自世界スローライフ その2
***死んでしまいました セーブポイントから再開します***
男は真っ暗闇で一文を見せられ思った。
「いやあ、システムメッセージが世界観に合わないってDがうるさく言っていたな。結局システム的な事は標準を使うべきと、UIリードが押し切って事なきを得たけど」
うっすらと闇に光が差し込み、それが全部を満たすと、ぼんやりとあたりが見え始める。そこは墓場のようだった。中央部に深いローブで顔を隠した3mほどの女神像がまつられている。
「うあ! デス女神フロストワードだ。最初ただの墓石だったのに、グレードアップしてデータ量増やされて、ちょっとした空きステージに設置された墓石がデス女神に置き換えられてさ、ステージ規定データ量超えちゃったりしたんだよな。いやぁでもいいね。やってよかったよ。かっこいいもん」
はてと考える。何かがおかしいと。
「VRモードでつながっているのか?」
ゆっくりと辺りを見回す。何度見てもアドベンチャーラーズエンドの墓場アセットだ。
「このアセット、僕が組んだんだよな」
生前彼はスクロールマンリーダー、レベルデザイナーチーフと呼ばれていた事を思い出した。記憶がすべて失われているわけではないようだ。
「僕は死んだんだよな。確かに……死んだって感じしたもんな。駅のタクシー乗り場でトラックにはねられて死んだんだ」
その場でジャンプもきちんとできる。着地し、芝を踏みしめる感触さえある。接触系はプレイヤーそのものにダメージを与えるという事で完全にカットしてあったはずだ。しかし、そっとデス女神に触れてみると大理石の冷たい感触があった。
そのとき何かが目の前に浮かび上がり、光のような文字列を作る。
―いい加減にしろスローライフ
『デス女神・書き置き機能』が発動したようだ。
「んんもおおおおおぉ!」
神テレビで様子を観察していた鍋女神は、ちゃぶ台を叩き、いらだちの声を上げる。こんなにも物申したくなるような展開になるなんて。
「なんで二十五回もスローライフをしようとして、同じ展開で二十五回も死ぬんだ。しかも弱いにもほどがあるじゃないのさ、芋父が若い頃使ってた険と盾、倉庫にあるのに気がつかないとか、もうあり得ないでしょ」
担当上司構築神に
「自世界転生はまずいんじゃないか? そもそもゲームベースっておかしな事になりがちだぜ?」
と言われたものの、あまりにもかわいそうな死だったのと、どうしてもアドベンチャラーズエンドの続きが見たかったのと、制作者ならうまくいくのでは? という安易な目論見で、鍋女神が推薦し、転生のチャンスが与えられたというのに、このままじゃちっとも世界が進まない。
「一回のデスループに、やったら時間がかかるのも、これ大問題だわ。世界への介入はデス女神の書き置き機能しか使えないし……そうだ絵馬ちゃんに相談してみちゃお」
鍋女神は短い文章が得意そうな絵馬担当の天使に神電話で聞いてみることにした。
―スローライフに気をつけろ
「……なるほどねえ、固執している事象を……うんうん、絵馬ちゃんさっすがぁ」
―キノコと芋で犬死に
「絵馬ちゃん、一回だけでいいから、文体ちょぉだい? おねがいー、かに鍋。かに鍋でどう? どう?」
―納屋に、剣と盾があるよ
「りょっりょぅ! あんがとね絵馬ちゃん、それ試すわぁ。かに用意しとくね、じゃねーじゃねー、はぁいーはいはい」
鍋女神は、ふぅと気合いの深呼吸をする。
「今回のループで終わらせる。この負のループをな! そしてわたしに続きを見せてくれ! わたしの渾身の書き置きはこれだぁぁぁ! 絵馬ちゃんが考えたんだけどね、てへぺろっ」
―守るべき者を守れなんとしても
……中略 芋畑にて
「フーラ、物を作るって本当に幸せな事なんだな」
「そうね、私も幸せだわ。こういうのってなんて表現したらいいのかな?」
「ははは、そうだなスローライフ……」
「すろおらいふ?」
「そうだよ、自世界で始めるスローライフだ!」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』は最高に幸せな気分だった。自分が設定した最高にかわいい村娘と、最高な自世界スローライフを始めちゃってるなんて。本当に最高にしあわせだ。
「きゃあああ!」
突然フーラが悲鳴を上げる。収穫した芋つるの後ろから1匹の野犬が現れたのだ。それはただの野犬ではなかった。
「コンタミネーテッドドッグ!すでに囲まれている」
コンタミネーテッドドッグは群れで行動する。気がつけば畑を取り囲まれていたようだ。狂ったうなり声を上げながら、輪を狭めてくる。
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』は *さびたておの を放り出し、手を高く掲げた。こんな武器では役に立たないと悟ったのだ。武装はなかなか買い換えず、一気に強化する癖は今回も大きく裏目に出ていた。
「僕は権能を使う! 【アドミニスターワード:エネイブルプレイアブルキャラクター フーラ クープクエストモード】」
紋章が激しく輝いたあと、ゆっくりと消えていく。たった一回の権能はかなり序盤でフーラのプレイヤーキャラクタ化という形で使用されることなってしまった。
ただ、フーラがプレイヤーとして扱われれば、何か有効なプレイヤースキルが発動するかもしれない。禁忌魔法を習得できるくらいだ、素質は十分にあるはずだ。
そうすれば生残ってくれる。それでボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』は、十分だったのだ。
#Enable Player {(FOULA) Coop Quest};
じりじりと詰め寄る魔物の群れ。ついに先兵となった一匹のコンタミネーテッドドッグがフーラに飛びかかっていく。
激しく砕ける鈍い音がする。ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』は覚悟した。やはりだめだったか、どうか一思いでありますよう。
しかし倒れたのは魔犬の方だった。大きく開かれた口に、腐り堅くなった芋がねじこまれ、泡を吹き絶命している。
「よぉし一匹目! この体重いなあ、ギリギリで行動しないと間に合わないや」
***フーラ 汚染前(なまえはあとで変えることができます)難易度エクストリームハードをお楽しみください***
すでにフーラは次の手に入っていた。身体能力を限界まで使い、舞踊のような優雅でいて力強いステップで魔犬の群れを翻弄し、時にジャンプで飛び越え、あっという間に納屋にとりつくと、古い険と、盾を引っ張り出す。
「1フレだって無駄の無い動きだ、フーラ(なまえはあとで変えることができます)意外にもコンバット系だったんだな!」
「どうどう? わたしの魅せる動き!」
「すごいすごいぞ! アクションつなぎにバク宙のトリック挟んでくの、ビューティフル、エクセレントって感じ、すごくいい! あっ! 魔犬こっち見た、ぐああ! 一匹。二匹、いや三匹、たくさん、こっちきた。」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』にターゲットを変更した何匹かが突進し、迫っていく。
「フーラ(なまえはあとで変えることができます)! ヘイト頼む! フューリーロアーでエリアエフェクトタウントだ!」
「よしきた! フーラ(なまえはあとで変えることができます)にまかせて!」
フーラは険を地面に突き立てうぉーと吠える。咆吼は振動となり魔犬達をすくませ、ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』の勇気を奮い起こせさせる。
「おまえ達の相手はわたしだぁ! 【フューリーオーダー:ロアー】」
殺到し飛び込んでいく魔犬を絶妙なバックステップで勢いを受け止め、盾を激しくたたきつける【ディフェンシブテクニック:シールドバッシュ】で気絶させると、さらに迫る二体ごと【アームズマンオーダー:クリーブ】で一気になぎ払う。
どの技もランクが低いものの、的確な攻撃は連撃コンボになり魔物の群れを次々と屠っていく。
「す、すごい、これがアドベンチャラーズエンドでみんなに楽しんでもらいたかったタクティカルアートオブバトルだ。僕たちの企画は間違ってなかったんだ」
最後に残った一体にフーラ(なまえはあとで変えることができます)は滑り込むように飛び込む。
「とどめ! わたしの剣技を刮目して見よ! 【アームズマンオーダー:エグゼキュート】」
最後の魔犬が真っ二つに切り裂かれはじける。
***レベル7クエスト コンタミネーテッドドッグ撃滅 コンプリート***
「ふあぁぁ、危なかったぁ。ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』の判断がもう少し遅かったら間に合わなかったよ」
フーラ(なまえはあとで変えることができます)は腰まである長くつややかな黒髪をなびかせると、険を美しい所作で鞘にしまう。
「あれ、フーラ(なまえはあとで変えることができます)ってそんな髪型だったっけ?」
「髪型ぐらいカスタムさせてよ。体とか顔とかスペシャルみたいだからこれでいいや、いやいやいや、かんわいーし気に入っちゃった。ていうかさ、ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』っていい加減にしてくれない?」
ナベルタ(なまえの変更をうけつけました)は深いため息をつく。
「わたし、ナベルタ。この世界アドベンチャラーズエンドの謎を探求する者よ。ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』と一緒にね。だから、早く名前変更して! 呼びにくくて仕方が無いわ」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』は思った。彼女となら冒険者をやっていけるかもしれない。ただ……
「ごめん僕、キャラクターに名前付けるのすごく時間がかかってしまうんだ。いろいろ考えちゃって、RPGは始めるのに命名で一日かかっちゃうタイプで。ていうか、もしかして、君、誰か、中身入ってるのかい? 村娘としては、あまりに強すぎる気するんだ」
「じゃあ僕から名乗るよ、ぐっ……」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』は生前の名を名乗ろうとしても言葉にならず、強い恐怖を感た。それ以上語ることを躊躇い、言葉飲み込む。名乗るどころか生前の様子を示唆することすらできないようだ。
「……そ、そういう仕組みなのか」
「へ? わたしナベルタだよ。もしかして名前変えちゃだめ? あ……ナベルタはかわいい旅の相棒だよ」
「ナベルタは転生はしたんだよな? 納得できる、できないといえば、できないけど。それはそうと、転生って、案内というか神様の面接みたいなのあるんじゃないのかい? みんなしてる感じなんだけど。知んないけど。ナベルタはどうだい?」
「えっ、面接みたいなのあるの? そっそうなんだ。あちゃあ忘れてたかも、おいおいやるってことで、ま、そういうことでなのでよろしくね!!」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』の脳裏に嫌なことが浮かぶ、開発会議で散々対立してきたメカマンの中島君の事だ。
―村娘ベースであそこまで戦えるのって、相当な腕前だし、同時に死んでしまった開発チームの誰かがアサインされたって事か? あの場にいたので、ゲームプレイうまかったの、メカマンの中島君くらいなんだよな……中島君が中身だったら、いやだなぁ…
「ナベルタをそんな変な目で見ないでよ。これから一緒に冒険していくんだよ頼もしい仲間だよ。ね! とりあえず、ケンタロンランペイジの攻略、がんばっちゃお」
ボッツくん(なまえはあとで変えることができます)『村の名採取屋さん』とナベルタの冒険の旅が、一抹の気まずさと共に、今幕を開けたのである。