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カメラのある生活

作者: 羽宮悠夜

光芒が雲の輪郭に沿って伸びている。

もうすぐ日没の時間。暫くすればシリウスが見えてくるはずだ。

3月ともなれば、天の川が夜の程よい時間帯に水平に横たわった状態で上がってくる。

今夜はこのままぐっと冷え込んで、すっきり晴れ渡ることだろう。

夕飯どきになる前に彼に連絡をとって、夜にはまたどこか空の暗い町まで出かけるとしようかな。


僕はもうとっくにカメラマンではなくなってしまったが、カメラが嫌いになったわけではない。

寧ろその逆で、カメラを嫌いにならないうちに趣味仕事をそそくさと辞めてしまったというのが正しい。

ブラックだとか、赤ちゃんが苦手だとか、通勤が大変だとか、色々積み重なった結果なのだけれども。


そういえばこの2台目の一眼レフは随分と使った。

今これがあるのは、1台目を買おうと思ったある機会のおかげだ。


お風呂で気絶しているんじゃないかというくらい勉学に勤しんでいるあの子を、旅行にでも引っ張り出すつもりで人生最初のアルバイトに挑戦した。

あの子は、自分で稼いだお金じゃないなら嬉しくないという性格だった。意固地だなとは思いつつも、ならば仕方ないと思い立ってのことだった。

夏休みを丸ごと使って、住み込みでがっつりと。18歳、四捨五入して180cmのカフェ店員。

大学の知人には度胸があると褒められたっけか。

半分まで来たという頃、自分の誕生日に縁を切られてしまうとも知らずに。


通帳には行き場のない数字の列。

結局別に何か欲しい物があったわけでもなく、かといってそのまま貯金できるほど穏やかな気分でもなく、気まぐれで大学生なりに大金をはたいて偶々買ったものが「一眼レフ」だった。


もともと写真は好きだった。……というより、僕は空が好きだった。

もくもくの入道雲、氷晶のプリズムで虹色に光る彩雲、真っ赤な夕焼け、満天の星と流れ星。

僕は小さな頃から、いつも広大な空を見上げながら生きてきた。

ガラケーでは青空ひとつ満足には撮れないから、尊敬する素材師さんに一歩でも近づきがたいために買った。我ながら思い切りの良い奴だったと思う。これが無敵の大学生の典型なのかもしれない。


SNSで数千人が集まる写真サークルを建てて、偶に見ず知らずの人と写真を撮りに出かけて、次第に花や花火や飛行機や猫、空以外も上手に撮れるようになっていた。


でも。

僕が本当に撮りたかったものは、花や花火や飛行機や猫ではない。

入道雲でも彩雲でも夕焼けでも星でも流れ星でもない。


それはひとつ、あの子の笑顔だった。


写真を撮られるのが嫌いなあの子の写真は一度もまともに撮らせてもらえたことがなかった。

でもできれば僕の人生で一番幸せな瞬間を、いつまでも形のあるものとして残していたかった。


だからもし、同じような機会が再び訪れることがあれば、今度は逃すことなく綺麗に写真に残せれば、と。

……そんな日は来なかったけれど。


だから僕は独りで、空を見るついでに写真を撮って、空が好きだといって笑えるように生きている。

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