第6話 人ならざるもの
エミリアをオークの森から自宅のベッドに連れて帰り寝かせる。
エミリアに声を掛けてみる。
エミリアは、息を引き取り消滅が始まっていた。
足先がすでに消えかかっている。
シンはエミリアに優しくキスをする。
右手が開き完成したネックレスがベッドに転がった。
『エミリア・・・。ありがとう。』
シンは涙が止まらない。
闇に支配されたシンの心に唯一の残るエミリアというオアシスが、涙とともに流れ出て枯れてしまいそうになる。
エミリアの服を慣れていない針と糸を使い、指先の血で汚しながらエミリアを傷つけないように直していく。
エミリアはどんどん体が薄くなり、・・・そして消滅してしまった。
『エミリア・・・エミリア・・・エミリアァーーーー。』
エミリアと共に、シンの心のよりどころも消えていく・・・。
シンは体が熱くなるのが分かった。
『燃える。燃え尽きそうだ・・・。熱い、うぉーー。』
シンは気を失った。
目覚めた時、俺の指の血で汚れたエミリアの服だけがベッドで静かに眠ったままだった。
海の見える小高い丘に墓を作り、エミリアの服を抱きかかえて安らかに眠らせることとした。
目覚めてからもエミリアへの気持ちは変わらないが、不思議と大きな悲しみと涙がこみ上げてこない。
『もう行くよ・・・エミリア。このレイピアは借りていく。』
そうエミリアに告げ、シンはパラダイスを立ち去った。
行き先は名もなきバー。
ドリームの街でこの地を離れる時はそのバーを訪れると良いと聞いたことがあった。
シンはオークの森を北に抜けた。
森の中にひっそりたたずむ【名もなきバーSouth】と看板が出ている店に到着した。
ギィー、パタン。
シンはバーに入った。
店内のカウンター越しに白髪でタキシード姿の紳士がグラスを拭いている。
他に客はいない。
紳士姿のマスターはなにも言わず、座ったシンに酒の入ったグラスをカウンターの向こうから滑らすように投げ、シンはそれを受け取り口にした。
無口なマスターが口を開いた。
『なるほど。流星の石に命のレイピアですか。そして人間。その上、魔人からさらに覚醒して、もはやこの世で2人といない存在となっておられるとは。面白い出会いですね。』
シンはマスターの言葉に驚いた。
『なぜ石やレイピアを知っている。誰にも見せたことはないと思うが。』
マスターは答える。
『なぜでしょうね。なんとなくです。』
続けてシンは尋ねる。
『なぜ俺が人間だとわかる。それと魔人から覚醒とはどうゆうことだ。』
マスターは驚いたように答える。
『あなた自分で魔人から、さらに覚醒していることに気づいていないのですか??
命のレイピアを見てごらんなさい。命の石が黒く光っているでしょう。
魔人であれば灰色です。
自分の姿も変わっていることに気づいていないのですか?
かなり色黒になっていますよ。
それと人間とわかったのは、ヒトは魔人以上に覚醒できません。
魔人以上に覚醒しているということは人間でしかありえません。』
シンがレイピアを見ながら驚いていると、マスターがグラスを磨きながら指を差した。
『鏡があるから覗いてみなさい。』
シンは鏡を覗いてみる。
顔は黒く目は鋭く燃えるような緋色になっている。
『もはや俺は人間ではないな・・・化け物だ。』
シンは鏡に写る自分の姿を見てポツリとつぶやいた。
マスターは話を続ける。
『最後に一つ。
準備が整ったら、その北側の扉から進みなさい。
扉を出たらなにがあってもまっすぐしか進んではいけません。いいですか、まっすぐですよ。』
そう言い終えるとマスターはまた無口にグラスを拭き始めた。
飲み終わるとシンは北側の出口から出て行った。
森の中を一直線に光が伸びている。
シンは話の通りまっすぐ歩いていく。
しばらく歩くと、光の道からすこし外れたところに届きそうで届かない場所に宝箱が置かれている。
少し開いた宝箱から宝があふれている。
屈強な戦士が宝箱に手を伸ばしている。
戦士はシンを見るなり剣を持ち、我先にと宝箱に届かないかと必死に剣をのばす。
その時だった。
剣を引っ張られて戦士が宝箱の方に引き込まれ見えなくなった。
『うひょー。』と喜びの声が聞こえてきた。
しばらくしてギャーという声が聞こえてきたが、何が起きたのか、戦士の声かもわからない。
そのまままっすぐ進むときれいでセクシーな女性が、おいで・・・と手招きをしている。
前からきた魔法使いの男が叫びながら飛びつく。
『ラッキー。ドリーム目前でこんな女をゲットできるとは。』
そう言うなり、魔法使いは女性に飛びついた。
見えなくなってから幸せそうな声が聞こえてきた。
しばらくするとギャーと聞こえてきた。
そのまま真っすぐ進む。
しばらくすると女性が化け物に襲われ殺されそうになっている姿が見える。
よく見るとエミリアそっくりの女性が泣きながらこっちをみて助けを求めている。
『た、助けて。私こんなところで死にたくない。』
シンは助けの言葉を聞いた直後に躊躇することなくエミリアそっくりの女性めがけてレイピアを振りぬいた。
『ギャアーー。』
真空破となり襲っている化け物とエミリアに似た女性を切り裂いた。
『愛するものを躊躇なく切り捨てたぞ。本当にヒトか?』
道の外れからヒソヒソと声が聞こえてきたがシンは表情ひとつ変えることなく、到着した扉の中へ入っていくのだった。