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灰かぶりのウィッチハント  作者: とむらい
Happy Birthday.
1/2

プロローグⅠ【対価。】



  ――母親と姉からいじめを受けていた。


 それはもう陰湿な、腸の煮え繰り返るような、どうしようもない家庭内いじめ。掃除洗濯炊事を押し付けられ、こき使われ、感謝されるどころか隙あらば嫌味を言われる毎日だった。

それでもこの御時世衣食住が確保されているだけマシであると思い続けて十余年。仕事が忙しくて不在がちな父はいつでも私に優しかったし、父が家にいる時はさしもの母も姉も借りてきた猫の如く大人しくなる。


 そんな父が何ヶ月ぶりかに帰るよと連絡をくれていた私の16歳の誕生日。父は帰ってこなかった。仕事の都合だ。仕方のないことだと弁えていた。その程度のことは容易に我慢できた。

だがしかし父の為に腕をふるった料理を食い散らかされ、母に「貴方の分は別にあるのかと思っていたわ」と言い捨てられた瞬間、とうとう堪忍袋の緒が切れた私はキッチンで大量の洗い物を捌きながらつい物騒なことを願ってしまったのだ。


「ア゛~~!! もういっそ誰かあのクソアマ共を殺してくれ~~~!!」


「――叶えようとも。」


(えっ、)


 何処からか聴き慣れない男の声。直後凄まじい震動と共に何かが潰れるような音がした。遅れて響いたのは絶叫。悲鳴。下の姉の声だ。私は水道の水を止め、濡れた手を拭いてから駆け出した。


「リゼ姉さん!?」

「あ、あっ、あああ……」


私――灰崎エルには姉が二人いる。上の姉の名はアンナ、下の姉の名前はリゼ。三姉妹である。三人とも歳はそう離れていない。二階にある姉二人の部屋に駆け込むとベッドに散らばる血と肉の塊を凝視しながらリゼが床にへたり込んでいた。長く黒い髪や蒼褪めた肌が赤色に塗れて濡れている。


「何があったの? アン姉さんは?」

「あ、ああ……アン姉さ……アンナ……アンナが……急に、ね、ね……っ」

「え? なに?」

「ね、っ……ねじ……っ」

「ネジ?」

「ねじ切れたのぉッ!! いや、いやあああ……ッッ!!」


リゼは再び絶叫し、そして意識を失った。よく見ると失禁までしている。あとで床を拭かなくてはと思ったが、そんなことよりも――


「……〝 ねじ切れた 〟ってどういうこと?」

「言葉通りの意味だとも。」

「アン姉さんがねじ切れたの?」

「実に見事な散り様だったねえ。」

「え? じゃあベッドに散らばってるこれってアン姉さん? 死んだの?」

「それはアンナのベッドだからね。彼女以外が寝ているべきではないだろう。」

「っていうかあんた誰!?」

「君は質問ばかりだねえ。だが、僕は君の質問に真摯に答えようとも。」


気が付けば男が背後に立っていた。恐らく先程聴こえた声の主だろう。モノクロームのゆったりとしたローブを身に纏った、黒髪の、どこか浮世離れした印象の青年。彼は紫色の瞳を細めてたっぷり間をおいてから、私に告げた。


「――人はねじ切れたら、大抵死ぬ。」

「いいから名乗らんかい!!」

「腹パン!?」


初対面の不審者の物言いに痺れを切らし、振り返り様に思わずボディーブローをキメてしまう。確かな手応えがあった。筈だが、男はいつの間にやら移動したのか何食わぬ顔で少し離れた位置にあるソファに腰掛けている。


「やれやれまったく、見かけによらず乱暴だな。」

「あれだけ勿体ぶっておいてしょうもない返答しか出来ない不法侵入者に対する妥当な対応だと思うんだけど。」

「僕はあくまで真摯な対応を心掛けたつもりだったのだけれどね、エル。」


 至極当然のように名前を知られている。


「エルと称するには君は些か小柄だけれど、素敵な名前だと思うよ。」

「150cmで悪うございましたね!!」

「オマケに金髪碧眼の童顔と来たもんだ。決して悪いとは思わないが、絵面的に怒られないか心配ではあるね。これでツインテールだったら即規制されているところだよ。」

「何基準?」

「ポニーテールでよかったね。」

「だから何基準!?」

「君の容姿に関する説明が終わったところで、僕の名前の話に戻ろうか。僕の名は……そうだな。どうしようか。」


男は思案するように腕を組み、首を左へ右へと交互に傾げる。やがて何か思い付いたように指を鳴らした。


「僕のことは気軽に〝クロウ〟とでも呼んでくれたまえ。」

「今考えました的なニュアンスを強く感じる……」

「僕はこう見えて苦労性なんだよ、エル。」

「さようでございますか。」

「ところで肝心の〝対価〟の話なんだが。」

「は?」

「『誰かあのクソアマ共を殺してくれ』」

「……あ、」

「おかあさんの部屋も見ておいで。」


私はまたも駆け出した。姉たちの部屋の隣にある母の部屋へ飛び込む。瞬間、こちらに背を向けてベッドに腰掛けている私の母親――灰崎マイと目が合った。合ってしまった。


「でも、なんで……」


答えは簡単。〝母の首が有り得ない方向を向いているから〟である。有り得ないことが有り得てしまっている。それは最早、有り得ないことではないのではないか。血溜まりになった長姉。首が百八十度回転してしまった母。つまり対価。対価とは。


「――クロウ。」「――エル。」

「私の願いが、」「君の願いは、」

「叶ったから?」「叶っただろう?」


クロウと名乗る男はどうやら瞬間移動が出来るらしかった。母の傍らに腰を下ろして、涼しい笑顔でこちらを見ている。


「僕は君の願いを叶えた。次は君が、僕の願いを叶える番だよ。」


 ――母親と姉からいじめを受けていた。それはもう陰湿な、腸の煮え繰り返るような、どうしようもない家庭内いじめ。掃除洗濯炊事を押し付けられ、こき使われ、感謝されるどころか隙あらば嫌味を言われる毎日だった。それでも私は今日まで一度たりとも、母や姉に対する恨み言を口にしたことはなかった。扱いに腹は立てども。腑に落ちねども。彼女らの死を心底から願ったのは今夜限り、ただの一度だけ。故に私は、思ったのだった。


(〝食べ物の恨みは恐ろしい〟と。)


 


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