2-101、歴代の柏沼高校空手道部員たち!
たたたたたたたっ からら・・・・・・ からりからり
「あーーーっ! やっぱりここは、アタシの居場所だぁ! 課外、いらなーいっ!」
「はぁーっ、ほんと疲れたね! 夏休み中だからか、授業受けると疲れが倍くらいな感じだ」
「川田も前原も、だらしないねぇー。俺はあのあと、開き直って、ちゃんとやってたぞ?」
「「「「「 先輩、こんにちは! おつかれさまです! 」」」」」
武道場の玄関を開けると、一年生と二年生が既に準備運動を終え、基本稽古に入っていた。
あのインターハイから二週間。三年生たちは今月末を以て部活引退になるが、それまでは来月行われる昇段審査に向けて、後輩達の指導を三年生みんなで行っている。ただし、みんな文系や理系でスケジュールが違うので、来られる人が来て教えるという感じだ。
「先輩、今日もよろしくお願いします! わたしたち、もう身体は温まってます!」
「ヤル気満々ね、恭子! よし、今日はアタシと一緒に、二年生は松楓館流の指定形やろうか! 真衣と紗代は糸恩流の形だから、田村と前原に見てもらってね」
「「 はい! よろしくおねがいします! 」」
昇段審査は形を二つ演武し、その後、組手を二回連続で行う。
剛道流、糸恩流、松楓館流、和合流の指定形どれか一つと、他に自由形を演武しての二つ。試合と違って、審査会においてはキレやスピード、気合いだけではごまかせず、技の正確性や意味合い、そして稽古量などが重視され、総合的に審査される。
組手も競技的な勝ち負けではなく、空手の持つ武道性の意味合いを理解した上で、級や段に見合った技術量をじっくりと見られるのだ。
今日は川田と前原と田村のみ。井上と森畑は秋に開催の学校祭における実行委員の集まりがあり、最近はそちらに多く出ている。神長と中村は、理系の物理と化学の補講を受けた後、さらに自主的に先生に聞きに行って熱心に学力アップをしているようだ。
たぁん ぱんっ ぱんっぱんっ ぱちん えいーーっ!
「うーん、そこはもっと、中段受けを強くやろう。相手の突きをしっかり受けるイメージで」
しゅっ しゅっ しゅっ すうっ くるっ だんっ えいぃーーーっ!
「あ、そこはもう少し、体側まで掌を出して。相手の突きを掴み取る技だからね」
前原と田村で、大南と内山に糸恩流のバッサイ大を指導中。川田は二年生三人に、松楓館流のジオンをみっちりと仕込んでいる。
武道場内の壁に新たに掲げられた、真新しいインターハイの賞状。それが午後の陽射しに照らされ、輝いていた。
シュバアッ! シュバアッ! シュバアッ! キュルッ パパァンッ!
「ここは、力強くこうやるの。騎馬立ちが崩れないように。さぁ、みんなでやってみよう!」
川田さんもお手本を見せながら、二年生ひとりひとりを細かいところまで手直ししていた。
シュパッ シュパッ シュパッ クルッ パンッ!
しゅっ しゅっ しゅっ くる ぱん!
シュッ シュッ シュッ クルン パン!
「んー、なんかまだ足りないね。恭子は、手首のスナップをもっと利かせて。黒川と長谷川は騎馬立ちの締めが甘いから、上半身が定まらないの。足先まで集中だよ!」
「「「 はいっ! 」」」
「川田ー、そっちもけっこうやったろ? ちょっと水分とろうやー」
「そうね。暑いしね。アタシも汗だくになってきたよ。あー、あついー」
ごくごく ごくごく ごくごく ごくごく
「ほんと、暑いですよね。わたし、沖縄よりこっちの暑さのが、耐えられないです」
「ほんとだよな。俺もみつるも、課外のときからだめだったんですよ。なぁ?」
「敬太、俺も沖縄のがよかった。あー、小笹ちゃんや美鈴ちゃん、今頃どうしてるかな」
「小笹も今頃、海月女学院で課外やってんじゃない? あれ? あそこは私立だから、またアタシらとやってることは違うのかな?」
「わかんないけど、お嬢様進学校だしねあそこも。末永さんの学力は知らないけど、きっと、頑張ってるんじゃないかなぁ?」
「美鈴ちゃんか・・・・・・。インターハイ女王も、今頃どーしてっかねぇー?」
「そうだ! そういえば田村君、あそこの事務机に、歴代部員名簿あるって言ってたよね、沖縄で? 僕、まだ見てないんだけど」
「あぁ、俺も、インターハイ予選の後に初めて見たんだよ。道太郎とね。入ってっから、見てみー? 俺らの知らない人たちの名前も、たーくさんあっから!」
田村はスポーツドリンクを飲みながら、首にかけたタオルで顔を拭きながら事務机の方を指差した。
「へーっ! アタシも名簿は見たことないな。前原、見てみようよ!」
「あ。わたしらも見てみたいです! 歴代の先輩方がどんな人たちだったのか!」
前原は武道場奥の事務机の引き出しを開けた。
そこには、いろんな大会のパンフレットやら書類やらが入っており、昔の先輩たちが合宿か何かをやったと思われる時の色褪せた写真なども出てきた。
「なんか、いろいろ出てきちゃったけど。田村君、どこに入ってるのかな?」
「えー? なんか、茶封筒に入ってた気がしたけど。ない?」
がさごそがさごそ がさがさごそごそ
「茶封筒ーっ? ・・・・・・あ! これかな? あったあった!」
「どれどれ、アタシにも見せてー、前原!」
引き出しの奥にあった茶封筒を開けると、内山や大南までの名前が刻まれたA3サイズの歴代名簿が出てきた。きっと、早川先生が春先にでも作って、ここへしまっていたのだろう。
それをぱさりと広げ、田村は「これだこれだ」と言って、じっと見つめている。
『栃木県立柏沼高等学校空手道部 歴代部員名簿』
※★は主将
《1期生》平成元年度入学生
〔男子〕
★盛田明仁 ・新井貴裕 ・松島裕哉 ・中田由宣 ・福田周平 ・北條慎也 ・鈴木亮
・小松良太 ・久保哲也 ・加藤洋平 ・大島均 ・太田崇 ・吉田純 ・山口祐司 ・鈴木秀人
〔女子〕
・八木澤好美 ・田邑秀美 ・上原紫織
《2期生》平成2年度入学生
〔男子〕
★根本京司 ・蟹澤総 ・髙橋翔夢 ・髙橋慈恩
〔女子〕
・篠原美陽 ・阿久津華織里
《3期生》平成3年度入学生
〔男子〕
・福島岳 ・鏑木洋
〔女子〕
★前島美季 ・高樹春子 ・宇藤夏紀 ・岡田秋野 ・荒川冬美
《4期生》平成4年度入学生
〔男子〕
★村田尚紀 ・前川一樹 ・井田恭輝
〔女子〕
・川和田真弓 ・神尾美千江 ・中島陽子
《5期生》平成5年度入学生
〔男子〕
★福田大地 ・福田空人 ・福田晴海 ・和久井尚 ・田町大輔
《6期生》平成6年度入学生
〔女子〕
★永戸泉美 ・鈴原潤子 ・神村真奈 ・出田明美
《7期生》平成7年度入学生
〔男子〕
★藤田崇法 ・髙田恭平 ・神田隆夫
〔女子〕
・上川由花 ・斎藤のりこ
《8期生》平成8年度入学生
〔男子〕
★齋藤祥太 ・福田翔太 ・佐藤孝弘
〔女子〕
・坂本喜代 ・高柳花英
《9期生》平成9年度入学生
〔男子〕
★手塚仁
〔女子〕
・狐塚志織 ・根本隆代 ・安嶋舞
《10期生》平成10年度入学生
〔男子〕
★杉山幸徳 ・加藤峻 ・小林治生
〔女子〕
・早乙女小紅
《11期生》平成11年度入学生
〔男子〕
・菅沼優雅
〔女子〕
★篠原澪 ・稲葉水穂
《12期生》平成12年度入学生
〔男子〕
・松本将輝
〔女子〕
★中根弥咲 ・大山文乃
《13期生》平成13年度入学生
〔女子〕
★阿久津由里 ・関口夏美
《14期生》平成14年度入学生
〔女子〕
★赤川仁美 ・白山梨枝
《15期生》平成15年度入学生
〔女子〕
★川田梨絵 ・森畑裕代
《16期生》平成16年度入学生
〔男子〕
★藤本泉也 ・上澤優太 ・佐藤万里雄
《17期生》平成17年度入学生
〔男子〕
★髙藤虎平 ・神山鷹央
〔女子〕
・出口美由 ・鈴木鏡子
《18期生》平成18年度入学生
〔男子〕
★麦倉光貴
〔女子〕
・鷲頭玖美
《19期生》平成19年度入学生
〔男子〕
★上野竜也 ・和賀井公
〔女子〕
・永井美里 ・飯島悠子
《20期生》平成20年度入学生
〔男子〕
★田村尚久 ・前原悠樹 ・井上泰貴 ・中村陽二 ・神長道太郎
〔女子〕
・川田真波 ・森畑菜美
《21期生》平成21年度入学生
〔男子〕
・黒川敬太 ・長谷川充
〔女子〕
・阿部恭子
《22期生》平成22年度入学生
〔女子〕
・大南紗代 ・内山真衣
名簿を広げたことで、柏沼高校空手道部の歴史を繋いできた歴代部員の名前が、武道場内に一斉に解放されたかのようだった。
「へぇ! これはアタシ、初めて見たよぉ! インターハイの時に道太郎が言ってたけどさ、確かに紗代と真衣が百人目あたりなんだねー。あ、お姉ちゃんの名前もあるー」
「川田さんのお姉さん、十五期生なんだ。しかも、森畑さんのお姉さんと同期って言ってたけど、二人だけの世代だったんだね!」
「わーっ、これが、歴代の先輩方なんですねぇ! 一期生、新井先輩や松島先輩の名前もちゃんとありますね。福田先輩は、五期生なんだぁ! あ! わたしには懐かしい、永井先輩や飯島先輩もいるなぁ。去年、めいっぱい叩き上げられたしなぁー」
「阿部さん、確かに先輩方にたくさん鍛えられてたよね。懐かしい名前ばかりだね」
みんなで名簿を取り囲んで、わいわいがやがや。他の三年生も揃ってれば、もっとあれこれ盛り上がったかもしれない。
「さーて! 休憩も長くしすぎちゃ、時間もったいねぇぞぉ。稽古しようかー」
「「「「「 はいっ! 」」」」」
その後も、前原たちは後輩五人にみっちりと稽古をつけ、今日の部活は終了。
みんな帰った後に、前原と田村と川田の三人で武道場を施錠し、歩きながら「あること」について相談し合っていた。
「さて、と。今日は三年が揃ってないから決めらんないけど、後輩も帰ったことだし・・・・・・」
「そうねぇ・・・・・・。あーぁ、もう、いよいよそのことを話し合う時期かーっ・・・・・・」
「みんなでまた改めて話し合うけど、僕としては・・・・・・」
夕暮れ間近の風が吹く。沖縄とは違った、山から降ろされる乾いた涼しい風が。
風は三人の足下から、ひゅうっと音を立てて木々を揺らして吹き抜けてゆく。
「それよりも、明日がちょっと楽しみだなアタシ! フレッシュなのがうようよと、いっぱい来るよーっ?」
「そうか! 忘れてた! 明日は・・・・・・」
「そうだ。あの日だ。だから課外ないんだった。・・・・・・早いねぇ。もう、その日かぁ」
白く光る半月が、西南の空に浮いている。
前原たちは月を見上げながら、明日のことを話し合って、それぞれの家路についた。