2-20、素手の空手と武器の唐手
ぴきゅぴきゅ ぴちちちちちぃ ぴゅんぴきゅん
ざざざぁ・・・ ざざざぁ・・・・・・んっ
なにかが、鳴いている。なにかが、聞こえる。
それは、小鳥の囀りと波の音だろうか。
どかっ!
「いてっ! ・・・・・・ん? あれ? んん?」
「あれ、じゃないっつーの! ほれ、起きろ前原! みんなもう、朝練やる準備ができてんだからさ! まったく、なんでアタシがあんたを蹴っ飛ばして起こさにゃならんのだ・・・・・・」
「おはようございます。ああ、川田さんか・・・・・・って、朝練? 今からやるの?」
「はーやーくーしろって! 上は道着じゃなくTシャツでいいってさ。田村がそう言ってたよ」
「あらら。そうか、それは急がなきゃ。起こしてくれてありがとう、すぐ行くから!」
「道場に集合だって。新井先輩や早川先生は二日酔いで動けないって。だから、集合はアタシらだけよー」
前原は昨夜の掛け試し後、浴室で水をかぶって砂を流してから部屋で爆睡していたらしい。
他のメンバーはもう着替えて、道場に集まりだしているようだ。
前原は寝坊し、完全に出遅れてしまった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。ご、ごめん遅くなって!」
「おはよう悠樹・・・・・・って、おまえ、なんだそのあちこちにあるアザは!?」
「ちょっと、どうしたの前原! 昨日の夕飯時でも、そんなアザ私は見なかったよ?」
「え?」
みんな前原の身体にできたあちこちのアザに驚いている。
前原は道場内にある鏡で自分の姿を見ると、腕や首元などあちこちに青っぽいようなアザがいくつもできていた。
「前ちゃん、どういう寝方したら、そんなアザだらけになるんだ!?」
「みんな、だいじだ。前原はきっと夢の中で、アクション映画のようなバトルでも砂浜でやって、あちこちにダメージ受けたんだろうよ。きっと、誰かと戦ったんだろうねぇー。な、前原!?」
田村が笑って前原の方へ目を向けた。
前原はドキリとして、「田村君は勘が鋭いな」と思った。
「ところで田村さ、朝練なんて聞いてなかったけど、今日は主に何やる予定?」
「早川先生や新井先輩は泡盛のせいでおつぶれだから、午前中は動けねーみたいなんだ。島袋さんが今日は、バスであちこち案内してくれるみたいだねぇー。インターハイ会場もさ、下見に行けるみたいなんだぁ。朝練はここの二階で、末永と東恩納さんが、なんか教えてくれるって」
「ふーん。で、その小笹もいないんだけど? 前原みたく寝坊かぁ? アタシ、見てこようか?」
「その必要はないでぇーすっ! みんなー、二階に来てぇー!!」
元気な小笹の声が、上から一階に響いてきた。どうやら朝早くから二階にいたらしい。
全員で古めかしい木造の階段をあがると、二階もきれいな板の間が広がっていた。その壁には、見たこともない道具や長い棒、ウミガメの甲羅のようなものや、船のオールみたいなものが架かっている。
そこは一見すると、道場なのか郷土資料館なのか分からないような独特の感じだった。
「うきみぃそーちぃ(起きられましたか)? みなさんお揃いかねぇ?」
「「「「「 おはようございます。お願いします! 」」」」」
二階ではキヨが、普段着姿でニコニコして待っていた。なにかバーベキューか鉄板焼きの時に使う金串のような形の道具を持っている。
中村と神長はそれを見て「三つ叉の小さなフォークにも似てるが、なんだろう?」と首を傾げる。
「みんな、おはよーっ! くすっ。今朝はね、おばーちゃんが、ちょっとしたことを教えてくれるってさぁ。ワタシも補助員で、指導に入るよぉー」
阿部や内山、大南は、道場内を見回し驚いている。
黒川と長谷川は、昨夜、部屋でカードゲームをしていたらしく、まだ眠いらしい。小笹の声を聞いても寝ぼけ眼だ。
「ここは・・・・・・なに? 道場だろうけど、資料館みたいに古めかしい道具がいろいろあるなぁ。アタシの知らない物がたくさんだ」
川田も、阿部たちと一緒に道場内の道具を見回している。
「ほほほぉ。ここはなぁ、琉球古武術で使う、主に武器術のための間さぁ。壁にあるのはみぃんな、それで使用するものだよぉ」
「ワタシもいくつかは使えるんだよぉ。おばーちゃんがいま持ってるコレも、そぉだよぉー」
「なるほど。おれが思ったとおり、ここは言わば武器庫みたいなもんか。すごいな。あの亀の甲羅や鍋の蓋も、古武術の道具なのですか?」
中村は、眼鏡を指でくいっと上げ、壁の道具へ視線を移した。
「あぁ、亀の甲なぁ。あれは『ティンベー』。その横に一緒にあるのが『ローチン』さぁ。ティンベーは片手持ちの楯。ローチンは片手持ちの小槍や小刀。鍋の蓋は『カマンタ』。ティンベーと同じように、楯の役割になるねぇ。わしが持ってるのが『サイ』だねぇ」
「空手なのに、楯とか刀使うんですかっ? え? 武器って、ありなの?」
大南が小刀という言葉に反応した。剣道をやっていた性分からだろうか。興味津々の目に切り替わった。
「これはワタシの持論になるけど、たぶんね、空手の形ってぇ、もともとは武器術の動きをそのまま素手に応用させたんじゃないか、って思うのね。ティンベーとローチンは、片手で受け流して防御、同時に片手で突いたりできるの。・・・・・・こんなように。コレ、何となく、形でイメージできないかなぁ?」
小笹は、片手を中段受け、もう一方の手を突きのモーションで中村や大南に動きを見せる。
「そうか! それは、剛道流や糸恩流のスーパーリンペイやセーサンなどの動き。そのまま楯と剣を持っても違和感がないな、確かに。おれは、そこまでの発想には至らなかった!」
「あと、これ。棒もね・・・・・・。よいしょ・・・・・・っと」
壁から長い棒が取り外された。そして、小笹はそれをくるんと回し、四方八方に振り始めた。
ヒュンヒュンヒュヒュン! ヒュババババヒュバババッ!
「古武術として伝わる沖縄の棒術。これもこうして、下から打ち上げる動作はねぇー・・・・・・」
「わかった! それは、観空大やクーサンクー系にある、上段掬い受けの動きにそっくりだ!」
「くすっ。でしょぉ? まぁ諸説ありだけど、ワタシはね、空手は元々武器ありきの武術だったんだなぁって、思うのよねー」
「小笹ー。あんたさぁ、武器術って棒以外になにができるの? アタシはけっこう今、ワクワクしてるんだ! 武器ごとにやっぱり、形が伝わったりしてるの?」
「うん。武器ごとにいろんな形あるよ。棒以外はトンファーとサイくらいかなー、ふつーにできるのは」
小笹の語った持論には、みな驚きだった。メンバーの誰もが、空手はてっきり素手のみでやるものという概念しかなかったからだ。
沖縄空手の武器術は、そのまま素手の動きに通ずる。あまりにもたくさんの武器や道具があり、それぞれに形が伝わっているというと言うことは、素手で演武する以外にも、数十もの形がまだあるのだろうか。
「この鎌は? まぁ、刃物だから、確かに武器かコレも」
「きょうこ、鎌をこっちに向けんな。あぶねーべ!」
阿部が二本の鎌を手に持っている。ここにあるということは、これも武器として使うのだろう。
「それは二丁鎌さぁ。草を刈るのが本来の使い方だろうけど、武器術としても発展してるんさぁ」
「あ、これはなぁに? 帽子掛けかストール掛けかな?」
内山が手にしているのは、堅い角材に持ち手がついたような、不思議な形の道具だ。
「それはトンファーだよぉ! あはは。ストール掛けじゃないよぉ。見ててネ?」
小笹はトンファーの持ち手を握り、拳から肘までをぴたりとくっつけた。そして、裏拳打ちや上段揚げ受けのような動きで、ひゅんひゅんと音を立てて振り回している。
「おぉ! 確かにそれも、裏拳や受けの動きそのままだなぁ。すげぇねぇー、武器術ってぇのはー!」
「田村センパイ。このトンファーは、本気出せばネ、日本刀だって受けられるのよぉー」
「ま、まじか! 日本刀を受けられるなんて、すごすぎじゃないかねぇー!?」
「あははっ! まっ、有り得なくはないんだよー。くすっ!」
様々な武器術の説明に、みな朝から興味津々で、わいわいがやがやと道場が賑わう。
前原や井上は思った。「こんな技術が普通にあったなんて、本当に驚きだ」と。
「おっ! こいつは俺でもわかるぜ! ヌンチャクだ! カンフー映画でおなじみの! あちょー!」
「当たりぃ! でもね、古武術の形では、あんなに映画みたいに振り回さないよぉ」
「ねぇ、小笹・・・・・・。これは? 鎖に、重りがついてる?」
「それは、スルジンっていう鎖分銅。ワタシは使えないけど、隣のしまぶくろぬたんめーは普通に使いこなしてるの見たなぁ」
「なんだかいろいろあるねぇ。これなんか、船を漕ぐオールでしょ? 私もびっくりだよ」
「オール。まぁ、そうだねぇー。これは、エークっていう船漕ぎの道具だね元々は」
この場には、郷土資料館のように、本当に様々な道具がある。しかもほとんどが日常にある道具であり、武器にもなるというから驚きだ。昔の人が、身を守るために工夫を凝らして編み出してきた技術なのだろう。
「これはねぇ、ちょっと、昔話になるが・・・・・・」
すると唐突にキヨが、ゆっくりと話し始めた。
「沖縄は昔、琉球王国という国だったんさぁ。でも、そこをな、九州の、今で言う鹿児島県かなぁ。そこにあった『薩摩藩』が、琉球王国を統治し、支配したらしいさぁ。薩摩の侍たちは、琉球を統治するに当たって、反逆されては困ると刀剣のような武器は、禁武政策で全部取り上げた。侍は、刀を持っている。でも、島の人々は、なにも戦う武器がない。そんな中で、日用品を護身のために、武器化するように研究したんだろうねぇ・・・・・・」
「「「「「 ・・・・・・ご、ごくり・・・・・・ 」」」」」
突然キヨの口から語られた重く深みのある話に、みんなは息を呑んで真剣に耳を傾けた。
「空手ももちろん禁止の一つ。だから、空手の動きを、琉球舞踊に組み込んで、踊りとして隠れて稽古する者もおったそうさぁ。武器も武器にあらず。徒手空拳も、徒手空拳にあらず。そうして、厳しい時代にも、細々とでも技術を絶やさなかったんだろうねぇ。太平洋戦争でも、沖縄はひどく多数の犠牲が出た。哀しい歴史の上に、護身の技術は生きてるのさぁ」
「その話は、小さい頃からおばーちゃんが何度もワタシや美鈴にしてたよね。お父さんからも聞いたことあったような気がするよぉ・・・・・・」
「だが、琉球側も薩摩にこっそり学んだものもあるさぁ。薩摩藩の侍が稽古していた剣術、薩摩坐元流という剣術は、裂帛の気合いと共に、『二の太刀いらず』と呼ばれるほど強力な斬撃で、まさに一撃必殺の武術だったんさぁ。立木をひたすら打って鍛える方法を参考にしてな、空手の巻藁鍛錬法が考案されたと聞いておるよぉ。空手が一撃必殺というのにこだわるのも、薩摩坐現流からの影響が色濃く入ってるからさぁ」
出てくるのは次々と重くものすごい話だ。まるでテレビで歴史物の二時間スペシャル特番が作れそうなほどの深い話である。
柏沼メンバーたちは、いつの間にか日本史の授業でも受けているかのような感じで、キヨの話に聞き入っていた。
「おばーちゃんや近所の人たちはねぇ、公民館で舞踊もやってるんだけど、その踊りで『前之浜』って演目が、ところどころ空手っぽいんだよぉー。きっと、踊りに混ぜてたんだねぇ」
「すごいなぁ。歴史が深すぎて、何と言っていいやら・・・・・・。そんな上に、おれたちの空手は成り立っているのか。これは今回、高体連指定宿ではなく、ここに来て大正解だ。すごすぎて、おれは言葉が見つからん」
「本当だな陽二! 俺は素手の組手にびびってたけど、鎌だの棒だのトンファーだの、空手っちゃ武器ありきの武道だったなんてな! 素手は、丸腰になった時の最終手段なんだなきっと!」
「私が歴史雑誌で見た話だけど、柔道も元々は柔術だったわけじゃない? その柔術も、戦場で刀や槍がなくなった時のために、素手の戦い方として剣術を参考に考案された武術だって読んだことがあるよ。空手も、似たようなものだったんだ」
中村だけでなく、井上や森畑も、空手の歴史の一部分を聞き大興奮。これはもう、単なる武道だのスポーツだのを語るような話ではない。それはもう、一つの学問として成り立つほどの奥深さだ。
キヨはそんなことを一通り話してくれて、そのあと、サイの形とトンファーの形を見せてくれた。
それは栃木ではまず見られない、誰も今まで見たこともない種類の形で、競技では触れることができない空手の一面をメンバー全員でたくさん学べた。
その後、道場をみんなで出て、フクギ並木の途中から、一面白砂と碧い海が広がる浜辺へ下りた。
そこには、燦々と照り注ぐ沖縄の陽射しの下に、真っ青な海と白い砂浜がツートンカラーのように映し出されている。
「うっわぁぁーっ! やっぱり海は良いねぇ! あおいよぉぉぉ! 最っ高だぁアタシ!」
「ん? ねぇ、見てあれ! なんかさぁ、あちこち砂浜が掘られたような変な跡があるよ!」
「本当だ。なんだ? 犬か猫かが喧嘩でもしたような跡だな」
「ふぅん。それにしては、どでかい犬猫だねぇー。ま、なんだかわかんねーけど、きっと、元気な動物が夜中にでも暴れてたんじゃないかねぇ。なぁ、末永!」
「・・・・・・まぁー、そぉだねぇッ。どーぶつだね、きっとさ。あはははっ!」
小笹は何かをごまかすかのようにそう笑うと、前原へ対して軽く舌をぺろっと出し、指で小さく何かを合図。「昨夜のことは黙ってようネ」ということらしい。
それを知っているかのように、やたらと田村は鋭いことを言って前原へ迫るのが謎だった。
「なんか浮いてる。あ、クラゲだぁ! なぁんかかわいいですー。宇宙人みたーい!」
「真衣、触ったらあぶないよ! クラゲって、毒があるんだから! でも、変なクラゲー」
「くすっ。あれ、超猛毒の『ハブクラゲ』よ! 刺されると死ぬから、触っちゃダメーッ!」
「「 え! そ、そうなの! 」」
内山が阿部とクラゲを指差して笑っている。しかし小笹曰く、これは猛毒らしいので触るなとのことだ。カワイイ見た目なのに、とんでもない威力の毒があるというから、クラゲは怖い。
「「「「「 沖縄でー! ぜーったいにー! 強くなってー! 勝ぁーーーーーつ!! 」」」」」
白い砂浜から碧い海に向かって、自然と三年生メンバー全員でインターハイの抱負を大きく叫んでいた。