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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第2章 青い空と碧い海。競技空手と沖縄空手
17/106

2-17、楽しく、美味しく、うつくしく

 道場での稽古を終えたメンバーたちは、男女別の浴場で交代しながらみんな汗を洗い流し、さっぱりとユニフォームシャツ&ハーフパンツのラフな姿に。

 最後にシャワーをした内山と大南も髪を乾かし、さっぱりとした表情で広間に戻ってきた。


「気持ちよかったですー。シャワーヘッドが、白サンゴみたいで、すてきでしたぁーっ」


 地稽古を怖がって震えていた内山と大南だったが、シャワー後はるんるんとご機嫌の様子だ。


「いやぁ。みんなスゴイ稽古だったね。お疲れ様! 先生、新井さんと外で見てたけど、ガッツあるなぁって話してたんだよー。沖縄の初日、お疲れ! 東恩納さんが、お隣の島袋さんの捕ってきた美味しい海の幸を使った地元料理を振る舞ってくれるそうだ。ありがたくいただこう!」

「いやー、すごいねすごいねー。沖縄空手、外でみてたけど、勉強になったー。いいねいいねー。美味しい物たくさん出るみたいだよ。いいねいいねー。最高最高ー」


 早川先生と新井は、テンションがやけに高く顔も少し赤い。沖縄の陽射しで焼けたのだろうか。


   ひた  ひた  ひた  ひた


「はぁーい。持ってきたよぉッ! おばーちゃんが、腕に縒りをかけて作った、うちなー料理!」

「今夜は、あたしも夕飯ここで食べてくよぉ。おばぁの料理、美味しいのよぉーっ」


 小笹と美鈴が、厨房からどんどん広間の大ちゃぶ台に料理を運んできた。栃木で普段食べているものとは、まったく違う食材もたくさん見られる。

 インターハイ予選大会後に祝勝会をやった店で出てきた料理を思い起こさせる。

 阿部は既に、携帯のカメラを撮影モードに切り替えて待っている。


「今夜はねぇ、島袋さんが捕ってきてくれたものとぉ、美鈴が家の畑から盗ってきたという、野菜とぉ、わしが今朝、庭で採ったものを使ったんさぁ。お口に合うといいんだがねぇ」


 出てきた料理は、ジューシィ、ジーマミー豆腐、クゥブーイリチー、ゴーヤチャンプルー、ミミガーのシークワァサーポン酢和え、テビチ煮、アバサー汁、島らっきょう味噌、グルクンの刺身、海ぶどう、ナーベラーンブシィ。そのまま耳で聞いただけでは、どのような料理が想像つかない感じだ。


「うーん。おいしそうおいしそう。でも、メニュー名、なにがなんだかわからないよー」


 新井は、赤ら顔をしながら不可思議なテンションでメニューを聞いて笑っていた。


「ねぇ、小笹。シークワァサーって、何? シーって、海のこと?」

「レモンみたいな柑橘類でぇす。ヒラミレモンとも呼ぶね。シーは海じゃなくて、『酸い』ってこと。クワァサーは『食わせる』。『酸い食わせる』、つまり、すごく酸っぱいってコトね」

「「「「「 へぇーっ! そぉなんだぁ! 」」」」」

「え! え! じゃぁ、この、ナーベラーなんとかってのも、聞けば意味分かるの?」


 川田と阿部が小笹と美鈴に、興味津々の目でいろいろと訊ねる。

 いつの間にか阿部は、「初対面の同級生と簡単に友達になれちゃうスキル」が、川田から受け継がれたのだろうか。美鈴ともかなり仲良さそうになっている。


「ナーベラーねぇ。これ、栃木じゃ食べないのぉ? 小笹も、栃木で食べてないの?」

「食べてないよ。てゆーかぁ、売ってない。むこうではさ、近所の家の庭にたくさん吊る下がってたけど、観賞用みたいなんだぁ?」

「そーなのぉ? もったいないなー。美味しいのにさぁー」

「こんどワタシ、食べちゃおうかな。美鈴も栃木に来たら、けっこう驚くこと多いよ」

「へー。行ってみたいさぁー」


 小笹と美鈴は、ナーベラーを箸でつまみながら隣同士で仲良く話している。


「・・・・・・田村。アタシ、沖縄料理にうっとりだわ。でもナーベラーってホント、食べたことないね。なんだろう? キュウリっぽくない? 栃木じゃまず食べないよね、コレ」

「食べないねぇ。てか、まず、俺も何の食材だかが、なんだかよくわかんねーんだよねぇー」


 みんな、初日の夕飯はまるで外国にでも来たかのような反応。キヨや小笹たちから、ひとつひとつ説明を聞くのが面白いようだ。


「ナーベラーはね、えーとぉ、何だっけアレ。そぉだ、へちま! へちまだ。へちまのことをね、沖縄ではナーベラーって言うのぉ」


 小笹が言うには、ナーベラーとはヘチマのことらしい。


「まったく意味が分からんな。おれはガーベラなら知ってるが、ナーベラーは初めてだ。しかし、ウリ科のキュウリやゴーヤが食用なのだから、ヘチマが食材となっても驚きは特に・・・・・・」


 中村は一人で淡々と食材論を語り始めたが、内山と大南しか真剣に聞いていなかった。


「ほっほほぉ。ナーベラー。ヘチマはのぉ、たわしにして、ごしごしと鍋や釜を洗うのに使うよなぁ? そこから転じて、『鍋洗い』の沖縄方言がナーベラーさぁ」

「そうか! 鍋を洗うのがたわし、たわしにしているのはヘチマ、だからヘチマは鍋洗い」

「なんだか、連想ゲームみたいだねぇ。鍋洗い、なべあらい、なべあらー、なぁべらーかぁ」

「ん? なになにー? 呼んだ呼んだー? あらい、って言わなかったー?」

「「「「「 呼んでません 」」」」」


 沖縄料理も食材も、聞いただけでも意味不明だったが、説明されるとみんな納得。

 

「だははっ! 面白い料理名だなぁ! 材料も、聞けば納得だー。なぁ前ちゃん?」

「そうだね神長君。そして意外とさ、昔は琉球王国だったから沖縄方言って別の国の言葉なんだと思ってたけど、こうして聞くと方言レベルで解釈できるんだなぁと僕は感じたよ」

「確かに前原の言うとおりだな。空手の技法や形の名前も、きっと沖縄方言特有の訛り方が混ざってのものかもしれない。おれは調べてみたんだが、沖縄は島毎に方言や言い回しも違うらしく、沖縄方言と一括りにできないそうだ。あくまでも、沖縄本島で使われる一般的な方言を、沖縄方言と括っているらしいが・・・・・・」

「かー! 陽二は真面目だなぁオイ! ・・・・・・えっと、美鈴ちゃん? これはなに? 俺、ナーベラーが使われてんのはわかんだけどさぁ」

「これは、ナーベラーンブシィ。『鍋洗い蒸し』ってことさぁ。味噌煮のヘチマを蒸して柔らかく美味しく食べるんさぁ。そっちのクゥブイリチーは『昆布の炒りつけ』。美味しいから、うさがみそーれ」

「井上、そういうことだそうだ。もうおれは、なんとなくわかってきたぞ。うさがみそーれはきっと、召し上がれってことだ」

「あっはははぁっ! そのとーり。すごいですねぇ! もう、言葉に慣れてるさぁー」

「すごいでしょ美鈴! カッコイイインテリ中村センパイだもんねー」

「お、おほん。ま、まぁ、その、なんだ・・・・・・そろそろ食べようじゃないか」

「「「「「 いっただきまぁーす! 」」」」」


 みんな「いただきます」直後に、一気に各料理へ突撃。この民宿の料理は、格別に美味いとのことだ。

 絶妙な塩加減とゴーヤの苦みが美味いゴーヤチャンプルーを、田村と神長と井上が一気に頬張る。そして、「うめぇーっ!」と合わせて叫んだ。

 ジューシィという混ぜご飯は、大南と阿部が顔を見合わせ「美味しいっ!」とにんまり。

 前原は海ぶどうをたくさん食べようとしたら、田村の無言の圧力に負け、食べすぎるのをやめた。

 とにかく、並びに並んだ滋味深い料理が、旅や稽古で疲れた全員の心身を回復させてくれた。


「・・・・・・なんだこれは?」

「・・・・・・丸い、魚? なんでしょうね、先輩」


 中村と長谷川が、不可思議そうに椀の汁物を見つめている。ここで再び、魚には強い黒川の目が輝く。


「アバサーはハリセンボンですよ先輩。ハリセンボンはフグの仲間。うまいと思いますよ?」

「黒川、毒はないのか? フグは専門の調理免許が要るだろう? この魚の調理は、フグの免許は必要ないのか?」

「ハリセンボンのフグ毒、つまりテトロドトキシンは卵巣にしか例が報告されていません」

「本当なのか? では黒川、これは、だいじなんだな? 卵を調理していなければ、な?」

「疑いすぎです、中村先輩。そこまでやばいなら、郷土料理になりませんよ。ま、食べましょう。そもそも、アバサーの料理というものは・・・・・・」


 どちらが中村かわからないやりとりだ。中村と長谷川はアバサー汁をすすり、箸で身もほぐして、ぱくり。


「「 ・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・・・・うっまいなぁーっ、これは! 」」

「言ったとおりでしょ。中村先輩もみつるも、これ食えるのはレアですよ」


   わいわい  がやがや  わいわい  がやがや


「おぉーい、キヨさん。持ってきたぁさぁー。飲もう飲もうー」

「キヨさんやぁ、みんなで来たぞぉー。あら? 若い人らもおるんねぇ」


 みんなで賑やかに美味しく食べていると、近所の人が民宿の庭にたくさん集まってきた。

 泡盛の甕を持ってきた人や、そこらの野草を摘んできた人、大きな貝を持ってきて刺身にしてくれた人など、様々だ。温かみのあるご近所づきあいなのか、とてもほのぼのとして、良い雰囲気。


   ぺんぺぺん♪   ぺんこぺん ぺんこぺんこ  ぺんこぺん♪


 お客さんの一人が、沖縄独特の三味線のような楽器、三線さんしんを奏で、他の人達は歌って踊り出した。早川先生や新井もいつの間にか踊っている。どうやら夕食の最初から、かなり飲んでいたようだ。


   ぺんぺぺん♪   ぺんこぺん ぺんこぺんこ  ぺんこぺん♪

   ぺんぺぺん♪   ぺんこぺん ぺんこぺんこ  ぺんこぺん♪


 縁側の軒先に吊された簾から、碧く透き通る海風が舞い込む。

 美味しい料理、楽しい雰囲気、まるで試合に来たとは思えないほどにゆったりとした時間。


「(そういえば、この三線の音。僕はどこかで、かすかに耳にしたことがあったけど・・・・・・。そうだ! あれは、インターハイ予選で、末永さんのイヤホンから微かに漏れていた音だ)」

「わぁい、美鈴、ワタシらも入ろうー。いこういこうー!」

「もっちろん、あたしは入るよぉーっ! 柏沼のみなさんも、入りませんかぁー?」


 独特なリズムと音階。三線の音色が舞う中に飛び込む小笹と美鈴。

 柔らかく、風になびく嫋やかな二人の髪がさらりふわりと揺れる。小笹と美鈴の踊りは、沖縄独特の踊り方なのだろう。

 食事をしながら語っている者、踊りに一緒に加わる者、屋内から笑顔で庭を眺めている者、三者三様の楽しみ方をしている。

 あっという間に夜は更けて、沖縄初日の時間は過ぎてゆく。

 楽しく、美味しく、うつくしく。

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