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しっかりしろよダメ男

「アルト少尉!駄目です、まだ動いてはいけません!」

「うるせえ!黙ってろ!」


 アルトは衛生兵を押しのけ、荒々しく司令室の扉を開けた。五体満足ならば蹴破ってやるところだが、杖がなければまともに歩けない上に、左手と右足が添木とともにぐるぐる巻きにされていて上手く動かせない。


「アルト少尉、傷はもういいのか?」

「アイリ、てめえだな。アステルを連れ出したのは」


 足を引きずりつつ司令官アイリーチェ少佐に詰め寄り、重厚な造りの机を激しく叩く。司令官は驚くでもなく立ち上がり、副官と衛生兵を下がらせた。


「そうだ。私が家から連れ出し、命じた。アルトを護れ、と」

「アステルは俺の娘だ!あんな真似させやがって、使い捨てやがって!いくらお前でも許さねえぞ!」

「許してもらえなくて構わない、民のためなどと綺麗事を言うつもりもない。責任など取れない・・・・・・それでも私は、あなたに生きていてほしかった」

「馬鹿野郎が!娘を身代わりにして生きたい奴がどこにいる!もういい加減に・・・・・・」


 死なせてくれよ、と呟いて項垂(うなだ)れるアルトから、アイリーチェは目をそらしてしまった。どれほど辛くても、当人がそれを望まなくても、彼に生きていてほしいと思うのは自分の我儘なのだろうか。

 加えて私は卑怯者だ。この付き合いの長い軍学校の先輩が、どれほど激しく怒っても女性に手を上げるような男ではないことを知っていたのだから。




 がらんがらん。必要以上に大きな鐘の音が耳に障る。いつもなら微笑ましい元気な少女の声も、今は虚しく耳を通り過ぎていく。


「少尉さん、おかえりなさい!」

「ニア、悪い。みんなやられちまったよ。残ったのはこいつだけだ」


 アルトは来客用の椅子に深く腰掛け、蒸留酒の小瓶を呷った。

 麾下の四十五体の人形兵(ペルチェ)、身体の一部を欠損させながらも第四段階に至った四体の精鋭、それから実の娘と共に育った第五段階『魔王』アステルをもことごとく失い、残されたのは第一段階に昇格したばかりの『術兵』ステラのみという惨状だった。アルト自身が生還したことも奇跡に等しい、それもアステルが起こしたものだ。


「ステラちゃん、よく頑張りましたね!無事に帰ってきてくれて、お姉ちゃんは嬉しいよ」

「ニア、聞いてくれ。アステルがな・・・・・・」

「アステルちゃんのおかげで少尉さんが無事に帰ってきてくれて、この町も無事で、私は嬉しいです!アステルちゃん、ありがとう」


 錬金術師の少女は白い歯を見せて懸命に笑顔を作ったものの、すぐにスカートの裾を思い切り握り締めて後ろを向いてしまった。小さな肩が震えているが表情は察するしかない。

 酔眼でそれを見ていたアルトは、頭を掻いて酒瓶をしまい込んだ。辛い時でも悲しい時でも小さな喜びを見出して笑うこの娘を見ていると、時折自分が恥ずかしくなる。いい大人が簡単に絶望するな、酒に逃げるなと言われているようだ。何かと理由をつけてこの店に立ち寄るのは、もしかするとこの幼さの残る少女に甘えているからかもしれない。


「・・・・・・ステラちゃん、昇格させますね?」

「いや、そいつは昇格させたところで・・・・・・」


 激戦を唯一生き残ったステラももちろん無傷ではなく、左腕を失った上に各所に損傷を負っている。魔術を扱う『術兵』ゆえ攻撃力には影響がないだろうが、胴体と足の損傷で耐久力と機動力が大きく損なわれている。再び戦場に立つのは無理ではないか。


「ステラちゃん、これからもアルトさんのために頑張ってね!」


 感情もなく物言わぬはずのステラが頷いた、ような気がした。そればかりかアルトに視線を送ったようにさえ見えた。しっかりしろよダメ男、と。目の所在さえはっきりしない第一段階の人形兵のくせに。


「わかった、頼むよ。代金はつけといてくれ」

「はい!かしこまりしました!」


 目の端に涙を残したまま敬礼するニアに背中で手を振って、三十路男は店を後にした。いつも暗闇の中から一粒の光を探してくれる錬金術師に感謝しながら。


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