2-19、月夜の決闘!? 前原悠樹vs末永小笹
・・・・・・ざざぁぁぁ・・・・・・ん・・・・・・
・・・・・・ざざざぁん・・・・・・
ざしっ・・・・・・
「末永さん・・・・・・いったい、なにを?」
「前原センパイ。ワタシがあなたの自信、もっと強く高めてあげますよ。どれほど強くなったのかをね、わからせてあげまぁす! ワタシと、さぁ、拳でのお試し合いをしましょ!?」
前原はその流れが全く理解できなかったが、どうやらいま、小笹に試される立場になっているようだ。
ガチイッ だぁんっ ざしゅっ・・・・・・
小笹は月光をバックに、四股立ちのように足を開いて腰を落とし、両拳を構えた。
明らかに大会や練習試合とは異なる、一撃狙いの重厚な構え。
月夜に浮かぶシルエットに、気迫のこもった瞳がきらりと光る。
「くすっ! 実戦モード・・・・・・解放って感じですかねッ!」
「ちょ、ちょっと! ・・・・・・なに? なに?」
「くすっ。大昔の、沖縄の空手家はね、もちろん、試合なんかない時代だからぁ、闇夜でお互い実戦形式の野試合をやって、度胸づけや場数慣れしたみたい。『掛け試し』って言ってネ・・・・・・」
「か、掛け試し? 僕が末永さんとここで? まさか、それをやるにしても、本気じゃないよね?」
「そっ。あくまでも、お試し。地稽古の延長だとでも思ってネ? でも、板の間の道場とは、ちょーっと違うよぉっ? ま、これも、前原センパイの自信付けと度胸付けになると思いますけど。くすっ。ワタシとじゃ、不満ですかぁーっ?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど。でも、うーん・・・・・・」
ザシュッ シュパアンッ ドカアッ
「うわっ・・・・・・。ちょっと、末永さん! ほんとに、や、やるの?」
「いつまで迷ってるの前原センパイ。もしワタシをこの砂浜に転がすことができたら、終わりにしてあげまーす。それまではもう、こーなったらやるしかないでしょっ? センパイが上手くて強いなら、ワタシに勝てます。それだけですよ」
「(す、すごく重い突き! それに、凄まじい闘気というか殺気というか・・・・・・)」
どうやら、小笹は前原の度胸付けのために、月明かりしかないこの砂浜で、試し合いをしてくれるらしい。白砂が宵闇に舞い、前原のみぞおちへ小笹の中段突きが軽く入っていた。
「けほっ。・・・・・・末永さん、君の組手には驚かされることばかりだよ。僕がかなうかどうかも・・・・・・」
「あははっ! まだ迷ってるんですかぁ? 前原センパイの実力はワタシ、これでも認めてるんですよぉ? じゃ、田村センパイとずーっと一緒なら、自信持てるんですかぁー?」
「そ、それはっ・・・・・・」
「柏沼高校のメンバーって、みんな、なーんか田村センパイに無意識に縋りすぎなんですよね。もっと各自が自信つけて、気持ちを独り立ちさせなきゃ! そのためには、前原センパイ。副将のあなたが迷ってて、どーすんのさぁッ! 自信持ってよ! さぁいくよ! ワタシと勝負、前原悠樹ッ! くすっ」
ダダダダッ バアッ! パシュウウッ!
「うあっ。・・・・・・危ないなぁ。・・・・・・まさか、夜の散歩がこうなるとは・・・・・・」
波による水分で砂浜がやや固まったところで小笹は一気に走り、そこから跳躍して跳び足刀蹴りを容赦なく仕掛けてきた。前原は身体を半歩分引いて、その蹴りをギリギリ躱した。
ぐっ ざすっ ざすざすっ
「くすっ! あははっ! さぁー、遠慮するなぁッ前原悠樹! ワタシと勝負しようッ!」
「(あ! ・・・・・・軸足が。くそっ、砂で動きにくい!)」
ザンッ! ドドンドンッ!
バシイッ パシイッ
着地から間髪入れず、低い重心で小笹は滑らかに移動。
前原に向かって重く鋭い中段突きを二発、突進しながら繰り出した。前原は、砂に足を取られながら、なんとか掌と腕でその突きを受け捌き、直撃は免れた。
「あははっ。前原センパァイ、受けばかりじゃ試し合いになりませんよぉ? もっと前向きに勝負しよーよぉッ!」
「すごいな・・・・・・。砂浜でも、末永さんはスピードがあまり落ちないなんて。どうなってんだろう。なんでだろう!?」
「教えません。でも、それに気づいたら、センパイはもっと強くなるかもねーっ? さぁ、どんどんやろうよぉ!」
ザンッ! ドシイッ パパァン ベシイッ
ザシュウッ! ドンッ! ドパパァンッ! バシイッ!
漆黒の浜辺で砂を巻き上げる小笹の踏み込み。そこから放たれる中段膝蹴りに裏拳打ち、そして肘当て。前原にとっては防ぐのも初めてな技が多すぎる。道場でやった地稽古とも味わいが違う。
いつもと違う。なにかが違う。前原は、小笹に仕掛けられるごとにそう感じた。
普段とはまったく違う条件での組手。小笹はまるでその砂地に特化したかのような動きで、前原へ次々と鋭く重い攻撃を仕掛けてくる。
まさに前原は今、砂に捕らわれた蟻地獄にいる状態に近い。
ざざざぁ・・・・・・んっ どぱあぁぁぁ・・・・・・んっ
闇に浮かぶ白い飛沫。砂浜へ寄せる白い波先。いつの間にか、前原と小笹が構え合っているところまで、波が届くようになっていた。
「こんな空手もそうだけど、こんな経験はこれまで体験したことなかったな・・・・・・」
「だからワタシは、仕掛けたんです」
「末永さんを僕がこの砂浜に転がせば、終わるんだったね?」
「そうですよぉ。でも、そんなに遠慮してちゃ、いつまでたっても終わりませーん」
ざざざぁ・・・・・・んっ どぱあぁぁぁ・・・・・・んっ
・・・・・・さささぁ・・・・・・っ
ざく ぐぎゅっ ザンッ!
「・・・・・・言ったな。僕だって、いつまでも遠慮していられないってことはわかってるけどさ」
「それなら、もっとかかってきてよ! 悔しいでしょぉ? さぁー、戦おうよ!」
足下の波が引くのに合わせ、前原の両足は指で強く濡れた砂を掴む。
前原は砂を一気に蹴って、小笹に突撃。いつの間にか、この初めての経験に心が躍っている自分がいることに、前原は心底この状況が面白くなっていた。
「うおおおおおー!」
「あはっ。・・・・・・そーぉこなくっちゃぁッ! いーぃ気迫だねッ! 心地いい感覚だよッ!」
ヒュンッ パシイッ ぐぐぐぐぐ・・・・・・
前原が放った突きを、小笹は素速く掌で受け、掴んだ。
しかし、前原も小笹の力に押し負けず、気持ちも引かずに、無理矢理押し込む。
「か、柏沼高校の副将を、なめないでほしいな! 僕だって、やるときはやるよ。末永さんを転がして、あっという間に終わりにしてあげるから。やられっぱなしじゃ、僕も納得できないし!」
「くすっ。そんな簡単に終わりじゃ、つまんないもん。やれるもんなら、やってみせてねッ!」
バッ ざしゅっ
拳が離れ、両者、間を切った。その時、前原の頭にはふとした疑問が浮かんだ。
「(なんだろう・・・・・・。今の突きもきちんと打ち込んだはずなのに、末永さんにはかなり手前で止められた・・・・・・)」
「あははっ! さぁ、副将のチカラ、見せてよ! さぁ! さぁーっ!」
ザンッ! ダダダダダダッ ガチイッ! バチイッ! ドカアッ!
パパァン! パシンッ! パァン! ヒュンッ ガシイッ!
嫋やかな髪を闇夜に靡かせ、砂浜に足跡を細かく刻んで小笹は真っ向からかかってくる。
月の光と海面からの照り返しで、昼間よりも間合いがわかりにくい。いつもの倍くらい集中しないと、これは仕掛けるのも受けるのも技の距離感が大きく狂うという状況だ。
この闇夜の攻防に小笹は慣れているのだろうか。放ってくる技は、最初こそ跳び蹴りだったものの、あとは接近戦の技ばかり。ただでさえ暗い中で技が読みにくいところに、さらに至近距離で放たれる技が多いために、受けきれずにいくつも前原は小笹の技をもらっている。
慣れない環境での組手に、いつもよりダメージも多く、前原はついに膝を砂へがくりとついてしまった。
「くっ・・・・・・。すごい。この闇夜でも、きちんと僕の急所だけを狙えるなんて・・・・・・」
「だって空手だけに限らずぅ、武道っていま、明るくて条件の良い場所でしかみんな稽古しないじゃないですかぁ? 実戦って、そんな場所でやりませんよ。だからワタシはこの砂浜で昔から、暗い中で動ける稽古も積んだんですよぉ。くすっ。こういうのも、知ってて損はないですよぉー」
「(間合いが合わないのは、暗さで遠近感が狂うからか・・・・・・。集中力が普段の数倍は必要なんだ)」
ヒュルウンッ・・・・・・ バシャアアァッ!
考えている間もなく、小笹の蹴りが襲ってくる。前原は横に転がって躱し、その蹴りは波とぶつかり白く輝く飛沫を上げる。
「おおっと! ・・・・・・あぶないなぁ。休む暇もくれないなんて、末永さん、いじわるだよ」
「だってぇ、審判の『やめ』もないですよぉ、これは? 前原センパァイ、試合じゃないんです。掛け試しなんですよぉーっ。あははっ!」
「まぁ、確かにそうだね。これは実戦に近い、掛け試しだったね」
「そーいうコトっ! 素晴らしいでしょぉ? これも空手なんだよ。前原センパイが求める『強さ』が、この稽古の中にあるかを見つけるのは、センパイ次第だけどさ」
試合ではない。審判はいない。いるのは目の前の小笹だけ。
前原は心のどこかで、やはり、競技のクセが抜けないことを感じていた。しかし、今の小笹が放った一撃で、だいぶ意識も変わり、集中力が益々研ぎ澄まされてきた感じだ。
「ふふっ。・・・・・・こういう空手の楽しみ方もあったんだね。なんか、面白くてたまらないよ」
「くすっ。いーぃ目の光りになってきましたよぉ、前原センパイっ! さぁ、もっと楽しみましょ! ワタシは、センパイとの掛け試しがたまらないのっ!」
ススススッ ザシュン! バチンバチインッ!
ドカアッ パチインッ! ドスッ バチインッ!
「へーぇ、センパイ、もしかして、この月夜に目が慣れてきましたかぁ?」
「・・・・・・そうらしいね。末永さんの技を、直撃しないようにできてきたよ・・・・・・」
「まだ、技がいくつか入ってるうちはまだまだだけどぉー」
シュッ バスンッ ドカンッ
「間もなく、僕に技なんか届かなくなるだろうよ」
「言ったな。ワタシの方が、闇夜の戦いは慣れてるんだけどな」
パチインッ! シュバシュババッ!
「(あれ? ・・・・・・センパイの目線、なんでワタシと同じ高さ?)」
「カラクリが解けたよ、末永さん!」
シュルンッ グウッ! ババババンッ!
パチイィィン パチィィィン
前原が放ったワンツーは、上段中段共に、小笹は掌で受け止めて防いでいた。上段突きを防いだその掌の奥からは、きらんと耀く円らな瞳が見える。
「・・・・・・なんか、ヒントでもつかめましたぁ?」
「この砂浜だよ。僕がやたら動きが鈍いのに、末永さんは変わらぬ速さ。床で組手をやるように、足で地面を蹴ってもそんなに進めないよね、ここ」
「・・・・・・ふーん」
「だから、重心が高いままじゃだめだ。重心を落として、体重を前へ動かすときの体重移動に加え、足をちょっと踏み出して軽く蹴るだけでいいんだ。膝の力を抜いて、腰から前へ沈み込むようにした方が逆に速く動ける」
「ちぇっ」
小笹は構えを解き、ちょっと残念そうな顔を見せた。口元はやや笑っているが。
「つまんなーいのぉっ。頭良いんだね前原センパイも。まるでインテリ中村センパイみたいな解説ね。・・・・・・その身体の使い方に気づいたかぁ」
「慣れないと変な感じだけどね。でもこれ、僕には衝撃的な発見だったよ!」
「・・・・・・くすっ。前原オリジナルで、なにか、独自の技法を作ってみればぁー?」
「そうするよ。インターハイ前にして、これはいい。ありがとうね」
「まぁだ終わってないよぉ! お礼言うなら・・・・・・ワタシを転がしてからネっ!」
ギュッ ザシュンッ! スパァァァンッ!
「(ここだ! これで、決めちゃえ!)」
フワンッ ガツンッ グイッ バシイッ
「あ! ・・・・・・まっず!」
前原は小笹の上段刻み突きに合わせて、レスリングのタックルのように低く腰を落とし、身体ごとぶつかった。
密着してすぐに腕と足を絡め、一気に足払いと同時に小笹の首元を肘で押し、押し崩した。
さすがの小笹も、これには耐えることができなかった。前原と共に、月夜に白く染まった砂浜へと倒れ込んだ。
ざざざぁ・・・・・・ ざざざぁ・・・・・・んっ ばしゃんっ!
「わぁー! よりによって波が来たときに転がされたぁーっ。びっしょびしょぉーっ!」
「あ! ご、ごめん! つい、タイミングが合っちゃったんで・・・・・・」
「・・・・・・いーですよぉ。転がしたら終わりって言ったのワタシだし。あーぁ、終わっちゃったかぁー。楽しかったのになぁー」
前原は、濡れた砂浜に転がった小笹の手を掴んで、引き上げた。
重い技を繰り出していたとは思えぬほど、小笹はとても軽い身体だった。
「あーぁ。戻ったらまた、シャワーで砂流さなきゃ。・・・・・・でも、よかった。前原センパイ、だーいぶ楽しめたよっ! サンキュ! そして、良い姿も見られてよかったでーす」
「砂浜というか、板の間以外での組手がこんなに違うとは知らなかったよ。足下が不安定で、いつもなら蹴ってたタイミングでも、蹴りも出せるかどうか不安だった。まさか、打ち抜いてノックアウトするわけにもいかないし、崩し技で転がすしかなかったんだ」
「まさかタックルまがいのことするなんてぇ。・・・・・・ワタシね、こういう競技以外の空手を知ってこそ、競技にフィードバックできると思ってる。だからね、この闇夜で戦うときの集中力や、砂浜で動く際の重心移動なんかも、試合に応用させたら、また違ってくると思いますよぉ? センパイはもう、気づいてるけどね」
「僕も、いつまでも田村君頼みじゃなく、僕は僕で強くありたいんだ」
「くすっ。・・・・・・前原センパイだけじゃないと思います。それはー」
「え。・・・・・・そうか、だから、沖縄に来る前に神長君たちも、独自に自主トレを! みんなきっと、インターハイ予選の時に、田村君に頼りすぎてたことに気づいてたんだ」
「くすっ。これで少しは田村センパイも楽になるかなー? あー、強かった。前原センパイっ、やるじゃん!」
波の音に合わせ、海風が吹き抜けてゆく。浜辺際の樹々が風で揺れる。
細波が寄せる海面には、丸く透明なクラゲが数匹、月明かりを吸い込んで、ぷかりぷかりと漂っていた。
「しかしまぁ、月の照る砂浜で、闇夜の組手なんて、とてもいい思い出になったよ。こういう空手の面は、僕は初めて経験したんだ。ほんと、末永さんは実戦的で野性的な迫力だったなぁ」
「ワタシは正直、あのインターハイ予選までは競技組手をどこか舐めてたの。本物の空手の強さや怖さが、あんなポイントゲームでわかるわけないよぉって。個人組手で当たる選手もみんな、あくまでもポイントを取るためだけの突き蹴りで、怖くも何ともなかった」
「まぁ、試合はあくまでも、スポーツだから・・・・・・」
「くすっ。等星の主将っていう崎岡有華でさえ、ワタシには、怖さはなかったんだ。意志というか闘志はものすごく強かったけどネ」
「・・・・・・インターハイ予選『まで』はなんだ?」
「そう。・・・・・・個人組手の決勝、等星の朝香朋子だけは違ったの。あの人は、本気を出したら人を簡単に倒せる力を持った空手だった。ワタシが殺気をこめたら、それ以上に殺気をこめて迎え撃たれた。ヨーロッパでも、殺気を持って本気で殺すような目をして組手やる人なんかいなかったのぉ。でも、初めてだったな。試合やって本気でコレは怖いなぁと思った瞬間は・・・・・・」
「そうだったんだ。確かに、あの時の朝香さんは、ものすごい殺気だったもんなぁ」
「ま、インターハイでリベンジしたいんで、いーです! こんどは、ちゃんと『競技』としてね」
そう言って、小笹は潮水に濡れた前髪をさらっと指で整え、くすっと笑った。
前原も、言葉は何も出さずに、それに対して笑顔で頷いた。
「さて、何時かわかんないけど、宿に戻ろうかな。それにしてもここ、素敵な浜辺だねーっ」
「あはは。いーぃでしょぉ! ワタシのお勧めスポット! 昼間もきれいなんだよぉー」
・・・・・・ふっ・・・・・・
「あれ?」
「どうしたのぉ?」
「いや、なんか、あのフクギ並木のほうに、誰かいたような気がして・・・・・・」
「・・・・・・いないよぉ? えー、オバケとかはワタシ、勘弁だよぉーっ!!」
そんな他愛もない話をしながら、前原と小笹は砂まみれのずぶ濡れで、宿にこっそり戻ったのだった。