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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第2章 青い空と碧い海。競技空手と沖縄空手
13/106

2-13、東恩納キヨ、その実力と思想

「はい、正面に、礼。お互いに、礼」

「「「「「 よろしくお願いします! 」」」」」


 キヨの号令で、全員揃って礼をし、いよいよ稽古が始まった。

 準備運動や柔軟運動は、普段の部活よりも念入りにやる感じだ。子供や年配の方が多く集う町道場なので、ケガをしないために念入りとのことだ。

 民宿でニコニコしていたキヨだが、年季が入りすぎて摩り切れそうになった帯と道着を身につけ、師範としての姿で道場全体を見ている。でもそれは、厳しい目ではなく、優しく、ふわっと包んでくれるような、ものすごく温かく親しみのある目だ。


「その場突き。用意ぃ! いち! にぃ! さぁん! しいぃ! ごおぉ!・・・・・・」

「「「「「  ええぃっ!  ああいっ!  ええええぃっ! 」」」」」


 門下生の中の師範代のような男性が、基本稽古の号令をかける。

 沖縄剛道流の基本稽古をやるのは、柏沼メンバーの中では誰も経験がない。神長も剛道流であるが、基本の質がかなり違うと言っている。ここに来るまでは、剛道流でも微妙な違いがあることに気づかなかったとのこと。


「はい、でわぁね、サンチンガーミィとチーシィー用意しましょ。移動鍛錬やりましょ」

「おぉ、鎚石チーシィか! 本場の物をぜひ体験しないとな。先日やったのが活きると良いんだが」


 中村が汗びっしょりで、鍛錬具の置いてある方を見て呟く。県央公園内の芝生広場でやったあれが、予習程度でも知識として入ってるのは大きかった。


「はい、これ。本土じゃなかなか見なかろぉ? やってみるといいさぁ」


 門下生の一人が、にこっと微笑んで前原と中村へ鎚石を渡した。二人は顔を見合わせてにやっと笑うと、その場で四股立ちや騎馬立ちになり、鎚石を振り上げ、水平にして止めた。

 腕や手首がプルプルしているが、呼吸法を用いながら降ろしたり振り上げたりを何セットかやって見せた。


「へぇーっ! え、すごぉいじゃなぁい! チーシィーの稽古、まさか部活でやってるの柏沼高校は?」


 美鈴も驚いて拍手している。その横で、小笹が不適な笑みをふっと浮かべていた。


「本土の人で若いのに大したもんさぁ! 君らは、剛道流やっているのかねぇ?」

「なかなかこの稽古も難しいんだよぉ? たのもしいもんさぁ」


 道場内で門下生の方々が前原と中村の鍛錬を見て誉めている。

 しかし、本場の鎚石は、漬け物石と角材で作ったものとは違い、さらにずしりと重く感じるものだ。


「いえ、僕は糸恩流(しおんりゅう)です。鎚石は、つい最近になって知りました」

「おれは、松楓館流(しょうふうかんりゅう)を幼少の頃よりやってます。この鍛錬は本当に、目から鱗が落ちた感じでした」

「どーおぉ? ワタシと一緒にね柏沼メンバーもこの前、何人かやったんだよぉッ?」

「あぁ、小笹が教えてあげたんかぁ。そうかそうかぁ、いいことさぁ。伝統的なこの鍛錬は、若い子は地味だと言ってやりたがらん。美鈴や秀人はまぁ、別だぁがねぇ」


 そう言ってキヨも、矢木と美鈴に鎚石を渡した。


「「 ・・・・・・ふっ!  こぉぉはぁぁぁ・・・・・・ふっ・・・・・・こおぉぉはぁぁぁ・・・・・・ 」」


   ぐるうん  ぴたあぁっ  ぐるうん

   ぐるうん  ぐういっ  ぴたあっ


 矢木は片方で四キロ近い鎚石を難なく振り上げ、止め、また振る。美鈴も同じくそれに続く。


「「「「「 す、すっごぉい! 」」」」」


 川田や森畑をはじめ、柏沼女子勢はみな驚いていた。美鈴は小笹と同じ体格でありながら、鎚石を難なく振り上げては止め、余裕の表情でこの稽古を難なくこなしている。


「慣れよぉ、慣れッ! あっはははぁっ! 次の稽古のが、きついかもよぉーっ?」

「ふぅ。・・・・・・栃木の高校生。ケガしないように、これをやってみるといい・・・・・・」


 矢木はキヨに一言断り、奥から大きな茶色の甕を持ってきた。

 中には水が入っており、その重さは片方だけでも六キロ近いとのこと。


「サンチンガーミィさぁ。君らの流派じゃぁ、三戦サンチンの稽古や鍛錬は、あまり深くやらんところもあるみたいだけど、やってみるといいさぁ?」

「へぇ、これはアタシ、初体験だ! って・・・・・・重ぉーっ! これを、どうするんだっけ?」

「ちがうよ川田さん。抱くんじゃなく、たしか、指先と掌で握って、身体につけずに三戦立ちで移動していくやつだよ。僕が末永さんに聞いたやり方は、たしかそうだったよ」

「三戦立ちの移動か・・・・・・アタシの松楓館流じゃ、やらないんだよなぁ・・・・・・。ま、いいか。みなさんの真似してやってみます!」

「いいね真波! つぎ、私にもやらして! 糸恩流も三戦立ち使うから、活かせる稽古だ!」


 三戦甕サンチンガーミィの移動鍛錬が始まった。

 両腕にかかる重さは約十二キロ。甕の口が首のようになっており、そこを指先で掴んで、ひたすら三戦立ちでゆっくり移動。呼吸が乱れると、移動時のバランスが崩れ、中の水がチャポチャポ動き、ますます軸をぶらされる。見た目は地味だが、すごく味のある稽古だ。


「ふぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・。きっつぅ! ・・・・・・ふぅ・・・・・・ふぅ」

「川田サン、ちばりよーっ! 初めてなのに、すごいすごい! いいですよぉ!」

「・・・・・・ふぅ・・・・・・ふぅ。あー、やっと二周おわったぁぁっ! 指先と掌がプルプルするーっ」

「真波、交代っ! 次は私ね。サンチンガーミィか。セイエンチンやスーパーリンペイの基礎として、良い稽古になりそう!」


 へろへろに疲れた川田と替わり、森畑が三戦甕の鍛錬を始めた。

 前原や井上も試してみたが、これは慣れていないと、あっという間に握力の感覚がなくなり、掌や指の筋肉がプルプル震えてくる。どうやら力で持つのではなく、身体の軸を意識して、指先に力を集中する感覚でやるといいんだとか。

 小笹や美鈴は、五周ほど難なくこれをこなしているから驚きだ。


「ほっほっほ。栃木の子たちがんばるねぇ。どれ、この鍛錬がなぁ、どんな技で活かせるか、せっかくだから教えてさしあげようかねぇ。柏沼の子たちの誰か、本気で突いておくれぇ?」

「「「「「 え? 本気で・・・・・・ですか? 」」」」」


 みな、ぽかんと呆気にとられた。キヨは、技をひとつ見せるから本気で突いてこいと言う。しかし、齢八十過ぎの方に、いくらなんでも現役選手の高校生が本気で、というのはちょっと気が引けるのだろう。


「す、すみません。さすがに、本気でと言うのは僕たちも・・・・・・ちょっと・・・・・・」

「ほっほっほ。変なぁ敬老精神は、いらないさぁ。仮に、当たっちゃったらわしのせい。受けられなかった人が悪いんよ? だから、遠慮いらないさぁ。本気で、どんど、突いてみなぁ!」

「よ、よし! ならば、おれがいこう。なぁに、相手は達人だ。きっとだいじさ!」

「な、中村君っ! いくらなんでも気をつけて? 民宿でもお世話になる方なんだし・・・・・・」


 慌てふためく前原の様子を見て、矢木がふっと静かに笑った。


「・・・・・・心配いらない。先生は、君ら程の技は、なにも気にならないレベルだ・・・・・・」


 矢木は笑みを浮かべたまま目を閉じてぼそっと呟いた。それを聞いた中村は、ややプライドが傷ついたのか、さっきまで以上にキヨへ突き込む姿勢を前屈みにし、より体重をかけやすい姿勢にシフトチェンジしたのだ。


「(おれだって、二斗を倒したり秘密特訓したり、それなりに稽古積んでいるんだ。いくらなんでも、ちょっとバカにしすぎだぜ! なにも気にならないレベル、そんなわけないぞ!)」

「な、中村君ーっ! ちょっと・・・・・・」

「なぁに、ちょっと落ち着けよぉ前原。だいじだって。なんだかわかんねーけど、沖縄剛道流の古老が突いてこいと言ったんだから、やんなきゃそっちのが失礼だべ?」

「田村君。で、でも万が一があったらさぁ・・・・・・」

「くすっ。あはははっ! インテリ中村センパイでもぉ、万が一は、ないな。おばーちゃん相手じゃ、たぶん、突き入れられないよぉッ?」


 小笹が、けらけらと笑っている。それほどまでにキヨは中村と実力がかけ離れており、突きに対応することが簡単だというのか。こうなったら、中村も引き下がることはもうできない。


「・・・・・・何の技でいくかは、言いませんが、よろしいでしょうか?」

「はいはい。ほっほっほ。いいですよぉ。いつでも、なぁんでも、来てくださいよ」


   くわっ!   ヒュンッ  ダァンッ!    シュバアッ!


「「「「「 あああっ! 」」」」」


 なんと、中村は「突き」ではなく、床を一気に蹴って高く膝を上げ、キヨの喉元めがけてカミソリのような「足刀そくとう蹴り」を繰り出したのだ。


「ひゅうーっ! なかなかすごい蹴りねぇッ、あの人! あっははははぁ! そーきたかぁー」

「かっこいいインテリ中村センパイって名前なんだよぉ、美鈴。あははっ! いきなり蹴ったかぁ」

「ま、真波! 中村のやつ、け、蹴ったよ!」

「突きだって言ったのに! アタシもびっくりだ!」


 余裕で笑っている美鈴と小笹だが、森畑と川田は驚きの表情だ。


「(失礼します! これは競技じゃない。武術家が技を出してこいと言ったからには、これもありだろ!)」

「ほほほ・・・・・・。元気でいいさぁ」


   ガスウッ グワシイッ!  ギュムウッ! グウイッ!  ズダァンッ!


「・・・・・・うっ! うあっつっ! 痛ぇぇっ! ぐわあぁっ!  ううぁぁぁぁあっ!」


 中村の蹴りに対し、キヨは小手先のみで絡みつくように受け流し、即、ものすごい力で足首を掴んだ。もう片方の手で、ふくらはぎ付近を思い切り握り、回すように捻り、中村をいとも簡単に引きずり倒した。

 掴んだキヨの両手指は、目をそらしたくなるくらいに、足首付近やふくらはぎのツボを深くぎりりと握り混んでいる。中村は足に激痛が走っているのか、ものすごく叫び、じたばたとその場でもがいていた。


「ほっほっほぉ。こういうことさぁ。指先まで鍛えとるとなぁ、相手のどこでも握って、ツボを攻撃できるんさぁ。ごめんよぉ、君ぃ。でもこういう技を、我々はやってるんだぁよぉ」

「いたた。す、すごい技だ! 先生の手首から先が絡みついてくるように、蹴りが一気に巻き込まれた感じだ。螺旋のように捻ることで、力をそんな使わずとも倒されてしまう・・・・・・」

「カキエーやサンチンガーミィ、あと、チーシィーもそうさな。日々のコツコツと積む鍛錬がな、いつか自分の身を守る道具になるんさぁ。スポーツも大切な一つだけど、こういうことも空手を学ぶなら、覚えておくといいよぉ?」

「す、すごい。でも、これって、試合じゃ反則じゃないんですか? 試合だとペナルティですよね!?」


 涙目で痛がる中村を見て大南が、ふとキヨへ問いかけた。その隣で、内山や阿部も、首を縦に振って何度もうなずいている。


「ほっほっほぉ。・・・・・・「反則」なぁ。確かに、競技の試合じゃ反則さぁ。ルールがあるからねぇ」

「で、ですよね!?」

「でもお嬢さんや。これがいざ、実戦の場になったらなぁ、命のやりとりをする場面で、ずるいだの反則だのと言えないよねぇ?」

「「「 え! 」」」

「試合では反則だから稽古しない・・・・・・ではなくてな、いつでも使えるようにまで鍛えておいて、使うときに使う。使えないときは使わない。それが、武術の面を持った空手の考え方だよぉ。いや、空手に限らず、護身の武術は、みなそうさねぇ」

「た、確かに。万が一、襲われたりしたときに、相手に反則だの何だの言っても通じないしな」

「学校のクラブだけじゃ、なかなかそういう概念には気づかないかもしれんねぇー。でも、考え

方の一つとして、空手はそういう面を持ったもの覚えといていいかもねぇー」


 中村と田村は、キヨの言葉に深く納得。


「考え方の一つ、か。・・・・・・わかりました。ありがとうございます」


 大南も、なにか深く考えたような表情をして納得したようだ。全員、自然とキヨへ一礼。

 一年生や二年生は、この道場での体験は、とても勉強になっていることだろう。


「こ、これが沖縄空手の自然体の姿なのか! す、すごい! おれはまだまだ、この境地には・・・・・・」

「陽ちゃんが簡単に! こりゃあ、同じ剛道流でも全くの別物だ! だははっ! すっげぇや!」

「俺、目から鱗だぜ! 糸恩流しかやってきてねーからか、他流の技術はマジですげーって思っちまう!」


 中村、神長、井上の三人は、キヨが見せた技法にただただ驚嘆している。

 潮の香りと花の香りを乗せた風が、その時、ふわりと道場内へ吹いてきていた。

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