第二次プラティ防衛戦(3)
経験を積み昇格を重ねて第四段階に至った人形兵はもはや、一人の人間で対処するのは難しいほどの力を有する。
第四段階弓兵、『聖弓兵』アロケールが次々に矢を射放し、それと同じ数の敵兵が倒れ伏す。
第四段階騎兵、『聖騎士』ジェロームが敵中に躍り込み、騎兵槍で貫き、馬蹄で蹴り飛ばす。
第四段階歩兵、『聖歩兵』ヘクターの剣が弧を描くたび、帝国の人形兵が切り裂かれ木片が散る。
第四段階重歩兵、『守護歩兵』ロサリオの大盾が唸り、割り砕かれた人形兵が宙を舞う。
しかしそれでも、カリスト帝国軍の圧倒的な物量はいささかも衰えを見せなかった。彼らも次第に小さな傷を負い、亀裂が入り、身体を欠損していく。ついに四本のうち二本の足を失った『聖騎士』ジェロームが騎兵槍を旋回させ、十数体を道連れに敵兵の海に沈んだ。
「ジェロームがやられたか。今までよく戦ってくれた、ありがとな」
ノルト侯国側で唯一の人間兵士であるアルト少尉は眼前に剣を立て、木で作られた戦友に敬意を表した。
自身も多くの手傷を負いながら先頭に立ち、無数の敵兵を切り捨て、盾で殴りつける。背中に矢を生やしたまま敵兵の槍を奪って突き通す。身を裂く剣に構わず蹴り飛ばす。
自慢の人形兵も十体ほどに討ち減らされ、いよいよこれまでと覚悟を決めたとき、すぐ後ろで彼を呼ぶ声がした。
「アルト少尉、諦めるのは早いですよ!」
長身の若者と三十体ほどの人形兵が帝国軍の波をかき分け、アルトの背中を守る形で合流する。
「ベルテール!お前、何しに来た!」
「もちろん少尉を助けに来ました!」
「見てわかんねえか、お前なんか来たってどうにもならねえよ」
「少尉に生きていてほしい人はたくさんいるんですよ!」
「そんな奴がどこにいる、言ってみろ」
「僕とアイリさんです!」
「二人しかいねえじゃねえか、馬鹿野郎!」
言いながら、アルトはにわかに違和感を覚えた。ベルテール准尉が自分を上回る剣士であり、麾下に第一段階以上の人形兵を揃えるとはいえ、十対二千が四十対二千になったところで絶望的な戦況に変わりはない。それに彼は素直で忠実な軍人だ。司令官アイリーチェ少佐の命令なしに持ち場を離れたとも考えにくい。
「お前まさか、アイリの指示で来たのか?」
「・・・・・・」
そしてこの若者は、決して嘘をつかない代わりに沈黙する。
やはりか。だが何故?アイリーチェは頭が固いところもあるが、国の未来を憂う優れた指揮官だ。わざわざ死地に将来ある若者を送り込むような奴ではない。
しかしアルトの思考は、戦況の変化で中断されてしまった。
どこまでも続く帝国兵の海が割れ、大男が現れた。使い込まれた長大な戟、豪奢な軍装、一見して名のある将軍と知れる。
「カリスト帝国の将、フォルベックだ。名を名乗られよ」
「ノルト侯国少尉、アルト」
大男が僅かに眉をひそめたのは、その力に釣り合わぬ階級を訝しんだためかもしれない。
「アルト少尉、貴官の勇戦に応えよう。剣を取れ」
「少尉、ここは僕が・・・」
「このおっさんは俺をご指名だ。下がってろ」
ベルテール准尉を押しのけ、人形兵を下がらせて、アルトは進み出た。背中に二本の矢を生やし、足を引きずり、左手をだらりと下げて。
我ながらよくやった、これでまた時間を稼げるだろう。勇名高いカリスト四将が最後の相手ならば文句はない。垂直に剣を立て、しばし目を閉じる。胸の内のどこを探してみても、もはや未練は残っていなかった。
唸りを上げる戟を盾で受け流したが、肩から指先まで痺れた。重い一撃には違いないが、盾が原型を留めていれば、そして左腕が折れていなければ、もう少しましな流し方ができただろう。
激痛に構わず、懐に飛び込んで捨て身の一閃。握力が少しでも残っていれば、この相手に傷の一つでも残せただろうか。
真横に払われた戟を受け止める。剣が刀身の半ばから折れ、盾が割れ飛んだ。アルト自身も仰向けに倒れ、もはや起き上がることすらできない。
「アルト少尉、言い残すことはあるか?」
「別にねえよ。早くやれ」
力強く振り上げられる戟と敵将の巨体を、彼は笑って見上げていた。ようやくだ、ようやく空虚な生を終えて妻子の元に旅立つことができる。
雲一つない鮮やかな空だ。今思えばこの世界は美しかった、そう思えた時期もあった。最期の瞬間くらいはそれを目に焼き付けて――――――
空に何かが浮かんでいる。人だ。その背に白黒二対の翼を生やした人。明るい緑色の髪に、空と同じ色の服をはためかせ・・・・・・まさか、こいつは。
「おい!待て、やめろ!」
「なんだ、今さら命乞いとは見苦しい――――――」
アルトの目前に光の柱が立ち、敵将の巨体が消し飛んだ。
空から無数の光の矢が降り注ぎ、地上で無数の破片が舞う。地獄を絵に描いたような地上に舞い降りた有翼の少女は、アルトにとって特別な人形兵だった。
第五段階術兵、『魔王』アステル。