・そして、長谷川と黒川、一年生もよーく覚えときな。アタシらは、あの人を、『伝説』として知っているんだ! だからみんな、驚いて固まってんのさ!)」

「((((( で、でんせつ? )))))」

「(あの白髭の人は、ずっと昔、十年間世界で無敗。世界選手権五連覇で世界空手連盟の殿堂入りをした、嘉手本佐久雄かでもとさくおっていう人! ちょび髭おじちゃんなんて言ったら、ダメだよ!)」

「((((( えええぇー・・・・・・ そ、そんなすごい人なんですかぁぁぁ)))))」


 なんということだろうか。目の前に、伝説の世界チャンピオンがいる。その人が、笑って普通に話している。三年生メンバーの誰もが、その人は専門誌や映像の中でしか見たことがない伝説の人。それが突然目の前に現れたら、そりゃ驚くだろう。


「わぁっはっはっは! そーかそーかぁ!!」


 嘉手本佐久雄。世界のKademotoとして、かつて、世界選手権男子形で五連覇。世界の頂点に君臨して、他を寄せ付けない圧倒的な形で長年王座に就いていた人物。沖縄劉景流という空手の古流が、世界各国に広がる糸恩、剛道、松楓館、和合の世界四大流派を押さえ、空手発祥の地としての牙城を守り通していた。

 彼の得意形はもちろん劉景流に伝わる形。その、一子相伝のように継承されてきた技は、熟練度が並の選手とは次元が違ったという。

 セーサン、サンセイルー、ヘイクー、パイクー、オーハン・・・・・・。そして、小笹がインターハイ予選で見せたパーチューに、劉景流奥義というアーナン。これらの形を引っ提げて、嘉手本はずっと世界で戦い続けていた。

 川田が言うことには、かつて道場にあったドキュメントビデオでは、あまりにもものすごい稽古や鍛錬を積み上げた形だったのを覚えているとのこと。


「わあっはっはっ! 今日は、うちの道場の弟子二人も連れてきたさぁー。一緒に勉強させていただきたいので、よろしく! 小笹チャンに美鈴チャン、ひさしぶりだのぉー」

「お久しぶりでぇす! 嘉手本せんせいーッ! ワタシ、久々に会えて嬉しい!」

「あたしは二年ぶりですー。中学の時お世話になりましたぁ!」

「はあっはっはっ! 元気そうで何よりだ! この子らは、小笹チャンとまだ面識なかったな。ほら、ちゃんと元気にアイサツだ!」


 嘉手本は豪快に笑い、その後ろにいる弟子を紹介した。左上腕部に「沖縄」の刺繍が施された道着の子が二人。と、いうことは・・・・・・。


「首里琉球学院高校三年っ! 新城巳波(あらしろみなみ)です! 本日は、お世話になります!」

「県立うるま中央高校二年っ! 糸城光羽(いとしろみつは)です! よろしくお願いします!」

「はぁいよぉー。よろしく。楽しんでいくといいさぁー。今日はぁ、うちもな、孫の小笹や美鈴もいるよぉ。栃木からもな、高校生が来とるよぉ。刺激になるといいさぁー」


 嘉手本が連れてきた弟子は、柏沼メンバーと同じ世代の女子二名。その表情は凛々しく、雰囲気は「実力者」のオーラが滲み出ている。


「(菜美。この子たちって・・・・・・)」

「(うん。そうだよ。この名前は、確かインターハイの女子個人形のトーナメント表で見かけた名前だ。沖縄の名前は特有だから、私も印象に残っていた)」

「くすっ。栃木の海月女学院高校二年のぉ、末永小笹でぇす。よろしくねぇッ」

「あたしは二人と同じ沖縄県代表だしねぇ。良く知ってるさぁー。でもぉ小笹ぁ? 糸城サンはぁ、あんたとすぐに当たるかもよぉー? ふふふっ!」

「・・・・・・なぁにぃ? それは本当かぁ美鈴? ワタシ、糸城サンと当たるって?」

「え! なに、そうだっけ小笹? アタシは形には出ないから、見落としてたよ・・・・・・」


 川田が慌てて小笹に目を向けると、そこには糸城と既に臨戦モードで向かい合う小笹がいた。

 お互い、インターハイ前だが激しい火花が散っている。静電気のような闘気が道場内に飛び交っている。


「末永さん、って言ったねぇ。よろしく。沖縄の空手を少しだけ、かじったんだって?」

「かじったんじゃなくてぇ、ワタシそのものを沖縄空手って呼んでほしいけどねぇッ? くすっ!」


   ピリ・・・・・・  ピリピリリ・・・・・・

   パチィ・・・・・・  バチィ・・・・・・ バチチッ!


「わあっはっはっ! 若い子はそれでいいさぁ! 元気と闘気に溢れていいことさぁーっ!」


 小笹と糸城は、口元に笑みだけを浮かべているが、鋭い視線をぶつけ合ったまま動かない。


「光羽! 今日は出稽古に来たんだよ私ら。先生の顔に泥塗るような真似しないでよ!?」

「はぁい。仲良くやりますよぉ。巳波さんは相変わらずお堅いんだからぁー」


 新城は糸城の頭をぐいっと下げさせ、田村たちの方へも頭を下げた。そして嘉手本やキヨと何か話した後、道場の奥へ行き軽く準備運動を始めた。


「ふぅん。くすっ。面白そうなのが沖縄にもいるじゃぁないッ! 同じ学年かぁ。楽しみにしててあげるよぉッ! ワタシの空手を見せてやる!」

「小笹もピリピリすんなって。大会の時までに楽しみはとっておきな! アタシらは、全国一の舞台で技を競い合うんだ。小笹は小笹らしく、アタシはアタシらしく、あの子はあの子らしく戦えばいいだけだ」

「くすっ。わかってますよぉー。等星との時みたくはなりませんってぇ! ただ、ちょっと、同じ舞台で戦う選手が目の前に来ると、気が昂ぶるじゃないですかぁ?」

「それは、アタシもわかるよ。いま、あの新城さんって人、こっちに頭下げたときの目、あれは確実に、アタシらへの挑戦の意志も込めた目だった。気迫が伝わってきたよ」

「・・・・・・強いね、確実に。私も真波も、今日の稽古はあの沖縄代表に、手の内を見せすぎず、相手の技量をなるべく分析しておこう!」


 川田と森畑も緊張感を持ってこの後の稽古は汗を流していた。

 組手稽古と形稽古に分かれたが、組手は地稽古と試合稽古のダブルメニューでみんな汗だくのヘロヘロに。形稽古は、各自が自由形を練習。なんと今日は、キヨと嘉手本が直接見てくれるとのことだった。こんなに贅沢なことはあるだろうか。

 すごい方々に直接形の指導をいただけるということで、森畑と小笹だけでなく、川田や井上も途中から自主的に形稽古に加わった。


「柏沼高校三年、糸恩流の森畑菜美です。よろしくお願いします!」

「はぁっはっはっ。気合いがのっているじゃないかぁ! どれ、好きな形を二つ連続で演武してみるといいさぁ」


 嘉手本がそう言うと、森畑はトマリバッサイとチャタンヤラクーサンクーを披露。

 道場内に、道着の袖が弾ける切れ味鋭い音が響く。その音を聞き、新城と糸城も振り返る。


   シュッパァンシュパァン  スウウッ バババッ

   サァッ バババッ  スッ・・・・・・


「ふぅ・・・・・・。ありがとうございました」

「ふぅむ。なかなか素晴らしい素質を持っている! 君は相当な基礎量を持っているね。糸恩流を学んでいるのがよく伝わる形だった。流派特有の技法もかなりのものだ・・・・・・」

「あ、ありがとうございます!」


 伝説の空手家から誉められ、森畑は目を輝かせて深く一礼。


「・・・・・・しかしなぁ、惜しい。うーっむ、惜しい!」

「「「「「 え? 」」」」」


 しかし、誉めてはもらえたが、嘉手本からは何かが「惜しい」と笑顔で告げられた森畑。

 田村や前原は、森畑がいま演武した形は稽古でありながら試合のようにすごい気迫をこめた形だったため、驚いた。それを見ていた新城と糸城は、ふっと笑ってまた自分達の稽古に戻った。


「今日初めて会って、初めて形を見た儂からの質問だが、ひとつ問いかけても良いかな?」

「は、はい! お願いします!」


 嘉手本はぽんと手を叩き、森畑へ気さくな感じで尋ねた。森畑は、嘉手本の雰囲気と相反して、直立不動でものすごく緊張した感じだ。


「君は、どのような意識で、その素晴らしい形を演武してるかなぁ?」

「は、はい。ひとつひとつの技のキレと、動きを繋ぐ部分の緩急で、見ている人を惹き込めるような、優雅さと力強さを併せ持たせるようにしています」

「ふぅーむ。そぉでしたかぁ。いや、素晴らしい演武だ。素晴らしい形だ。では、もう一つ。君は、形を演武しているときに、その技で『誰を』相手にしておるかなぁ?」

「え! ・・・・・・誰を、ですか? 誰を? 誰? ・・・・・・す、すみません。考えてませんでした・・・・・・」

「はあっはっはっ。そう落ちこまんでいいさぁ。まぁ、言いたかったのはだ、形というものは、心身の鍛練にもなるが、空手が空手であるがゆえの核さぁ。空手は元来、身を守る護身の技。護身故に、松楓館を興した船型義円翁は『空手に先手なし』という言葉を遺した。空手の技法の粋と言ってもいいだろう、形というものは」

「は、はい!」

「で、あるならば、だ。形は常に、身を守るために相手と戦っているはずだ。ゆえに、形は全て『受け』から始まってるのさぁー」

 

 嘉手本が、森畑に優しくダンディな声で指導。それはまるで、指導というよりかは形についての講義をしているかのようだ。


「身を守るために、戦っている・・・・・・。空手が空手であるための、核・・・・・・」

「君の形は見事だ。全国レベルでもかなりのものだと儂は思う。だが、本当に惜しい。相手と戦っているイメージ、身を守って反撃しているイメージ、それだけが、伝わってこないのだ」

「は、はい」

「だから惜しいのさ。それでは、『演武』ではなく『演舞』になってしまう。武の技で戦うのを全身で表現するんだ。稽古を積めば自然とキレなぞ出るが、それだけに囚われて、形が舞いになってはならんさぁ」

「あ、ありがとうございました! 身を守る表現・・・・・・。舞ではなく武、か・・・・・・」


 森畑は嘉手本に深い言葉をいただき、その後はずっとぶつぶつと考えながら稽古に没頭していた。

 川田や井上も、その後すぐに形を見てもらい、森畑とほぼ同じことを言われていた。しかし、小笹だけは何も言われなかった。嘉手本はニコニコして小笹の形を見ているだけだった。

 インターハイ予選で小笹の形が等星の諸岡里央もろおかりおを上回ったのは、本当に相手が見えるくらいに激しく攻防している様子が伝わっていたからなのだろう。


   ガッシイン!  ドガァ   バシイッ  ドスンッ  バタアアンッ

   ビシイッ!  ベシイッ!   ガッ  ドガガッ


 形稽古のあとは、全員また地稽古に没頭。今日もみんなの技が激しくぶつかり合う。

 嘉手本が連れてきた二人も、小笹や川田とものすごい気迫のこもった攻防を繰り広げている。形だけではなく、組手も相当な実力を備えているようだ。


   ・・・・・・ヒュウンッ  パシイッ!


 川田の刻み突きを、新城は難なく掌で受け止める。


「ふふっ! やるじゃん、沖縄のひと! アタシ、沖縄に来て、すごく稽古が楽しいよ!」

「柏沼高校と言いましたっけ? 私や光羽も、本土関東の高校と稽古できて楽しいです!」


   ガチンッ  バババッ  バチンッ  ガガッ!


 小笹の連蹴りを、糸城は左右の手で冷静に弾き返した。


「くすっ! ワタシが沖縄空手だけの技だと思ったら大間違いよぉ、糸城サンっ!」

「東恩納先生の孫と聞いてたけれど、学んでるのは剛道流だけじゃないねあなた? 面白いよ!」


 道場の外では、芝生の上に丸太イスを出して、早川先生、新井、末永がうちわを片手に柔やかな笑顔で稽古を眺めている。

 潮の香りの夕風は、みんなの汗をぱぁっと散らして、道場を吹き抜けていった。

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[気になる点] 試合じゃないとはいっても小笹の蹴りを初見で防げるのはすげえ。 糸城ってやつ、かなりの強敵か!?
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