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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第1章 嵐の前の・・・・・・
2/106

2-2、組み合わせ表、届く

   どだだだだだだだだぁっ  だだだだだだだぁっ

   だだだっ  だああっ   ざざざーっ

   がらららららら ぴしゃぁ!


「き・・・・・・きやがったぞぉーーーーーーっ!」


 革靴のかかとをつぶしたまま、靴下も半端に履いたよれよれ状態で、井上が職員室から武道場までものすごい勢いで駆け込んできた。


「「「「「 つ、ついにっ! 」」」」」


 井上は緊張して猛ダッシュをしてきたせいか、大した距離でもないのにかなり息を切らしながら玄関へ転がり込み、田村と森畑に大きな茶封筒を渡した。

 長谷川と黒川は、網戸のサッシを雑巾で拭きながら、驚いたように井上の方へ目を向ける。

 大南と内山は、床のモップ掛けをしながら、掃除そっちのけで森畑のもとへ走ってきた。

 阿部は三年生たちの背中にくっつくようにし、早くその封筒の中身を見たそうにそわそわしている。


「いよいよ・・・・・・あと五日後には沖縄入り。さぁて、アタシらの相手はどーんなやつらがあの島で待ち構えてくれているのかな? 菜美、早く見てみよう!」

「ドキドキするね、真波! これは、なんというか、高校の合格発表でも見るときみたいな気分だよ!」

「尚ちゃん、さぁ、開けようぜ! 俺たちの相手は、どこのやつらだー? だっははは! 迎え撃ってやろうじゃないか!」

「せんぱい。早く、はやく見せてください! 気になりますー。さよも隣で、お祈り始めてます」


 内山と大南も田村と森畑の後ろで、もじもじ、じたばた。組み合わせ表がかなり気になって仕方ない様子。


「まぁー、そう慌てないでもいいってよぉ。ちょっと待ってな。破ったりしちゃだめだから、慎重に封筒あけっからねぇー。前原さ、事務机にペーパーナイフあるから、それちょっと取って?」

「わかった。これだね。はい」

「サンキュー。さ、じゃぁ開けるよぉ」


   ぴぴっ   ぴぴぴっ   ぺりぺりぺり


 田村がペーパーナイフでゆっくりと封筒を開く。

 その中からは、インターハイにおける大会要項や注意事項、そして会場案内図やその他諸々の書類が。その書類の最後には、当日のパンフレット掲載となる組み合わせ表の写しが入っていた。


「こ、これか! さすがにいっぱいいやがる。やっぱ、全国だな。県内レベルとは桁が違うってわけかよぉ」

「うむっ。だが井上、おれたちだって、この全国のレベルに入り込んだんだ! 自信を持って沖縄へ乗り込もうじゃないか」


 井上は目を丸くして、組み合わせ表をまじまじと見つめる。中村も眼鏡をくいっと上げ、目を煌めかせながらその紙を見つめている。

 メンバーはみな、次々と組み合わせ表を隈なく穴があくほどじっと眺め始めた。


「こりゃ・・・・・・まるで、大嵐の中に突っ込んでいくようなもんだねぇ! すげぇな! どこを見ても強そうだねぇー」

「そうだね田村君。名門校も多いし、あまり知らない学校もたくさんいるね。入り乱れてる感じかな」

「前原。俺たちは、一回戦はどことだかねぇー?」

「僕たちは・・・・・・えーと・・・・・・あ! 初戦は熊本県の学校とだ! 相手も県立だね!」

「なになに? 熊本県立の・・・・・・球磨之原くまのはら高校? 知らないとこだねぇー」

「まぁ、向こうからしても、僕たち柏沼高校は無名だろうけどさ・・・・・・」


 田村と前原は、一回戦に当たる高校を見て、いろいろと話し合っている。


「さすがに私立強豪が多いな。昨年度のデータもないような新規校もいるようだ。もっとも、それはおれたちも向こうからすりゃ、同じだが! 何か、相手校のデータはないのか?」

「県立校がいるが、一回戦勝てば、たぶん大阪のなにわ樫原(かしのはら)が来るな。ぜってぇ強えよぉ!」

「なにわ樫原・・・・・・。全国トップレベルの、大阪の超強豪じゃないか! これは難関だな」

「陽二よぉ。仮になにわに勝てたとしても、その後はぜってぇ岡山代表のおかやま白陽が来るぜ!?」

「うーむ。さすがに、そう易々と勝ち上がらせてはくれないということか。作戦が重要かもな・・・・・・」

「泰ちゃん、陽ちゃん! こーなった以上、どこと当たっても強いんだ。覚悟を決めて沖縄行こう!」


 柏沼高校男子団体組手メンバーの一回戦は、熊本県の県立球磨之原高校となった。

 きっと今頃、相手側も柏沼高校と当たるのを確認し、あれこれ話題にしているかもしれない。

 全員が組み合わせ表を見て思った。「こうして出揃った状態を改めて見ると、ものすごい中に放り込まれたような気がする」と。田村が言ったように、これは、確かに大嵐なのかもしれない。


「中村先輩。俺もみつるも、また何かあればインターハイで補欠出場ってありますよね?」

「うむっ。まぁ、その、何かはない方がいいんだが、まぁ、そりゃあるだろう。いつでも気構えはしとけよ?」

「「 やっぱり? うわぁぁ・・・・・・やっべぇー・・・・・・ 」」

「男子団体組手だけでも、僕が知っている名門校の名前が多いなぁ。福岡天満学園ふくおかてんまがくえんに、御殿城西ごてんじょうさいに、そして山梨航空学舎やまなしこうくうがくしゃ、それと東北商大とうほくしょうだい・・・・・・」

「悠樹! 瀬田谷学堂せたがやがくどうを忘れてんぞ! ここが一番やべーべよ!」

「日新学院どころのレベルじゃないチームがゴロゴロいるっていうのが、何ともだなー。だははっ! まぁ、全国だからなぁ!」

「まぁ、おれたちも集中してかかれば、そこまで差のあるものとは思えないがな。大丈夫だ。おれたちなら、全国でも戦えるさ」

「おぉぉしっ! まぁ、どこでも来やがれだ! みんなで勝ち上がってやんぞぉー。次、女子のほうも見ようかねぇー」


 田村が、組み合わせ表をぺらりと捲る。


「私たちは団体組手には出ないけど、どんな学校が出て来るのかは、気になるところだね」

「よし、見てみようかねぇー。女子はー・・・・・・どんなとこが出ているんかねぇー?」


 田村は、紙を床に置き、さらにぺらりと捲る。みんながそれをのぞき込む。

 のしかかるようにされた田村の背中は、かなり重いことだろう。


「あ! せんぱい、等星女子高の名前、ありました! どこも、つよそうですぅー」

「わたしじゃ、どこがどう強いのかわかりません。でも、どこも強そうな名前だなぁ」


 内山と阿部は、女子団体組手の組み合わせを見て、唇を固く結んだ。

 

「アタシの知ってる学校が多いねさすがに。等星は去年準優勝だから最後に置かれてる、か。崎岡はあれから、怪我の具合どーなんだろうね?」

「小笹がヒビ入れた脇腹ねぇー・・・・・・。でも、あの人は出るよね。私らじゃわかんないくらいのレベルで、プライドを持ってるもの」

「川田先輩、森畑先輩。見て下さいここ。北海道のこの代表校、ラベンダーガーデンでもやってるんですかね?」


 大南が、ある学校を指差した。それは北海道代表「学法ラベンダー園」と書かれている。


「かわいい学校名ですよねここ。阿部先輩。もしここの人とお友達になれたら、ラベンダー分けてくれたりしますかね? いいですよね、北海道のラベンダーって!」

「紗代、ほわほわしてるんじゃないの! きっと、こういう名前の学校こそ、得体が知れない奴が潜んでるんだよ。やってみなきゃわかんないけど。末永ちゃんが良い例だったでしょ?」

「せんぱい、全然わかんないんですけど、どこが超強いとかわかりますか?」

「待ってね真衣。えーと、アタシの知る限りだと・・・・・・京都の花蝶薫風、等星はもうどうでもいいとして、静岡の御殿城西でしょ、あとは、岡山のおかやま白陽とか、宮崎の宮崎第二みやざきだいにもなかなかだね! ・・・・・・ま、どこも等星並に同じくらい強いね」

「兵庫の凪川学院なぎかわがくいんや大阪の西大阪愛栄にしおおさかあいえいも名門中の名門だね! 真波。あとは山口の長州縞城ちょうしゅうこうじょうや石川の加賀梅花女子かがばいかじょしもなかなかじゃない?」

「あー。そうねー。・・・・・・二年生も一年生も、まぁ、わかりやすく言えば、半分以上が等星並と思ってればいいよ」

「「「 えぇー! 等星でもあれほど苦戦したのに、まだまだいるんですか!? 」」」

「私や真波なんかは、中学時代の全国大会で戦った選手を多く知っててね。もしかしたら沖縄でそういう人たちに会うかもね」

「だね! 中学時代とはみんな、比べ物にならないくらい高体連で揉まれて強くなってるだろうけどさ」

「それはー、私らも同じだよ真波!」


 女子団体組手も、どこが頂点を獲るかわからない群雄割拠の大混戦が予想されそうだ。


   ぺらり  はらり


 田村がまた一枚、捲る。すると今度は、個人戦の組み合わせ表が出てきた。


「さぁて・・・・・・おぉぉ! 俺の組み合わせがあるねぇ! えーと・・・・・・ん? 誰だこいつは? 知らない相手だぁねぇー」

「田村君の個人戦、Aブロックなんだね。初戦は富山の柴山って人だね。勝てば神奈川の山之手学院の荒木って人か。たしか、この人はよく関東大会でも上位にいるよね!」

「荒木かぁ・・・・・・こいつの突きや蹴り、重くて効くんだよなぁ。まぁー、全国レベルで楽な試合はないわねぇー」


 田村は眉をひそめて、苦笑いしながら組み合わせ表を見ている。

 どうやら昔、中学生のときに関東大会でこの荒木という選手に当たったらしい。前原と井上はよく覚えていないが、田村は過去の経験からこの選手が苦手とのことだ。


「おい、この前年度優勝の水城龍馬って、確か去年、インターハイなのに優勝するまで失点が1ポイントしかなかったんだろ? いったい、どんな組手をするのか・・・・・・」

「陽二! 水城龍馬は、とにかくつえー! やべーんだ! とにかく強くて、つえーんだ!!」

「井上。おれに喧嘩売ってるのか? その説明で、どう判断しろというんだ」

「だははっ! まぁ、泰ちゃんの表現的に、そういうことだってことだろうな」

「そういうことだよ中村君。水城君は全国トップ選手。その、何というか、表現できない強さだね」

「なんだそれは。まるで異次元、ってことか・・・・・・。瀬田谷学堂、か・・・・・・」


   わいわいわいわい  がやがやがや


 みんなで車座になって、組み合わせ表を何度も何度も確認している。

 県内大会とは違って、ものすごい出場者数だ。開催地である沖縄県は団体も個人も出場枠が多いため、「沖縄」の文字があちこちに散らばっている。

 果たして何回勝てば優勝できるのだろう。すぐにぱっとその数が出せないほどに、出場者数がいると言うことだ。


「尚ちゃん、日新の二斗はどこだ?」

「あ、二斗はこっちだ。どれどれ・・・・・・」


 田村がさらにページを捲ると、男子個人組手のBブロックが現れた。

 やはり、このページも強者が犇めき合っている感じだ。


「ねぇ! 道太郎! ちょっと見て。アタシ、発見したんだ! これこれ! 大阪のコイツ、この名字!」


 川田が慌ててBブロックの組み合わせ表のある部分を指差した。大阪の選手が、何か気になったらしい。


「ん? 何だい川ちゃん? 大阪・・・・・・大阪、と・・・・・・。大阪の、なにわ樫原・・・・・・朝香・・・・・・光太郎? あ・・・・・・朝香だとぅ!?」

「ね!? 朝香朋子って出身は京都だし、京都と大阪はすぐ隣。京都人が大阪の高校に行っても別におかしくないでしょ? でも朝香って、妹がいるのはアタシ知ってるけど、弟までは知らないなぁ」

「たまたま朝香って名字なんじゃないかぁ? きっと、どこにでもいる普通の名字なんじゃないかねぇ?」

「何言ってんのよ田村。朝香なんて、ほとんど見たことない名字よ? 宇賀神とか阿久津の方が朝香なんかより普通よ!」

「川田・・・・・・。宇賀神も阿久津も栃木以外ではそこまで多く見ないぞ。どっちもどっちな気がするが。・・・・・・そもそも名字というのはだな、歴史的に・・・・・・」


 中村が名字の歴史を語り始めたが、内山と大南しか聞いていないようだ。


「ま、なにわ樫原じゃ、どー見たって強いんだろうから、この朝香光太郎ってぇのも、マークだねぇー」


   ぺらり   ひらり


 田村が次をめくると、今度は女子個人組手の組み合わせ表が現れた。

 一気に、それが現れた瞬間に女子たちが活発に動く。


「どれどれ! どこだアタシと小笹は? あ、小笹は別な山なのかな。えーと・・・・・・アタシの名前は・・・・・・あった!」

「石川県代表かぁ、真波の一回戦の相手。その次は、宮崎第二の選手だ! まー、強敵だらけだね、どこをとっても。私、真波ならインハイもトップ行けるって思ってるからね」

「ありがとね菜美! 強豪ぞろいなのはしゃーないよ。だって、インターハイだもん。アタシはね、これくらい強い奴がいたほうが燃えるのよねー!」


 川田は首にかけたタオルを握り、笑顔で目を輝かせながら話している。それは、強い選手と当たるこの組み合わせを心から楽しみにしている感じの目。

 その輝く澄み切った目で川田はまた組み合わせ表を見つめ、はやく戦いたそうに心を躍らせている。


「ベスト8戦でまた、朝香と勝負だ! そこに行くまでにアタシに向かってくるやつは、ビシバシと蹴散らしていく! 誰が相手でも、アタシは負けなーい!」

「「 おぉぉーーーーー! 」」


   パチパチパチパチパチ! パチパチパチパチパチ!


 燃える川田の言葉に、一年生二人が拍手。阿部も一緒に気合いをもらったのか、茶帯を締め直してガッツポーズ。


「そういや、小笹は誰とやるんだろうね? 田村、捲って捲って!」

「はいよ。じゃ、つぎね。めくるぞぉー」


 森畑と田村は、さらにまた一枚、捲った。


   ぺらり   ひらり


「あぁ! 小笹はいきなり兵庫の凪川学院のやつか。関西四強とも言える名門の選手といきなり当たるなんてね。まぁ、どこに入っても強豪ばかりだろうけどさ」

「まさに全国の精鋭が集まった感じだからね! てか、小笹もベスト8までいけば、朝香の妹と当たる可能性は非常に高いね! 妹も怪物級って言われてるんだ。アタシ、これはある意味楽しみだなぁ」

「小笹、全国レベルだとどのくらいだろうね?」

「さぁー? でも、けーっこうイイ線いく気がするよアタシは」

「真波、賭ける?」

「何を?」

「小笹が全国で四強に入るかどうか。形か組手か、どっちかで」

「いやだ。だって、アタシは小笹がそこまで行くと気がするもん」

「私もそう思う」

「じゃあ、賭けになんないじゃーん!!」


 組み合わせ表を見て楽しそうに話している川田と森畑を、阿部、大南、内山は羨望の眼差しで見ている。インターハイの場にこれから戦いに行く先輩の姿が、彼女たちにはどれほど頼もしく見えているのだろうか。


「いまごろ、小笹もこれ、見てるかな?」

「たぶん、海月女学院にも届いてるだろうから、見てるでしょ。『あははーッ。ワタシが蹴散らしてやるー』なんて言いながら、お母さんと笑ってるんじゃない?」

「そうかもね。小笹にとっちゃ、ヨーロッパでも競技をたくさんやってたんだから、インターハイくらいじゃきっと雰囲気も動じることないよねきっと。私もそうだけど、真波も流派の全国大会に出慣れてるから、だいじでしょ? 全国の舞台なんて?」

「だって、流派の全国もインターハイも、主催者が違うってだけでどっちもただの全国大会でしょ? だから、もーんだーいなしっ!」

「ねぇ、次は? 早く捲ってよ田村! ・・・・・・早く早く!」

「私の個人形、早くみたいんだけど。田村、捲ってちょうだい」

「はいはい、めくるよぉ。しかし川田も森畑も、度胸はもう全国トップレベルだねぇー」


   ひらり   ぱさり


 田村は急かされながら、どんどん紙を捲ってゆく。

 次のページは女子個人形Aブロックだった。森畑はすぐ、自分の名前がどこにあるかをを見つけた。


「菜美の相手は・・・・・・新潟代表の小田!? 県立越後実業って、新潟ではインターハイ常連校だよね。アタシ、学校の名前は知ってるなぁ」

「新潟の小田かぁ。でたよぉ、同じ流派対決だー」

「知ってるの、菜美?」

「よーく知ってる。この子、糸恩流の全国大会で昔からよく当たるんだよぉー」

「勝率は?」

「もっちろん、私がこれまで五回当たって全勝中!」

「なら、問題ないね。菜美がコケない限りは」

「コケたりしないよ。インハイで形の最中にコケたりしたら私、さすがに泣くわね」


 森畑はイチゴみるくオーレを飲みながら、笑って自分の組み合わせを確認。一回戦はよく知る相手だとわかると、武道場内の鏡の前へ行ってしまった。そして、チャタンヤラクーサンクーの動きをいくつか鏡の前で確認し、また元の場所へ戻ってきた。


「おぃ! てか、やっぱり等星の諸岡の名前は無いよ! 本当に出してもらえなかったんだ!? あんの監督ぅ、なんということだ! アタシ、許せないよ。このブロック、推薦枠の選手いないよ菜美!」

「そういうことなら、私が勝ちあがって目立っちゃおうかなー」


 森畑は余裕の表情で、鏡に向かって形を打つ。


「ねぇ、川田さん。この斜め両端にいる朝香さんの妹と西大阪愛栄高校の清水希乃しみずきのってさ、去年は朝香妹が準優勝で清水って人が四位だったんだよね? 僕も空手雑誌で情報見たけど、一位の諸岡さんがいないから、朝香妹が一番手にいるのか・・・・・・」

「そうね。女子個人形も、いろいろとありそうだね。沖縄の選手、見て?『東恩納』って名字の子がいるよ」

「確か、末永さんの旧姓って東恩納だったよね? 何か、関係があるのかな?」

「まぁ、沖縄にはけっこういるのかもよ。アタシは詳しく知らないけど、沖縄っぽい名字じゃん東恩納って」

「東恩納・・・・・・美鈴か。きっと、剛道流なんだろうか?」

「あはははは! 前原っ、名字で流派がわかれば苦労しないでしょうよ」

「そ、それもそうだね川田さん」


 やはり、等星女子高の諸岡さんは推薦出場を辞退したらしい。女子個人形は、前年度王者がいなくなり、誰が優勝するかわからない新規王座を賭けた戦いになりそうだ。


「等星も、なんか内部でいろいろありそうだよね。ま、私はとにかく一戦一戦形を気合い入れてしっかりと演武するだけ。やるよ! 頑張るかんね!」

「高校最後の大舞台だ! アタシも大暴れするんだから!」

「ファイトだぜ、森ちゃん! 川ちゃん! だははっ、こーりゃ頼もしいや!」

「さぁ尚久、どんどん捲ろうぜ! 次だ次!」


   はらり   ぺらり  ぱらっ


「紙が多くってめくりにくくなってきたねぇー。・・・・・・しょ、っと。はい、次はこれだねぇ」


 田村が捲った先には、女子個人形Bブロックのページ。

 そこには、「海月女学院 末永小笹」の文字がくっきりと印字されていた。


「いたいた、小笹。また全国でも全流派の形を使いこなすようなことやるのかなぁ? あれはきっと、他県の人もびっくりするだろうね! アタシもあれにはほんと驚いたし!!」

「小笹ちゃんは沖縄剛道流ベースだけど、祝勝会のときにいくつ流派を学んだのか訊いてみたんだよ」

「ほー。道太郎、知らぬ間に小笹とそんな話をしてたのね!?」

「そうなんだよ。そしたらなんと、小笹ちゃんは沖縄剛道流おきなわごうどうりゅう和合流わごうりゅう劉景流りゅうげいりゅう省林流しょうりんりゅう下地流しもちりゅう、そしてちょこっとだけ沖縄古武道の武器術も習ってたってさ。すごいよなぁ、俺はほんと、それは尊敬だよ」


 神長は小笹の空手技術に心から感心しているようで、ずっと、小笹の空手について語っていた。

 小笹の携帯アドレスも、男子メンバーで真っ先に交換していたのは神長だったようだ。


「女子個人形も、こりゃ大嵐だねぇーきっと。森畑、気合い入れてがんばってくれよぉ!」

「田村に言われずとも! もう、いつでも誰とでも張り合えるよ私はっ!」


   シュパッ!   パチイィィィンッ!


「・・・・・・いい突きだぁね。調整もばっちりみたいだねぇ!」


 森畑は田村の掌に思いっきり右の突きを当て、にっこり笑った。田村も笑顔でそれに返す。


「よし、尚久! 男子個人形も、一気に捲っちゃえ。見てみようぜっ!」

「はいはい。めくるよぉー」


 田村が捲った最後の一枚は男子個人形。そのあとは、競技ルールの申し合わせ事項や宿泊の注意点などが書かれた紙だった。


「男子個人形は、昨年インターハイを優勝した大阪の一馬場いちばば君て、同学年だったのかな僕らと?」

「たぶんなぁ。今年は、いろいろと顔ぶれが入れ替わったチームもあれば、いきなり出てきた謎のチームみたいのもいるしなぁ。ま、早く沖縄行きたいねぇーみんな! いよいよだぞぉ!」

「あー、楽しみアタシ! 沖縄に泊まるのも、戦うのも! 楽しみーーーーっ!」

「夏休みの課題、どんどん片付けて、すっきりと沖縄で戦ってこようね! 私も楽しみ!」

「うっしゃ! 出発まであと五日。ケガや病気には気をつけて、それまでじっくり有意義にすごそうぜ!」

「だはははっ! 泰ちゃんの言うとおり、体調は気をつけないとな! あとは、やるだけだ!」

「うむっ。沖縄の地が、おれたちを待っているぞ! インターハイまで、まだまだおれたちは強くなる!」

「そういうことだねぇー。中村、いいこと言うねぇ。・・・・・・さぁて、俺たち全員、沖縄で目いっぱい暴れてやるとしようじゃないかぁ!!」

「「「「「 了解ーーーーっ!  っしゃぁーーーーーーっ! 」」」」」


 田村が笑顔で全員へ手を向け、五本の指を大きく開く。あと五日で、いよいよ出発。みな、ワクワクが止まらない。ドキドキが止まらない。

 空手発祥の島では、いったいどんな運命が柏沼メンバーを待ち受けているのだろうか。

 全員、武道場の神棚に向かい一礼。そして、暫くの静寂が流れた。



 ―――― ぺくちっ!  くしゅん!


「なぁに小笹。くしゃみなんて。誰か、全国のどこかでで噂でもしてるのかしら?」

「もうー。なぁにぃ? ひとがせっかく気を高めてるのにっ! くすっ。インターハイの組み合わせ、柏沼メンバーも見てたかな? はやく、行きたいなぁ! ワタシは故郷で大暴れするよぉッ!」


 黄昏に染まる空。夕映えの校舎。黄金色に輝く武道場内。

 全国の出場校がいま、同じ空の下で同じ想いを胸に、決戦の日を今か今かと待っていることだろう。

 ふわりとゆるい風が、武道場内に流れた。ぬるく、やさしく、生温かい風。

 それはまるで、南国から迷い込んできたかのように。

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[一言] 自分、世田谷学園出身です。 瀬田谷学堂ってどう見ても世田谷…(ry
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