2-11、末永小笹と東恩納美鈴
「あら、なに小笹? こちらは沖縄のお友達か同級生? はじめまして。栃木県立柏沼高校三年の、川田真波っていいます。アタシたち、今回、沖縄初めてなんだ。よろしくねっ!」
「私は森畑菜美。真波と同じ柏沼高校の三年生です。初めまして! どうぞよろしくね。小笹のお友達ですか? だいぶ馴染んだ感じで、楽しそうだけどー」
パイナップルを片手に持ちながら、川田と森畑が小笹によく似た女の子へ自己紹介。二人とも、笑顔でフレンドリーに挨拶し、その子へ話しかけた。
中村と井上は「この二人、何だかんだでこういう時の社交性はすごい」と囁いている。
「わー、栃木なんて遠いところから! よぉーこそ沖縄へ! めんそぉれっ! よろしくお願いします。あたしはね、東恩納美鈴といいます。この近くの、県立うるま金城高校二年でぇ、空手道部の女子副将してますっ。あははぁっ! 小笹とはね、従姉妹なんですよぉー」
「え! 小笹のイトコなの! そっか、どーりで! アタシ、なんかどこか小笹っぽい子だなぁって思ったよ。沖縄の子って、みんな小笹みたいなテンションや話し方なのかと・・・・・・」
「あっははははぁッ! あたし、親戚からも昔よく言われましたよぉ」
「ワタシと美鈴はネ、誕生日も一日違いなんだー」
「あっははははぁ! あたしが七月八日生まれで、小笹が七月七日生まれなんだよねぇ」
「くすっ! ワタシのがおねーさんなんだよぉッ!」
「なぁに言ってるさぁ。小笹は夜中の十一時過ぎに生まれて、日付が変わった瞬間にあたしが生まれたって聞いたよ? ほーとんど一緒!」
「あははっ! まっ、そーいうわけでー、ワタシと美鈴はよぉく似てるのー」
「昔から村の人たちにも言われてたんだよねぇッ。『さーさとすぅずは双子のようによく似てる』ってぇ! でも、しばらく会わないうちに、あたしたち、もっと似たみたいねぇーっ?」
「ねー、お母さん? ワタシと美鈴、昔よりもっと似てるー? あははっ!」
小笹は、美鈴と並んで末永へにこっと笑顔を見せた。
「・・・・・・! 小笹も、美鈴ちゃんも、ほんとよく似てるわ! 昔より、本当によく似てる」
「あっははははぁ! 博子おばちゃんにも、そー見えるんだね。小笹ぁ。あたしたち、さすがイトコ同士ってわけだねーッ!」
末永は、屈託なく笑う美鈴の顔を見て「本当に小笹とそっくりになったね」と、柔らかな笑顔を見せてぽそりと呟いた。
「でもぉ、あたしより小笹のが、性格はきついさぁ。あたしのが、おしとやかだもんねぇー」
「よく言うよ。ワタシより、美鈴のがサバサバしてる感じだね。でも、ほんと嬉しいなぁ! 久々に会えたんだもんッ!」
「あたしも嬉しいさぁ! ・・・・・・ねぇ、おばぁはいるの?」
「おばーちゃん奥にいるよ! おばーちゃぁーん? 美鈴が来たぁさぁーっ!」
小笹は、イトコである美鈴の登場にますます大はしゃぎ。前原と田村は、フルーツをもぐもぐ食べながら、美鈴に話しかけてみた。
「初めまして。柏沼高校空手道部主将、田村です。よろしく。東恩納美鈴さんて言ったっけ? 俺ら、ここら辺の地理も気候も習慣も、何もわかんねーんでなぁ。いろいろとよろしくねぇー」
「同じく、副将の前原と申します。よ、よろしくお願いします。いろいろとご迷惑をかけると思いますが、なにとぞ、よろしくお願いします」
「はぁい! よろしくお願いしまぁす! あはははぁっ! 栃木県なんて、あたし、行ったこともなくって! こちらこそ、ぜぇんぜんそっちのことわかんないんだぁ。だから、これもいい出逢いだと思ってまぁすぅ! 小笹とは学校が違うのに、仲良いんですねぇ皆さん」
「ま、インターハイ予選でいろいろあってねぇー。なんだかよくわかんねーうちに、みんなこの通り、末永とは仲良くなったんだよねぇー。しかし、ほんっと末永によく似てんなぁ。イトコなだけあるわ」
「昌仁おじさん・・・・・・あ、えっと、昌仁おじさんってのは小笹のお父さんでぇ、あたしのお父さんの兄様なんですよぉ! だからかなぁ? よーく似てるって言われますねぇー。あはははっ!」
小笹とよく似た声で、豪快によく笑う美鈴。柏沼メンバーとは初対面であるが、ものすごく気さくに接し、社交的な明るく振舞っている。
こんがりと小麦色に焼けた肌の色以外はそっくりな小笹と美鈴。川田曰く「声も、顔も、雰囲気もまるで小笹が二人いるみたい」らしい。
美鈴が首に掛けているタオルは、よく見ると部員用なのだろう。「うるま うみんちゅ 金城空手部」とデザインされている。
「おい、みつる。小笹さんが二人に増えたぞ。日焼けしてるかしてないかで、ほぼ同じ顔だ」
「どーなってんだここは。まぁ、自分にとっちゃ、どちらでもいいんだけどね! 嬉しいぜ」
「末永ちゃんのイトコ、やっぱ、上手いし強いのかな? インターハイの組み合わせ表、個人形に名前あったかも!!」
二年生三人も、新たに知り合った子に興味津々な様子。一年生は、フルーツに夢中なようだが。
ひた ひた ひた ひた
「なぁんかねぇ、にぎやかな小笹のとこに、美鈴も来たかぁ。どぉりで、かしまぁさぃと思ったさぁ」
台所の糸のれんをかき分けて、キヨが麦茶を持って広間に顔を出した。
「はいさい、おばぁ。今夜、一緒にあたしもこっち来るからね。小笹きてるんだもんー、いいでしょぉ? あ、みなさんも夜、一緒にわいわいやろう? 沖縄初めてなんだろうしネッ」
「美鈴ぅ・・・・・・ワタシの五年分、見せてやるよぉッ。くすっ。あっちこっちで、沖縄では知ることができなかったもの、いーっぱい身に付けたんだ! お土産話的に教えてあげるネッ!」
美鈴と小笹の話を聞いた川田の目が、きらりと光った。
「へぇー、いいじゃんいいじゃん! 沖縄の選手と一緒に稽古できるなんて、アタシらにとってもこれはいい経験値になるよ。お互いインターハイ代表選手だから、ケガとかには気をつけなきゃね! ね、田村?」
「そぉだねぇ。沖縄で新しくできた知り合いでもあるし、これからの時間ここの地で過ごす俺たちにとっちゃ、いいことだなぁと思うねぇー。美鈴さん、よろしくなぁ」
「あはははぁ! やったぁ! あたし、九州地方よりもっと東の選手がどういう感じなのかぁ、すごく興味あるーっ! 決まり! おばぁ、あたしも夜、混ざるから。小笹、楽しみだよぉ!!」
指をパチンと鳴らし、テンションを上げる美鈴。
その顔を見て、キヨは優しく微笑んでいる。
「いいことさぁ。空手は、楽しんで、みんなで研鑽するもんさぁ。ひとりじゃできないよぉ。だから、いつでも来るといいさぁ。美鈴に加えて小笹もいるし、今夜はかわいい孫が二人も稽古に加わるんだ。そして、関東からの子たちもたくさんなぁ。こりゃぁ、嬉しいさぁ」
「「 あはははっ! 夜が楽しみだなぁッ! 」」
小笹も美鈴も、シンクロしたかのように明るく声を合わせて笑う。
双子アイドルが歌う直前にファンへ愛嬌をふりまく時のような印象だ。
「なぁ、神長。このあとちょっと、おばあさんに頼んで、道場見させてもらわないか? どんな雰囲気なのか、すごく気になるしな」
「いいね! 俺も陽ちゃんと同じく、それが気になってたところだぁ。沖縄剛道流って看板が掲げられてたな。もう少ししたら行ってみよう」
「あ、俺も行くぞ! 陽二や道太郎だけで隠れ稽古なんて、ずっけぇかんな。尚久や悠樹はどうする?」
「行ってみたいねぇー。本場沖縄の道場だもんなぁ」
「僕も道場は見たいな。みんなで見せてもらおうよ」
前原たちはフルーツを食べ終え、お茶を飲んでから隣の道場へ足を運んだ。
二年生や一年生は旅疲れのためか、ちょっと広間で休んでいるとのこと。
キヨに案内されて玄関から入ると、まさにそこは外と空気の違う独特の空間。正面には、厳つい顔をして和服で写された人の写真と、穏やかそうな顔で白髭を立派にたくわえた士族風な老人の写真が。そこはどことなく、柏沼高校空手道部員がいつも稽古している武道場に似た雰囲気の場所だった。
「剛道流の流祖、宮城長傳先生の肖像とね、さらにその師、東恩納厳量先生の肖像なのっ」
後ろから、美鈴が小笹と一緒に入ってきた。
「東恩納厳量先生は、ワタシと美鈴のご先祖なんだ。琉球王朝時代・・・・・・日本で言う江戸時代の生まれとか言ってたね」
「末永さんも美鈴さんも、なんか、沖縄空手の血をそのまま引き継いでるって感じだよね。僕たちが部活や道場でやっている空手は、さらにその先々の、孫みたいなもんなのかなぁ。だいぶ、かけ離れた感じがしちゃうよ」
「前原の言うとおり、おれたちの空手のアイデンティティがわからなくなってくるな、ここにいると」
前原や中村は、いま目の前にいる美鈴と小笹の直系がそのまま沖縄空手の歴史に繋がっていることから、空手観を大きく揺さぶられてしまった。
「ほっほっほ。いいさぁ、どんどん悩むのはいいこと。でもねぇ、君たちぃ、沖縄からそっちに脈々と伝わっているのも、空手。ここでずっと受け継がれて脈々と続いてるのも、空手。元は同じなんさぁー。だから、どちらも空手を学んでいることに変わりはないさぁ。・・・・・・まぁ、最近はなぁ、道着を着ただけでボクシングか何かもわからん生兵法のままで空手を名乗っとる紛い物もあるがなぁ。君たちがやっているのも、ちゃんと空手だよぉ」
前原と中村は、まさか沖縄空手の古老と呼ばれる先生から、そんな言葉を戴くとは思いもしなかったのだろう。自然といつの間にか直立し、無意識にキヨへ一礼をしていた。
「どれが本物だ、あれは偽物だ、競技の空手だ、武術の空手だ、みぃんななんでそこに拘るのか、わしにはわからんさぁ。競技の稽古をするのも空手。伝統鍛錬をするのも空手。無駄なことなどありゃぁしないんさ。みぃーんな、空手の大切な要素のひとつなんだ。木を見て森を見ずな輩が最近、多い気がするねぇ、この世界はぁー・・・・・・」
「だからよぉー。おばぁ、いっつもあたしに言ってたねぇ。競技だけに囚われてもだめ、伝統に固執し過ぎてもだめ。どれも大切。片手落ちになっちゃいかん、よく学び、よく鍛え、広い視野で空手を見つめな・・・・・・ってね」
「ワタシは、美鈴みたいに大らかじゃないからさぁッ、どーしてもぉ、試合で剛道流の形をやる人がヘナチョコだと、なぁんかイラついちゃうんだよねぇッ」
・・・・・・ごくりっ・・・・・・
誰かから、生唾を飲み込む音がした。軽く笑って話している小笹と美鈴。そしてキヨ。その三人の会話が、深い。とにかく、深い。柏沼メンバーはみな、そう感じて聞いていた。
もうすぐ出場するインターハイは、完全に高校スポーツの祭典。ルールがあり、そのルールに沿った技を磨いた者が勝ち上がる率が高い「競技」だ。
しかし、空手はそれで終わりではない。競技には禁じ手がある。禁じ手は、危険すぎる技ゆえに禁じ手だ。言わば、実戦でのみ使用する技。禁じ手の縛りがない武術としての空手は、競技空手の裏面には現在も確かに存在している。
前原は思った。「その関係がとにかく、奥が深すぎる」と。
「花火と爆弾、みたいな関係なんだねぇー」
唐突に田村がふっと口にしたその言葉。それを聞いて、ゆっくりとキヨが田村へ目を向けた。
「安全に最大限の注意をはらって、使い方をよーく守った上で、人を楽しませる美しさで感動させるのが花火。でも、安全性など関係なく、人を殺傷するためのものとして存在しているのが爆弾。この関係に似てないかねぇー? 俺らの競技での空手は花火。でも、いざ本当に戦わねばならないといった実戦での空手は、爆弾だろうねぇー」
「ほっほっほっ。なかなか鋭い見方をしているね君は。柏沼高校の主将だったかね。・・・・・・その通り。空手というのは、要は道具なんさぁ。身を守る道具。人を守る道具。道具を使うのは、人さ。心を穏やかにして安全に使えば、人を楽しませることもできるがぁ、心を忘れて蛮行や粗暴さに陥ったら、それは空手という道具が、凶器になってしまうさぁー」
キヨは穏やかに笑い、田村に優しく語りかけた。ただ、田村の方へ語りかけているが、その後ろにいる小笹と美鈴に語りかけているようにも見える。
小笹は、キヨのその優しい言葉を、目を瞑り、ただ黙って静かに俯き聞いていた。
「心を忘れた空手の技は、凶器・・・・・・。おばーちゃんの言うとおり。ワタシは・・・・・・」
ぽん!
「きゃ! ・・・・・・びっくりしたぁッ・・・・・・」
「小笹っ。今夜の稽古、アタシ楽しみにしてるから。いろいろ教えてね! みんなにもさっ」
「・・・・・・うんッ!」
俯いた小笹が驚いて振り返ると、そこには川田が明るく小笹へ笑いかけていた。
小笹は、その川田の笑顔に、じんわりと目頭を潤ませていた。
美鈴は、そんな小笹の瞳を見つめ、「良かったね、小笹」と小声でひとり、囁いた。