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第二次プラティ防衛戦(1)

「悪いね、遅くなっちまった」

「休暇中ご苦労、アルト少尉。帝国の大軍が迫っていることは聞いたか?」

「ああ。フォルベックが来るって?」

「そうだ。早ければ明日の夕刻にも現れる」


 机と椅子の他には壁に貼られた地図のみという殺風景な会議室に顔を揃えたのは、司令官アイリーチェ少佐、ネブラ大尉、アルト少尉。

 ノルト侯国プラティ駐留軍の首脳部はこの三名のみ。人口千人に満たない辺境の町ゆえ、人間の兵士が五十名ほど、人形兵(ペルチェ)三百体余りというのが戦力の全てだ。


「どうだ、アルト。勝算はあるか」

「おいおいおい、無茶を言うな。早く援軍を要請しろよ」

「メルツ砦に伝令は出した。フォルベックに対して十分な数が揃うとは思わんが・・・・・・」

「今回ばかりは厳しいだろう。もう民間人を避難させたらどうだ」


 フォルベック将軍といえば、大国カリストの中でも特に秀でた『カリスト四将』に数えられる名将であり、麾下の人形兵だけでも二千体は下らない。堀も城壁もない町の駐留軍がどうこうできる相手ではなかった。


「アルト少尉、分を(わきま)えよ。己を捨てて国土を守るのが侯国軍人の務めであろう」

「うるせえな。じゃあお前がやれよ」


 ネブラ大尉が口を挟んだが、二階級下のアルトに相手にされず、禿げ上がった頭頂部に青筋を立てた。

 ネブラ大尉は三十一歳、アルトと同じ年齢のはずだが、大きく後退した頭髪といい、たっぷりと脂が巻いた胴回りといい、少なくとも十歳は年上に見える。


「四将が来るなら、帝国も本腰を入れてきたって事だろ。もし今回勝ったとしても、この田舎町じゃ次はねえよ」

「アルト少尉の意見はわかった。だが、今すぐ領民に避難を勧めては混乱を招くだろう。まずは目先の帝国軍から町を守らねばならん」

「わかったよ、司令官。『万年少尉(トトリオン)』の命、好きに使ってくれ」


 アイリーチェ少佐は悲しげに、ネブラ大尉は憎々しげにアルト少尉を見たが、当人は気にした様子もなく灰色の中折れ帽を指で回しただけだった。




 帝国の大軍が迫っていると言っても、人間の部下がいないアルトには特にする事もない。

 どこから聞きつけたか、また戦になると噂をささやき合う人々を横目に酒屋に寄り、愛飲の蒸留酒を小瓶に注ぎ足してもらうが早いか口に運び、ふらつく足取りで再びニアの店を訪れた。扉に取り付けられた鐘が、がらんがらんと大きな音を立てる。


「ニア、いるかい?」

「あ、少尉さん。またお酒飲んでますね?」

「ああ、ちょっとだけな」

「まだ『昇格』は済んでいませんよ。途中で蓋を開けるとですね、大変なことに・・・・・・」

「帝国の大軍が来ることは聞いただろう?早く荷造りしたらどうだ」

「私は・・・・・・ここに残ります。ほら、この子達を昇格させなきゃ」

「そんな(こた)ぁいいんだよ。ガラ・ルーファに親父がいるんだろ?行ってやれよ」

「『そんな事』なんて、少尉さんらしくありませんよ?この子達を誰よりも大事に思っているじゃありませんか」

「お前ね。言葉尻を捉えるなんて、大人みたいなことするんじゃないよ」

「それに、少尉さんが守ってくれるんでしょう?なら大丈夫です」


 アルト少尉は壁にもたれて頭を掻いた。ニアは基本的に素直な良い子だが、言い出したら聞かないことも知っている。こうなってしまえば何があっても動かないだろう。


「・・・・・・わかった。じゃあ明日の朝までに頼むぜ、錬金術師さん」

「はい!おまかせください!」


 人形兵の『昇格』には通常ならば二日、腕の良い錬金術師が弟子などの補助を得ても丸一日を要すると言われている。

 ニアの錬金術師としての能力がどの程度なのかは、アルトにはわからない。父親が大きな功績を立てて国に召し抱えられた錬金術師であることは聞いているが、それが彼女の腕を保証するものでもないだろう。


 帰り道、アルトは馴染みの酒場の扉に手を掛けて思いとどまった。

 ニアは今頃、自分が預けた人形兵の昇格作業を急いでいることだろう。子供がその責任を果たそうとしている時に、大人が酒に逃げていて良いわけがない。

 三十路男は尻ポケットから蒸留酒の瓶を取り出すと、思わず口をつけてしまった。いやこれは違うんだ、景気づけのようなものさ。誰にともなく言い訳すると、頭を掻いて瓶をポケットに戻した。




 街並みの隙間から朝の光が差し込む。珍しく酒精の抜けた顔で店を訪れたアルトは、机に伏して眠ってしまった錬金術師に毛布と声をかけた。


「ありがとな、ニア。行ってくるよ」


『昇格』を果たした三体の人形兵、『騎兵(アクアス)』アルゴ、『歩兵(ミレス)』レット、『術兵(マギス)』ステラが彼に続いて店を出た。できる限り静かに扉を閉めたつもりだったが、微かに鐘の音が鳴ったかもしれない。


「少尉さん!」


 毛布を肩に掛けたままのニアが店から飛び出してきた。がらんがらんと静かな朝に似合わない鐘の音が響く。


「少尉さん、がんばって!」


 ああ、と答えて、『万年少尉(トトリオン)』は朝の町に姿を消した。


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