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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第2章 青い空と碧い海。競技空手と沖縄空手
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2-15、学生世界王者、その実力やいかに

   ギュッ  キュ   パァン


 田村は拳サポーターとメンホーを装着し、準備完了。

 対する矢木は、拳サポーターのみ。学生連盟や世界大会はメンホーをつけないルールのため、素面のままでいいとのこと。


「(相手は学生世界王者。実力はとんでもないし、年齢も二十一歳でバリバリ体力もありそうだ。ならば俺は、せっかくの稽古だし様子見なんかしないで行くか。時間も限られてるしねぇー)」


 審判役は、道場の有段者の人と、柏沼メンバーの中の一人が二人で行うことにした。

 キヨは、イスに座って笑顔でニコニコしながら見守っている。


「せっかくだから、インターハイ前だし・・・・・・雰囲気出すのに呼び出しもつけましょう」

「じゃ、自分、長谷川入ります!」


 長谷川が呼びだし役をやることになった。

 しかし、これにはメンバーの誰もが感じていた。「なんかこの流れ、どこかで見たような気がする」と。


「・・・・・・道太郎。田村は矢木さん相手にどうやって仕掛けていくと思う?」

「相手は学生世界王者だし、小細工を仕掛けても通じないかもしれないしな。だったら、せっかくの機会だし、様子見無しでいくんじゃないかな?」


 森畑と神長のこの会話も、かつて、どこかで聞いたような感じだ。

 どこかで見た光景。デジャヴが、みんなの中に起こっていた。


「赤、琉海大学、矢木選手!」

「うおおっすっ!」

「青、柏沼高校、田村選手!」

「うあいっ!」


   がやがや   がやがや   がやがや


 にぎわう道場内。先程までは伝統的な沖縄空手の雰囲気だったが、一気に空気が変わり、競技大会のような試合の雰囲気に。

 相手をしてくれる矢木は、静かに佇んでいる。


「ほんじゃ、時間もないし、今回はどちらかが3ポイント取ったらおわりにしようなぁ」

「うっす!」

「・・・・・・わかりました」


 向かい合って立つ両者を、みんな静かに息をのんで見つめている。

 小笹と美鈴は反対側の壁際で二人寄りかかって、リラックスして眺めている。


「(学連の試合は確かにメンホーないけど、稽古くらいは着けてたほうがいいってのを思わせたら、俺の勝ちってことにしよう。自分の中でねぇ)」

「やぎのにーちゃん、がんばってぇ。がんばれぇー」


 ちびっ子の応援がたくさん飛び交う。他の道場生達も興味津々で見つめる。


「勝負、始めっ!」

「「 すおぁあああああああああっ! 」」


   ダァン!  スススッ   ササササッ  スタンスタンスタンスタン


 想定していなかった練習試合が始まった。

 お互いに気合いを発し、田村は力強く構えた。狭い道場内をうまく円を描くように足捌きを使い、軽いステップへ繋げる。


「(様子見・・・・・・なしっ!)」

「おあああああああーーーーいっ!」


   ダダンッ  シュババッバババババッ

   スウウッ  バババチュンッ!


 田村の連突きが一瞬で六発放たれた。

 しかし、矢木の身体に届く以前に、手首先のみで軽々と捌かれ、全て弾かれてしまった。


「(ちぃっ! ちくしょう、さすが世界王者だ。全部撃ち払いやがったとはねぇー!)」

「あれは・・・・・・アタシが等星女子高とうせいじょしこう朝香朋子あさがともこにやられた防御法! まさか、ナショナルチームでは普通の技法なのっ!?」


 川田もかつて同じようにされたためか、矢木の技法を見てつつりと汗を垂らしている。


   フワッ・・・・・・  ススウッ


「(え! ・・・・・・い、いつの間に間合いに!)」


   バシイッ!   ドカアッ!


「(うおおっ? なんだとおっ!)」


 六連打を難なく弾き返した後、田村がほんの一瞬気を抜いたところを逃さず、まるで移動基本でもやるかのように矢木は無駄のない体捌きであっという間に田村の眼前まで間合いを詰めた。

 そして、驚いた田村の重心が浮き上がりかけたのを見逃さず、矢木は田村の両足を一気に真横から刈り払った。

 一瞬、数センチだけ床から浮かされた田村の胴体に、軽い感じで放たれた見事な矢木の中段蹴りが決まった。


「止め! 赤、中段蹴り、技有り!」

「(な、なんて無駄のない連携技。払った足でそのまま蹴りを入れてきたとはねぇー!)」

「続けて、始め!」


   ダシュッ!  ギュウウウンッ   バシュウッ!


「あああああいっ!」


 再び田村は床を力強く蹴り、左の上段刻み突きを繰り出した。


   パンッ   ストオンッ


「「「「「 あ・・・・・・ 」」」」」

「(あ・・・・・・)」

「止め! 赤、中段突き、有効! それまでっ」


 なんということだろうか。学生世界王者との練習試合とはいえ、田村はほんの二十秒ほどであっけなく3ポイントを奪われてしまった。

 矢木は、まるで顔の前に吹いてきた木の葉を払うかのように軽々と田村の突きを片手で払い、約束されていたかのように中段逆突きを、すとん、と置くように決めたのだ。


「・・・・・・なかなか、キレのある突きするね。良い動きだよ。・・・・・・インターハイ、頑張って・・・・・・」


 矢木は、ぽそっと小さな声で、メンホーをはずした田村に笑顔でそう告げた。

 柏沼メンバーはみな茫然。矢木の底力はすさまじく、数パーセントの力しか出していないのではないだろうかというほどに、楽々と田村を仕留めてしまったのだ。


「す、すごい! 田村がまったく問題にならないなんて・・・・・・。アタシは夢を見てるのか?」

「真波! 夢じゃないよこれは。・・・・・・こうなったら、私らも稽古つけてもらいたいね!」

「そうだね菜美! はいはいはーい! 矢木さん! アタシらにもぜひお願いします!」

「・・・・・・お、俺もできれば! 陽二や道太郎もやってもらおうぜ! なぁ、悠樹もそうだろ?」

「よ、よし。やってみるか。しかし、学生世界王者がこれほどとは・・・・・・」

「だははっ! こりゃ、思ってもいない経験ができそうだぜ!」

「まさか田村君が、こんな簡単にあしらわれちゃうなんて。すごいや・・・・・・」


 そうして、田村のあとに矢木に次々と組手稽古をつけてもらったメンバーたち。

 各自かなり勉強になったようだが、誰一人として矢木に触れることすらできなかった。田村はリベンジで二回目の挑戦をしたが、結果は、数回矢木の攻撃を防いだのみ。結局、まったく触れられずに3ポイント取られ、そこまでとなった。


「いやぁ、強い! さすが、学生世界王者は半端なレベルじゃないねぇー」

「僕も、これほどまでとは思ってもいなかった。手合わせして頂き、ありがとうございました」

「・・・・・・みんな、かなりのレベルだよ。インターハイ、落ち着いて戦えば、きっといいところまで行けると思う。・・・・・・自分達の力を信じて、戦うといい」


 矢木は、口数こそは少ないが、柔らかな表情で全員に対し自信づけをしてくれた。まるで悟りを開いた僧侶のような頬笑みで、にこりと微笑む矢木の顔はどこかの寺の仏像のようであった。


「ほっほっほぉ。道場に活気があっていいさぁ。こういうのが楽しいんさぁ。・・・・・・さて、残りの時間は、地稽古でもやろぅかねぇ。みんな、二人一組で、地稽古やるよぉ。自由組手さぁ」

「じげいこ? じゆうくみて? 普通の組手じゃないんですか?」


 阿部が首を傾げてキヨに尋ねた。団体形のように、黒川と長谷川も同じタイミングで同じ動きをした。


「そぉっかぁ。そっちは、地稽古ってやらないんかな? じゃあさ、おばぁ。あたしと小笹で、栃木の人たちに地稽古見せてあげてもいーぃ?」

「あははっ! 美鈴と地稽古ねぇ。楽しそうだなぁッ! 久しぶりだね。・・・・・・知らないよ美鈴? ワタシがどれほど地力を上げたかねぇッ!」

「ほぉーお!? 言うじゃんッ小笹ぁ! あたしにそれが通用するか、やってみんさいな!」

「言ったな美鈴。くすっ! 後悔しても知らないからねッ!?」


 同じような声と顔の小笹と美鈴が二人でバチバチと盛り上がる中、柏沼メンバーはキヨから自由組手の地稽古について説明を受けた。競技性ではなく、空手本来の技が持つ強さや使い方を、自由に掛け合って試す稽古らしい。時間制限はなく、キヨが「やめ」をかけるまでか、お互いのどちらかが体力の限界に至るまで行う。

 目突き、急所攻撃、首から上への技を振り抜くこと、ノックアウトは全て禁止。あとは、体力の続く限り、自分が持ちうる技を出して相手に仕掛けるという、まさに体力勝負の組手稽古だ。


「じゃ、小笹とあたしで、一度、地稽古やってみるので、柏沼の皆さんみててくださいネ? 小笹、遠慮しないさぁ。いいね!?」

「くすっ。遠慮されるのは嫌だけど、ワタシはケガするのだけは嫌だよ美鈴? でも、お互いに、とことんやってみようねぇッ!」


   ヒュゥ・・・・・・ クォオオオオオォォ

   ハァァァァ・・・・・・ ハッ・・・・・・


 美鈴は、まるで形の演武に入るときのように、両拳を下に落とすようにし、独特の呼吸法によって臍下丹田せいかたんでんに気を集中し、身体全体を締め上げた。


「くすっ。美鈴と地稽古、何年ぶりかなぁー。・・・・・・じゃ、ワタシも集中、っと!」


   スウゥ・・・・・・  コオオオハァァァァーッ・・・・・・


 小笹も、多少呼吸音に違いはあるものの、ほぼ同じ要領で気を集中させた。


「小笹も美鈴ちゃんも、この気迫というか戦闘モードの目はなに!? 普通に組手の打ち込みをやる、アタシの知る地稽古とはどれほど違うんだろう・・・・・・」

「稽古なのに、この地稽古になったら二人とも目が違う。でも、小笹は楽しそうだね。美鈴ちゃんもさ」

「川田先輩、森畑先輩。この感覚・・・・・・わたし、おっかないですよぉ!」


 他の道場生も地稽古の準備に入っていたが、数年ぶりに道場に帰ってきた小笹の地稽古に興味があるのか、みんな興味津々で嬉しそうな目をして見ている。

 小笹と美鈴。いったい、二人はこれからどんな組手を見せてくれるのだろうか。

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