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戦場漁りのテトラ

杖をつき、足をひきずってアルトが向かったのは、大地の傷跡も生々しい昨日の戦場跡だった。

みすぼらしい身なりの少女が地面を漁っている。刺繍に使われる銀糸よりも光り輝く髪、硝子細工のように繊細な手足、名匠の手による陶器のように細やかな肌、そしてそれらを致命的なまでに損なういくつもの傷跡。


「よう。やっぱりいたか、テトラちゃん。俺にも手伝わせてくれよ」

「アルトさん。どうしてここに?」

「探し物さ。鼈甲(べっこう)の髪飾りがあったら教えてくれ」

「わかりました」


二人は黙々と人形兵の(コル)を拾い集めては、古井戸に投げ込んでいく。疲労と怪我の影響もあろうが、それよりも単調で報いのない作業に精神がすり減っていく。とうとう音を上げて座り込んだアルトは、『戦場漁りのテトラ』と忌み嫌われる少女の様子を見ることにした。


輝く銀色の髪が陽に()かれても、細く小さな指先が削れても、白く滑らかな顔に泥が跳ねても、ただ一心に(こぶし)大の赤い球体を探し、拾い集め、古井戸に投げ入れる。

夕暮れ時に初めて出会ったときは怪異のような気味悪さを覚えたものだが、こうして白日の下で見ると神々しささえ感じさせる。

いずれにしてもただの少女とは思えない。それを裏付けるかのように、彼女は一度も水や食べ物を口にしていない。この炎天下にあって汗さえもかいていないように見える。アルトの視線に気づいてか、少女の形をした者は手を止めずに口を開いた。


「大きな戦いがあったのですね」

「ああ。昨日な」

「どうしてですか?」

「何がだ?」

「どうして人間は人形兵(ペルチェ)を戦争に使うのですか?」

「死にたくないからさ。人形兵を身代わりに戦争ごっこをして、自分は傷つかずに金やら地位やら名誉やらが欲しいんだ」


アルトは人形兵を人間の兵士同様に扱っているし、それを使い捨てにする国や軍に嫌悪感を抱いてもいる。だがどこかで「仕方ない」と思っている自分にも気づいていた。強大なカリスト帝国から国土と国民を守るには、どうしても共に戦う人形兵が必要なのだ。


「人形兵を作るたび、大地の力が失われているのはご存じですか?」

「ああ。知ってるよ」

「なのに何故、人間は人形兵を使うのですか?」

「人間の寿命が短いからさ。自分が死ぬ頃までは大丈夫だろうと思っているんだ」

「『大崩壊』のような事が起きても?」

「・・・・・・」


『大崩壊』。そう呼ばれる三年前の大地震で、アルトの妻子を含む多くの命が失われた。地平の向こうまで裂けた大地、垂直に崩れ落ちた山肌、全てを失い途方に暮れる人々。いくら年月を経ようとも、あの時の光景は忘れられそうにない。


「少しずつ、僅かずつですが、大地の女神プリステラの力は確実に弱まっています。このままでは再び『大崩壊』が起きるでしょう。それでもあなた達は人形兵を使い続けるのですか?」

「帝国の奴らに言ってくれよ、こっちから攻め込んだことは一度だってないんだ。両手を上げて降参すればいいのか?」

「アルトさん。あなたは気付いているはずです、大地が上げる悲鳴に。あなただけではありません、皆気づかないふりをしているのです」


そうだ、この大地に暮らす皆が感じている。

大昔には緑豊かだった大地が次第に衰え、立ち枯れた森や砂漠が広がりつつあることを。子供の頃に見た魚や鳥が姿を消しつつあることを。

だがそれは緩やかな変化であり、人々は皆それに気づきつつも見ないふりをしている。自分が一生を終える頃までは大丈夫だろう、と。


「そうかもな。だが気づいたところで人形兵を手放す奴がいるとは思えんね」

「ではこの大地は、遠からず崩れ去ってしまうでしょう。『大崩壊』どころではありません、大地そのものが消えてしまうのです」

「それでもさ。足元の大地が崩れても目の前の金を奪い合うのが人間ってやつだ。そんな奴らに期待するなよ」




目を伏せ、視線を落としたテトラが何かを拾い上げた。薄汚れた鼈甲の髪飾りを袖で丁寧に拭き、奇跡的に原形をとどめていたそれをアルトに手渡す。


「いいえ、私は人を信じます。心の奥底では皆がそう願っているのですから」


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