第8話 虫かごの中のケラ
シンはコンパスを見ながら砂漠の海を歩く。
しばらく歩くと目の前に恐竜よりはるかに大きい生き物の骨が見えてきた。
恐竜の顔のような口が入口となっている。
中に入ってみると中は広大な土地が広がっているが、左の端に小さな小屋と、中央に学校屋上の出入り口のような小さな扉しかない。
中央の入口に向かって歩き始めたとき、バタン!といった音とともに男が蹴りだされた。
扉を助けてくれとバンバン叩いた後、叫びながらこちらへ向かってくる。
『ヒー助けてくれ。悪かった。頼む食べないでくれ!』
そう叫ぶと同時に上から爆弾が落ちて来るかのように化け物の舌や手が男に向かって飛んできた。
取り合うように舌が巻き取り、天井に向かって男を引き上げていく。
『助けてくれ。食べないでくれ。死にたくない!』
男が訳も分からず必死で懇願している。
上の方から声が聞こえてきた。
『いいぞ。もっと恐怖に震えろ。恐怖心は最高のスパイスになる。』
ギャァ!!という声とともに化け物の満足そうで不気味な笑い声が聞こえる。
次はシンに向かって舌が飛んできた。
バシュ!!
シンは化け物の舌を切り捨て、何事もなかったかのように平然と歩き中央入口から入っていった。
『グレートタウンへようこそ。勇者様。』
男を中心に美しい女性がずらりと並び笑顔で出迎えてきた。
男が口を開く。
『ゲイルと申します。お見苦しいところをお見せしてしまいました。
さっきの男はボスの女に手を出そうとしたので追放の刑にしたものです。
この街を雅に案内させますので是非楽しんでください。
夕食はボスがご一緒したいと申しております。』
並んでいた女性の一人が前に出て挨拶をする。
『雅です。よろしくお願いいたします。』
案内をしているときに雅からこの街のことを聞いた。
グレートタウンは人間の時に大罪を犯した者、人間らしからぬ生き方をした者達が落ちてくる場所で、その者達が創った街である。
巨大な魔物の下半分の骨が地中に埋まっており、地下を掘り進めアリの巣のような部屋の作りで街が形成されている。
穴モグラという生き物がおり、穴モグラを使って地下を掘り進め、仕上げはヒトが行っている。
穴を掘り進めるとまれに貴重な資源が獲れ、ヒト同士で奪い合いになり度々トラブルが起こる。
穴モグラの品種改良に成功し食用家畜として、餌を無理やり食べさせ太らし肉モグラとしてその肉を食べている。
野菜は地下1階で栽培されているが地上と違い、土地は痩せており満足に作れておらず貴重な食材である。
地上の土地は肥沃であるが、魔物が骨の外にとりついており、地上に出てきたヒトを食料として狙っている。
そのためヒトは外に出られず地下で生活している。
シンは雅から一通り話を聞き終えるとポツリと言った。
『まるで虫かごの隙間から狙われているケラだな。隠れる場所があるだけマシか。』
『・・・。』
雅は黙って何も答えなかった。
地下1~2階はバー、カジノ、クラブなどきらびやかな雰囲気だが、地下3階以降の居住スペースはジメジメしてひっそりとしている。
街を一通り案内されると、地下1階の奥の部屋にあるボスの間に通された。
『よう兄弟!!よく来たな。
俺はドン・ファーゴ、ここのボスだ。
どうだ、いい街だろう。これから一緒に食事でもどうだ?』
周りに子分を従えたハゲで背が低く太っているその男はガハハと笑っている。
『今日は部屋で休もう。』
とシンの返事を聞いてファーゴは雅に声をかけた。
『雅わかっているな。部屋へ案内し、しっかりご奉仕するんだぞ。』
はいとだけ雅は答えた。
『じゃあ兄弟、今日は楽しんでくれ。』
ファーゴは下品な笑いでシンを見送った。
部屋へ案内されたシンはベッドに腰を掛けた。
雅が声を掛ける。
『お食事にいたしますか?』
シンが答える。
『今日は食事はいらない。』
雅は着ているドレスを脱ぎ全裸になり、近づきながら口を開いた。
『では、お楽しみください。』
シンは立ち上がりローブを拾い上げ、雅の後ろから掛けながら答えた。
『何もしなくていい。これを着てベッドで寝ろ。明日ファーゴに喜んでもらったとでも言っておけ。』
シンはソファーに横になり、背中を向けたまま雅に声をかけた。
『お前はこの街を出たくないのか?』
沈黙があった後、雅が答えた。
『この街は虫かごのようですが、人間の時の世界が凝縮されているようで気に入っています。』
そうかとシンは目を閉じ眠りについた。
翌朝、ファーゴに挨拶すると声を掛けてきた。
『最高の夜だっただろう。兄弟。あいつはとびきりいい女だったろう。』
『ああそうだな。雅はいい女だ。』
シンが答えた瞬間、ファーゴはガハハと下品な笑いをした。
シンは外にある小屋のことを尋ねた。
『この街でその質問は厳禁だが、もう俺はこの街をでることになる。なんでも教えてやるよ。
あの小屋には、ダルクという野郎とエマという女が住んでいるぜ。
シンのような勇者がこの街に訪ねてきたことがあった時、そのエマに接待させたんだが、その野郎が俺に声を掛けずに出ていってしまったんだよ。エマのヤローがヘマをしたんだよ。
むかついたからエマの一家を処刑してエマは追放の刑にして街から追い出してやったら、ダルクの野郎が助けに飛び出しやがった。
不思議なことに化け物どもに喰われずすんで、二人であの小屋に住んでいやがる。
忌々しい野郎どもだ。』
ファーゴがイライラしながら話しているのがわかる。
『そうか。それは興味深いな。行ってみるか。』
とシンが答えたとき、ファーゴはギョッとした顔をして慌てて声を掛けてきた。
『おい兄弟。行くのはいいが、この街を出る時は必ず!必ず!俺に声を掛けてくれよ。
1泊の恩義を忘れないでくれよ。』
シンは答える。
『わかった。この街を出るときには必ず声を掛けよう。』
ファーゴは安堵の表情で返事した。
『それでこそ俺の兄弟だ。』
シンは地上に出て、小屋に向かって歩き始めた。