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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第2章 青い空と碧い海。競技空手と沖縄空手
14/106

2-14、手と唐手と空手

「さぁて、じゃあ次はぁ、カキエーとサンチンをやろうかねぇ」

「「「「「 はぁい! 」」」」」


 二人一組になって、あの宇河宮の芝生公園で小笹がみんなに教えてくれた「カキエー」の鍛錬稽古が始まった。

 せっかくなので、柏沼高校同士では組まず、それぞれが道場の門下生と組んで行うことにした。

 本場のカキエーをみんなで体験。さすが、本場の剛道流を学んでいる門下生は職人のように無駄がなく、いいリズムで仕掛けてきたり、押したり引いたり。

 柏沼メンバーは、組んだ人に何度も何度も関節をとられたり投げられたり、床に押さえつけて固められたりしたが、みんなこれが楽しそうだった。


「どありゃぁっ!」


   ぐりんっ  ばばっ  ぎゅうっ  だぁん!


 神長は、沖縄剛道流二段という道場生のおじさんを、カキエーでうまく崩し床に押さえることに成功。これには他の道場生も「ほおぉ」と声を上げ、誉められていた。さすが、元々が剛道流なだけあって、神長はカキエー稽古のコツを掴んでいるようだ。

 続いて、三戦の稽古に移行。

 糸恩流の前原や田村、井上、森畑は、自分の流派の三戦とはやや違う感じではあるものの、本場沖縄の三戦を一緒に行う。松楓館流の川田や中村も、それなりに形を真似て行う。後輩達も、先輩の後ろについて、真似しながら動きについてきている。


   スウッ  ハアアアァァァァーッ・・・・・・

   コオオオハァァァァーーーーッ・・・・・・


 ゆっくりと、拳を引き、息を吐きながら突きを捻り出す。

 そして半円を描くように足を運び、三戦立ちで交互に進み、また息を吸って、全身に空気を残すことなく吐ききり、身体の各所を締める。


「ほっほっほ。じゃ、そろそろ『手形』をやろうかねぇー」


   ひゅっ・・・・・・  ズパァン パァン パァン

   パンパンパァン! パシィン! バシンバシン パァン!


「いたぁっ! いった! 痛いぃっ! な、何ぃっ? わぁー、痛い!」


 森畑が、泣きそうな声でいきなり悲鳴を上げ始めた。その悲鳴よりものすごい破裂音が道場内に響く。

 キヨや他の師範代は、みんなが三戦を一挙動ずつ進めるたびに、両手の掌で首、腕、肩、背中、脇腹、腰元、おしり、太腿、ふくらはぎの順に、ものすごい力で叩いてくる。


「いーーーったぁ! なになに! アタシ、なんかやっちゃったぁ!?」


 川田も、びっくりしてあと一歩で涙目になるところだ。同時に、前原も田村もやられている。

 

「な、なんだろうね田村君!? すっごく痛いよー!」

「た、耐えるしかないねぇー。きっと、これが本場の鍛錬なんだねぇー」


 とにかく、痛いようだ。座禅でよくお坊さんがバシンと警索で叩くあれよりも、ものすごい感じだ。


「これはなぁ、サンチンの稽古じゃ基本さぁー。ひとつひとつ、きちんと身体を締めているか確認して、鍛錬の意味もこめて叩いてゆくんさぁ。『手形をつける』と言うんだよぉ」

「おばぁはそうだね。あたしらは『手形をもらう』だけどねっ。あはははっ!」

「ワタシ、三戦までは柏沼メンバーに教えてなかったわぁ。ごめんね、センパイっ。くすっ!」


   バシンバシン  パァン  パァン  パァンパァン! バシンバシン


 「「「「「 うわわーーーっ!  ぎゃー わーん うえーん うおわーっ! 」」」」」


 みんな、三戦の鍛錬で絶叫。

 しかし、田村や神長曰く、「慣れていない稽古は痛いけど、新しい発見があって楽しい」らしい。二年生の黒川と長谷川は、「死んでしまうー」と目を真っ赤に腫らしている。


「よし、じゃ、そろそろ一度みなさん、休もうかねぇ。小休止っ」

「はぁーっ、いったぁ! 三戦かぁ。アタシには斬新な稽古だったなぁー。中村っ、あんたもそうじゃない? 松楓館も三戦稽古、あればよかったのになぁー」

「無理言うな。その代わりに、鉄騎てっき太極たいきょくの形が基礎としてあるだろう。そもそも、空手としての系統が違うんだ。・・・・・・だが、川田が三戦を気にいった気持ちは、おれにもわかるぞ」

「え? 系統が違うって、流派のことですか?」


 中村の横で、タオルで汗を拭きながら阿部が不思議そうな顔をしている。


「ああ。空手が流派に分かれる以前の話だ。そもそも、まだ、空手が空手と呼ばれてない頃のな」

「空手が、空手と呼ばれてない頃? すごく昔ってことですか?」

「唐手と書く空手だ。いまでこそ空手という名だけどな。もっと昔は、『(ティー)』という、琉球王国独自で存在した、護身のための伝統武術だったらしいんだ。諸説あるけどな」

「てぃー?」

「ああ、そうだ。そのティーの中でも、首里、那覇、泊の地域では、三系統でそれぞれ首里手、那覇手、泊手というかたちで発展したらしい。剛道流は、その系統でも那覇手から受け継がれた手の技法と、中国拳法の技法が色濃く混ざって、独自に進化した空手なんだ。三戦は、中国拳法でも基礎の形と聞いたことがある」

「くすっ。なーかなか博識ですねぇッ。さすがインテリ中村センパイだぁ。だいたい、あってると思いますよぉ? ね、おばーちゃん?」

「ほっほほほ。今の子はよぅ勉強しとるさぁ。君の松楓館はぁ、船型義円ふながたぎえん翁が開祖だがなぁ、首里手の大家である安里安納あさとあんのう翁の弟子故、主に首里手の流れらしいさぁ。うちはね、宮城長傳先生が東恩納厳量翁の弟子故に、那覇手の技法を受け継いでるのさぁ。首里手も那覇手も泊手も、さらには(おぅ)(けん)()という中国から来た人物の、少林白鶴拳(しょうりんはっかくけん)までも取り入れたのが、糸恩流なんだぁねぇ」

「「「「「 へぇえーっ! 勉強になります!! 」」」」」


 空手の歴史だ。

 概略ではあるが、前原、田村、井上はそこらへんまでの話は道場の師範に聞いていたため知っていた。しかし、それを実際に本場の沖縄で聞くと、話の重みが違って感じることだろう。

 聞き伝えだった話が、本場の地で聞いて、改めて「ああそうだったのか」という感覚になる。


「まぁ、空手の歴史もいま、研究者がたくさんおってなぁ、いろいろ諸説あるみたいさぁ」


 それから柏沼メンバーは、キヨに空手の歴史や流派の話などを、休憩時間中にたくさん聞かせてもらった。それは誰にとっても、ものすごく勉強になる充実した時間だった。


「さて、あっという間に稽古時間もなくなってきたさぁ。高校生たち、全国大会が近いから、あまり疲れやケガには気をつけなきゃならんけどなぁ。競技の稽古もしたいよねぇ?」

「あ、いや。これほどいろいろ教えていただいたので、じゅうぶんですよ。だいじっす」


 田村が謙遜して答えた。いや、謙遜ではなく、ほんとに疲れているのかもしれないが。

 他のメンバーもみな、伝統的な鍛錬やありがたい話が聞けて、これだけでも大満足と言っている。


「いやぁ、せっかくだから、競技組手の稽古もやるといいさぁ。秀人も今日は来てるからねぇ。せっかくだから秀人、ケガしないように気をつけて、組手稽古つけてあげてなぁ?」

「・・・・・・自分でいいんですか? 先生、わかりました。・・・・・・やろうか、高校生たち」

「「「「「 !!!!! 」」」」」


 なんと、学生世界王者が組手稽古をつけてくれるらしい。もちろん、本気ではやらないだろうが、それでも衝撃以外のなにものでもない展開だ。そんな中で、口元がにやっと緩んでいる人が二人。


「・・・・・・やっぱりね。こーなると思ってた。アタシは、ドキドキが止まらないよぉ!」

「待ってましたぁ。そーこなくっちゃぁ。よろしくお願いしますねぇ、矢木さんー」


 川田と田村の目が、一気に戦闘モードに変わり燃え上がった。


「(やっぱり、こうなっちゃうのね。僕らは普通に稽古つけてもらうだけにしようかな)」

「(そ、そうだな! あー、もー。真波も尚久も、わかりやすすぎんぜー)」


 前原と中村は、闘志を燃やす田村の後ろで、井戸端会議のようにひそひそと話していた。


   ざわざわ  ざわざわ  ざわざわ

 

 突然の展開にどよめく道場内。

 しかしキヨは、小笹と美鈴の孫二人と共に、平然とした柔らかな表情で見つめていた。

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